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第64話

「ちょ、待っ」


 鉄に革を貼った小型の盾で身を守りながら、俺は少女に怒鳴り返した。


「これ、あんたの飼いグリフォン、なんだろっ?! なんで、こっちを、襲って、くんだよっ」


 飼いグリフォンと言う呼び方が正しいかどうかはさておいて、彼女とグリフォンの目的が分からなければ反撃にも移れない。


「そ、それは……」


 ごにょごにょと黙り込んでしまうから、反撃できず逃げたり防いだりするので精一杯。


「ミクン!」


「こいつ、怒ってる。なんか知らないけど、その娘に、すっごい怒ってる!」


「怒ってるぅ?!」


 小さな体で器用に爪を避けながら、ミクンはグリフォンの意図を読み取る。


「うん、そして、あたしたちに! なんでその娘を助けるんだって! あ、今……」


 グリフォンの頭に手を置いて飛びのきながら、ミクンは叫んだ。


「その娘を置いて帰らなきゃ、全員ぶっ殺すって怒ってる!」


 うわあ……。


「サーラ、グリフォンはフェザーマンの家畜なんだろう?! なんでミクンが言うだけ怒ってるんだ?!」


「知るか」


 サーラは冷たい。だけど。


 グリフォンがくちばしを開いて襲い掛かってきたのを避け、サーラはそっとグリフォンに手を当てた。


「ぐるる……しゅるうっ!」


「落ち着け」


 とん、とんとグリフォンの嘴を叩いてやる。


「よし、いい子だ」


 ふーっ、ふーっ、と息を吐くグリフォンの嘴を撫でてやり、頭を撫でてやる。


「な……な……」


「おー。落ち着いた! さすがはサーラ!」


 ミクンがパチパチパチと手を叩いた。


 グリフォンはぎゃあぎゃあと叫んでいる。だけど敵意は感じない。何かをサーラに訴えている。


「そうか。そうなんだな。よしよし、よく耐えた。いい子だ。お前があんな主に怒って主殺しの罪を着ることはない。な?」


「主殺し?」


「ああ。この子はそのフェザーマンを仕留めようとしていて、守ろうとする我々が彼女の味方だと思って怒ったらしい」


「な、何を、何を出鱈目でたらめ言ってるのよ! グリフォンがそんな考え持つわけないじゃない!」


「ううん、思ってるよ」


 生物の意図を読み取れるハーフリングの言葉に、フェザーマンは青ざめる。


「その子、すっごくあの子を嫌ってる。死んじゃえばいいって思ってる。でもどうして? 普通家畜になる獣って、そこまで狂暴なのはいないよ? そりゃあ世界が滅びかかって人間のほとんどが家畜を食糧にしちゃって生き残った子にも餌がやれない状況が続いてるからって」


 真っ青な顔のまま沈黙を続けるフェザーマンの少女。


「言えないなら言ってやろうか?」


 サーラの柔らかい声が、裏に絶対零度の冷ややかさを持っている。


「所詮獣、所詮家畜、そんな生き物が自分に仕えられることを感謝しろ、せいぜい役に立て、でないと自分の食事にするぞ、そう言ったのではないのか?」


 うーわ。


 これは嫌だわ。サーラだけでなく俺も嫌だわ。


 家畜は道具じゃないし食糧でもない。命をかけて人間に尽くしてくれる大事な働き手だ。そんな生物にそんなことを言えば……。


「それは嫌われるな」


 人に嫌われることにかけては一・二を争うレーヴェが納得したように頷いた。


「共に行動する生物を大事に扱わない主が、しもべに好かれるはずがない。ましてやこの窮地に共に生きる同種とも暮らしていけるはずがない。それで奈落断崖から追い出されてグリフォンにも嫌われて空から突き落とされた、そうではないか?」


 うぅーわぁ。


 こう来たかあ。


 同種にも嫌われて僕にも憎まれて。


 行く当てもなかったから、奈落断崖に連れて行けとも言えなかったんだろう。


「さて、どうする、シンゴ」


 サーラがグリフォンの頭を撫でながら言った。


「この娘、連れて行けばフェザーマンの反感を買う。同種に追い出された娘だからな。それとこのグリフォンの処遇。如何に嫌っているとはいえ、主を害した家畜は元の家には戻れない」


「自由に生きることはできないのか?」


「アシヌスで考えてみればいい。ドワーフに仕えるために生み出されたアシヌスがドワーフに見捨てられて、生きていけると思うか?」


「そうだな……」


「な、何を言っているのよ! 主を傷つけた家畜を放置しておく気?!」


「家畜を傷つけた主は放置していいか」


 サーラの冷ややかな声にミクンが提案する。


「ここにおいてく?」


「ハーフリング如きが!」


「このグリフォンちゃんにも言ったんでしょ? 捨てられたくなければ役立てって。グリフォンちゃんはあたしたちの役に立つかもだけど、あんたは何一つとしてあたしたちの役に立たない」


 フェザーマンの顔色が青を通り越して白くなっていく。


 グリフォンはのしっのしっと歩いて、サーラから俺の所に来た。


 そして、翼を折り畳んで、地面に伏せ。


 頭を下げた。


「サーラ?」


「僕にしてくれと言っているんだ」


「この子が?」


「そう。シンゴのことが分かったらしいな。レーヴェとも騎士の誓いを交わしているだろう? あれと同じ。シンゴを主としたいと言っているんだ」


「わ、わたくしが主よ! 主なのよ!」


「主と言うなら僕に絶望をさせるな」


 サーラはもう少女の方すら見ない。


 グリフォンはその体勢のまま、俺を待っている。


「いい子だから、頭下げんな」


 俺は膝をついてグリフォンの頭を撫でてやった。


「お前は何にも悪くないから、頭下げなくていい。ついてきたいならついてくればいいし、嫌なら逃げればいい。好きにしろ。お前の自由だ」


 グリフォンはパッと頭をあげた。


 目を見開いて、嘴を開いている。人間で言うなら「ぽかん」と言う感じだ。


 うん、と頷いてやると、グリフォンは立ち上がって頭を擦り付けてきた。


「な、なによ、わたくしには、そんな態度、一度もしたことないのに!」


「してほしければそれに相応しい扱いをするんだな」


 ブランが座り込んだ。


「え。え」


 そして背中に少女を乗せたまま、ブルブルブルっと体を振るった。


 足の弱いフェザーマンが振り落とされる。


「ああ、ブラン、お前も嫌だな。そんな僕の扱い方すら知らない人間を背に乗せるのは」


「ろ、ロバの分際で……!」


  ぱしん。


 乾いた音が弾けた。


 ヤガリが少女の頬を叩いた音だった。

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