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route:00  作者: レイレイ
第1章 学園編
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21/43

星へ還るもの

route:00


15話「星へ還るもの」



昼休憩。


講義棟第五区画。


白色照明。


静かな空調音。


生徒たちの話し声が、

遠くで淡く混ざっている。


月は机に突っ伏していた。


「むり」


アニカ

「今日は早いね」


「数字いっぱいだった」


レイ

「講義情報量は平均範囲内だ」


「それ慰め?」


レイ

「事実だ」


月が、

じとっとした目を向ける。


アニカは少しだけ笑った。


その時。


レイの端末に通知が入る。


淡い光。


レイ

「危険区域実地調査参加要請」


「え」


顔を上げる。


「外行くの?」


レイ

「水源循環調査。

周辺生態系観測。

記録採取」


アニカ

「危険区域って、

やっぱり危ないんだよね?」


レイ

「一定リスクは存在する」


「……」


少し眉を寄せる。


「レイって戦えんの?」


レイ

「必要に応じて

戦闘機能を有効化できる」


「え、こわ」


レイ

「問題ない」


あまりにも淡々としていて、

逆に少し怖い。


アニカ

「レイが戦うって、

想像がつかないな」


レイ

「戦闘は目的ではない」


「観測継続が最優先だ」


「危険個体との接触時のみ、

排除行動へ移行する」


「排除って言い方が怖いってば」


アニカは、

少しだけ視線を落とした。


危険区域。


壁の外。


制御外領域。


人類と自然が、

お互いを壊さないために引いた境界線。


そこには、

今も人類が完全には管理しきれない自然が残っている。


月が、

ふと思い出したように端末を開く。


「んー、じゃあさ」


「私たちも水の授業受けよーよ!」


アニカ

「水?」


「だって今その話してたじゃん」


ライブラリ検索。


無数の講義タイトルが、

空中へ広がる。


水循環。

地磁気同期。

還水思想。

長期文明維持論。

危険区域生態学。


「うわ、

いっぱいある」


アニカ

「……これ」


指先が止まる。


【星環循環論 基礎講義】


アニカ

「担当の先生、

別の授業で分かりやすかったよ」


「んじゃ、決まりね!」


月が端末を覗き込む。


「うわ、

あと15分じゃん!」


アニカ

「え」


「移動したらギリじゃない?」


レイ

「現在位置から講義室まで

平均移動時間は7分42秒」


「そういう問題じゃなくて!」


勢いよく立ち上がる。


椅子が少し音を立てた。


「ほら行くよ!」


「せっかく面白そうなんだから!」


アニカは、

少しだけ笑って立ち上がる。


レイも静かに端末を閉じた。



午後講義。


第三区画。


室内は薄暗い。


静かな波音だけが、

講義室に流れていた。


寄せては返す音。


一定ではないのに、

不思議と乱れていない。


壁面いっぱいに、

巨大な青い球体が浮かんでいる。


水。


ゆっくりと回転する青い惑星。


講義担当の先生が操作を止める。


教室に

波音だけが残る。


先生が、

講義の始まりを告げる。


「現在文明において、

水は単なる資源ではありません」


ほんの少しだけ間が空いた。


「記録媒体です」


壁面が暗転する。

再び動き出す。


海。


雲。


雨。


川。


血液。


細胞。


すべてが、

一本の循環線で結ばれていく。


「旧文明末期頃」


「人類は、

大陸全域へ分布していました」


「推定個体数は、

約100億」


青い球体がほどけ、

都市の映像へ変わる。


「旧文明期の人類は、

人口増加を文明発展と結び付けていました」


巨大都市。


渋滞。


排煙。


大量輸送。


低い走行音。


重なる警告音。


途切れない人の声。


映像の中の都市は、

眠ることを忘れているみたいだった。


「ですが現在の管理構造では、

人口量そのものは

文明維持条件として重要視されていません」


「現在、

基礎インフラ維持の大部分は

アンドロイドおよび管理AIが担っています」


