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七 街に影が落ちた日

 夢から覚め、目を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。


 白と、灰色が多い部屋だ。

 室内には床に固定された大きなサイズの机がところせましと並べられていて、一つにつき二つ回転式の椅子が備え付けられている。

 どの机の上にも椅子の数と同じパソコンが置かれていた。


 さて、俺はどこに連れてこられたのだろうか。

 立ち上がろうとして気づく。


 動けない。

 椅子に座った姿勢で後ろ手に括られてしまっている。

 感触から察するに、細くて硬い紐のような物だろう。

 両手を動かそうとすると、親指と手首の二か所に食い込んでくる。


「いひひひひ、久郎くん、目、覚めたあ?」


 拘束の具合を確かめていると、聞き覚えのある声がした。

 残念ながら、親しみを覚える相手じゃない。


「やっぱり、あんたかよ」

「おはよお。あれえ、あんまし驚かないんだねえ」


 目の前に座っていたのは釘原だった。

 足を組み、にやにやとした笑みを浮かべながら、俺を見つめている。


「昼飯の時から誰かに見られてるのには気づいてた。あんたが関係してると思うのは普通だろ」

「ふうん、鋭いんだねえ」

「尾行が下手すぎたんだよ」

「下手だってさー」

「…………やな奴」


 ぼそりと、横で呟く声。

 そっちを見ると、俺を気絶させた犬女が不機嫌そうな顔で立っていた。


 犬女は、もう普通の人間の姿に戻っていた。

 明るい色のショートヘアーに、褐色の肌、そして目つきの悪い仏頂面。

 あの袋小路では一瞬しか見られなかったが、あんまり素行の良さそうなタイプじゃないな。


「さて、久郎くん、問題です。私の名前は何だったでしょうか?」

「……病人みたいに色白で、やたらと髪の毛の量が多い女」

「ぶっぶー! それは名前ではありませーん。正解は、釘原い・ろ・は、でしょう? ひどいなひっどーい! 覚えといてって言ったのにぃ」

「呼ぶことがなさそうな名前はどうにも頭に入ってこなくてな」


 断言できる。

 こいつの話し方、嫌いだ。

 冗談めかして本心を隠す。

 それを意識的にやっているところが特に。


「ひょええ、キッツいねえ、ゾクゾクしちゃう。あ、そっちの子は犬走(いぬばしり)健子(けんこ)ちゃんね。私の数少ないお友達」

「手下、じゃなくてか?」

「ああーそうとも言うかもしれない」

「え!」

「うそうそ冗談だよー、ごめんねワン子ー」


 驚いた様な声をあげた犬走に、釘原がぺろりと舌を出して謝る。

 この感じを見ると、釘原が上で犬走が下という関係だと捉えておいて間違いないだろう。


 ワン子ってのは、あだ名か? 犬女だし。


「で? 釘原、あんた、何者なんだ?」

「やん、私、苗字じゃなくてえ、いろはって呼ばれる方が好きかも」

「さっさと答えろよ、鬱陶しい」

「い、ろ、は、だよ。ほら、呼んでみてー」

「…………いろは。ほら、これでいいだろ」

「よくできました。仲良くしようねぇ、久郎くん」


 絶対に無理だ。


 許されるんだったら、この時点で脳天に拳骨の一つも落としてる。

 それをしないのは、まだこいつに付き合う理由があるからだ。


「じゃあ、教えてあげる。私はね、普通の女子高生だよー」

「嘘つくなよ。普通の女子高生が同級生を拉致ってたまるか」

「確かに。我ながら無理があったね」


 納得したように頷くいろはだったが、小芝居に付き合ってやるほど俺も暇じゃない。


「あんた、さっきから妙な気配がすんだよ。隠してないで、さっさと正体を現したらどうなんだ?」

