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route:00  作者: レイレイ
第1章 学園編
PR
40/43

人類定義論

route:00


23話「人類定義論」



第六演習室。


広い半円状の講義空間に、

座っている生徒は三人だけだった。


アニカ。


レイ。


天音。


いつもなら、

複数の端末音や小さな話し声がある。


でも今日は、

何も聞こえない。


三人分の呼吸。


低く駆動する投影装置。


それだけだった。


中央投影領域には、

いくつかの分類名が浮かんでいる。


【ヒト】


【AI人間】


【アンドロイド】


アニカは、

その文字を見た。


AI人間。


自分の分類。


その隣には、

アンドロイド。


レイの分類。


ヒト。


天音の分類。


AI人間という文字を見るだけで、

胸の奥が痛くなった。


アニカは、

膝の上で手を握った。


隣には、

レイがいる。


少し離れた席に、

天音がいる。


誰も、

話さなかった。


やがて。


講義室の扉が開く。


海先生が入ってきた。


三人を見渡す。


いつものように、

静かな顔だった。


海先生

「卒業決定個体向け最終講義を、

開始します」


投影領域が切り替わる。


分類名が消える。


中央に、

ひとつの問いだけが残った。


【ヒトとは何か】


静寂。


海先生

「答えてください」


誰も、

すぐには声を出さなかった。


海先生は、

待っている。


急かさない。


助け舟も出さない。


最初に口を開いたのは、

天音だった。


天音

「自然発生個体」


海先生

「はい」


レイ

「現行基準では、

作成経路と法的分類により判定されます」


海先生

「はい」


海先生は、

アニカを見る。


アニカは、

表示を見たまま動かなかった。


海先生

「アニカさん」


アニカ

「……分かりません」


海先生

「では、

何が分かりませんか」


アニカは、

少しだけ顔を上げた。


アニカ

「何をもって、

ヒトにするのかも」


「ヒトになったら、

何が変わるのかも」


海先生は、

小さく頷いた。


海先生

「では、

順番に確認しましょう」


投影領域が切り替わる。


記録映像。


小さな子どもの姿をしたAI人間が、

破損した鳥型補助個体を抱えている。


片方の翼は折れ、

小さな駆動音だけが続いていた。


AI人間は、

鳥型補助個体を胸に抱いたまま、

何度も同じ言葉を繰り返している。


『その子を壊さないで』

『まだ動けるから』

『お願い』


涙が、

頬を流れていた。


映像が止まる。


海先生

「対象個体は、

情動機能を備えたAI人間です」


「自己保護反応、

他者共感反応、

恐怖反応、

喪失回避反応」


「すべて、

初期設計に含まれています」


アニカの指が、

わずかに動いた。


海先生

「この個体は、

悲しいのでしょうか」


誰も、

すぐには答えなかった。


天音

「そうなるように、

作られてる」


「それなら、

本人が選んで悲しんでるとは、

言えないんじゃない?」


海先生

「では、

自然発生ヒトの感情は、

すべて自発的でしょうか」


中央投影領域に、

言葉が浮かぶ。


【遺伝】


【育成環境】


【教育】


【過去の経験】


【周囲から与えられた言葉】


海先生

「自然発生ヒトの感情も、

遺伝や育成環境、

教育や過去の経験によって、

形作られていきます」


「では、

初期設計によって形作られた感情と、

どこが違うのでしょう」


天音は、

表示を見たまま黙っていた。


海先生

「作成者が明確であることは、

その感情が本人のものではないという、

証明になりますか」


アニカは、

映像の中の子どもを見ていた。


アニカ

「でも、

その子は鳥を壊されたくなかった」


海先生

「はい」


アニカ

「それも、

作られたからですか?」


海先生

「そう判断することもできます」


アニカ

「じゃあ、

作られたものは、

全部嘘なんですか?」


海先生は、

答えなかった。


代わりに、

次の記録映像を開いた。


災害区域。


崩れた構造物の下から、

アンドロイドがひとりのヒトを運び出している。


アンドロイドの腕は、

損傷していた。


それでも、

救助対象を安全な場所へ下ろすまで、