「そのため人類は、

“労働維持資源”として

大量存在する必要がない」


アニカは静かに聞いている。


先生

「むしろ旧文明では、

過剰人口による

水循環負荷。

土壌破壊。

情動同期暴走。」


「それらが長期文明維持を困難化させていました」


映像の中で、

大量の光が点滅している。


情報。


広告。


騒音。


人波。


「個体数が増えるほど、

接続される情報も増加しました」


「生活に必要な情報だけではありません」


「遠くの出来事。

遠くの声。

自分のものではない欲望。」


「旧文明末期、

人類は膨大な情報へ

常時接続していました」


無数の音声が、

薄く重なっていた。


笑い声。


呼びかけ。


広告音。


どれも近いのに、

誰の声でもなかった。


「その一方で」


映像がゆっくり切り替わる。


人から差し出された食事。


隣に座る人。


風に揺れる木々。


「目の前の個体。

足元の土地。

今存在している季節との同期密度は、

徐々に低下していった」


「人類は、

増えすぎることで

同期対象を拡散させ、

星との同期精度を低下させた」


静かな声。


でも否定ではない。


ただ観測結果を述べているだけ。


「現在文明では、

個体数ではなく」


「どのような記録を

星へ還すか

が重視されています」


静かな講義室。


「危険区域における

水循環。

生態系。

土壌状態。」


「それらの長期観測結果を基に、

管理AIシステムASCが

総合維持ラインを算出し」


「純粋ヒト個体数は

数億規模へ調整されています」


アニカは、

ゆっくりと目を伏せた。


——どんな記録を、

還すか。


その言葉が、

なぜかささる。


先生

「また現在の居住区は、

大陸プレートおよび

その影響を受けにくい区域へ

限定配置されています」


映像の中で、

赤いラインが浮かび上がる。


かつて存在した旧文明圏。


その多くが、

巨大な大陸プレート上へ集中していた。


先生

「旧文明人類は、

膨大な個体数を維持するため、

居住可能領域を

大陸全域へ拡張しました」


「同時に、

労働資源。

都市建設効率。

流通経路。

水源利用。」


「それらを優先した結果、

大陸プレート上および

その影響域にも、

多数の個体が居住し続けました」


「プレートは、

静止した地面ではありません」


「地震。

火山活動。

土地の隆起。

沈降。」


「それらは、

水脈や土壌、

居住環境そのものへ

長期的な影響を与えます」


「旧文明人類は、

効率を優先することで、

そうした土地由来の揺らぎへ

直接晒され続けました」


「揺らぎ……」


先生

「その影響は、

生態系だけでなく

人間個体の精神状態にも

長期影響を与えていたと考えられています」


壁面の映像が切り替わる。


古い時代の記録。


人間たちが、

地面へ座っている。


目を閉じ、

静かに呼吸している。


別の映像。


剣を振る。


型を繰り返す。


呼吸。


姿勢。


重心。


静かな反復。


「特に揺れの大きい

プレート周辺や

火山周辺では

外部からの揺れに対して

自己を制御するために

独自の武術や舞踊が生まれました」


「揺れる土地で生きる個体は、

無意識に自分の重心を探します。」


「足裏。

呼吸。

姿勢。

反復。」


「それらはやがて、

型として保存されました。」


床を踏む音。


布が擦れる音。


短く吐かれる息。


「旧文明の人類は、

理解していたからこそ

受け継いでいきました。」


先生が言う。


「呼吸。

姿勢。

土地。

水。」


「生物は、

星から完全には切り離せないと」


講義室が静まり返る。


「人類は常に、

外側を大地によって

内側を水によって

揺らされている存在でした」


「人間の身体の大部分は水分です」


「水は、

外部環境の影響を受けやすい」


波が揺れる。


水面が震えるたび、

低い振動音が教室へ広がった。


耳ではなく、

胸の奥で聞こえるような音だった。


「重力。

月の引力。

気圧。

振動。」


映像が切り替わる。


海。


森。


雨。


循環図が重なる。


先生

「現在文明では、

