二十三 VS スライム&ゴーレムリベンジ
「余計なことは考えるな。集中しろ。命を、繋げ」
俺は強くない。
だから、できることは全てやる。
もう一度、思い出せ。向こうでの自分の戦い方を。
向こうに行ったばかりの頃は、おっさん……クライブさんの言っていることの意味と、価値がわかっていなかった。
だけど、今なら理解できる。
あの人が何を伝えようとしていたのか。
無敵なんて存在しない。
万全なんてあり得ない。
だからいつも慎重であれ、冷静であれ、視野を広く、賢くあれと、身体に教え込んでくれていたのだ。
まあ、あの人の場合、俺が何を言っても「違うわボケ」と否定するんだろうけどな。
『あーあー、もしもし、久郎くん? 聞こえてる?』
懐かしさに思わず顔を緩めそうになっていたところで、耳元からのいろはの声に現実へと引き戻される。
「ああ。聞こえてるよ。いつでもいける」
返事をしながら、目元のゴーグルに触れ、視線を下に落とす。
俺が今立っているのは、こないだのビルの上だった。
そして見下ろしているのは、スライム女とゴーレム男に惨敗した廃工場だ。
「準備はいいな?」
俺がそう呟くと、梶さんが準備してくれた小型の通信機から各々の返事があった。
『おっけえーい。がんばってねえ』
『リーダー面しないでくれる?』
『すまんな、橋爪。結局、一日じゃ大した物を準備してやれんかった』
「……いえ、そんなことないっす。ありがたく使わせてもらいます」
いろはと、犬走は置いとくとして、俺は申し訳なさそうな梶さんの通信に応えた。
犬走邸地下の秘密基地に招かれてから一日と少し。
俺は結局、ゴーグルに雨がっぱとマスクのスタイルで敵陣に乗り込もうとしている。
だが、梶さんは一晩で使える武器だけは用意してくれたのだ。
『そう言ってもらえると助かる。ホルスターには投げナイフが五本ずつ収まっとるからな。念のため、刃は落としてあるから殺傷能力はない。上手いこと使ってくれ』
「了解です」
返事をしながら、俺は左右の腰元に一つずつ下げたホルスターに触れた。
そこに入っているのは、梶さん自作の飛び道具だった。
ベルトに釣り用の錘を挟んでいたことからすれば、大きな進歩だろう。
今日は他にも必要な武器を持ってきたが、それはホルスターとは別にある背面の収納に入れてある。
たった一晩でここまで準備してもらったんだから、感謝こそあっても、不満なんて持ちようがない。
『二人は中にいるみたいだね。入り口の所に見張りっぽい人が三人、暇そうにしてたよん』
「すごいな、それ。そんなに小さいのに、ちゃんと飛んでる」
『きっしっしぃ、君がファンタジーの世界にいる間に、こっちの科学は進んでいたのだよ』
ブウウン、と巨大な昆虫の羽音のような空気の震えと共に、俺の目の前にプロペラがたくさんついたヘリコプターのような機械が降りてきた。
微かに揺れながら滞空し続けるこれは、ラジコン、ではなくドローンとかいう代物なんだそうだ。
『ねーねー、このコの名前、ミニいろはちゃんと、バグレムリンだったらどっちがいいと思う?』
「どっちでも……いや、バグレムリンがいいな。というか、俺はそっちでしか呼ばない」
いろはが力を使って遠隔操作しているらしいこの機械には、小型のカメラが積まれているらしい。
そのカメラで上空から工場の様子を窺ってきてもらった。
あいつらがいる。
それがわかれば十分だ。
『久郎くん、コンティニューだね。気合入れていこお』
「そもそもゲームオーバーには、なってねえよ。行くぞ」
ううん、負けず嫌い。
そんな、いろはのどこか楽しそうな声を聞きながら、俺は動き出す。
ビルから降りて、工場の敷地内に侵入するところまでは前回と同じだ。
散らかっているガラクタの間を駆け抜けていくと、いろはの言葉の通り工場の入り口に男が三人たむろしているのが見えた。
まずは準備運動だ。
速攻で仕留める。