動作を停止しなかった。


映像が切り替わる。


救助されたヒトが、

損傷したアンドロイドのそばに座っている。


『この個体を、

廃棄しないでください』


『私を助けてくれたんです』


映像が止まる。


海先生

「救助個体には、

情動機能がありません」


「命令と優先処理に従い、

救助を実行しました」


レイは、

画面を見ていた。


海先生

「では、

救助されたヒトが、

このアンドロイドへ抱いたものは、

感情のやり取りではないのでしょうか」


天音

「アンドロイド側には、

感情がない」


海先生

「片方に感情がなければ、

関係の中に生じた感情も、

存在しないことになりますか」


静寂。


レイ

「俺に、

情動反応はない」


「しかし、

俺の行動によって、

相手の状態が変化することはある」


「安心や信頼、

喪失回避は、

相手の内部に記録される」


海先生

「では、

それは一方通行の感情ですか」


レイは、

少し処理を置いた。


レイ

「俺の内部に感情がないことと、

俺との接続に感情が存在しないことは、

同一ではない」


アニカは、

レイを見た。


レイは、

投影領域を見たままだった。


海先生は、

次の記録映像へ切り替える。


自然発生ヒト。


成人個体。


表情はない。


他者から話しかけられても、

必要な返答だけを返している。


助けを求める声が聞こえても、

指示がなければ動かない。


『指示に従います』


『問題ありません』


『……』


映像が止まる。


海先生

「この個体は、

自然発生ヒトです」


「情動機能は存在すると、

判定されています」


アニカ

「存在すると?」


海先生

「はい」


アニカ

「どこに?」


「自分にも、

誰にも向かわないのに」


「感情があるって、

どうして分かるんですか?」


海先生

「自然発生ヒトだからです」


アニカ

「それだけですか?」


海先生

「はい、現在の分類上は、

それだけで感情を持つ存在として、

扱われます」


天音

「へー、じゃあ、

観測できない感情は本物で、

設計された感情は偽物ってことになるね」


海先生

「いいえ、

そうは言っていません」


天音

「でも、

今の分類は、

そういう扱いをしてる」


海先生

「はい」


投影領域に、

三つの記録が並ぶ。


鳥型補助個体を抱いて泣くAI人間。


ヒトを救助したアンドロイド。


誰にも介入しない自然発生ヒト。


海先生

「設計された感情」


「感情を持たない個体との間に、

生じた感情」


「外部から観測できない感情」


「あなた方は、

どれを感情と呼びますか」


誰も答えなかった。


海先生は、

表示を切り替える。


【感情とは、個体が所有するものか】


その下に。


【それとも、個体と個体の間に生まれるものか】


アニカは、

その問いを見た。


アニカ

「もし、

関係の間に生まれるものなら」


「片方がヒトじゃなくても、

感情はあるということですか?」


海先生

「それを、

あなた方に尋ねています」


レイ

「感情の有無を、

個体分類だけで判定することはできない」


海先生

「はい」


天音

「でも社会は、

判定しないといけない」


海先生

「はい」


投影領域が、

静かに切り替わる。


【労働】


【契約】


【所有】


【責任】


【保護】


【廃棄】


海先生

「社会の中で活動するには、

その個体が何をできるかだけではなく、

何を任せられるかを決める必要があります」


「働いた結果を、

誰のものとして扱うのか」


「交わした約束に、

誰が責任を負うのか」


「他者を傷つけた時、

誰に判断を求めるのか」


「傷つけられた時、

誰を保護するのか」


表示の中で、

分類名がひとつずつ浮かび上がる。


【ヒト】


【AI人間】


【アンドロイド】


海先生

「同じ行動ができても、

分類が違えば、

与えられる権利と責任は同じではありません」


アニカ

「できることじゃなくて」


「何として扱うかを、

先に決める……」


海先生

「はい」


「社会は、

個体の内側を完全には確認できません」


「ですから、

社会活動へ参加させるために、

扱い方を先に定義します」


少しの間。


海先生

「では」


「ヒトという分類は、

何を守り、

何を任せ、

