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二十五 隠し事

「げばあっ!」


 今日は、六人か。日に日に規模が大きくなってきてるな。

 最後に残っていたチンピラの鳩尾に膝蹴りを入れ、動かなくなったのを確認してから、改めて周囲の様子を見回す。


 倒れている男の数は、一、二、三……うん、やっぱり六で間違いない。


「……こっちの三人が尾長の手下で、こっちがそれと仲が悪かった連中、ってところか」


 ここにやって来た時にチンピラ達が罵り合っていた内容から、俺は六人を三対三に仕分けした。

 どいつもこいつもガラが悪いうえに、血の気が多そうな雰囲気なのは間違いない。


 しかし、だ。


「こんな場所で喧嘩か」


 チンピラ達が転がっているのは、人目につきにくい路地裏ではなく、繁華街の中を走る道端だった。

 まだ人の多い時間じゃないにしても、この辺の店の中に居る人間が気づいて警察に通報する可能性は十分にあるはずだ。


 そんなことさえ頭から抜けてしまうほどに、こいつらは苛立っているということなんだろう。


「嫌な、空気だな」


 尾長が殺されてから、もう四日。

 それをきっかけにして、明らかに町の様子は不安定になってきている。


 それこそ何も知らない人たちでさえ、漠然と何かに脅えだすほどにだ。


 こういう淀んだ不鮮明な空気は、ろくでもない何かを呼び寄せる。

 とても大きな、取り返しのつかない出来事の始まりになりかねないことを、俺は知っている。


「いろは、犬走の方はどうだ? 応援に行った方がいいか」

『ううん、応援はいらないかな。ワン子の方も片付いたみたい』


 呟いて尋ねると、すぐに耳元の通信機からいろはの声が返ってきた。

 今日も今日とて、俺はゴーグルにマスクと雨ガッパだ。

 多少使い勝手のいい道具は梶さんにもらったものの、変身すれば正体を隠せる犬走が羨ましい。


 同時に二か所で揉め事が起こるなんてな。

 俺は二手に分かれて対処に向かった犬走のことを思う。

 向こうも既に終わったということは、似たようなチンピラ同士のいざこざだったんだろう。


『いまんとこ、他にトラブルもなさそうだね。一旦、こっちに戻ってくる?』

「ああ、そうする……いや、ちょっと待て」


 誰かが、こっちを見ている。


 どこからだ?