俺は両手で腰元のホルスターからナイフを引き抜き、ちょうど背を向けていた二人の後頭部めがけて回転をかけながら投擲する。
二発とも当たったのを確認するのと同時に、右手でもう一本ナイフを引き抜いた。
その柄で、よろけている二人の側頭部を力一杯殴打する。
意識を奪えたと確信できる手応えはあった。
「てめ、どっからッ」
最後の一人が目を剥いて驚いているが、もう遅い。
俺はその顎を蹴り上げた後、背後に回り込んで首を締め上げた。
息を詰まらせた男の抵抗がなくなるまで、腕の力は緩めない。
『鮮やかだねえ。実際に見たのは初めてだけど、アクション映画みたい』
「大したことない。問題はここからだ」
ちらりと視線を上げると、工場の上空にいろはが操るバグレムリンが浮かんでいるのが見えた。
あんなに小さいのに、かなり高い所までいけるんだな。
感心していると、俺の目線に合わせるよう降下してきた。
『ちゃんと、見てるからね』
「ああ。タイミングは、任せたぞ」
ドローンに取り付けられたカメラと目が合った。
その向こうのいろはの気配を感じる。
これから工場に正面から乗り込む。
状況は前回とほとんど変わらない。
一人じゃない。それだけのことだ。
それだけのはずなのに、今度は負ける気がしないのはなぜだろう。
「沢尻瑞江に、岩田憲武だな。お前らに、聞きたいことがある」
工場の中に踏み込むのと同時に、俺は声を張って中に居た二人に呼びかけた。
こいつらの名前や、ここにやって来るタイミングはいろはが調べてくれたのだ。
俺の呼びかけに、前と同じようにデスクに腰かけていたスライム女、沢尻が面倒くさそうに立ち上がる。
「また来たの? 懲りないねえ。もしかして、お前、マゾなの?」
小馬鹿にしたような沢尻の言葉には、反応しない。
ただ、その動きに注意する。
ああやって喋っている間に体の一部をあちこちに仕掛けられたら厄介だからな。
こっちの要件だけ伝えればいい。
「オーガ、とやらについて知りたい。教えろ」
「何それ? ウチらを脅してんの? 質問するならさ、態度ってもんがあんでしょ。おチビちゃん」
「どの道、話す気はないがな」
イラついたように沢尻は片方の眉を上げ、岩田はむっつりとした顔のまま一歩前に出る。
こっちだって最初から、交渉なんてできるとも、やろうとも思っちゃいなかった。
「だったら、力ずくで口を割らせる。後悔するなよ」
すかさず右側のホルスターからナイフを抜いて、沢尻に向けて投げつける。
今度は遠慮しない。
「だからあ、ウチらにそーいうの、意味ないんだって」
眉間に突き刺さったナイフを引き抜いた途端、沢尻の体が溶け始めた。
また、地面に散らばったガラスを取り込んで襲い掛かってくるつもりなんだろう。
そう、これを待っていた。
「犬走、今だ!」
「了解! 外すなよ!」
俺が叫ぶのと同時に、工場の中に茶色い毛の塊が猛然と突っ込んできた。
獣の姿になった犬走は一気に沢尻との距離を詰め、跳びあがる。
そして空中で、背負っていた大きな袋を上に放り投げた。
犬走が投げたその袋の中央にはバツ印が描かれている。
俺はその中央に向かってナイフを投げつけた。
ナイフが刺さったその場所から、ボスっと袋の表面が大きく裂ける音がして。
「ぶえええ、なにこれ!」
中から大量の白い粉がまき散らされて、スライム状の沢尻へと降り注いだ。
「……目潰しのつもりか」
「さあな」
訝しむ岩田の言葉には答えない。
どのみちすぐにわかることだからな。
「うええ、くっそ、やってくれんじゃん犬っころ」
「良かったんじゃない? ほどよく色白になれたみたいで」
「はあ? ウチはもともと美肌だっつーの」
「ぶよぶよ女がよく言うよ。どうせその将来垂れそうな胸も偽物でしょ?」
「殺されてーのか、ガリペチャ犬が」
「はっ、やってみなよ。デブゼリー」
煽る犬走に、それを追い始める沢尻。
