絶対に病気じゃない
日が沈み、しばらく経ってからシーゲルとリールが帰ってきた。
「やっぱりおかしい。あのかさぶた、絶対に病気じゃない!」
リールが夕食を作っている最中、天幕の中でシーゲルはなんだか荒れていた、というか気が立っているようだ。魔術で出した薄黄色の光が明滅する。
「見てください、これ!」
シーゲルが見せるのは、文庫本くらいの大きさの紙だ。薄く黒ずんだ紙にはびっしり文字らしき物が書かれている。
「術とか呪いを防ぐ符なんですけど、こんなに黒くなってる! もう使えないです! 病気ならこんな事ないのに!」
「は、はい。お疲れ様です」
日頃温厚なシーゲルがここまで声を荒げるとは。一体何があったのか。知った所で力にはなれないが。
シーゲルのあまりの剣幕に鴇はやや身を引いてしまう。隅で座っていた体を縮こまらせた。
怯えているように見えなくもない弟子の姿に、シーゲルが我に返ったように瞬きをする。
「すみません。少し興奮していました。トキさんは大丈夫でしたか?」
鴇もシーゲルから貰った符を取り出す。少し色がくすんているものの、そこまで変わった様子はない。
「よかった。そんなに酷くないですね。村の中にいたのが良かったのかもしれません。一応、新しい符を用意しますから、また持っていてください」
「……先生、お疲れのところ悪いんですが、聞いてほしい事があるんです」
鴇は村外れでロビンに出会ったこと、ロビンからの提案をシーゲルに説明した。話しながら、鴇はロビンがなぜ死んだのかも知らないと気づく。
鴇から話を聞いたシーゲルは考え込むように目をつむる。少しの間そうしていたシーゲルは、夕飯を終えたらロビンに会いにいくと言った。
「そのロビンという人が信用できるかは分かりませんが、話を聞く価値はあるでしょうね」
◆
三人で夜のセーガンの中を歩く。先を行くシーゲルの後ろにリールと鴇が付いていく形だ。街灯もない村は本当に真っ暗で、シーゲルの出した灯りだけが辛うじて足元を照らしてくれている。
「トキさん、呪いが起きた原因は聞いてないんですよね」
シーゲルの中では、流行り病の正体は呪いだと決まったようだ。
「はい。先に呪いの方を解決されると困るそうです。私だけでは協力するかしないか決められないと言ったら、できれば先生と直接話したいと言っていました」
シーゲルがロビンの死に直すという目的に協力しないと言っても、ロビンは呪いの原因については教えると言っていた。あくまでロビンにとって彼の目的は二の次らしい。
昼間も訪れた村外れ。森の中にロビンの姿は見当たらない。
「ロビンさーん。遅くにすみません、まだ起きてますかー?」
鴇がロビンを呼びながら森に近づくと、音もなく輪郭のぼやけた白い塊が起き上がった。
「トキ」
「こんばんは。ロビンさん」
「後ろにいるのは」
シーゲルが前に進み出る。鴇は自分の役目は終わったと判断し、数歩後ろに下がる。
「初めまして、シーゲルといいます。不肖の身ながらトキさんの師匠をしています」
「ロビンだ。わざわざ来てもらってありがとう。動けないから助かった。トキから話は聞いてるか?」
「はい。あなたはこの村に蔓延している呪いの原因を教える。僕たちはあなたが肉体を手に入れてもう一度死ぬための手助けをする。これで合っていますか?」
「間違いない」
「始めに言っておきます。あなたのもう一度死ぬという目的、方法はあります。理論上は可能です」
なに、とロビンが声を上げる。輪郭がざわざわと波立つ。声こそ出さなかったものの、鴇も驚いた。死者の魂が新しい肉体を手に入れる。それは、死者が生き返る事と同じではないのか。
「本当、なのか……どうやって」
「本当です。あなたの核になっている物を鮮度の良い死体に埋め込みます。そこまで薄れてるのに意識があるんだから、あるでしょう、核。上手くいけば、あなたの精神と死体が馴染んで結びつきます。保証もないし成功率も分かりませんけどね」
ロビンはシーゲルに圧倒されたように黙っている。輪郭はまださわさわと微かに揺れている。シーゲルは腕を組み、再び口を開いた。
「今度はこっちの番です。あの山、今回の件に関係ありますか?」
シーゲルは親指で背後に遠く聳える岩山を指した。
闇夜の中でも、岩山は白く浮いたように、やけにはっきりと見えて何だか不気味だ。それこそ幽霊のようだった。
なぜ急に岩山が出てくるのか。鴇が疑問に思っていると、リールが補足してくれた。
「岩山を調べようとした所、村長に強硬に反対されたのです」
「結局入れず終いでした。理由を聞いても詳しい事は村長にも分からない。昔からのしきたりだ、山には悪いものがいるって、こんなの疑わない方がおかしいですよ」
腹立たしげに言うシーゲル。舌打ちでもしそうだ。
「そうだな。原因もあの山ん中だ」
「もうひとつ。僕は呪いと考えていますが、実際アレは何なんですか?」
「……あんたの言う通り、呪いなんだろうな。村じゃ病だなんて言ってるが、だったら病は人から生まれる事になる」
シーゲルの目付きが険しくなる。
「……ロビン、あなたは呪いが生まれた時代に生きていた人間ですね? 当事者じゃなくとも、中心に近い場所にいた筈だ」
質問の体ではあるが、シーゲルの口調は断定に等しい。ロビンも束の間黙り込んだ後、ゆっくり頷いた。
「……ああ。俺も紛れもなく当事者だ。その辺の話も必要か?」
「ぜひ」
「長くなるのでしたら天幕に戻った方がいいでしょう。ここでは体を冷やします」
「でもリールさん、ロビンさんはここから動けないのでは」
「動けますよ」
答えたのはシーゲルだった。ロビンの足元にしゃがみ込み、草を掻き分けている。
「あったあった。トキさん、ちょっと来てください」
鴇もシーゲルの横にしゃがみ、ロビンの足元の地面を覗き込む。ロビンはどことなく居心地が悪そうだった。
シーゲルの指先に光が灯る。
「ほら、これです」
草の緑と地面の黒茶色。その中に混じる点のような白い色。小指の爪の、さらに半分ほどしかない小さな欠片だ。シーゲルがかけらをひょいと摘む。わああ、とロビンが情け無い声を上げた。
「壊したりしませんよ……トキさん、これがロビンの核です。骨ですね。きっと彼自身のものでしょう」
「骨……」
「これがあるから、ロビンはここから動けなかったんでしょうね。核から離れる事はできるらしいですが、傷ついたり壊れれば消えてしまいますから。核から離れるのは、僕らで言えば心臓を放り出すようなものです」
はいどうぞ、と差し出された骨の欠片を鴇は反射的に受け取ってしまった。
「えっ、先生、これは」
シーゲルの言う通りなら、これはロビンの心臓、生命線にも等しいものだ。鴇に渡してどうしようというのか。
「じゃあ戻りましょうか」
鴇の戸惑いもどこ吹く風といった様子で、シーゲルはさっさと来た道を戻って行ってしまう。リールも同様。鴇とロビンは顔を見合わせ、せめて落とさないようにと骨の欠片を両手で包んで鴇もその背を追った。
「リール、外への音断ちを」
「はい」
天幕に戻るなり、シーゲルは何事かリールに指示する。
「さてと」
灯りがあっても仄暗い天幕の中で、シーゲルは鴇とロビンの方を振り向いた、
「それでは話してもらいましょう。この村で、何があったんですか?」




