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第72話

 視界が切り替わって、目に飛び込んできたのはやっぱり円と十字を組み合わせたシンボル。これが俺の紋章らしい。そう思ってみると何となく親しみを感じる。


「お帰りなさいませ」


 シャーナが深々と頭を下げた。


「留守中、何もなかった?」


「敢えて言うなら、魔獣が」


 低い声でシャーナが言う。


「魔獣?」


「はい、さして力のない、しかし明らかにシンゴ様と正反対の位置に坐する存在に生み出された獣が、この神殿の結界付近を嗅ぎまわっています。生神様と信者にしか見えない神殿ですので、魔獣たちは何も見つけることはできず去っていきますが」


「……子供たちが外に出たがったりとかは」


 シャーナが目を伏せる、それだけで子供たちが外に出たくて大騒ぎしていることが伝わってくる。


「小アシヌスや小灰色虎に、言い聞かせておいて。絶対に子供たちをこの神殿の結界の外には出さないようにって」


「無論です」


 シャーナは力強く頷いた。


 本当は、神殿の結界の外、広い世界に出してあげたい。再生しつつある世界をその五感で存分に味わってもらいたい。


 だけど、魔獣がいるとなると話は別だ。


 敵対勢力がいて、世界の破滅を願う者がいる。そんな世界に、子供を何の守りもなしに放り出しはできない。


 もちろん、子供たちは俺が創った神具を持っている。神威【帰還】を一回だけ使える神具だ。三人の子供たちに危険が及べば、神威が発動して原初の神殿に戻ることができる。


 でも、それを利用して原初の神殿に入り込もうとするヤツがいたら……?


 それだけはさせない。


 あの子たちはビガスから逃げてきた家族が、一番安全な場所にいてほしいと頼まれて預かった子たちだ。少なくともビガスが安全に子供だけでいられるようになるまでは、俺が責任を持たなきゃいけないんだ。


 親に託された子供だ。


 守る。絶対に。


 ……何があろうとも!



 レーヴェとヤガリがエルフとドワーフのトップを迎えに行き、俺はビガスへ向かった。


 ビガス居住区の中央にある祠に到着した俺を出迎えたのは、民長のダンガスさんとその息子のアンガスさん、それから、アンガスさんと一緒に神殿に辿り着いて、娘と息子を俺に預けてビガスに戻った母親……マトカさん、とか言ったっけ。


「大事なお話がるとかで」


「うん。でも、その前に、アムリアから逃げてきた人たちは辿り着いた?」


「やはり生神様の行いでございましたか」


 ダンガスさんはほのかに笑った。


「妙な草が生えて、それを食べてビガスに辿り着く者を受け入れて、居住区に人は増え始めております。おかげで生神様が再生してくださった穀物の刈り取りが出来そうです」


「何か問題は起きてない?」


「いえ、この印があれば」


 指した先には、俺のシンボル……円と十字を組み合わせたものがある。


「彼らはこの印を見、神託を聞いたと言っておりました。西に行け、そして働き、再び人の世を再建せよと。無論、まだ神の実在を信じていない者もいますが、それでも草を追って旅をしてここに辿り着いた、その事実だけは変えようもありませんので」


「……民長さんに、今回とは別件で話したいことがあるんだけど」


「神殿での話し合いとは別件だと?」


「ああ。……他の人たちにも頼みたいけど、俺を生神だと明かさないでほしい」


「……理由を聞いてもよろしいでしょうか」


「生神がどれか一つの種族に肩入れしているとなると、これから先の、異人種との協力しての世界再建計画が崩れる。エルフ、ドワーフ、フェザーマンにも言ってあるけど、直接会った事がある人以外には、俺は、西の再建の為に東から人を連れてくる役割を負った旅人。そう言う感じで頼みたい」


「……分かりました」


 ダンガスさんは頷いた。


「生神様が平等でなければ、この先の話し合いも成り立ちませんな。何れかの種族に肩入れすれば多種族から文句が出る、大丈夫です、私は生神様に助けられた身、その願いとあれば貫きましょう」


「ありがとう」


「いきが……ではありませんね、何とお呼びすれば?」


 マトカさん……俺の記憶にかすかに残る母親に似た顔立ちをした、神殿の二人の子供の母親が聞いてきた。


「シンゴ、と。それが、俺の名です」


「……では、シンゴ様。私の子供は……スィンとフィリャは、健やかでありますでしょうか」


「様もいらないよ。……元気だってシャーナが言ってた。ただ、神殿の近くに魔獣がうろつくようになったらしい。もちろん結界があるし、いざって時安全に神殿に戻れる神具を渡してはあるけれど、……子供たちが自分から外に出たがっているらしいとなると。……やっぱり、親御さんの手元に置いた方が……」


「二人とも、わんぱくですから。そう言うところ、亡くなったあの人にそっくり……」


 マトカさんは一瞬遠いところを眺め、目を細めた。


「イリスも、スィンとフィリャはもうほとんどいない同世代の子供たち。兄弟のようなものだ。叶うならば手元に置いて、育てたい。しかし」


 アンガスさんも真剣な目で俺を見た。


「ビガスはまだまだ安全とは言えません。アムリアから来た民全員を信用できるわけもなく、まだ路上で寝起きしている者もいます。そんな所に子供を戻しても、目が行き届きません。世界が再生するまでとは言いませんが、せめてビガスがもう少し安全になるまで、神殿にお預けできるとありがたい」


「しかし……俺は幼い頃両親を亡くしたから分かります。友達と、親代わりがいたとしても、それで満足できるほどに彼らは幼くはない。親……あるいは親以上に頼れる誰かがいないと、……寂しいものです」


「今は寂しくとも……それが結果的にあの子たちの為になると、信じて、いますから」


「分かりました。何か言伝は」


マトカさんはしばらく悩んだ顔をしてから、三着のセーターを取り出した。


「再生した羊の毛糸で編んだものです。イリスの分もあります。生神様の創った物には到底及びませんが……」


 アンガスさんも、三足の靴を差し出した。


「再生してくださった革で作った靴です。粗末なものですが、これがあの子たちの身を守ればと念じて作りました……」


「分かりました。三人に渡します」


 俺は深くマトカさんとアンガスさんに頭を下げると、ダンガスさんを見た。


「では、行きますか」


 ダンガスさんと共に祠に入り、俺は【転移】で原初の神殿に移動した。


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