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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第一章 異世界に行くということ
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第2話 異世界に来たのはいいけれど

 世界を救え、などと言われ混乱するがままに神がいう「33101号世界」の言語を詰め込まれ、与えられた武器の操法を叩き込まれる。特別な能力といったものは付与してくれなかった。


「能力ってのは、本チャンに与えるためにとってあるんだ。いうなればお前は副救世主」


 この言葉は恵一を落胆させた。彼は戦士、すなわち救世主の補助員として召されたのだという。


「フクぅ?」

「そう」

「選ばれたんじゃないのか俺は」

「選んだ奴は別にいる。お前は、言っちゃ悪いが凡人リストの目え瞑って指差した」


 そう言われて、激昂した恵一は訓練していたカービン銃を神に向けて発砲した。カービン銃とは短い自動小銃のことで、この銃や拳銃を武器として与えられたことにも目を疑ったが、それ以上呆れたのは神の生前からの趣味で恵一の時代から七、八十年近く前の代物であることだった。弾は当たらなかった。射撃のコツを掴みかけた頃であったので間違いなく命中させているのだが、弾は神の身体をすり抜けていった。


「実体化しろくそったれ!」

「やだよ、当たっても死にゃしないが痛い思いはしたくない」

「うるせえ殺してやる。誰でもいいなら俺を生き返らせろ!」

「それはできないし、できても結局また他の誰かを選ぶことになる。二度手間だ。他の人間を死なせて生き返るお前も後味悪かろう」

「知らねえ知らねえ、とにかく帰りてえんだ」

「落ち着けって、帰る方法はある」

「なんだって」

「世界救ってから」

「結局それか!」


 ひとしきり暴れて、怒鳴って、号泣してようやく諦める気になった。やる気もなく馬鹿馬鹿しいが、死というよくわからない経験の前では為す術なく、出発の時までこすった瞼の腫れが引くことはなかった。

 神の気まぐれのように言う「頃合いだ」鶴の一声で、急遽転移が決まった。きょとんと煙草をくわえる恵一の目の前に装備一式が投げ出された。オトギの国へ行くというのに元居た世界のリアリズム丸出しで、まるでムードが無い。

 装備の中身は弾薬と食料他若干の衣服で、古めかしい図嚢(マップケース)の奥底には何のためか所持兵器の仕様書と図解。それに手持ちのカービン銃には規格の合わない銃剣が膨らんだザックの横に括り付けられている。多機能銃剣とはいうもののナイフならもっと使い勝手のいい物があったはずで、これも迷惑な趣味のとばっちり。これら全てを身に着けると重かった。足元もこれまで履いていたスリッパのようなズック靴では心もとなく、丈夫なコンバットブーツを予備も併せて貰ったが、鉄下駄を履いているような感覚。


「じゃあな。必要なものは大体その中に入ってる。足りないのがあったら自分で調達しろ。お前はその世界で育ったと思われるくらいには、言葉を覚えた」

<てめえ覚えとれよ。戻ってきたらタダじゃ済まさんからな>

「ほら、上手いこと使えてる。戻ってきたら約束通り元の日本の同じ時間同じ場所に戻してやるから」

「死んだらどうする」

「その時はまた、この部屋で相談しよう。なあに、優秀な救世主サマをあてがってやるから心配ない」

「やる気ねえなあ」


 そう吐き捨て瞬きするかのように目を閉じると、不意に寒気を感じた。自分が口にする煙草とコーヒーの味と銃の反動以外は何もない神の空間ではないことはすぐにわかった。


「来ちゃったのか、異世界とやらに」


 目を開けると周囲は濃霧に包まれている。空気は新鮮でアスファルトの匂いと煙草の煙に慣れきった肺に染み渡るようだった。地面は少し湿り気を帯びた土で、申し訳程度の転圧はされているようだった。複雑な形をした足跡が軽く残る。

