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こどくの亡霊  作者: 由遥
10/29

君はそういうやつだよ

 「仕事が入りました。二日後、セーガンという村に向けて出発します」

 城から帰ったシーゲルの開口一番の宣言。

 夕食の支度を手伝い、テーブルに皿を並べていた鴇はすぐに反応できなかった。二日後に仕事、そうか仕事か。これが限界。

 「……おかえりなさい」

 いつも通りの挨拶しか返せなかった鴇だが、シーゲルは特に気にした様子もない。

 「ただいま帰りました」

 「セーガンですか。聞いた事のない地名ですね」

 その点リールは流石だった。すぐに事態を理解して疑問の解消に移る。

 「西の方にある、小さな村だって。岩山地帯のすぐ近く」

 「なぜそのセーガンに赴く必要があるのでしょうか」

 「西部調査の結果が出たんだ」

 リールはそれで納得がいったらしく、「そうですか」と言って夕食の支度に戻った。事情が分からない鴇にシーゲルが説明する。

 鴇がこの世界に来る暫く前から、ナルガムの西の一部で奇妙な病気が流行りだしたという。症状は重くならず、数日で快復するが困った事に薬が効かない。今はまだ限られた場所でのみで発症しているが、対抗策のない病気が国全域に広まったら大惨事だ。そのため、城から派遣された人員が調査に当たっていたらしい。

 「結果が出たという事は、病の大元が見つかったのでしょうか」

 鴇への説明が終わるのを見計らい、リールがシーゲルに問いかける。

 「うん。どうもセーガンが出所らしいね。例の病気、殆んどは酷くならないんだけど、何人か重体になった人もいる。で、その重体になった旅人や商人は、みんなセーガンに滞在したらしい」

 「それと先生に何か関係があるんですか?」

 関係無かったんですけどねえ、とシーゲルはやさぐれた笑みを浮かべた。

 「いま現地にいる人員とは別に、改めて城から調査団を派遣する事になりまして。僕も一員として一緒に行けと」

 「先生は病気にも対応するんですか?」

 「違いますー」

 だらしない格好で椅子に座るシーゲルが首を振る。

 「主は医術の知識も持っていますが公にはしていません」

 「知識はあるんですね」

 「歳を取ると体に色々不具合が出るんですよね。一々医者に係るのも面倒で」

 リールがパンの入った籠をテーブルに置く。香ばしいパンの匂いにつられたようにシーゲルがもそもそと背筋を伸ばした。

 「まあそんな理由で、僕も調査に同行しなければなりません。そこでお願いなんですが、鴇さんも一緒に来ていただけませんか?」

 「はい。分かりました」

 今の鴇が一番にするべきなのはシーゲルの側にいる事だ。当然、付いてこいと言われれば付いていく。

 「ありがとうございます。二日後の朝に出発と言っても今日はもう夜ですから、準備の時間は明日しかないんです。なので、明日はセーガンまでの旅に必要な物を買い揃えてきてください。リールがいれば大丈夫でしょう」

 「分かりました。リールさん、よろしくお願いします」

 鴇はリールに頭を下げる。鴇だけでは城から出る事もままならない。

 「こちらこそよろしくお願いします」

 お金は明日渡しますとシーゲルは話を締めた。

 「折角だし、欲しい物があれば買ってくるといいですよ。城下町の市は大きいし、大抵の物は揃います」



 城下町を歩く内に、シーゲルは買い出しというより気分転換の為に鴇を買い物に行かせたのではないかと気づいた。そもそも、旅には何が必要なのか鴇には分からない。リールだけで来た方が早く済むはずだ。

 「トキ様、お待たせしました。次へ行きましょう」

 「はい」

 店の商品を眺めて待っていた鴇に、買い物を終えたリールが声をかける。鴇は見ていた棚から離れてリールの後を付いていく。その腕には真新しい外套と水筒があった。旅道具を持っていない鴇のためにリールが買い求めたものだ。

 「トキ様は、他に必要な物などはあるでしょうか」

 一通り必要な物を買い揃えた後。リールの問いかけに鴇は首を横に振る。

 「いえ、特にはありません」

 日々の暮らしは寮にある物で十分だし、旅に必要な物も揃った。リールをつき合わせてまで探したいと思うほど特別欲しいと思う物もない。

 「そうですか。では行きましょう」

 リールの後を歩いていると、徐々に周りの雰囲気が変わってきた。これまでは周囲の人は男が多く乱雑な印象を受けたが、ここは女性が多くどことなく空気が華やいでいる。店も可愛らしい外観で、人形遊びのメルヘンチックな家を思い出す。先ほどリールが言った「行きましょう」は城に帰るという意味だと思ったのだが違うのだろうか。訝しんでいるとリールが足を止めて鴇を振り返る。