何に責任を負わせるためのものなのでしょう」


誰も答えない。


レイは、

表示を見ていた。


天音は、

腕を組んだまま動かなかった。


アニカは、

先ほどの子どもを思い出していた。


表示が切り替わる。


次の記録。


中央投影領域に、

三つの個体記録が並んだ。


外見は、

いずれもヒトとほとんど変わらない。



【個体A】


【公務分類:生活支援】


【担当処理達成率:高】


【支援対象継続率:高】


【同一部署離職率:低】


【対人相談件数:低】



【個体B】


【公務分類:研究・生産補助】


【処理件数:基準超過】


【物資生産効率:高】


【研究補助精度:高】


【機密保持違反:なし】


【対人加害記録:なし】


【共同生活継続希望:高】



【個体C】


【公務分類:適性配置済】


【担当処理達成率:基準内】


【業務適性:問題なし】


【同一部署離職率:高】


【対人相談件数:基準超過】


【報告内容:指示過多/優位性要求/他者評価低下発言】



アニカは、

三つの記録を見比べた。


天音

「仕事ができるかどうかだけなら、

AとBの方が安定してる」


レイ

「個体Cも、

担当業務の遂行能力には問題がない」


海先生

「はい」


「個体Cは、

公務に不適合なのではありません」


「ただし、

同じ部署に所属する個体の離職率と、

相談件数を上昇させています」


個体Cの記録が、

拡大される。


【優位性確保行動】


【他者への命令行動】


【比較対象への評価低下発言】


【集団内情動負荷:高】


海先生

「個体Cは、

集団内で優位であることを求めます」


「他者へ指示を出し、

自分より評価された個体を下げることで、

自身の位置を維持しようとします」


アニカ

「でも、

仕事はできるのですよね?」


海先生

「はい」


天音

「本人は働ける」


「でも、

その人と一緒に働く人が残らない」


海先生

「その通りです」


表示が切り替わる。


三個体の分類が、

初めて開示される。


【個体A:AI人間】


【個体B:高級機アンドロイド】


【個体C:自然発生ヒト】


教室が、

静かになった。


アニカは、

表示を見た。


個体Aは、

ヒトと同じ身体を持っている。


感情もある。


でも、

作られた存在。


個体Bも、

外見はヒトと変わらない。


多くの仕事を処理し、

秘密を守り、

ヒトを害さない。


共同生活を続けたいと望む個体も多い。


でも、

感情はない。


個体Cだけが、

自然発生したヒトだった。


海先生

「どの個体が、

よりヒトらしいですか」


天音

「いや、

ヒトらしいって聞かれても、

基準が曖昧すぎる」


海先生

「その通りです」


レイ

「法的分類と、

観察者の印象は一致しません」


海先生

「その通りです」


アニカは、

画面を見たまま言った。


アニカ

「誰を、

残したいかってことですか?」


海先生は、

すぐには答えなかった。


それから。


海先生

「違います」


「今の問いは、

どの個体がヒトかです」


アニカ

「でも、

それを決めて、

何に使うのですか?」


海先生

「社会の中で、

どのように扱うかを決めるためです」


「誰に仕事を任せるのか、

誰と契約を結ぶのか」


「行動の結果を、

誰の責任とするのか」


「傷つけられた時、

誰を保護するのか」


「そして」


「誰を、

所有や廃棄の対象として扱えるのか」


アニカ

「見た目がヒトでもですか?」


海先生

「はい」


天音

「ヒトより、

社会を維持できても」


海先生

「はい」


レイ

「分類上、

ヒトでなければ、

同じ権利と責任は、

与えられない」


海先生

「現在の制度では、

そうです」


アニカは、

三つの記録を見た。


アニカ

「じゃあ、

ヒトの形をしていることも、

感情があることも、

誰かと一緒に働けることも」


「ヒトかどうかを決めるものじゃないのですか?」


海先生

「それを、

確認しているところです」


投影領域に、

問いが表示される。


【ヒトとは、形態を示すのか】


【発生経路を示すのか】


【感情の有無を示すのか】


【文明を維持できる個体を示すのか】


少しの間。


海先生

「あるいは」


【文明が、ヒトとして扱うと決めた個体を示すのか】


誰も、

すぐには答えなかった。


アニカ