 霧はすぐに立ち消え、景色が映るようになると目を見張った。美しい高原で、遠くそびえる頂きに白さを残した山岳が雲一つない蒼を背景に描かれていた。手前には草原。恵一の立った道が一本引かれているだけで、人家は見当たらなかった。


「ヨーロッパみたい。行ったことないけど」


 誰かが通る気配もなく、名も知らぬ鳥が一度影を作り過ぎ去っただけ。ここにいても仕方なく、弾薬箱を載せた小さな(そり)を引き第一歩を踏み出した。村探しが異世界に来て初めてすることだった。

 野宿すること二回、三日目の夜ようやく人家らしい灯りを見つけることができた。誰とも話さぬ寂しさから狂う寸前で、それに用便に使う巨大な葉にかぶれる可能性を思い立った頃だった。しかし、ただの灯りにしては様子がおかしい。


「祭りか?随分と騒いでるみたいだけど」


 近づくにつれ喧騒は大きくなる。双眼鏡を持たぬためかなり近づかなければ騒ぎの正体は掴めなかったが、遠回りして村の全貌が見えそうな丘に登る。肩で息をしながら丘の上に立つと眼下の騒乱に息を呑んだ。


「襲撃されてるのか・・・?」


 灯りの正体は燃える数軒の家だった。逃げる村民、戦う村民の姿が見て取れ、賊は一様に黒っぽい服装をして手に手に弓矢や剣を持ちすぐに判別がついた。神の言葉を思い出す。


『この世界には匪賊もおる。その匪賊から人々を救うのも君の役目だ』


「これがその匪賊ってわけか」


 これが画面越しのテレビドラマであれば、ただの一般人である恵一も義憤にかられ悪党討伐の妄想もできただろうが、目の前に広がるのは現実で、火の熱さも伝わってくるようだった。匪賊は十人程度で村民の方が大きく上回り、彼らと共闘するという立場をとれば勝てるかもしれない。だが、恵一は恐怖から極度に緊張していた。カービン銃と拳銃に弾を装填し震える手で握りしめた。


「神様、勇気と度胸くらいスキル上げしてくれたらよかったのに」


 他の装備を置き、荒い呼吸を繰り返しながら丘を駆け下りた。柵を飛び越え村に入ると倉庫らしい小屋があり、一人の男が麻袋(ドンゴロス)を漁っている。敵に違いなかった。


畜生、撃たなきゃ。義憤に駆られろ、駆られて、駆られて、俺は正義の味方だ。あの憐れな人々を救うんだ。撃たなきゃ殺される!


「らァ!」


 気合いを入れるように叫ぶと男が振り返った。痩せこけていて見るからに不潔な毛皮の上衣を着ている。彼は剣を振りかざし迫ってきた。


「なんだあお前!」


 恵一はストックを肩付けし引鉄(ひきがね)を引いた。神の部屋で聞き慣れた.30カービン弾の音と緩い反動、これまではこの感触が命の代償だと気づけなかった。倒れた男は目を見開いたまま斃れ伏しそのまま動かない。


