第1話 そこにいる理由
どうにも奇妙で馬鹿馬鹿しく、傾げる首は曲がりすぎて痛くなる。「お前は死んだ」と、初めて会った人間に言われても普通信じることはないだろうが、自分が目にしていた景色からしばらくの暗転があって、その後に非現実的な世界が眼前に展開されてそれを言われるのなら、信じない訳にはいかなかった。
「石塚恵一、君がそうだな」
「へえ」
「気のない返事だな、はっきりしろ」
「そうです、石塚です」
自身の名を呼ばれ間の抜けた問答をしている彼は、何が起こったのか皆目見当もつかず、寝不足の脳味噌では処理がちっとも追いついていなかった。まず、自分のいるところは広く白い立方体の空間で、見慣れたビル街の交差点ではない。そして初冬の肌寒い風も吹いておらず暑いとも寒いとも言えない場所。格好は身一つであったが服は着ていた。
「さっきも言ったけどな、君は死んだのだ」
「へえ」
「少しはシャンとしろよ。大切なことを言うからよく聞け」
呆れた口調で言うのは恵一の前でデスクに座り書類を見ている男で、恵一に死を告げた謎の人物であった。デスク上には筆記具や書籍、それにコーヒーの香り立つマグカップがありいかにも俗世間的なソレであったが、彼自身は物語で見聞きしたことのある「神様」のように白装束に身を包んでいた。
「私は神だ。死んでここへ誘われた君を担当することとなった」
「と、言うからにはここは天界か何か?」
「俗にそういわれる場所と理解してもらって構わない。しかしお前、自分が死んだことについての衝撃は無いのか」
「だって実感ないですもん。・・・そうなったんだろうな、とは思いますけど」
彼にとって「現世」における最後の記憶は、朝大学へ通学する途中、交差点で信号待ちをしている冬の風景だった。いつもの夜更かしの癖で寝ぼけた頭は疲れていて、少しは疲労が和らぐだろうと目をつぶると直後に衝撃。そこからの記憶は先程の通り。
「まあ無理もなかろう。なんせこっちも急にお前を殺すことになって、まともな死に方を与えてやれなんだ」
何気なく言ってのけたが、恵一にとって聞き過ごせないことだった。恵一はようやく自分がのっぴきならない状況に置かれていることを理解した。
殺すだって?冗談じゃない
「ほんでまあ、お前にこれからやってもらう事だけどな」
怪訝な目を向けられていることに神は気が付いたが、特に気にも留めず話を続けようとした。重要な事柄を流されてはたまらぬと恵一は神に詰め寄った。
「おい、なんて言った。殺すだって?」
「なんだあ、急にぶっきらぼうだなあ」
「答えろって!」
ドンとひとつ、恵一は卓上を殴った。神は別に事も無さげに溜息を吐くと、立ち上がってコーヒーを淹れた。恵一の目の前にマグカップが置かれ、日頃慣れ親しんでいた香りが鼻孔をくすぐる。ついでに神はイスを持ってきて勧めてくれた。
「悪かった、怒るのも当然だよな。これ飲んで落ち着けよ」
「落ち着くってんなら煙草だ」
「身体に悪いぞ」
「死人に向かっておかしなこと言う」
恵一は既に怒る気になれなかった。この男が恐ろしいことを言ったのは確かだが、どことなく俗っぽい振舞いに呆気にとられ逆に拍子抜けしてしまった。兎角訳のわからない状況であるが故、難しい思考は諦めていた。
彼は胸や腰のポケットをまさぐりハッとした。煙草を持たずに家を出てきたことを今更ながらに気が付いた。
「煙草あるか」
「仕方ないな」
神は後ろの棚の「嗜好品」となぜか漢字で書かれた紙が貼ってある棚を開けた。中にはコーヒーの袋や酒瓶がいくつか並び、見覚えのある煙草もある。
「ここに来るやつは気が動転してるのも多いからな。落ち着かせるために大方の嗜好品はそろってる」
「いやに用意がいいんだ。それ、右から三番目の青いソフトパッケのを」
「なんだ、やけにオヤジ臭いのを喫うんだな」
「ほっとけ」
一服すれば人心地つき的確な状況判断ができると思ったが、むしろ目に映る情景聞かされる言葉何もかもが馬鹿馬鹿しく感じた。重い煙の痛く染みるような味だけは真実で却ってそれが自分の死を他人事に見せているようだった。神は痰でも絡んでいるのか今一度喉を鳴らすと老眼鏡をかけ、書類に目を通した。
「歳なんか」
「中年なんだよ、キリストっぽく髭まみれにしてるから歳判りにくいけど」
ずっと片手に持っていたマグカップを置く。恵一が二本目の煙草に器用に吸いさしで火を点け煙を吐くと、神も同時に息を吐いた。伏し目がちな顔の前に両手を組んで初めて物々しい雰囲気を醸し出す。ようやく何かが宣告されることを悟った恵一は口元に運びかけた煙草を挟んだ手を止め唾を飲み込んだ。神が老眼鏡を取り机の端に置いた。
「君は我々神によって殺された。他の世界に行ってもらうためにな」
「異世界転生?」
「察しがいいな」
「そういう物語が流行ってるから」
「しかし、君は現に異世界転生しようとしている」
「何のために?」
神はデスクの引き出しからいくつかの小さな模型を出した。それは一様に銀河の星々を象った宇宙の水槽のような物だった。それぞれを並べて神は説明を続けた。
「大昔の神々は色々な世界を作り上げた。物理的には到達しえない他の宇宙、と言い換えてもいいかもしれない。君がいた世界もそんな世界群の一つだ」
「神様も暇だったんだな」
「黙って聞け。ともかく、君の世界と非常に似たり寄ったりな世界もあれば全く想像もできないような世界もある。そして現在、それぞれの世界で死んだ者たちから選ばれた人々が神となりこれら世界の管理をしている。この意味が解るか?」
「意味って、そのまんまでしょ。存在している物には手入れが必要で、死んだ人が交代で世界の管理人になってる」
「もう一押し深い見解だといいな」
「というと?」
「不完全で不安定な部分があるから管理者が必要なんだ」
恵一はギクリと身体を震わせた。世界が不完全で不安定、彼の世界ではおそらく誰もが感じていることだった。自分がその目に遭ってなくとも見聞きする世界中の悲劇、それでなくとも身近にある不幸や社会のせちがらさ。そもそも自身の中に完璧には説明しえない矛盾した感情や思考があるのを恵一は知っている。
しかしその世界の構造からして、神は何が言いたいのか。
「世界は時に崩壊の危機に陥ることもある。だがそれを修復する際最も効果的な方法、すなわち内部からのウイルス退治・・・」
「あン?」
「君は異変討伐要員となるのだ」
神はわざとらしく咳ばらいをすると大袈裟に指をさした。その大仰な動作は尊大さを思わしめ、ようやく神らしい振舞いだった。
「有り体に言おう。世界を救え」