確かに引きつけておいてくれとは言ったが、どうも個人的な感情で毒づいていたような気がしないでもない。
まあ、結果としては良かったんだろうが。
「おい! 瑞江! 何をやってる!」
「ほっとけよ。アンタの相手は、俺だ」
頭に血がのぼらせ犬走を追いかけまわし始めた沢尻を見て、岩田が血相を変えて呼び戻そうとする。
だが、そうはいかない。
二対二ではなく、一対一を二組作る。
それが俺達の狙いだった。
「邪魔だガキ!」
近づいた俺に振り下ろしてきた岩田の拳を、ギリギリまで引きつけて躱す。
雨がっぱの表面をかすめていく拳の感触。
俺はそれに逆らって岩田の懐に踏み込み、背面の収納から用意してきた武器を引き抜く。
「ぐ、おおおおっ!」
それは、梶さんにもらった金槌だった。
いくら岩のように硬い身体であっても、元々が人間である限り脳や痛みを感じる神経はあるはず。
そんな俺の読みは当たっていたようで、顎を鉄の塊でしこたま殴られた岩田が苦悶の声をあげる。
「所詮、岩は、岩だな。鉄よりも硬くはなかったらしい」
「調子に! 乗るなよ!」
激昂し、力任せに振られた岩田の腕をしゃがんでやり過ごし、俺は距離を取る。
……そろそろのはずだ。
「な、なにこれ!」
突如、沢尻の悲鳴が工場内に響き渡った。
さっきまでの気だるい雰囲気でも、犬走に切れていた雰囲気でもない、
本気で何かに脅えているような声だ。
俺は事態を察して、呟く。
「……始まったか」
見れば、沢尻のスライム状の体の表面が白く、そして固まり始めていた。
ホットケーキの生地を作る時にボウルの中にできるダマのような粒が体のそこら中に浮かび、肌がところどころひび割れ始めている。
「アンタたちっ、ウチの体に……っ、何を!」
「料理もしたことないわけ? 小麦粉に水を入れたら、固まるんだよ」
何が起きているのかわからない、とばかりに半狂乱で叫ぶ沢尻に、犬走が種明かしをする。
そう。
さっきの白い粉は重さにして二十キロにもなる大量の小麦粉。
それが梶さんが考えたスライム対策だった。
「あ、ああ、いや、なんで! もとに、もどらな、混ざる! やだ崩れ、やだあああああああっ!」
梶さん曰く、ドーナツだったら四百個くらい作れるらしい小麦粉を浴びたせいで、沢尻の体が水気を失い、ボロボロと崩れていく。
人間の姿に戻ることも出来ないのか、沢尻は恐怖で泣き叫んでいた。
「瑞江!」
もはや原形を留めていない沢尻の所に行こうとする岩田だが、逃がしはしない。
「言ったろ。アンタの相手は俺だ」
俺はホルスターからナイフを引き抜いて背を向けた岩田に追いすがった。
左手のナイフの先端を岩田の腰元に突き付け、逆の手に握った金槌をその柄に力一杯叩きつける。
金属質な音が響き、ナイフが岩田の表面に埋まった。
これで、終わりだ。
「犬走! 頼む!」
「あいよ!」
背面の収納から先端を輪っかの形にしたロープを取り出し、今刺したばかりのナイフの柄に引っ掛ける。そして、ロープの反対の端を犬走に向けて投げつけた。
そのロープを咥え、犬走が駆ける。
グルグルと、岩田の周りを物凄い速さで、幾重もの円を描くように走る。
これで、ゴーレムの簀巻きの完成だ。
「ぐ、ぬ、くそガキどもが!」
岩田がロープを切ろうと身悶えしているが、多分、無理だろう。
なんでも使っているのはアラミドとかいう鉄の何倍も丈夫な繊維なんだそうだ。
梶さんの話じゃ、重機でもない限り引きちぎるのは難しいんだとか。
「へっへー! どうだ! ザマミロ!」
最後に岩田を蹴っ飛ばして、床に転がした犬走が歓声をあげる。
本当に、よくやってくれた。
「おつかれさん、ありがとな」
「わうっ! ってどさくさ紛れに撫でんな馬鹿!」
「……ごめん」
つい頭に手を伸ばしたら、噛まれてしまった。
滅茶苦茶痛いが、今のは俺が悪かったな。うん。
「おい! 瑞江! 大丈夫か! お前ら、あいつに何かあったら、殺してやるぞ!」