「……へえ、久郎くん、わかっちゃうんだ。そんな人、初めてだよ」


 俺の指摘に、いろはが初めて本気で驚いているような表情を見せる。


「こっちの犬走、だったか? こいつは毛むくじゃらになってたしな。あんたは一体どんな魔物になるんだ?」


 いろはの体から漂ってくるのは、犬走が変身した時に感じた気配を薄めたような何かだった。

 昼間は分からなかったが、意識してみるとこいつからも胸糞の悪い臭いがしてやがる。


「ねえ、ワン子。もしかして、あっちの姿、もう見せちゃったの?」

「ごめん。こいつ、その、すごく強くて。手こずっちゃって」

「おい。変身しても勝てなくて、わざと負けてもらったって、ちゃんと言ったらどうだ?」

「うっさい。噛み殺すぞ」


 しゅんとうなだれていた犬走が、忌々しそうに俺を睨み付けてくる。

 いや、事実だろうが。


「いひっ、マジ? もしかして久郎くん、大当たりの人?」


 それとは対照的にいろはは心底嬉しそうな様子で、にまあっと笑みを深めた。


「そっかそっかあ、もうバレちゃってんのか。そんじゃ、隠しててもしょうがないね」


 いろはが組んでいた脚を元に戻して、立ち上がった。

 そして、長くて太いおさげの先端を結んでいたリボンをするりとほどく。


 三つ編みにまとめられ、捻じれていた黒髪が下から広がっていくのと同時に、その変化は始まった。


 紫色だ。

 いろはの長い黒髪が波打ちながら、淡い紫色の光を帯びていく。

 毛先が意志を持っているかのように重力を無視して揺らめきだす様は、まるで海藻だった。

 もともと白かった肌は、下を流れる血管が見えてしまうのではないかというほどに透き通っていく。

 耳の先端が尖り、細い指の先の爪も伸びたようだ。


「どう? 流石にびっくりした?」


 ずいっと顔を覗き込まれ、その瞳もまた紫に輝いていることに気づいた。

 瞳孔の形も変わっている。

 円ではなく、黒い星型だ。

 星、五芒星、それが象徴するものは確か。


「……あんた、やっぱり魔族かよ」

「ワン子は魔物で、私は魔族。そう、久郎くんは、そういう呼び方をするんだね」


 きしし、と笑ういろはの歯はさっきまでと違ってギザギザに尖っていた。

 独特な笑い方に、息が擦れるような響きが混ざっている。

 肌が白すぎるせいか、口の中が毒々しいまでに赤く見えた。


「でも、違うよ。私も、ワン子も、元々はただの人間だしね」

「ただの人間、ねえ。そうは見えないけどな」


 言ってる傍からいろはの動き回る髪にあちこちをくすぐられてる身としては、信じられない。

 女性の髪特有の良い匂いの中に、俺がよく知ってる怖気が混ざってるからな。

 この気配を忘れるわけがない。


「元々は、って言ったよねえ。少なくとも君が知ってる何かとは別だと思うよ。私達はあることがきっかけでこうなっちゃったの」

「……あること?」

「5年前、って言えばピンとくる?」

「それは」


 俺にとって決定的な変化が生まれた日のことが頭をよぎり、思わず言葉に詰まってしまった。


「私の予想では、この不思議な姿と君が5年間居た場所には、繋がりがあると思うんだあ」


 普通と異常の、日常と非日常の境目。


 俺の全てが狂いだしたあの日のことを、こいつは言ってるのか。


「その様子だと、ちょっと興味出てきたみたいだね」


 黙っている俺を見て、いろはは満足げに頷いて一歩後ろへ。


「まあ、まずはこれを見てもらおっかな」


 いろはがパチンと指を鳴らすと、部屋の前方に設置されていた白い垂れ幕のようなものが、ひとりでに降りてきた。

 パソコンに繋いだプロジェクターからの画像を写すスクリーンなんだろうが、いろははリモコンらしきものは持っていない。


 どうやって操作してるんだ?


