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-39- ENEMY RAID 忌まれし村人達


 ルミアーナは風呂に入っていた。

 ほどよい温度に調節した湯に身を沈め、雨水に濡れた全身を温める。この村への旅路、それにジャギラスとの予期せぬ戦いによる疲れが、ゆっくりとほぐれていくのを感じる。

 浴室の隅には、彼女の杖と剣が置いてあった。エバンからの忠告どおり、すぐにでも武器を取れる状態にしておいたのだ。杖も剣も錆びない素材で作られており、濡れたところでまったく問題はなかった。


「ふう……」


 満足したところで、ルミアーナは水音を立てながら立ち上がった。

 湯船から出た彼女は、洗い場に立って鏡に映る自分自身の姿を見つめた。腕に刻まれた薔薇の茨模様が、否応なく目に留まる。

 ――夢じゃなかったんだ。

 腕の茨模様を指先でなぞりながら、ルミアーナは自分がオプスキュリアの眷属となったことを再認する。魔族の中でも最上位に近い存在たる魔妃、それに会うだけでも信じられないが、自分が魔妃と契約を交わすことになるだなんて、少し前までの彼女は思いもしていなかった。

 恐ろしくなるほどの魔力を手にしたことも、それを振るってジャギラスを蹴散らしたのも、すべては現実だった。

 白い肌に刻まれた、まるで血のように赤い茨模様が、その証拠だったのだ。


(やっぱりこの力、無暗には使いたくない……)


 エバンに打ち明けたように、ルミアーナはオプスキュリアの魔力に恐怖を覚えていた。

 魔妃の魔力とは、想像を絶するほどに強く、そして恐ろしいものだった。使い方を誤れば、自分も力に溺れて我を見失い、学院長のバルバーラや姉弟子達のようになってしまうのではと思った。

 アヴァロスタでの悪夢のごとき出来事を思い出す。弟子である魔女達を生贄のように捧げるバルバーラに、嬉々としながらそれを喰い殺した、魔物化したアロスティーネ。あんなふうになるくらいなら、人間として死ぬほうがまだ救いがあると思った。

 正しく使えば、恐れることはない。

 オプスキュリアの魔力について、エバンはそう言っていた。

 しかしルミアーナは、この力を使うのは最小限に留めておこうと結論を出す。エバンの言うことも間違いではないのだろうが、少なくとも今のルミアーナには、オプスキュリアの魔力は自らをも滅ぼしかねない、諸刃の剣である気がしてならなかったのだ。

 長く伸ばした銀髪を、ルミアーナは後方へとかき上げた。

 

「っ……!?」


 そして、息をのんだ。

 その気配を感じたのは、オプスキュリアの眷属となった影響なのかは分からない。分からないが、とにかくルミアーナは感じてしまった。

 振り返った彼女は、風呂場に至る扉を振り返る。身を屈めて、持ち込んでいた剣を拾い上げる。

 扉を開けて脱衣所に向かった彼女がバスタオルを取った時、うめき声を上げながら魔物が襲い掛かってきた。

 獣のような、大柄で恐ろしい魔物だった。しかし事前にその気配を察知していたこともあり、迎撃するのは造作もなかった。

 剣に魔力の光を宿し(もちろん、ルミアーナ自身の魔力だ)、それを魔物に向けて突き出す。対処法はそれで十分だった。ルミアーナの剣は魔物の額を的確に捉え、即座に致命傷を与えた。

 仰向けに倒れ込んだ魔物は、少しのあいだ身動きしていた。しかしすぐに動かなくなり、うめき声を発することもなくなった。

 起き上がってこないか警戒しつつ、ルミアーナはできるだけ早くタオルで身体を拭いて服を着た。

 そして魔物に歩み寄り、剣を引き抜いて観察してみる。


(下半身が人のものだわ……)


 魔族によって魔物に変えられた人間、と考えるのが妥当だろう。

 その時だった、隣室から聞こえたその声に、ルミアーナは顔を上げた。

 

「くそっ!」

 

