第62話
「だ、大樹海に無窮山脈が復興したですって?!」
うん、とレーヴェとヤガリが同時に頷く。
「大樹海の聖なる泉が元に戻って、森もほぼ動植物が戻っている」
「無窮山脈も鉱石が出始めて、おれたちドワーフが掘り返している」
フェザーマンの少女はしばらく難しい顔をしていた。
そりゃそうだわな、この情報が正しいかどうか、彼女に判断する基準はない。実際に西へ行けばいいだけの話だけど、フェザーマンが一日にどれくらい飛べるか、分からないし。
渡り鳥みたいに不眠不休で飛び続けられるなら誰か一人確認しに行けばいい。だけど恐らくフェザーマンにそこまでの体力はないと俺は踏んでいた。
これで納得してくれれば、送っていくことも可能かな……。
ところが。
急に彼女は言い出した。
「え、ええ、嘘よ、嘘だわそれは」
「その根拠は?」
「神ならば、わたくしたち神に仕えるフェザーマンの住む奈落断崖を真っ先に復興させるはずですもの。エルフはともかく下賤なドワーフごときの棲み処を復興させるだなんて有り得ません。有り得ませんわ!」
う~ん、そう来たか。
この世界には種族間の蔑視が根強く続いている。空の種族フェザーマンは、大地を踏みしめるドワーフをそう言う風に見ているのか。
俺は軽く手を後ろにやった。
とんとん、と震える戦斧を叩いてやる。
「あ、ああ、済まない、シンゴ」
怒りで震えていたヤガリが、息を吐いて礼を言った。
「ドワーフは生活必需品や素晴らしい工芸品を作り上げる。モーメントに必要不可欠な一族だ。そんな種族を下賤とは言わないよ俺は」
「……ああ」
「しかし、腹立つなー」
ミクンが鼻からふん、と息を吐きだした。
「あいつ、本気でこっちが奴隷商人かなんかだと思ってるよ」
「思ってる?」
「思ってる。でも一人じゃ怖くて帰れないから、何とかこっちを利用しようと考えてる」
ハーフリングの、相手の意図を感じ取る【察知】のスキルは信用していい。ってことは、それは彼女の本音ってことだ。
あのフェザーマン、可憐に見えてかなりしたたかと見た。
奴隷商人を利用して家に帰ろうだなんて、普通考えない。
「で、どうする?」
サーラが微笑を浮かべて聞いてきた。
「彼女はこちらを奴隷商人だと思っている。と言うことは、彼女を連れて帰ればフェザーマンに奴隷商人と認知されて、下手をすれば捕まるな」
全然心配に思ってない声で彼女は言う。
そう、別に捕まることを心配しちゃいない。別に何処に閉じ込められようと【転移】や【帰還】を使えば一瞬で安全な場所に戻れるんだからな。
第一サーラを閉じ込めようと思っても無意味だ。彼女は炎の守護獣、火蜥蜴。彼女は火蜥蜴になったり炎そのものに身を変えられる。滅亡の神が直々に出てこない限り彼女を拘束することは不可能だろう。
問題は、奈落断崖を【再生】できるかってこと。
ここから奈落断崖までどれくらい距離があるのか分からない。俺の【再生】距離は限度がある。あとどれくらい歩けば断崖に辿り着けるか分からない以上、むやみやたらと【再生】は使えない。
あとは……。
(サーラ)
(何だ?)
(怒ってる?)
俺の思念の問いに、サーラは笑みすら含んだ思念で逆に問うてきた。
(何故、そう思う?)
(ハーフリングのミクンも平等に扱ったサーラが、彼女に関してだけは何か、冷たい)
(冷たい、か。ふむ、そう見えたなら私も態度を改めなければならないな)
(態度はどうでもいい。……サーラはフェザーマンが嫌いなのか?)
(ギリギリのところを突いてくるな。来る途中、私は言っただろう、フェザーマンは神秘の種族にして神への信仰心が篤い、と)
(うん、言ってた)
(だが、彼女は言った。何故ドワーフやエルフが優先されるのかと。優先されるべきは我々だと)
不意に、周囲の気温が下がったような気がした。
……やっぱりサーラ、怒ってる……。
(神の恩寵は信仰心篤き者だけに下されるものではない。懸命に働き、神の恩寵なくと乗り越えると努力する者にこそ下されるべきだと、そうは思わないか?)
……サーラの怒る理由が、分かったような気がした。
俺は助けてと頼まれれば助けてしまう人間だ。相手がどんなヤツでも、「これこれこういう理由があるんだ、頼むから助けてくれ」と言われれば断れない。地球ではそれを散々利用された記憶がある。
だけど、助けたいから助けたこともある。
それが、サーラの言う、「懸命に働き、神の恩寵なくとも乗り越えると努力する者」だ。
そう言う人たちは愚痴一つこぼさない。泣き言を言わない。ただ必死に動いて、事態を何とかしようと努力している。
そういう人たちをこそ、助けたいと俺は思う。
俺が俺を全面的に頼るエルフやドワーフから離れて世界を旅しようと思ったのはそう言う理由からだ。俺がいるから何もしなくても大丈夫、なんじゃない。俺がいなくなったらどうするか、それを考えてほしかった。彼らにはそれがなかったから、いなくなることで、考えてほしかった。
(そう言うことだ)
守護獣はそう締めくくって意識を閉ざした。
あとは俺の判断次第と言いたかったんだろう。
さあて、どうするかなあ……。
「分かった。君の望む所まで連れて行く」
「望む、ところ?」
「そう。ここから先は自分で帰れる、そう言うところまで送っていく。俺と君とはそこでお別れ。あとは何の関係もない」
少女は考え込む。
「シンゴ」
ミクンが俺の太ももの辺りを叩いた。
「あいつ、やっぱりあたしらを捕まえる気でいるよ」
「だろうね」
「捕まったらどうすんの」
「逃げる」
ミクンは最初きょとんとした目をしていたが、ぶっと噴き出した。その様子に、フェザーマンの彼女は顔をあげる。
「こら、ミクン」
「ご、ご、ごめん……そ、うだよね、逃げれば、いいんだよね」
「まあ、こちらは生神御一行だからな」
レーヴェも微かに笑みを含んだ声で言った。
「どうとでも逃げられる」
「はっは」
ヤガリも笑う。
「こっちにはハーフリングがいるからな」
「そういう時は任せといて」
ミクンが胸を張る。
「あたし、得意だから」
「……分かりました」
向こうから聞こえない程度の声で話していたおかげで、こっちには気付かなかった彼女が、やっと声をあげた。
「途中まで、送ってもらいます」