「グレムリンって、知ってる? これ、私の能力ね。機械を触らなくても操れちゃうの」


 俺の疑問に答えるように言ったいろはの長い髪の先の何束かが、ぴっぴっと機敏に動く。

 それに反応しているのか、スクリーンに画像が映し出された。

 犬女の次はリモコン女か。


 こっちは、向こうじゃ、見たことないな。


 始めはぼやけていた映像の焦点が徐々に定まっていく。

 どうやら何かの動画みたいだ。


『ねえ、何あれ? 浮いてる? 人、浮いてるって!』


 どこかで見たことがある街並みと蠢く人の波、その上に浮いている黒い物体。

 画像は荒くて、聞こえてくる音のノイズや手振れが酷い。

 おそらく携帯で撮影されたものなんだろう。


 何だこれ、と思った瞬間。


『うわあああああっ!』


 画面中央の黒い点から閃光がほとばしり、くぐもった爆発音が聞こえた。

 二度、三度と轟音が続く。

 画面の揺れが激しくなり、誰かの悲鳴らしきものが重なる。

 撮影主も逃げ始めたようだ。もうそこからは何が起こっているのかほとんどわからなかった。


 ただ、俺は画面の向こうの雰囲気で察する。


 何者かが突然暴れ出したんだ。

 何もないところから突然発生した閃光と爆発音にも見覚えがある。

 こういう暴れ方をする連中を俺は知っていた。


 魔族だ。


 地面はアスファルト、その上にはビルが立ち並ぶこっちの世界の街中で、魔法を使える化け物が力を振るっている。


 俺が今、目にしているのはそんな動画だった。


『やばい! こっち向いたぞ、走れはし……』


 宙に浮かぶ赤い瞳の男がカメラの方に手をかざした次の瞬間、スクリーンが真っ黒になった。


「久郎くんが言う魔族って、こんな感じの連中のこと?」


 これで動画は終わりということなんだろう。

 いろはの髪の毛がまた揺らぎだし、プロジェクターやらパソコンやらの電源が勝手に落ちる。

 スクリーンも天井の方に巻き取られていった。


「……今のは、何だ」


 いろはの予想の通り、動画の中で暴れていたのは確かに魔族だった。

 人に近い姿をしているのに、魔物たちを統べる上位の存在。


 なんでそんな連中がこっちの世界で撮影されたんだ?


「5年前のことなんだけどね、この街でビルが爆発してたくさんの人が犠牲になった事故が起きたの」

「……事故?」

「そういうことに、なってる。警察や偉い人は必死で隠してるけど、今見たのが真実。あの男は突然現れて、街を滅茶苦茶に壊した。幸い、あいつを止めることはできたみたいだけど」