倒れたまま身動きが取れなくなった岩田が身を捩りながら、がなり立ててくる。
確かに今の沢尻の状態は見ていてなかなかにキツイものがあるだろう。
そこを、利用させてもらう。
俺は岩田を仰向けにして上に跨り、首元にナイフを突きつけた。
これでゴーレムの姿を解いても、逃げることはできない。
「質問に、答えてもらうぞ」
「ふざけるな! 誰がお前らなんぞに……」
「あの女を元に戻す方法を教えてやる。素直に話せば、これ以上は何もしない。約束する」
「…………っ!」
俺が出した条件に岩田の瞳が激しく揺れた。
睨み付けられてはいるが、これはもう落ちてる奴の表情だ。
ぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえそうなほどに顔を強張らせている岩田に、俺は訊く。
「オーガってのは、どういう組織なんだ? お前や、沢尻、尾長はそのメンバーなんだろう?」
「…………違うな。見当違いもいいところだ! オーガはそういうものじゃない。組織じゃないんだよ」
「何だって?」
オーガはこいつらみたいに魔物の力を手に入れたチンピラの集団。
いろはの目的を果たすにはボスを叩けばいい。
そういう話じゃ、なかったのか?
「俺達みたいな力を持った連中の、頂点なんだよ。あれはな」
そう言った岩田が、くっくっと肩を揺すり始める。
「何が可笑しい?」
「いいや。あいつに比べれば、お前なんて可愛いもんだよ。ガキ」
「あいつ? アンタ、会ったことがあるのか。その、オーガに」
「俺も、瑞江も殺されかけたことが、一度な。この街で力を使って、派手なことをすればあいつは現れる」
こいつらが、殺されかけた?
単体ならまだしも二人同時に相手して、どうにかなるものなのか。
「どうすれば、そいつに会える?」
「さあな。ただ、お前がこんなことを続けてれば、すぐだろうよ」
「…………」
「忠告しといてやるよ。命が惜しければ、関わるな。俺が言えるのはそれだけだ」
冗談や負け惜しみじゃない。
本当にそう思っている。
岩田の表情を見た俺はどうすべきか少し考え。
「わかった。もういい」
岩田の上から降りて、ロープを留めていたナイフを引き抜いた。
拘束が解け、自由になった岩田はゴーレムから人間の姿に戻り、白い塊になってしまった沢尻へと駆け寄る。
「そいつを元に戻すには、シャワーでも風呂でもいいから、とにかく大量の水で洗い流せ。核の部分は傷つけてないから、それで大丈夫のはずだ」
「くそ! 水だな! 待ってろよ、瑞江! すぐ連れてってやる!」
俺の言葉を聞くなり、岩田が粉まみれになりながら辛うじて胴体とわかる沢尻の体を抱え上げ、走り出した。
反撃する、なんて考えもしないみたいだったな。
よっぽど大事な相手なのがその様子から分かった。
「結局、何もわからないのと同じだったな」
逃げ去った岩田の背中を見送って、俺は小麦粉で汚れまくった工場内を見回す。
あいつらを倒しても意味はなかった。
苦労しただけに、肩透かしをくらった感が尋常ではない。
「オーガ、か。どんな奴なんだろ」
犬走も俺と同じ気持ちだったらしい。
その声色に、さっきの歓声のような明るさはない。
ここで悩んでも、同じことだ。
俺がそう思って、帰ろうとした時だった。
『久郎くん、お疲れのところ、悪いんだけどさ』
耳元の通信機からいろはの声がした。
なんだろう。
いつものようなふざけた感じがない。
こいつも成果がなくて落ち込んでるのか?
「どうした?」
『ちょっとね、大変なことがあったみたい』
「…………大変なこと?」
次に続いたいろはの言葉を聞いて、俺は自分の背筋が凍りつくのを感じた。
ちょっと待て。
何を言ってるんだ。
『尾長が、殺されたって』
それは、間違いなく、こっちの世界の話なんだよな?
どんな役割であっても、人である以上、簡単に死んでいい存在はないと私は思います。
ここが、この物語の転機になります。