「こいつも神の部屋に行ったんかな、なんて言うんだろうあいつに」


 どうせ自分も死んだ身、この男は自分と同じ体験をするだけと思えればよかったのだが、初めてのコロシで頭の切り替えができない。しかし後悔するだけの暇はなかった。


「こいつ、俺たちの麦を!」


 恵一は数人の男に取り囲まれていた。弓矢や剣ではなく太い薪や鍬を持ちまるで農民の一揆。これが襲われていた村民だった。


「一人きりだ、殺そう」

「うわ!」

「いや待て、様子がおかしい。賊も一人死んでる」


 腰を抜かした恵一の前にリーダー格の青年が立膝ついた。ぐっと近くなる顔に澄んだ瞳が奇妙に落ち着きを取り戻させる。


「この賊を倒したのは君か」

「は、はい」

「君は我々の味方か」

「俺はただの旅人で事情はよく知らん。でもこの野郎の味方でないことは確か」

「じゃあ味方だな。力を貸してくれ」



 男は恵一を立たせ銃を拾った。機関部を少しだけ見るとそのまま返してやる。


「珍しい物を持ってるな」

「銃っていうんだ」

「ああ銃か、その型のは初めて見た」


 銃についての感想はその程度で、てっきりオーパーツを持ち込んだ気でいた恵一は拍子抜けした。神は言葉を教えてくれはしたものの、文化についてはさわり程度にしか言わなかった。それも「お前のいた世界の、いろんな時代のいろんな国の文化がある。あとはドラゴンがいたり魔法使いがいたり、まったく童話だねえ。ひとくちでは言いにくい、直接体験しろ」と、非常に曖昧なこと。だからどんな武器が存在していてもおかしくないのだが、ますます異世界転移の意味を疑いたくなる。


「こんなこと、しょっちゅうあるのか」


 歩き始めた一行についていく恵一は聞いた。皆は食指を唇の前に立てると顔をしかめ、声を抑えろとの合図らしい。ここは文化の共通点。


「いや、もう何十年もなかった。僕が生まれる前にはあったらしい」

「して、あなたは?」

「村の自警団、僕は団長だ。少しの間村を留守にしていたらこんなことになっていた」


 家と家の間で足を止める。恐る恐る影から覗くと、暴力掠奪が炎に浮かぶ。幾人かの女たちが馬に乗る匪賊に取り囲まれていた。誘拐であろう、目的は察せられた。


「あれは僕の妻だ」


 女たちの方を見て団長が言った。落ち着いているフリをした震える声で唇を噛んでいた。


「どれかわかんないや」

「団長の奥さんは一番美人のあの人だ」

「みんな綺麗に見える」

「それはありがとう。君には馬に乗った匪賊を倒してもらいたい。その隙に我々で彼女たちを助ける」

「わかった」

「もう二、三軒横の家から飛び出す。君は君の裁量で撃ってくれ。それを合図にする」

「団長、そんなにこいつを信用していいんですか」

「敵じゃないって言うのを信じるしかない。強力な武器も持ってるし。では頼んだ」


 そう言うと手勢を連れ闇に消えた。残された恵一は頭をかいてカービン銃を構えた。


「さっき一発撃ったからあと十四発。それにピストルが十発と五発か。二十連のを付けときゃよかったな」


 ピープサイトを覗いて一人の敵に狙いをつける。緊張はしていても、もう恐怖は覚えなかった。


「揺れるなよ・・・」


 静かに引鉄を絞る。発砲音の直後敵はもんどり打って馬から落ちた。驚いた馬が(あぶみ)に主人を掛けたまま引きずり逃げ去っていく。横の家屋から自警団が飛び出していくのが見えた。


「女たちを助けろ!」


 もう一人、手前で弓を引いた敵を射落し、その間を縫って虜となった女たちの中に男たちが滑り込んだ。恵一も前進する。自警団は勇敢で、剣を振り回す匪賊に飛びかかり斬られながらも退治していった。


「団長!」

「君か!さっきは助かった」

「気は抜けない、連中はどんどんくる!」

「撃て!」


 白兵戦は自警団に任せ、恵一は駆けつける加勢がたどり着く前に乱射した。矢が幾本か飛来しては脇腹をすり抜け足元に突き刺さる。だが戦地慣れしていない無知の勇猛さからか気にならず、味方に当たらないことだけを祈って雷管を叩き続けた。二本目の弾倉を空にした瞬間、弾をくぐり抜けた敵に剣を向けられた。


「ヤローッ!」


 喉元に切っ先突きつけられる寸前、カービン銃を逆さに持ち替えバットのようにフルスイングした。頑丈な棍棒で殴られたのと同じで一瞬にして意識が飛ばされる。再装填を止めその場にかなぐり捨てると、激昂したままに拳銃を抜き気絶した敵に向けた。しかし後ろから団長の手が伸び腕を押さえつけられた。