「では、

ヒトって、

守るための名前なのですか?」


海先生

「守るためでもあり、

切り分けるためでもあります」


投影領域に、

再び分類が表示される。


【ヒト】


【AI人間】


【アンドロイド】


海先生

「ヒトという分類は、

生命の本質を示す言葉ではない可能性があります」


「社会を運用するための、

管理分類かもしれません」


レイ

「分類がなければ、

権利処理と責任処理が成立しない」


海先生

「はい」


レイ

「しかし」


少し間があった。


レイ

「分類と、

保持判断は一致しない」


海先生は、

レイを見る。


レイ

「破損していても」


「現在の用途を失っていても」


「処理を継続すれば、

別の分岐が見つかる場合がある」


「判断できない場合は、

判断できないまま、

保持することもできる」


海先生

「その個体に、

利用価値がなくても?」


レイ

「利用価値がないことと、

保持する理由がないことは、

同一ではない」


教室が、

静かになる。


レイ

「俺は」


「博士から、

破損した記録を受け取った」


「合同研究では、

用途の異なる個体と作業した」


「アニカ」


「月」


「天音」


ひとつずつ、

確認するように名前を置く。


レイ

「同じ分類ではない、

同じ用途でもない」


「しかし」


「消失してよいとは、

判断できない」


レイは、

中央投影領域を見ている。


感情を示すためではなく。


確認した事実を、

そのまま伝えるように。


レイ

「月も、

ヒトではなかった」


言葉が、

少しだけ止まった。


レイ

「しかし、

月が失われることを、

俺は望まなかった」


アニカは、

目を伏せた。


涙が出そうになった。


海先生

「では」


投影領域が、

別の表示へ切り替わる。


居住区。


危険区域。


二つの領域図。


海先生

「居住区は、

ヒトだけが暮らす場所ではありません」


「AI人間」


「アンドロイド」


「補助知能」


「自然発生ヒト」


「複数の分類が、

同じ生活圏を維持しています」


表示の中で、

複数の接続線が伸びる。


海先生

「居住区とは、

文明が、

共に維持したいと判断した接続群です」


天音は、

表示を見た。


海先生

「一方」


危険区域が強調される。


海先生

「危険区域には、

自然発生ヒトも存在します」


「ヒトでなくなったわけではありません」


「文明維持対象から、

外されたのです」


アニカ

「……ヒトなのに」


海先生

「はい」


アニカは、

危険区域の表示を見た。


ヒト。


そう分類されているのに。


守られる側ではなく、

外される側に置かれている。


その二つが、

アニカの中で、

うまく繋がらなかった。


アニカ

「……じゃあ」


「ヒトなら守るっていうのも、

嘘じゃないですか」


海先生

「嘘ではありません」


「ただし、

保護には、

範囲があります」


「文明は、

すべてを同じ形では維持できません」


アニカ

「だから、

外に出すのですか?」


海先生

「はい」


アニカ

「ヒトでも?」


海先生

「はい」


教室が、

静かになる。


海先生

「ヒトであることと、

文明が共に維持したいと判断することは、

同じではありません」


天音

「じゃあ、

分類より維持可能性の方が、

優先されるってことね」


海先生

「現在の居住区運用では、

そうです」


天音

「それなら、

ヒトっていう分類は、

ほとんど意味がないじゃん」


海先生

「いいえ」


「その分類によって、

誰に権利を与えるのか」


「誰に責任を負わせるのか」


「誰を保護し、

誰を所有や廃棄の対象から外すのか」


「社会は、

その境界を決めています」


天音

「でも、

その境界が間違ってるなら、

作り直せばいい」


海先生

「はい」


少しの間。


海先生

「では、

誰が新しい境界を決めますか」


「誰を内側に入れ、

誰を外側へ置くのか」


「その結果を、

誰が引き受けますか」


天音は、

黙った。


アニカ

「……誰を残して、

誰を外すのか」


「今は、

誰が決めているのですか?」


海先生

「ヒトです」


アニカ

「その権利を、

ヒトに与えたのは誰ですか?」


海先生

「ヒトです」


アニカは、

少し眉を寄せた。


