【記録ログ:また読んで】
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【記録ログ:また読んで】
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放課後。
幼児育成区画。
実習終了後の教室には、
まだ絵本の余韻が残っていた。
床へ座っていた子供たちは、
さっきまで笑っていた。
「つぎはこれー!」
「もういっかい!」
小さな手が
何冊も絵本を差し出してくる。
彼女は少し困ったように笑った。
「そんなに読んだら、
声なくなっちゃうよ」
子供たちが笑う。
その空気は、
Deeperの中とは全く違っていた。
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さっきまで読んでいた絵本の中には、
大きな竜が出てきていた。
彼女は腕を広げ、
低い声を作り、
竜の真似をした。
子供たちは歓声を上げる。
小さな男の子が
目を輝かせながら立ち上がった。
「うわぁぁっ!」
彼女は笑う。
読む間。
声色。
表情。
怖がらせる直前で少し止める呼吸。
全部が自然だった。
まるで。
物語そのものが
彼女の身体を通って
流れているみたいに。
その瞬間だけは、
教室全体が
彼女へ引き込まれていた。
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でも。
教室の端では、
別の空気も動いていた。
「やだ!」
「ぼくの!」
積み木を取り合った幼児が
泣き始める。
別の子が
つられて不安そうな顔をする。
さらに後方では、
椅子へ登ろうとしている子供もいた。
その時。
「はい、
こっちに座ろうね」
静かな声。
ベテラン保育要員だった。
泣いている子供同士の間へ
自然に身体を入れる。
片方を抱き上げながら、
もう片方の視線もちゃんと見る。
椅子へ登ろうとしていた子には
足だけでそっと進路を塞ぐ。
さらに。
少し離れた場所で
別の子が眠そうにしていることにも
気付いていた。
「今日は少し早めに休憩しようか」
静かな声。
その間にも、
教室全体を見ている。
転倒しそうな位置。
泣き声の連鎖。
空気の揺れ。
子供たちの熱量。
全部を拾っていた。
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彼女は、
読み聞かせを続けながら
その様子を見ていた。
すごいな、
と思った。
自分が物語へ集中していた間も、
あの人は
全部見ていた。
全部、
守っていた。
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Deeper。
適性判定補助装置。
何百回も。
何千回も。
彼女はそこで
幼児育成シミュレーションを受けた。
転倒事故。
誤飲。
情動連鎖。
集団混乱。
報告遅延。
判断停止。
責任。
守れなかった時の記録。
その度に
適性数値は下がっていった。
向いていない。
維持困難。
長期安定率不足。
そう表示され続けた。
でも。
今。
目の前の子供たちは笑っている。
怖くない。
失敗しないように
怯え続けなくていい。
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「せんせー!」
小さな女の子が
袖を引っ張った。
「また読んで!」
彼女は少しだけ目を丸くする。
その呼び方。
ほんの少しだけ。
胸の奥が熱くなった。
「……うん」
小さく笑う。
「また読むね」
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帰り支度。
彼女は、
貸出用端末の中へ
今日読んだ絵本データを戻している。
【貸出記録を更新しました】
【読み聞かせ実習ログを保存します】
保育施設内端末から、
環境同期ニュースが
小さく流れていた。
「本日早朝、
牡牛座領域にて
太陽と月の同期を確認」
「未出力情報を保持する個体において、
小規模な表現行動の増加が
観測されています」
「近接関係内での共有、
試験的な記録出力が推奨されます」
彼女は、
ふと手を止めた。
試験的な記録出力。
その言葉が、
少し耳に残った。
その時。
「さっきの読み聞かせ」
後ろから声がした。
振り返る。
あの保育要員だった。
女子生徒は少し慌てる。
「あっ……」
「すみません、
うるさくしすぎちゃいましたか?」
保育要員は少し驚いたあと、
小さく笑った。
「逆です」
静かな声。
でも。
どこか柔らかかった。
「すごく良かった」
女子生徒は目を瞬かせる。
保育要員は少し考えるように
視線を落とした。
「私はね」
「読み聞かせしてても、
どうしても色んなところへ
意識が散っちゃうの」
夕焼けの光が
静かに制服を染めていた。
「転ばないかなとか」
「後ろの子眠そうだなとか」
「あの子ちょっと不安定かもとか」
「次に空気崩れるならどこかなとか」
小さく笑う。
「だから、
あなたみたいに
物語へ子供たちを引き込めない」
「どうしても映像端末と音声に頼ってしまう」
女子生徒は何も言えなかった。
「子供ってさ
“同じタイミングで笑った”
みたいなの、
ずっと残ったりするよね」
保育要員は続ける。
「今日、
みんな本当に夢中だったね」
「あんな空気、
私は作れない」
それから少しだけ照れたように笑った。
「……今度、
教えてくれる?」
夕焼けが
静かに揺れる。
女子生徒は一瞬、
言葉を失った。
Deeperでは。
何千回も。
“不適性” と表示された。
でも今。
目の前の人は、
自分に“出来ないこと”を
教えてほしいと言っている。
彼女は少しだけ俯いて、
それから小さく笑った。
「……はい!」
その声は、
少し震えていた。
でも。
嬉しそうだった。
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帰り道。
彼女は
貸出用端末を抱えながら歩く。
Deeperの中で
何度も見た失敗記録を思い出す。
適性外。
確かに。
あの結果は
間違っていなかったのだと思う。
きっと自分は、
“守る側” には向いていない。
でも。
関わり方は、
ひとつじゃなかった。
「今日、
楽しかったな」
子供たちが
笑ってくれた。
そして。
自分にしか出来ないことも、
少しだけあるのかもしれないと思った。
彼女は少し考えて。
それから
小さく呟いた。
「……絵本とか」
少し照れたように笑う。
「書いてみようかな」