 どうやって、ということをいろはは語らなかった。

 魔族は確かに恐ろしいが無敵じゃない。

 一人だけならこっちの世界の武器でも太刀打ちはできる……はずだ。

 間違いなく手こずるだろうけど。


「そして、その後でこの街に私達みたいなのが現れだした」


 いろはの怪しく輝く紫色の目に見つめられる。

 目の前の女はいつの間にか、にやにやと笑うのを止めていた。


「元々は人だったのに人じゃない力を持つ連中がね、今はいっぱいいるの」


 星形の瞳がちらりと犬走の方にも向けられる。

 機械を手で触らず自在に操作する女と、毛むくじゃらの犬に変身できる女、ね。


 いろはが言う力ってのは、人によって異なるものみたいだ。


「あいつがどこからやって来たにせよ、入り口はあったと思うんだあ。そして」

「…………」

「調べてみてわかった。久郎くんが行方不明になったのも、ちょうど5年前の同じ日だったんだよ」


 行方不明。

 5年前。

 いろはの言葉が記憶を呼び起こしていく。


 街を歩いていて妙な光を見たこと。

 その光に飲み込まれてしまったこと。

 そして、その先で、あったこと。


 この世界ではないどこかで経験した、長い長い5年間の記憶だ。


「君は、あいつがやってきた入り口みたいなものを通って、どこかに行ってた。私の予想ははずれかな?」


 いろはの言葉をただの偶然だと、否定することはできなかった。

 俺自身が違うと感じていたからだ。


 俺があの世界に行ったのと入れ違いに、向こうから誰かがやって来ていた。

 俺は望んで行ったわけじゃない。

 だが、誰かがやって来たのに巻き込まれたと考えれば説明がつく。


 まあ、説明できたからといって、何が変わるわけでもないんだけどな。


「お前の予想が当たりだとして、俺をここに連れてきたのはなんでだ。あの男のことなら何も知らないぞ」

「うん? ああ、あいつのことはとりあえずいいんだ。それよりこの街は今、ちょっと困ったことになっててね。人手が欲しくってさあ」

「困ったこと? まだ何かあるのか」

「そーなのよ。実はねえ、私達みたいに力を持ってる人間が調子に乗って色々悪さを始めちゃったわけよ」

「例えば、男子高校生を拉致する、とかか」

「それは言っちゃだぁめ。私達は悪い事をしようとしてる奴らを止めようとしてるからノーカンでいいの」


 いいわけあるか。

 こちとら現在進行形で健全な社会復帰に大きな影を落とされてんだぞ。


「久郎くん、何か色々知ってるみたいだしさあ。協力、してくれないかなーと思って!」


 ぱん、と軽く両手をうって、いろはがギザギザ歯のスマイルで明るく提案してきた。

 しかし、極太のわかめみたいな髪をふり乱したその姿に部活動の勧誘のようなさわやかさはない。


「ねーねー、早速だけどさ。久郎くん、魔族ってなあに? 君に一体何があったの?」


 言いながら遠慮なく顔を近づけてくるいろは。

 変身してもタレ目の下のクマは消えないようだ。


 自由自在に動くらしい髪の毛に座っている椅子ごと包まれながら、俺は少し考えて結論を出した。


「教えない、答えるつもりはない。そう言ったらどうするんだ」

「言わないよお。君、家族を大切にしたいでしょお」


 きしししし、といろはが笑う。

 そう。これだ。

 こいつがこういう態度を取るなら、俺の答えは一つ。


「ありがとな。お前がおしゃべりなおかげで、色々とわかったよ」


 口では自分たちは良い事をしようとしていると言ういろは。

 それが白か黒か、はっきりさせときたい。


「わかったって、何があ?」

「良い奴か悪い奴かは置いといて、お前らは大して危ない奴らじゃない、そこは間違いなさそうだ」

「なにそれ? どういう……」

「こういうことだよ」


 不思議そうに首を傾げたいろはに最後まで言わせず、俺は勢いよく立ち上がってその腕を掴んだ。

 不意を突かれたからか、元々隙だらけだったからか、そのまま後ろに捻り上げて机に押さえつけるのは難しくなかった。


「動くな!」


 血相を変えて襲い掛かってこようとする犬走を一喝して、牽制する。

 いろはを捕まえた以上、下っ端のこいつとしては下手に動くことはできないはずだ。


「お前らに教えといてやるよ。誰かを生け捕りにしとく時は、いつでも殺せる準備をしとくもんだ」


 相手だっていつ隙をついてやろうかと狙いを定めてるわけだからな。

 抵抗する意思は削いでおかないと。


「あ、あれれ? 久郎くん、手、縛ってたはずなんだけどなあ」

「あんなもん、お前が勿体つけて変身してる間に外したわ。ぼーっとしてたお友達を恨むんだな」

「うあっ! いったあ!」


 抑えつけている腕に力を込めると、いろはが悲鳴をあげた。

 こいつは妙に余裕ぶったところがある。

 まずは腹の立つにやけ面を引っぺがしてやるとしよう。


「俺の話の前に、お前らのことを喋ってもらうぞ。正直に話せよ」


 いろはの耳元に顔を近づけて低く言う。

 反撃の気配はなし。

 ゆらゆらしている髪の毛に攻撃力はないようだ。


「耳がくすぐったいよお。久郎くん、脅しなんて怖い事したら女の子に嫌われ……」

「どうでもいい。目的だ。釘原、お前らの目的を言え」

「いひっ、さっき言ったじゃん? 悪い事をしてる奴らを止めたいっていたたたたた!」

「……いいか、あと一回しか訊かないぞ。この腕が大切ならよく考えて、答えろ」


 グッと、いろはの腕を靭帯に負担がかかる方向に捩じる。

 このまま力を込めていけば簡単に千切れるだろう。

 そのことはいろは自身も痛みで理解できるはずだ。


「お前の、本当の目的だ。言え」

「ほ、本当だよお! 信じて! 私は本当に街を守りたいだけ! 君の家族に手を出す気もないから! こうでもしないと、君の力を借りられないと思ったの! 気に障ったなら謝るから!」


