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「次は私が騎士と戦いましょう。私の力を証明します」
ソニアが自信に満ちた表情で言い放った。カレン、フィリップはおろかその場の誰もがソニアの正気を疑った。
この国1番の実力者でも敵わない騎士を相手に戦うなど。ソニアは何を考えいるのか。
ソニアの騎士は王国最強であるクラウスを打ち破った。もはや冤罪の証明は成ったも同然なのだ。これ以上やって何になるのか? カレンとフィリップはソニアの理解不能な行動に不安な表情をしていた。なにか良からぬことでも企んでいるのかと。
ソニアは微笑を浮かべながら、練兵場を見回す。顔を歪め、心配そうにソニアを見ているものばかりだが、これは全て計算していたことだった。
「さあ……始めましょうか」
ソニアの言葉に応えるかのように、騎士は剣を構え戦闘態勢を取る。
騎士はクラウスを倒した時と寸分変わらぬ速さでソニアに襲いかかる。その様子に手抜きは一切感じられない。
誰もが最悪の結末を予想した中、ソニアはその剣を軽くかわして見せた。彼女の身体能力の高さに皆、戸惑いを隠せない。
なおも続く騎士の攻撃を巧みにかわすソニアの姿は、まるで優雅なダンサーだ。
「そろそろ反撃しますか」
楽しそうな声のソニアの手にはいつの間にか、剣が握られていた。恐らく魔法によるものだろう。
今度はソニアが騎士に襲いかかる。
ソニアがここまで動けると誰が想像できただろうか。騎士との攻防は息を飲むほどの激しさを見せ、周囲の見物人たちは圧倒されていた。
ソニアの攻撃は1合ごとに迫力を増していき、騎士の鎧に傷を付け始めた。
たまらず騎士は大きくバックステップし、ソニアと距離を取る。
体勢を立て直そうとした騎士は、そこで自分の足が動かないことに気がついた。見れば、地面ごと両足が凍りついていた。
騎士がバックステップするのに合わせて、ソニアが氷魔法を放っていたのだ。
一瞬、騎士が硬直するが、足の氷を力ずくで破壊した。だがその硬直時間はハイレベルな戦闘では致命的な隙となる。
その隙をソニアは待ってくれない。待つわけがない。
次の瞬間、7つの火球が轟音を響かせながら騎士を襲う。体勢が崩れたままの騎士は避けることができず、灼熱の火球が直撃する。
先程法廷で見せた『7つの火球』だ。
法定では被害を及ぼさないように制御されていたが、今は純粋な破壊の力を解き放たれている。
猛烈な熱で騎士の鎧が溶け始め……鎧は縦に割れた。いや、鎧ごと切られたのだ。
ソニアが高速で振り抜いた剣によって、騎士の左半身は右半身と永遠に泣き別れとなった。
だが不思議なことに、切られた騎士からは一滴も血がでなかった。
鎧の中身はなかったのだ。騎士が鎧から抜け出したのではなく、初めから鎧の中身は空洞だったのだ。恐らく魔力で動いていたのだろう。
しーんと静まり返る練兵場の中で、騎士の残骸が光の泡となって消えていった。
「いかがでしたか? これでわかっていただけたでしょうか」
これ以上無いくらい彼女の冤罪は確定だった。それでも騒ぎ立てようものなら、この場にいる全員を殺すことも簡単だろう。それほどの力をソニアは持っている。
だが、今までのソニアの言動からは無闇に他者を傷つけることを嫌がっていることはわかる。それでも、お願いだから文句を言わないでくれ。そんな雰囲気が漂っていた。それくらいソニアの力は圧倒的で恐怖を感じさせたようだ。
現にカレンはソニアを見て震えている。召喚された騎士ですら英雄並みの強さを見せつけたが、ソニアはそれ以上。
彼女を怒らせるのは途方もない馬鹿のやることだ。そんな空気の読めない奴はいないだろうと、誰もが思っていた。
だが、空気の読めないものがいた。
「お、お前の力は証明された。だが、カレンに対し執拗に嫌がらせをした件については……証拠は何もない」
「……そうですね。その件については何も証明できません」
このままソニアは無罪になるかと思われたが、フィリップは食い下がる。なかなかに根性のある男だ。それとも空気が読めないだけか。
カレンはソニアの報復を恐れているのか、先程まで青ざめていた顔は血の気を失い白くなり、その場にへたり込んで何かをブツブツ言っている。裁判がはじまった頃と今では、カレンの様子はあまりにもはかけ離れていて別人を見ているようだった。
だがソニアは特に機嫌を悪くした感じもなく、最初の頃の気怠げな感じに戻っていた。
カレンをチラっと見たフィリップは、何かを決意したかのように口を開いた。
「では、判決を言い渡す。聖女に対して執拗に嫌がらせをした罪によって、ソニア、お前を国外追放とする。今日中に王都を立つように」
正直なところ、ソニアは「よっしゃー」と叫んで飛び跳ねて喜びたい気持ちだった。だが、ぐっと堪え、軽く微笑んでその場を後にした。
ソニアには前世の記憶があった。といっても数年前に思い出したのだが。
前世でソニアは聖女をやっていた。いいように能力を利用されてきた記憶しかないので、今回の人生では聖女になりたくなかった。昔と違い今の時代の聖女は待遇がかなり良いみたいだが、それでもいいイメージを持てなかったソニアは、聖女に関わるのも嫌なくらいだったのだ。
それなのにまた聖女候補に選ばれてしまって、うんざりした日々を過ごしていたのだ。そこにカレンが絡んできてれたのがラッキーだった。あのままだったら聖女になっていたことだろう。
カレンがいてくれて本当に良かった。色々あったが、これから自由だ。やっと手に入れた。
国に縛られることなく思いのままに自由に暮らす生活。前世でずっと望んでいたが手に入らなかった生活だ。
色々とやってみたいことだってある。
各地の美味しいものを食べたりしてみたい。旅をするなら冒険者をやってもいいかもしれない。
好きになった人と一緒になるのもいい。夢は膨らむばかりだ。
ソニアはこれからのことを妄想しながら、嬉しそうに馬車に乗り込んだ。
旅立ちを祝福するような澄んだ空の下で馬車がガタゴトと音を立てて動き出した。