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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第五章 睫毛
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第13話 農民たち

 道ではないから林の枝に何度も引っかかりながら、ジャケットに数えきれないほつれを作って像の見える所まで来た。松明の明かりで煌々としているものの、まだこの林には放火されていなかった。像には基部を取り外せないか試行錯誤するチンピラが、少し遠巻きに農民たちがいた。ハンマーを持ち出している奴もいる。業を煮やして破壊活動を始めるのは時間の問題だった。


「離れろ!」


 林から飛び出して一番近いチンピラを撃った。驚く敵は反撃に出ようとするもその前に撃たれ、しかし最後残ったチンピラが短銃抜く。素早く対応して、こいつも討ち取れるはずだった。


「あッ!」


 あろうことか、カービンは弾切れだった。ボルトは開いたままに引鉄の感触はなく、ニヤリと笑うチンピラは鷹揚に銃口を向けた。格闘戦に持ち込むには距離がある、しかし撃てば誰でも当てられるくらい近い。こうなったらカービンごと投げつけようとバットみたいに振り上げた。

 その時異変があった。背後に立ちすくんでいた農民たちが、彼らは皆手に手に棍棒等を携えていたのだが、そうした武器をチンピラに向けて叩きのめし始めた。


「あ、おいこの野郎!裏切る気か!」

「もうお前たちの言いなりはたくさんだ!」

「俺たちに仕事頼んだくせして、このドン百姓!うげっ」


 急所に棒をぶち当てられてチンピラは気絶した。ケーイチはその隙に弾倉を交換して、像の前に立つと農民たちを狙った。しかし、彼らの目に敵意が無いわけではないのは確かだが、殺意とでもいえばいいだろうか、子々孫々にまで祟りつけるような復讐心は感じられなかった。不意に先だってケイトが漏らした言葉が思い起こされる。それでも、まずは威嚇した。


「ここから去れ!今の助太刀感謝するもここはクリーズ家の敷地、エリック・クリーズに危害を及ぼす者は近づけられない!」

「乱暴する気はハナからねえ!ただクリーズに頭を下げてもらって、金がもらえればそれでいいんだ!」

「だからよ、盗人しに来たんだろうがよ!」

「泥棒じゃないわ、私たちは話し合いで解決しにきたのよ!」

「だったらなぜあんな連中連れてきた、乱暴な奴らを、あいつら略奪と強姦のことしか考えてねえじゃん」

「・・・我々の誤算だった。クリーズ社は兵隊を雇ったという噂があった。そこに近づいてきたのがあいつらだ。我々を護衛して、相手が武力を用いても交渉の場を設けさせてくれると、そう言った。しかし違っていた」

「こっちは逆に、お前らが復讐しに来るからって武装をしていたんだ。あんなチンピラがやって来るって予想してさ」

「復讐?できるものならしたいわ!」


 女の農民が叫ぶと共に、キッと吊り上げた目尻から大粒の涙を流していた。土を奪われた農民の涙は、ケーイチの中にルビヤ村をまざまざと浮かび上がらせて、次の発言を許さなかった。もしルビヤ村が被害に遭っていたら、彼が村民を率いて流れ者の手なぞ借りずに同じことをしたのかもしれないのだ。


「土地を追われて、あれっぽっちの賠償金で、どうやって家族を養っていけばいいの!せめてお金だけでも十分にもらわなきゃどうしようもないじゃない!」

「そうだ、まだこんな家に住んでいやがって、金を出せってんだ!」

「すまない、わかった、お前たちの苦労はよくわかった。俺も農村にいたから。ともかく帰れ、チンピラ以外は罪に問わないよう、俺からクリーズさんに頼むから」

「帰れだと、ふざけんな!」


 ケーイチの逃げ腰な言葉は逆効果かもしれなかった。チンピラを叩きのめして助けてくれた様子はどこやら、なかったはずの殺意が沸々と膨らんできて、棍棒とはいえこの数だとひとたまりもない。観念してカービンを置くと、跪き両手をついた。


「この通りだ、すまない。俺はこの家に雇われて話を聞いただけで、君たちの責任を負えやしない。だからこの頭を下げられても仕方ないかもしれないが、あの家にも、責任を負える奴がいるかはわからない。仕事には関係ない御曹司と使用人がいるばかりだ。それでもエリックに会うことさえできれば、なんとかなるかもしれない。だから危害を与えることだけはやめてくれ」

「クリーズさえ出てくれば俺たちは何もしない。危害も加えない。略奪や破壊は目的じゃないからな」

「なら手伝って欲しい、あのチンピラ共の排除だ。あいつらがいる限り、家人の安全が保証されなければ会わすことはできない。それさえできれば、俺が責任持って交渉の場を作る」


 ケーイチが本来無関係であることは話を聞くうちに承知で、その上で激昂してきた農民たちであるが、彼の言うことは確かだった。交渉口が欲しかっただけである。またケーイチの三つ指つく手の、たかだか一年農業をしたというだけで同じような物になるわけでもなかったが、彼自身が農民だったと言う言葉に、無関係にも関わらず土下座までする態度に、妙な親しみを覚えさせていた。

 その点で農民たちは特別純朴であるのかもしれない。棍棒握る手の力を幾分抑えて、一人が転がるカービンを拾ってケーイチに差し出した。


「クリーズに会わせると、約束するか」

「もちろんだ。できないことは言わない」

「なら、俺たちは何をすればいい」

「やってくれるか?」

「お前の手と、地面に擦り付けた頭を信じよう」


 ケーイチは頭を上げると、瞼に少し溜まっていた涙を指で弾いた。カービンを受け取って背後の像を見上げると、オレンジ色の光がぶちまけられる白い顎を睨みつけた。


「手伝うフリをしてあのチンピラを襲ってくれ。それから、向こうの林に火が点けられたようだ。できるだけ消火も頼みたい」

「あんたは?」

「また戻る。いよいよエリックたちは危ないだろう」


 それぞれの役目で散っていく農民の背を追いながら林を出た。ケーイチは自分の口から出た農民との約束と、また会いに来ると言ったエリックとの約束を比べてみて、急に恐ろしくなった。敵は邸宅の一階を制して、壁を伝い二階の窓からも侵入を試みている。どちらの約束も果たせないのではと、蒼ざめて走った。しかし、逸る心のもどかしさがおかしく心臓を揉んだ。

 何もかも手遅れになると無駄に目を瞑ったその時、頭上を何かが風を切った。

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