「よせ、もう戦えない」

「でも!」

「やるのは向かってくる賊だけでいい」

「危ない!」


 団長の背後から太い絶叫が聞こえた。吶喊(とっかん)の声というやつで、彼を狙う凶刃に違いない。恵一は団長をはねのけ照準も合わせず立て続けに撃った。悲鳴が崩れ落ちるのを聞き、目を剥いて怒鳴った。


「なら、こういうことでしょ。団長さん!」

「うん、そういうことだ」


 団長は固い表情のまま一言だけ言った。この強かな冷静さが、家族を守る男なのかと恵一は他人事のように感心した。


 しばらくして匪賊は縛り上げられた。恵一が初めに射殺した者を含め数人が死亡し、捕虜となった多くも負傷している。恵一は役人に報告するために記録を取る団長の横にくっついていたが、自警団以外の村人は不思議そうに彼を指差した。


「コルバさん、隣の人はいったい?」


 団長はコルバと呼ばれ顔を上げ、恵一はようやく彼の名を知った。コルバは恵一の肩を叩き初めて嬉しそうな顔で言った。


「彼は通りすがりの旅人で、強力な武器で我々を助けてくれた。皆んなも感謝してくれ、ええと、名前は」

「恵一です。石塚恵一」

「イシヅカケーイチ?長い名だね」

「い、いえ、では恵一と」

「そうか、ケーイチ。今回はありがとう、おかげで村は助かった。自警団の皆んなとケーイチに拍手を!」


 万雷の拍手に戦士たちは包まれる。恵一は戦闘時の緊張も忘れ、久々に人からされる感謝に心がくすぐったかった。拍手が止む頃、美人が一人立ち上がり恵一に歩み寄った。


「妻のネイトだ」


 コルバの紹介にあずかると、ネイトはスカートの両端を少しつまみ上げ腰を落とすように頭を下げた。王侯貴族のような上品な挨拶にどぎまぎし、照れながら頭を下げる。


「ほんとうに、あなたには感謝しています。旅のお方と聞きましたが、私たちにできることならなんでもおっしゃってください」

「旅っていうか、まあ、そうなんですけれども。なら、厚かましいようですがお願いが・・・」


 どうせ、自分が()()()救世主にいつ会えるかはわからない。だからしばらくの間この村で過ごさせてもらおうと、そのことを伝えようとした。しかし言葉を続ける前に異変が起こる。恵一たちに視線を向ける村人の隙をつき、一人の捕虜が縄を解いた。彼は素早くネイトを掠め取ると馬に跨り遁走を図った。


「ネイト!」


 門番が慌てて柵を閉じようとするも間に合わなかった。投石も慣れない弓矢も届かない。月を背景に一本道を疾走していき距離はぐんぐん離れていく。恵一は反射的にカービン銃を肩から外し後を追った。


「ケーイチ!何をする!」

「やってみる!」

「何を!」

「賊は背を立てて座ってる、ネイトさんは横倒しに乗せられてる、ネイトさんに当てずに倒せるかも!」


 道に出ると立膝ついて座り、深呼吸して構えた。道は緩やかな坂になっており、敵は間も無く一番高い所に到達する。月に馬と人間のシルエットが浮かび上がった。


「当たれ・・・」


 耳には何も聞こえず、賊は一度痙攣するかのように跳ねると馬上で倒れた。次に馬上に浮かんだのはネイトの長髪、彼女は手綱を取りこちらへ戻ってくる。

 冷汗が目に染みる。顔中の汗を拭うと手がふやけるようだった。静寂の耳元に、だんだん村人の足音とコルバの声が聞こえてくる。その涙声は感謝を叫んでいた。しかし言葉が頭に入ってこない。


「ねえ、コルバさん」


 恵一は感謝の声に返事はせず、先ほど言おうとしてたことを続けた。


「俺を、この村に住まわせてくれないかな?」




 



 

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