 「トキ様、何か必要な物はありますか?」

 「……特にはありません」



 リールが話したところに寄れば、シーゲルは鴇が何も欲しがらないと予想を付けており、予想通り欲しい物はないと言ったらとりあえず服飾店など女性向けの店が多い場所に行くよう言われていという。

 「ここ数日、トキ様は魔術の練習に掛り切りでした。明日からセーガンに向けて出発です。数日では戻れないでしょうから、主は今日くらい羽を伸ばして欲しいと考えているようです」

 「そうでしたか」

 鴇としては取り立てて不満もない日々だったが、シーゲルに気を遣わせてしまったようだ。申し訳なくもありがたい。

 道の端に立っていても何にもならないので、ひとまず店先を冷やかしながら歩く事にした。

 「何か欲しい物はありましたか?」

 「今の所はないです」

 店先に並んだ髪飾りや服を流し見しながら答える。これといって購買欲を唆られる物はない。

 「女性は宝飾品や動物を模した布の綿詰めなどを好むと思っていました。トキ様は違うのでしょうか」

 布の綿詰めとは何かと戸惑ったが、リールの視線の先にぬいぐるみが飾られているのを見つけて合点がいった。それにしても布の綿詰め。ソーセージのようだ。

 「うーん、アクセサリーもぬいぐるみも人並みに好きだと思います。でも今はそこまで欲しいと思わないんです」

 この辺りで売っている品は総じて質が良く高価そうというのもある。鴇が元の世界で日頃手にしている物とは一線を画しているだろうそれらは欲しいと思う前に尻込みしてしまう。物の持つ価値に気圧されてしまうのだ。何より、

 「今日は外套と水筒などを買ってもらいました。それで十分嬉しいんです」

 気にかけてもらえるだけでありがたいのに、こうして必要な物まで用意してもらった。これ以上は身に余る。

 「トキ様は欲がないのですね」

 「そうでしょうか……?」

 むしろ欲は多いと思うのだが。

 「しかし、ふむ。では、トキ様は欲しい物はないのですね」

 「はい。気持ちだけで……あ」

 鴇はふと言葉を止める。

 「あの、欲しい物というか、買いたい物って、何でもいいんでしょうか?」



 夜遅く、シーゲルが寮に帰るとテーブルの上に小さな袋が置いてある。いつもシーゲルが座る席の前に置いてあるので、リールか鴇が置き忘れたという事はなさそうだ。

 「お帰りなさい。トキ様は明日に備えてお休みになりました。食事の用意をいたします。少々お待ちください」

 「うん、お願い。ところでリール、この袋は……頭、どうしたの」

 テーブルに置いてあった袋について尋ねようとしたシーゲルはぽかんと口を開けた。リールの側頭部で髪が一房結われていたからだ。リールの動きに合わせてぴよんぴよんと揺れる。

 「髪紐はトキ様からの頂き物です。折角なので使ってみました」

 「……そうか」

 違和感が凄いが本人が満足気なのでいいのだろう。

 「ところでリール、この袋は何だろう」

 気を取り直して尋ねると、「トキ様から主へ贈り物です」という予想外の答えが返ってきた。

 「トキ様ご自身は外套と水筒で満足しているそうで、生活面などとにかく世話になっている日頃の感謝の気持ちとの事です。主の金で主への贈り物を買うという矛盾に悩んでいらっしゃいました」

 袋の中には木製の櫛と糸を編んで作った紐が入っていた。先日、鴇とリールがシーゲルの髪をいじっていたひと時を思い出す。

 「うちに櫛がないの、覚えてたんだね」

 欲しい物を買えと言ったのに。シーゲルはハアアとため息をついて背もたれに体重をかける。長い時間接した訳ではないが、鴇の性格は掴めてきた。卑屈気味で明るい気性ではないが、根は素直で裏表がない。この贈り物も、単に鴇自身欲しい物がなかったのと純粋な感謝の気持ちからだろう。含みのない贈り物なんていつ振りだったか。

 「若い子がいるっていいなあ。なんか色々新鮮だ」

 「主も年齢よりは言動が幼いと思いますが」

 「見た目がこれだからね。引っ張られるさ」

 冷めた顔で笑い、シーゲルは弟子から贈られた紐で髪をまとめた。

 「うんうん、悪くない。リール、こっちの方が見れた顔だと思わないか?」

 「顔の造形は変わっていませんが」

 「君はそういうやつだよ、知ってた知ってた」

 しかし、となると鴇は本当に彼女の物は買っていないのだろう。道中の街で甘菓子でも買ってやるべきかもしれない。

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