 首の後ろがざわつくような感覚に、俺はすぐさま視線を周囲に走らせた。

 チンピラの喧嘩を見に来た野次馬じゃない。

 明らかに俺の様子を窺っている気配だ。


「……あっ」


 通りから脇道に入る曲がり角に、そいつは居た。

 ゴーグルをかけていても、俺の視線が自分を捉えたことに気づいたのだろう。

 短く声をあげて、その人影は細い道の向こうに消えた。


 見覚えのある顔だったな。

 あいつは確か、尾長と最初に戦った時に一緒に居た奴じゃなかったか。


 名前は……そうだ。古森だ。

 死んだふりの次は、仲間を見捨てて逃げたってところだろうか。

 放っておこうかとも思ったが、俺はふと、あることに気づく。


「いろは、確かめたいことができた。少しうろついてから、帰ってくる」

『うん、わかったあ。ただし、一人で危ないことしちゃダメだよ。気をつけてね』

「了解だ」


 返事をしてすぐ、俺は古森が消えた路地に向かって駆け出した。



 逃げる古森を追い詰めるのに、それほど時間はかからなかった。


「ちょ、おい、待ってくれ! 頼むから見逃してくれよ! 今日は俺、何もしてないだろ!」


 狭い路地を闇雲に逃げ回ったあげく、自ら袋小路に入り込んだ古森が行き止まりの壁を背にして喚き散らす。

 確かに、この男は今日、特に悪事を働いたわけじゃない。


 用があるのはこの間の一件についてだ。


「……騒ぐな」


 俺は古森との距離を一気に詰めて、服の襟首を掴み、力任せに後ろの壁へと押し付けた。


「ひいいっ! こ、殺さないでくれ! お願いだ!」

「落ち着け。殺すようなことは、しない。」

「嘘だ! 尾長さんを殺ったのはお前だって、みんな言ってる!」


 そういうことに、なってるのか。


 顔を引きつらせ、半狂乱で身を捩らせている古森に向かって、俺は声のトーンを落として話しかける。


「それは俺じゃない。そのことは沢尻と、岩田とかいう奴らが知ってるはずだ」


 俺と尾長が最後に顔を合わせたのは、あの廃工場でスライム女とゴーレム男に負けた時だ。

 確かに腹に蹴りを入れた記憶はあるが、死ぬほどではなかっただろう。


 あいつは誰かに執拗に殴られて、死んだ。

 いろはの調べた限りじゃそういうことになっている。


 まあ、古森にそれを伝えたとしても大した意味はないんだろうが。


「じゃ、じゃあなんで……」

「あんたにはオーガのことで一杯食わされたからな。少し、聞きたいことがある」

「はあっ? 何の話だよ、俺は知らね、ぐええっ! ちょお、締まる締まる!」


 とぼけようとした古森の襟首を掴む手に、力を込めて締め上げる。

 俺はこいつに騙された。

 悔しいが、それは間違いなく事実だ。


「尾長はオーガってチームの一員だ。あんたは、あの日、そう言ったよな。だが、オーガはチームなんかじゃない。尾長や、沢尻、岩田と同じ、妙な力を持った奴の一人だって話だ」

「ええ? そうなの? 俺は、てっきり……」

「しらばっくれるな。あんた、オーガについて何か知ってるんだろ。なんであんな嘘を吐いた?」


 この古森という男をわざわざ捕まえたのは、騙されたことに対する憂さ晴らしじゃない。


 都合よく嘘を吐くことができたということは、裏を返せば、真実を知っているからだとも言える。

 今はどんな些細なことでもいいから、オーガについての情報が欲しい。


 目の前のしょうもないチンピラは、それを持っている。

 そんな確信があった。


「わかったよ、悪かったって! あの時、あんたを騙してなかったら俺がボコられてた!」


 追い詰められて、開き直った。そんな調子で古森が白状する。


 やっぱり、そうか。


「あんたの嘘のせいで、俺はまんまと廃工場までおびき寄せられた。その手柄で、あんたは脅されてペラペラ喋ったことに対する罰を逃れた。違うか?」

「そうだよ! 仕方なかったんだ! わかるだろ!」


 不良の集団にだって、ルールや立場がある。

 この古森という男は、腕っぷしやら態度を見る限り、尾長を中心としていた仲間の中でも一番低い立ち位置にいたんだろう。

 そんな奴が敵に締め上げられたからといって、仲間を売るような真似をしたら、それこそタダじゃすまないはず。


 尋問されていたあの状況で、自分が助かるだけじゃなく、俺を罠に嵌めるための手段を考えつくなんてな。


 この古森とかいう男、小物なのは間違いないが、頭はかなりよく回るらしい。


「それは、わかった。じゃあ、改めて訊くぞ。オーガについて何か知ってるか? 今度は、本当のことを言え」

「ああ、ああ! 話す、言うから! ちょっと手を緩めてくれよ」

「駄目だ。あんたは信用できない」


 この手のずる賢い奴は、余裕ができるとすぐに悪知恵を働かせるからな。

 信憑性の高い話が聞けるまでは、追い詰め続けておいた方がいいだろう。


「もう嘘は、なしだ。賢い選択をしろよ」


 左手は古森の襟首を掴んだまま、俺は腰元のホルスターに右手を伸ばして投げナイフを一本抜いた。

 そして、そのナイフを古森の顎の下に突き付ける。

 刃は落としてあるので刺さることはないのだが、近すぎて古森にはわからないだろう。


 その証拠に古森はひゅうっと息を呑み、小刻みに首を縦に振った。


「……オーガって名乗る奴が現れたのは、三、四年、とかそのくらい前のことだったはずだ。青いパーカーを着てて、フードで顔を隠してるらしい。聞いた話じゃ、角みたいなもんが生えてるとかなんとか。鬼みたいな見た目だから、みんなオーガって呼ぶようになった」

「角? つまり尾長たちみたいに、何か特別な力を持っているのか」

「それはよくわかんねえけど、とにかく信じられねえくらい強い奴なんだ。あいつに目をつけられたらおしまいなんだよ。それで潰されちまった人が何人もいる」

「どんな連中が目をつけられるんだ?」

「狙われるのは大抵、尾長さんとか、岩田さんみたいな特別な力を持ってる人達だよ。ああいう人達が派手に暴れてると、どこからともなく現れて、その手下たちもまとめて病院送りにされるんだとさ」

「…………」


 ちょっと、待て。

 それが本当なのだとしたら、オーガは俺が想像していたような奴じゃない。


 町で特別な力を持った連中を相手にして戦っている。

 病院送りというのはやり過ぎだとしても、オーガのやっていることは、まるで、そう、まるっきり。


 いろは達がやっていることと、同じじゃないのか?