 壁を隔てた状態でも会話ができるくらいだから、エバンの声は明瞭に響いていた。ほぼ同時に複数人が押し入るような物音、それに魔物のうめき声――尋常ならざる様子だった。

 今まさに、エバンが襲撃を受けているようだった。ここに別の魔物が押し入ってくるのも時間の問題だろう。


「エバン……!」


 ルミアーナは、風呂場に置いてあった杖を持ち出した。もう、ここに留まっている理由はなかった。



  ◎ ◎ ◎



「こっちだ!」


「逃がすな、殺せ!」


「バラバラに切り刻んでやる!」


 物騒な言葉を叫びながら、大勢の村人達が集まってきている。

 扉を隔てているので姿は見えないが、彼らの悪魔のごとき形相が目に浮かぶようだった。

 ボロ宿の扉など、所詮はあってないようなもの。蹴っているのか、道具か何かを叩きつけているのかは分からない。いずれにせよ、破られるのにさほどの時は要しなかった。

 蝶番が弾け飛んだと思うと、ただの木の板と化した扉が音を立てて倒れる。すぐさま大勢の村人が踏み入ってきて、エバンに襲い掛かってきた。


「くそっ!」


 もはや、応戦する以外の選択肢はなかった。

 先陣を切って襲い掛かってきた村人は、初老の男だった。彼が手にした斧を振り上げるのを見たエバンは、それが振り下ろされるより先に反撃を繰り出し、手首ごと斧を斬り落とした。断面から鮮血が噴き出るのを見た。

 続けざまに男の腹部に強烈な蹴りを見舞い、その身を勢いよく押し出す。バランスを崩した男が後方に倒れ込むと、それに巻き込まれる形で後ろの村人達も倒れ込んだ。大勢が集まっていたことが、裏目に出る形となったのだ。

 とはいえ、安心する間ができたわけではない。

 貴重な時間を無駄にする手はなく、エバンは踵を返して壁際に走り寄り、剣の柄で殴りつけて窓を叩き割った。

 窓の下に屋根があるのを確認し、エバンはそこへ飛び降りた。それなりの高さがあったものの、着地と同時に膝を曲げることで衝撃を受け流し、怪我をせずに宿から逃走することができた。

 

「逃げたぞ!」


「追え、早く終え!」


 窓のほうを見上げると、村人達がエバンを指差して叫んでいた。

 降り続けている雨に全身を濡らしつつ、エバンは屋根から飛び降りて地上に降り立った。借りた部屋が、屋根に面している場所に位置していたのは幸いだった。

 

「この様子だと、村人全員が魔物化しているのか……!」


 狙われる理由には、十二分に心当たりがあった。エバンがオプスキュリアの眷属だからか、あるいは彼が魔物化していないからだろう。宿の主人や人々の様子が変だと感じたのは、やはり気のせいではなかったようだ。

 ルミアーナが気になったが、宿に戻ることはできなかった。とにかく追っ手を振り切らなければならず、エバンは雨の中、泥のしぶきを上げながら駆け出す。


(だが、どこに行けばいい?)


 考えてみたが、安全な場所に心当たりなどない。そもそもエバンは、このアズル村に来たのすら初めてだ。この状況で向かうべき場所など、分かるはずがなかった。

 だが、立ち止まっているわけにもいかない。留まっていれば捕まるだけで、村人達が手にした凶器で切り刻まれることになるだろう。


「うあっ!」


 脚を掴まれたと思った瞬間、エバンはその場に倒れ込んだ。物陰に待ち伏せていた村人が、飛びかかってきたのだ。

 衝撃で剣を手放したエバンに向けて、鈍い輝きを放つ鉈が振り上げられる。


「死ねえ!」


 だが、男が鉈を振り下ろすことはできなかった。

 地面に背中を付けたまま、エバンは彼の腹部を蹴り上げた。不意の反撃に対応できず、男は反撃をまともに喰らい、倒れ込む。

 エバンはすぐさま立ち上がって剣を拾い上げ、男がこちらを向くと同時にその身を貫いた。

 しかし、男が死ぬことはなかった。いや、人間としてはすでに死んでいたのだが、魔物として蘇った。

 

「あそこだ!」


 雨音に混ざってどこかからか聞こえた声に、エバンは戦闘を放棄する決断を下す。

 この場に留まっていれば、さらに大勢の村人が増援に駆けつける危険があった。個々の戦闘力はさほどではないが、数の暴力に物を言わせて襲われれば非常に危険だった。

 状況はまさに多勢に無勢、今は逃げるのが最善手だった。

 剣を片手に雨の中をひた走りつつ、エバンはちらりと振り返った。さっきまでいた宿が、視界の端に映った。


(なんてことだ、ルミアーナは無事だろうか……!?)






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― 新着の感想 ―
再開ありがとうございます。 もともと強い魔力を持っているルミアーナ、オプスキュリアの眷属となったことで、ジャギラスを全滅できて、エバンも心強いですね。 でも、ルミアーナがこの力を恐れ、姉弟子達や、学院…
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