第14話 あっけない
見上げると複数の鳥、いや人影が、その何人かは林へ、何人かは邸宅へ向けて飛んでいった。中には少し小柄な金髪が火に浮かび上がり、レッタだと確信した。いよいよ自警団の到来らしかった。団とはいっても少人数、しかし彼らは空駆ける能力を活かして壁のチンピラをはたき落とし見事に撹乱していた。敵は空から襲撃してくる鳥人相手に集団で追いかけ、ある程度人数がまとまると網を投じられてたちまち団子になる。庭を引きずり回される団子はそのうち動きが止まり、ケーイチが駆け寄ると中ではあちゃこちゃ身体を捩じるチンピラが苦痛と疲労の声を上げていた。短銃の銃身が網の隙間から明後日の方を向いていて、握ると簡単に取り上げることができた。
あっけない終わり方だった。あれほど緊張していたのに拍子抜けさえする。家も像もエリックのことも急にあやふやになってきて、夢見ていたように、下手に命を懸けたことから現実味が去った。喜びというかは張り詰めた糸の切れて、待ち望んでいた救援に対してもなぜか困惑している。走って邪魔者を蹴散らし、梯子を駆け上がって倉庫部屋の敵を掃討し、颯爽とエリックの前に姿を現すというビジョンが、約束の両方を果たせないかもしれないという恐怖の裏にどこかあって、それを考えなくて済むということが、なにか大層残念なものに感じられた。危機に瀕して焦りに動かされた心の正体が、実際エリックに対して見栄を張りたかったからなのかと思うと唖然とした。
では、見栄を張りたかったのはなぜか?思考を巡らしてしまう前に、力が抜けた指で無造作に弄っていた短銃が暴発した。
「動くな、銃を捨てなさい!」
2デールほど後ろ斜め上から、翼の羽音と共に声が聞こえた。鷹揚に振り向くと銃声と同時に腕を殴られる衝撃で、空っぽの短銃が弾き飛ばされる。ケーイチは腕の痛みに苦い顔で両手を上げた。敵と誤認されていることは嫌でも判って、エリックもケイトたちも近くにいない、弁解ばかり必死で考えた。
「待ってください違うんです!その人は味方で仲間で友だちなんです!」
あの子にしては珍しい言葉だと変に他人事のように感じると、それがレッタであると彼女の顔をはっきり浮かべる前に身体がよろめいた。エリックたちのいる倉庫部屋から飛んできたレッタは、ケーイチの鳩尾あたりにすりつける泣きじゃくった顔を上げた。
「レッタじゃないか」
「なにがじゃないかですか!ケイトちゃんたちと一緒じゃなくて心配したんですから!」
「そうか、レッタにまで心配かけるようじゃいかんなあ」
「ほんとにいかんです!いけないですよ!いくらケーイチさんがいけすかないからって、いなくなっちゃだめなんですから!」
「悪かったよ、ごめんな。エリックたちは無事か?」
「それはもうぶじったら無事です。林の火だって、ほら、消え始めました」
「農民たちはよくやった、エリックたちもレッタもよくやった。ありがとう」
上げていた腕を下ろしてレッタを抱きしめた。彼女の子どもっぽい熱に安心できるようで、僅か数時間離れていただけであったのに懐かしくもあった。ケーイチが懐かしいと感じられたのは、彼がその感覚を求めていたからでもある。この邸宅での仕事が予定外のことも含んで全て終わり、もう行かなければと、今度はハルトたちに会いたくなった。
レッタを横に抱いて家にエリックの元へ戻ろうとすると、目の前に鳥人が立っていた。長身の女でレッタと同じく金髪に短銃等戦闘装備がよく似合う美人、見覚えがあった。彼女は、エリックの仕事を受ける前に寄った興行団体の団員だった。
「あなたは自警団でもあったのですか」
「そう、曲芸飛行の側にね。自警団の一部だけど。よかったわ、私たち偶然自警団の詰所にいたから。その子がんばったわよ、二人も怪我人運んできて、それから道案内もしてくれて」
「飛べない方の自警団は」
「他のは道を直してからそろそろ来るはず。その必要もなかったけど。賊が道を壊してたのかしらね」
「えらく遅れたと思えばそういうことですか。ご苦労さんです」
「賊はこれだけ?」
「おそらく。ああ、でも農民は解放しといてください。彼らはあくまで話し合いをしに来ただけ、禍事企んでたのはチンピラだけです」
「わかったわ。主人のとこにいってあげなさい、付人さん」
「付人?ああ、俺はレッタの付人だっけ。まあいいや」
「て、訂正し忘れてました。すみませんケーイチさん」
「じゃあねお嬢ちゃん。私もカーレの出身だから、また会うこともあるかもよ」
「はい!その時は改めてお礼をさせてください!」
すれ違いざまに飄々と片手を上げる仕草、なかなか格好いいもので、レッタは憧憬の眼差しで彼女を見送った。カーレ出身であるということも、お気に入り要素の一つらしい。ケーイチも、なんとなくまた会う気がした。聞き忘れた名前は次の再会の時に聞こうと、そう思うと、エリックにもまた会わなければいけないのだと、不意に約束を思い出して土を蹴った。
エリックたちは無事だった。怪我一つせず疲れただけで、煤煙に汚れた顔を涙で拭ってエリックはケーイチに抱きつく。彼は肩を震わせて、汗の乾いた腕で抱擁を受けた。
「心配かけたよな。像は無事だよ、危ないとこだったけど」
「怖かった。ケーイチにもしも何かあったらって思うと、僕は本当に生きてきた中で一番怖かったんだ」
「でも君は立派だよ。家を守り抜いたんだから」
「ケーイチがいたからこそ、僕はできたんだ」
「ありがとう、そう言って泣いてくれる友達がいるのは幸せなことだよな。だけど、エリックがこれから直面しなければならないことは、俺は助けられない」
「直面?」
「あれだ」
窓に近寄って庭を指差した。曇り空が晴れて出てくる月の、明かりに浮かび上がる農民たち。憮然としてエリックを見上げていた。
エリックは何のことか理解した。彼はケーイチから離れると襟を正し、誰も連れずに階下へ降りていった。ただメイドたちに食事の支度だけは命ずる。その食事は量でいえば、農民たちの分も含んでいた。