「まあ、ある意味、俺達みてーな普通のチンピラにはありがたい話なのかもな。あんな化け物どものケンカに巻き込まれたんじゃ、命がいくつあっても足りねえっての」


 俺の手の力が緩んだせいで少し気楽になったのか、古森はさっきよりも調子よさそうに喋り続ける。


「羨ましいよなあ。俺も、あの力がもらえりゃあ、もっと楽しいことできんのによお」

「おい、今なんて言った? 力を、もらうだって? 尾長たちは誰かに、あの力をもらったのか?」

「あん? 知らねえのかよ、あんた」


 俺の言葉に、古森は意外そうな顔をする。


 こいつがまた嘘を吐いていないのだとすれば、聞き捨てならない話だ。

 こっちの世界じゃない力、魔物のような何かに変わる能力をバラまいているような奴がいるのだとすれば、そいつの方がオーガよりよっぽど倒すべき相手だろう。


 いろははそのことを知らなかったのか?


「なんでも持ってるスマホやら、パソコンやらに、メールだかアプリだかよくわかんないもんが突然届くらしいぜ。それを開いたら、トカゲみたいになったって尾長さんは言ってた」


 スマートフォンや、パソコンにメール、か。

 要するにネットに繋がる電子機器ってことでいいんだよな。

 それに、魔物の力を得るための鍵が送られてくる。


 魔物というのは、魔族の下についている存在だ。

 もし、魔物のような奴らが意図的に増やされているのだとしたら、裏で糸を引いているのは魔族だろう。


 まさか。

 もしかしたら。俺の頭の中に自然と、ある仮説が浮かび上がってくる。


「……そのメールみたいなものの、送り主はわかるのか?」

「わかるわけねーだろ。知ってたら頼みに行くっての。ただなあ」


 考えを確かめるために尋ねた俺に、古森は呆れたように言う。


「送り主は、グレムリンって名乗ってるらしいぜ」


 そのまさか、だった。

 俺の予想は当たってしまった。


 俺がこっちの世界で見た魔族のような奴は、二人しかいない。

 一人は五年前に現れて街中で暴れ回ったという奴。

 そして、もう一人は、狼やトカゲのように変身するわけでもなく、スライムやゴーレムのように特殊な肉体を得るわけでもない。


 だが、そいつらと同じような気配を纏った奴。

 手で触れないでも、電子機器を操ることができる女。


 そんな偶然が、あるだろうか。


「わかった。もう、行っていいぞ」


 俺は古森の顎の下からナイフを引いて、襟首を掴んでいた手も放した。

 こいつにはもう、用はない。


「はあ? 急に、何で……」

「いいから消えろ!」

「ひいいっ! 何なんだよ、意味わかんねえよ!」


 力任せに投げつけたナイフが古森の顔の横を通り過ぎ、後ろの壁にはね返って甲高い音を立てた。

 古森は足元に転がったナイフを見て飛び退き、悪態をつきながら俺の横を走り抜けていく。


 追いかけるつもりはなかった。

 それよりも今は、確かめなきゃいけないことができてしまった。


「どういうことだ」


 俺は話しかける。

 ここには居ないが、きっと古森とのやり取りを聞いていたはずの奴に問いかける。


 案の定、耳元の通信機にすぐ返事があった。


『……どういうことって、何が?』

「わからないとは、言わせないぞ。いろは」


 もう誤魔化しようがない。

 こいつは俺に隠し事をしていた。


 わざと言っていないことがあったんだ。


「グレムリンってのは、お前のことだろ」


 俺の指摘に対して、今度の返事は遅かった。

 長い長い沈黙の後で、溜息のようないろはの声が返ってくる。


『バレちゃったかぁ……そっか……思ってたより、早かったなあ』


 その呟きに含まれた感情が俺には読み取れない。

 こいつは今、どんな顔をしているのだろうか。


『ねえ、久郎くん。今から二人で、お話しようよ。君に伝えときたいことがあるからさ』

「ああ。犬走の家に、行けばいいのか?」

『ううん。ここじゃワン子に迷惑かかっちゃう。三十分後に、学校の、いつもの部屋で、ね?』

「わかった」


 ぷつん、と通信が途切れるのがわかった。

 いろはがパソコンの前から離れたのだろう。


 学校か。

 この格好のままじゃまずいな。

 制服に一度、着替えないと。


 もう、こっちからの声もいろはには届かない。

 俺はまず、耳元から通信機を外してポケットにしまった。

 いろはは元々、ただの女子高生。

 こっちの世界で何が起きてたのかも、明らかにしていかなければなりませんね。

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