自然は“利用対象”ではありません」


「同期対象です」


静かな声。


「食事も同様です」


植物。


発酵。


土。


循環。


「食べるという行為は、

現在の星の情報を

個体内部へ取り込む同期行動と呼べるでしょう」


「植物体内の水分には、

雨、

土壌、

季節変動の記録が含まれます」


「生物は

それを取り込むことで、

個体内部の水循環を

現在の星の状態へ再同期する」


「……食べるのって、

そんな意味あったの?」


先生

「完全合成栄養のみで構成された生活環境では、

情動安定率低下傾向が確認されています」


「特に成長個体への影響が大きい」


映像の中で、

植物が揺れる。


葉を滑る水音。


雨粒が土を叩く音。


発酵槽の小さな泡。


レイは、

静かに聞いている。


先生

「旧文明期にも、

既に類似概念は存在していました」


「地産地消。

旬。

発酵。

薬膳。」


「当時の人類は、

科学的統合には至っていなかったものの」


「経験則として、

“土地と身体の関係性”を理解し始めていた」


アニカは、

静かに映像を見つめている。


先生

「歩行も同様です」


空中経路。


地上歩道。


二重構造都市。


「現在の居住区では、

地上移動効率は重要視されていません」


「ですが、

“歩く”という行為自体は

現在でも維持されています」


「歩行は、

重力。

呼吸。

地磁気。

水分振動。」


「それらを

個体内部へ再同期する工程だからです」


「……だから道なくしたのに、

歩く場所だけ残ってるんだ」


先生

「そうです」


静かな沈黙。


「人類は、

星から完全には切り離せない」



映像が変わる。


白い炎。


その中で、

燃えていく身体。


教室が静かになる。


先生

「火葬です」


水循環図が、

ゆっくりと浮かび上がる。


海。


雲。


雨。


血液。


細胞。


循環。


先生

「旧文明人類は、

弔いに”火”を使いました」


白い灰。


静かな炎。


「その頃からです」


「人類の長期変化速度に、

明確な鈍化傾向が確認され始めたのは」


アニカが、

ゆっくり顔を上げる。


先生

「現在、

水は記録媒体であると考えられています」


「個体の経験。

記憶。

感情。」


「生きた記録は、

水へ蓄積される」


海。


雨。


川。


生物。


そしてまた海へ。


「生物は、

星から生まれ」


「星へ還ることで、

次の系譜へ記録を継承してきた」


静かな声。


「ですが旧文明人類は、

火によって循環を断ち切った」


「星へ還らなくなった」


長い沈黙。


壁面の水循環図から、

ひとつの線だけが消える。


その瞬間、

波音も消えた。


海へ戻らない。


循環しない。


継承されない。


「現在文明では、

それが長期変化速度低下の

一因であった可能性が高いとされています。」


先生の声だけが、

講義室に残った。


誰も喋らなかった。


ただ、

水の循環図だけが

ゆっくりと回転している。


先生は、

その図を見つめていた。



放課後。


アニカは、

ひとり外壁近くの通路を歩いていた。


遠く。


巨大な壁。


その向こうの

そのまた向こうには、

暗い森林地帯が広がっている。


危険区域。


制御外領域。


人類はずっと、

壊れないために

境界線を引き続けてきた。


けれど。


本当は誰も、

完全には

切り離せていなかったのかもしれない。


風が吹く。


ふと、

空を見る。


青白い点。


宇宙同期リング。


星。


アニカは、

無意識に自分の腕へ触れた。


皮膚の下では、

水が流れている。


呼吸が揺れる。


心臓が脈打つ。


自分もまた、

星の循環の途中にいる。


足元を見る。


硬く整えられた地面。


揺れない世界。


なのに。


自分の内側だけが、

静かに揺れていた。


レイが採取するのは、

水ではなく、

“今の星の状態”なのだと、

アニカは思った。


どこまでが

自分で、


どこからが

星なのか。


もう、

少し分からなかった。





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