5
5
「ったく、今日は散々な目に会ったわ」
美雪は一人暮らししているアパートのドアの前でゴソゴソと鞄に手を突っ込んで鍵を探しながら一人で呟く。
今まで霊を見たことも無いのに、妙なのを見て話してしまうし、飛び込みの現場に居合わせる嵌めになるし。
これもすべて、アイツのせいだ。
あの、男と出会ってからおかしなことになっているんだ。
イライラしながら探し当てた鍵を使って部屋のドアを開ける。
一人暮らしの部屋は、5万という格安の家賃の割には広い部屋だ。
6畳の部屋と、4畳のへや、そしてキッチンと風呂トイレは別についている。
友人にいわく月の部屋ではないかと言われたことを思い出して、顔をしかめた。
このアパートに住み始めて1年たつが、今まで何も無かったのだ。
いわくつきなどあえりないと、心の中で唱えて部屋へと入った。
「ほら、なんにもいないじゃない」
いつもと全く変わりない、部屋に安心して小さなソファーに腰をかけた。
ホストクラブ聖の事務所で机の上に置いていた携帯電話が着信を知らせブルブルと震えている。
液晶の画面には”窓際 美雪”と表示されていた。
ソレを見たアランが軽く笑みを浮かべて携帯電話を鷹矢に渡す。
「名前、ちゃんとヤマギワにしてあげてくださいよ」
「・・・こんな時間になんだあの女」
携帯電話を受け取って、鷹矢は事務所の壁にかけてある時計を見た。
時刻は深夜2時をさしている。
1時までで一旦営業は終了しており、店は静かだ。
日の出からの営業に備え、隣の休憩室からは待機しているホストたちの笑い声が聞こえてきた。
鷹矢はパソコンの電源を落として、携帯電話の通話ボタンを押すと美雪の大きな声が聞こえて受話器を耳から離す。
「ちょっと!ウチにあの血まみれの幽霊がいるの!」
「・・・で?」
冷めた鷹矢の態度に腹を立てたのか美雪は受話器の向こう側で怒鳴り声を上げた。
「で?じゃないわよ!なんとかしなさいよぉぉぉ!あんた、霊能力者とか言ってなかった?金払うから今すぐウチに着なさいよ!」
態度のでかい女だ。
「オレ、ほら霊の声が聞こえないからソイツ払うのは無理。なんか理由あるみたいだし?」
「アンタが無理なら違う人紹介しなさいよ」
「違う人っていってもなぁ・・・」
鷹矢は思案して、ため息をついた。
「ちょっとソレは簡便してくれないかなぁ・・・。いろいろ理由があるんだよね、複雑な・・・」
「もーーー!頼りにならないわねぇ!」
「オマエ・・・とことん失礼な女だな。オレにそんな口利いたのオマエが初めてだ」
「知らないわよ!元はといえばアンタにかかわったせいでおかしなことがおき始めてるんだからね!」
一理あるような気がして鷹矢は背広から車の鍵を取り出した。
「オレもそんな気がする。今回は特別待遇だ。迎えにいくからお前の家教えろ」
「目的地に着きました、案内を終了します」
「おいおい、いっつも中途半端な場所で終わるよな。目的地周辺に着きましたって、アイツのアパートはどこだよ」
カーナビーの無常な案内に鷹矢は一人呟く。
深夜2時を過ぎているせいか、道には人どころか車すら見かけない。
電話でもかけるかと車を停めると
アパートの前の道路に座っている美雪の姿が見えた。
助手席の窓を開けると、運転席の鷹矢に気づいた美雪が駆け寄ってきた。
ピンク色のジャケットを羽織っている。
派手なジャケットだ。
「おそーい」
勝手に人を呼び出しておいて遅いと文句を言われるとは思っていなかった鷹矢は軽く言葉を失った。
ここまで自分勝手な女は珍しい。
鷹矢の周りにはいないタイプだ。
「で、何処に居るって?」
車のエンジンを切って言うと、美雪はアパートを指差す。
「私の部屋」
電話で怒鳴り散らしていた元気さは微塵も感じられない。
「・・・・あれからなんか話したか?」
美雪は無言で首を左右に振った。
「とりあえず乗れ」
助手席に美雪が乗ったのを確認して鷹矢は静かに車を発信させる。
「何処に行くの?」
「オレの店以外にいくとこあるか?」
「・・・・・」
「オレのマンションなんて絶対にお前なんかあげてやらねぇーし」
「・・・・・あたしだって行きたくないわよ」
一瞬お互いにらみ合って、鷹矢はアクセルを踏み込んだ。
助手席の美雪は眠たそうな顔で流れていく景色を眺めている。
「小さい頃、たまに見える霊が怖くてさ。オレ、よく母親に泣き付いたときがあったよ」
ハンドルを握りなら突然話し出した鷹矢に美雪は視線を向けた。
夜ということもあり、さすがにサングラスはしていない鷹矢の顔は相変わらず整っている。
半分外国の血が流れていというのも頷ける。
青い瞳に白すぎる肌。背は180センチはあろうかという長身に細身の体。
悪いところは性格ぐらいか。
美雪は一人呟いて、鷹矢から視線を外して流れる景色を眺めた。
「やっぱり血まみれなの?」
「まぁ、それぞれだな。顔がグチャグチャのヤツもいたし・・・丁寧そうなヤツもいた。俺はヤツラの声が聞こえないから