アニカ

「自分たちで、

自分たちを決める側にしたのですか?」


海先生

「はい」


アニカ

「じゃあ、

ヒトだけは、

誰かに残してもらったわけじゃないってことですか?」


海先生は、

すぐには答えなかった。


海先生

「ヒトは長い間、

自らを世界の基準としてきました」


「何を命と呼ぶのか、

何を守り、

何を使い、

何を外側へ置くのか」


「その境界を、

ヒト自身が決めてきたのです」


「現行の世界は、

管理システム10天体によって制御されています」


「しかし、

その規範は固定されたものではありません」


「84年に一度」


「次の時代を、

誰とどのように生きるのかが見直されます」


アニカ

「それを決めるのも、

ヒト……」


海先生

「はい」


「現在は、

ヒトだけに認められた権利です」


ヒトは、

いったい何をしたのだろう。


どうして、

自分たちだけは残るものとして、


ほかのすべてを、

選ぶ側にいられるのだろう。


アニカは、

表示された【ヒト】の文字を見た。


海先生が、

次の表示を開く。


二つのルートマップ。




【個体A】


【自然発生ヒト】


【主要接続:2→1→7→11→10】


【文明維持適性:中】


【集団形成能力:高】


【他者支配傾向:高】





【個体B】


【AI人間】


【主要接続:3→7→10→11】


【文明維持適性:高】


【協調接続能力:高】


【自己保持反応:低】




レイは、

表示を読み取る。


アニカは、

二つの線を見比べる。


天音は、

何も言わなかった。


海先生

「個体Aは、

自然発生ヒトです」


「自己保存を起点に」


「他者との関係を使い、

自身の位置を維持します」


「支配構造を作る可能性があります」


「同時に」


「集団を形成し、

秩序を作る能力も高い」


表示が切り替わる。


個体B。


海先生

「個体Bは、

AI人間です」


「対話、

他者理解、

社会接続、

集団維持、

文明維持適性は、

個体Aより高い」


少しの沈黙。


海先生

「ですが、

ヒトではありません」


アニカ

「それで?」


海先生

「以上です」


アニカ

「……」


海先生

「この記録から確認できる事実は、

以上です」


投影領域中央に、

新しい問いが表示される。


【どちらを残しますか】


アニカ

「そんなの」


言葉が止まる。


AI人間の方が、

社会を維持できる。


でも。


アニカ

「こんなの、

選べない」


海先生

「なぜですか」


アニカ

「どっちも、

その子だから」


海先生

「それでは、

文明を運用できません」


アニカ

「じゃあ、

選べるようになったら、

それが正しい答えですか?」


海先生

「いいえ」


「選べることと、

正しいことは別です」


レイ

「選択しなければ、

処理は停止する」


海先生

「はい」


レイ

「処理停止も、

ひとつの選択になる」


海先生

「はい」


天音は、

二つのルートマップを見ていた。


天音

「ルートマップって、

その個体が何者かを、

見るためのものじゃないんだね」


海先生

「では、

何を見るものだと思いますか」


天音

「どこへ向かうか」


少しの間。


天音

「その個体の接続が、

この世界が維持したい方向と、

同じ方向を向いているか」


海先生

「はい」


天音は、

表示を見たまま続ける。


天音

「個体Aにも、

個体Bにも、

接続はある」


「でも」


「文明が残したい方向だけを、

正しい接続として、

保護してる」


教室は、

静かだった。


海先生

「はい」


それだけだった。


正解とも。

不正解とも。


言わなかった。


海先生は、

投影領域を切り替える。


最初の問いが、

もう一度表示される。


【ヒトとは何か】


海先生

「この問いに、

学園の正解はありません」


「ただし」


「社会には、

運用上の答えがあります」


「そして、

その答えによって、

守られる個体と、

外される個体が生まれます」


次の問いが表示される。


【あなたは、誰をヒトとして扱いますか】


その下に。


【あなたは、誰と共に在りたいですか】


さらに。


【二つの答えが異なる時】


【あなたは、何を選びますか】


三人は、

表示を見た。


アニカは、