 念を押すようにゆっくりと区切った言葉に、いろはは泣きそうな声で訴えてきた。

 嘘を腕一本犠牲にしてでも突き通そうとしているなら恐ろしい根性だが、これは違うな。


 本気で怖がってる。


「そうか。だったら、別にいい」


 もう新しい情報は何も出てこない。

 そう思って俺はいろはから手を放し、自由にした。


「大丈夫⁉」

「ういい、すっごく痛かったよぉ」


 俺を押しのけるようにして犬走がいろはに駆け寄った。

 めそめそと腕をさするいろはを、犬走は心配そうな表情で見つめる。


「悪かったよ……流石に骨を折ったり、腱を切ったりはしてない」

「そういう問題じゃないでしょ!」


 顔を上げて凄まじい形相で俺を睨んできた犬走の目にも、涙が浮いていた。

 胸の底からじわりと湧いてきた罪悪感に耐え切れなくなって、俺は二人から目を逸らす。


 暴力で人を支配した時に感じる、独特の後ろめたさだ。

 本当にここまでする必要があったのかと、自分自身に問いかけてしまう。


「今のでわかっただろ。これでもまだ、俺に力を借りたいか」

「絶対に嫌! あんた、何なんだよ! 頭おかしいんじゃないか!」

「かもな」


 犬走が敵意もあらわに歯をむき出して怒鳴ってくる。


 先に脅してきたのはそっちだ、とか、人を誘拐したことを棚に上げやがって、とは、言わない。

 そんな言い訳で正当化できるようなことじゃないからだ。


 やらなきゃよかったと思うようなことを、躊躇なくできてしまうことが問題なんだ。


「俺のことをまともじゃないと思うなら、もう関わってくるな」


 いろはを気遣う犬走をできるだけ見なくてすむよう、俺は背を向ける。

 後ろから襲い掛かってきたらどう対処しようかと、勝手に考え出す頭が恨めしい。


「帰るぞ。出口はどこだ?」

「ドアなら向こうについてんでしょ! 勝手に出てけよ!」


 確かに犬走の言う通りだった。

 部屋の前方と後方に二か所、普通の引き戸がついている。

 鍵もあるにはあったが、特別な物じゃない。内側から指一本で開けられる普通のやつだった。

 そもそも。


「……ここ、学校じゃねえか」


 ドアを開けると、そこは今日から通い出した高校の廊下だった。

 視線を上げると『第二視聴覚室』と記されたプレートが見え、俺は深く溜息を吐く。


 後ろ手でドアを閉めて、歩きながらポケットからスマホを取り出した。


「げ」


 時間を確認しようと画面を見たら、メッセージが山のように届いていた。

 『遅くなるの?』に始まって『今どこにいるの』と続き、延々と俺を心配する文面を送り付けてきている姉ちゃんはまあ、まだいい。


 だが、その中で一つ。


『大丈夫? まさか道に迷った?』


 妻崎が送ってきていた文面に目が留まり、自分が鞄すらほったらかしでここにいる事実を思い出した。


「…………やっちまった」


 ハンバーガー屋にいた時から、三時間は経ってやがる。

 今から行っても間に合うわけがない。


 せっかく再会できた気のいい友達も、流石に激怒していることだろう。

 そのくらいは俺にもわかる。


「なんて説明すっかなあ……」


 明日が怖い。

 それに。


 こんな場所で脅しなんてやってるうちは、普通の高校生に戻るなんて到底無理そうだ

 現代社会において、暴力と出会う機会って、まあ少ないと思います。

 そういう生活を送れていること自体が幸せなのかもしれません。

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