ただ立っているんだよ。あいつらが。寝るのも怖かったからよく親の布団にもぐりこんだな」
「今は怖くないの?」
「まぁな。馴れってヤツだな。無視すればいいんだよ」
ベットの横に立っていた血まみれの少年を思い出して美雪はブルリと体を振るわせる。
あんなのが傍に居て無視することなんて出来るはずも無い。
「突然見て、慣れろっていうのも無理だろうケドなぁ・・・。ま、今回はあの男の子の霊と波長があって見えちまっただけだと思うけどな」
鷹矢の言葉に安心したかのように美雪は軽く笑った。
「そうだよね」
「とりあえず、あの男の子の霊をどうにかしないとな」
「・・・・サイトとか言ってたよね・・・」
「どうするかなぁ・・・・」
高速道路を降りてしばらく走り黒いベンツは駐車場へと停められた。
新宿では今時珍しい砂利の駐車場だ。
フェンスには”クラブ”聖様”専用”と書かれたプラカードが立っている。
ホストクラブ聖という店の名前が書かれている駐車場のスペースは2台だけだった。
鷹矢が専用にかりているのだろう。
美雪が車から降りたのを確認して鷹矢は車をロックした。
「・・・・・あのさぁ・・サングラス・・・夜なのにするの?」
運転しているときには無かったはずのサングラス姿の鷹矢の姿をみて異人を見るような目で見てくる美雪に顔をしかめる。
「うるせぇなぁ。職場の周りではあんまり素顔見せたくないの。めんどくせぇから」
「メンドクサイ?」
意味がわからず首をかしげている美雪に店に入れとジェスチャーで伝える。
クラブ聖とかかれた看板の電気が消えている。
よくみかける、写真はこの店ではないようだ。
一見みただけではホストクラブだとはわからない。
「おつかれさまでーす」
店に入ると フロアーに居たホストたちが頭を下げた。
ムッとする香水の匂いにウッと声をだして顔をしかめた美雪の背中を無理やり押して店の奥へと連れて行く。
関係者以外立ち入り禁止とかかれているドアをあけて中に入るとアランがニコニコと笑って頭を下げた。
「こんばんわ。美雪さん」
「すいません、夜分遅くにご迷惑をおかけして」
頭をさげる美雪に、アランは慌てて手を振る。
「い、いえ。それなら鷹矢オーナーに言ってください」
「そうだぞ、オレの店なんだからな。礼を言うのも、頭を下げるのもオレにだろうが」
「いやよ。あんたのせいで、わけのわからないことになっていると思うの。あたし」
「・・・・なんだよ、オレのせいだっていう証拠はあるのかよ」
サングラスを外した鷹矢の青い瞳を睨みつけて美雪は頷く。
「女のカンよ」
「・・・・カンねぇ・・・」
ため息をついて鷹矢はロッカーから毛布を取り出してソファーに座る美雪に投げつけた。
「なに?」
毛布を投げつけられて首をかしげている美雪に今度は枕を投げる。
「少し寝ろ。そのソファーでも十分ねれるだろ」
「・・・ありがとう・・・」
さすがに疲れているのか素直に礼を言った美雪に肩をすくめた。
「気味悪いな。お前が素直なんて」
「そりゃねぇ・・・なんか迷惑かけてるような気がするし」
「迷惑だよ」
鷹矢はガシガシと頭に手を当てて頭をかいた。
綺麗にセットされていた髪の毛が逆立っている。前髪は綺麗にセットされてたままだ。
「ごめん。ちょっと寝るね」
毛布を広げてソファーに横になった美雪を見ながら鷹矢もパソコンディスクのイスに座った。
「この事務室にはオレとアランしか来ない」
つまり安心して休めということだろう。
鷹矢に頷くこともできず、横になるとそのまま眠ってしまった美雪を覗き込んでアランは眉をひそめる。
「よっぽど疲れていたんですね」
「そりゃぁな。飛び込みは見るは、霊に付きまとわれるは・・・疲れるだろうよ」
タバコを口にくわえて遠くを見ている鷹矢にアランはコーヒーを差し出した。
「鷹矢オーナーも霊を見るの怖かったですか?」
「ガキだったから、親の布団にもぐりこんだりしてたなぁ。一人で寝ろとかむりだよな・・」
ちらりと部屋の隅を見ると、血まみれの少年が佇んでいる。
アランには見えることができないのであえて言うつもりはないし、美雪は気づいていないようだったので彼の存在を知らせるつもりも無かった。
お前はなぜ美雪につきまとうんだ?
心の中で呟いてみても彼に届くはずも無く、ため息をつく。
「サクラのマークの青いブレザーの制服って、桜乱堂高校だったよな」
「えっ?だと思いますけど」
突然、制服の話をされてアランは記憶をたどって頷いた。
「そういえば、最近雑誌でその高校の事見ましたよ。なんだったかなぁ・・・・結構怖い記事でイジメとかそいういう内容だったかと」
「雑誌?」
「えぇ、毎週出ているゴシップ誌なんですけど・・・写真付きで2ページぐらいの記事でした。そこで顔にモザイクはかかってましたけど
苛められいてたA子さんが行方不明でイジメが原因だったとか・・・」
「イジメねぇ・・・。なんかありそうだな」