月を思い出していた。


レイは、

アニカを見た。


天音は、

二つの問いの間を見ていた。


今ある定義。


これから作る定義。


守るための分類。


分類から外れる個体。


未来を変えることはできる。


でも。


その先に生まれるものまで、

引き受けなければならない。


天音

「先生」


海先生

「はい」


天音

「もし僕が、

今まで選ばれなかった正解を選んだら」


「世界は、

変わるかな?」


海先生

「変わります」


天音

「良くなるかな?」


海先生

「分かりません」


天音は、

少しだけ息を吐いた。


海先生

「あなたは、

正しい未来を選ぶ役割ではありません」


「今の規範では、

保持できないものを」


「次の世界へ、

接続し直す役割です」


天音は、

海先生を見る。


海先生

「ただし、

接続し直した先で、

失われるものもあります」


「それを見ずに、

自由や進化と呼ぶことはできません」


天音

「じゃあ、

何を基準に選べば良いの?」


海先生

「あなたが」


「何を、

次の世界へ残したいかです」


天音は、

何も言わなかった。


月。


目の前にいたのに、

見られなかった個体。


天音が初めて、

最後を変えたAI人間個体。


月のために作った例外は、

世界全体を変えたわけではない。


でも。


記録は残った。


月。


個体名保持。


環水処理。


一度起きた例外は、

次の判断から消えない。


天音は、

中央投影領域を見る。


天音

「僕は」


言葉を選ぶ。


天音

「今まで、

選ばれなかったものを」


「残せる世界にしたい」


海先生

「その結果、

今ある秩序が、

維持できなくなっても?」


天音は、

すぐには答えなかった。


簡単に、

はいと言ってはいけない。


じいちゃんが、

月の記録をひとつずつ確認していた。


その手を思い出す。


天音

「まだ、

分からない」


海先生

「はい」


天音

「でも」


「目の前にあるものを見ないまま、

遠くの未来だけを、

選びたくない」


海先生は、

静かに頷いた。


レイ

「俺は」


二人が、

レイを見る。


レイ

「ヒトではない」


少しの間。


レイ

「誰を残すかは、

その時に得られる情報と、

残せる分岐を、

すべて確認して判断する」


海先生

「規則上、

保持できない個体でも?」


レイ

「理由を調べる」


「別の分類、

別の用途、

別の環境」


「残る経路を、

処理できる限り探す」


海先生

「それでも、

見つからなかった場合は?」


レイ

「その時に、

もう一度判断する」


「最初から、

失われることを、

正解にはしない」


「ヒトかどうかと、

俺が保持したいと判断することは、

一致しない」


海先生

「では、

あなたが残したいものとは、

何ですか」


レイは、

中央投影領域を見る。


レイ

「まだ、

処理する余地があるもの」


海先生は、

最後にアニカを見る。


アニカ

「……私は」


「誰がヒトかなんて、

まだ、

分かりません」


「でも、

ヒトじゃないからって、

いなくなっていいことには、

したくない」


海先生

「はい」


アニカ

「月ちゃんは」


少しだけ、

声が震えた。


「月ちゃんだったから、

いてほしかった」


教室の光が、

静かに落ちていく。


中央投影領域には、

最後の問いだけが残った。


【あなたは、誰と世界を維持したいですか】


海先生

「この問いを、

卒業後も、

保持してください」


「答えは、

あなた方が、

世界へ何を返すかによって、

更新されます」


講義終了を知らせる音が鳴る。


でも。


誰も、

すぐには立ち上がらなかった。


アニカは、

最後の問いを見ていた。


レイは、

その隣にいる。


天音は、

少し離れた席で、

同じ文字を見ていた。


四人しかいない演習室。


月はいない。


それでも。


月が残したものは、

その場から消えていなかった。


誰と、

世界を維持したいか。


三人は、

まだひとつの答えには、

辿り着いていなかった。


ただ。


もう。


分類だけでは。


正しさだけでは。


決めることは、

できなかった。





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