第30話
とりあえず、民長や残っていた村人と共に、【転移】で原初の神殿に戻った。
待っていた村人たちが、村長や他の五人の村人を見て涙を流しながら喜び合う。
「おじいちゃん! おじいちゃん!」
「イリス! よかった、生きてたのか……!」
そんな喜びを他所に、俺は考え込んでいた。
……う~ん……う~ん……。
「どうしたシンゴ」
「難しくて」
心配そうに聞くヤガリくんに、俺は自分の眉毛が八の字になっているのを感じていた。
「エルフは弓矢で身を守れる。ドワーフはアシヌスがいる。ところが、ビガス村にはどうすればいいのかがさっぱり分からない。難しいなあ……」
「ヒューマンの身を守る何か、か……」
ヤガリくんも腕を組む。
「人間……この世界じゃヒューマンだっけ……って、どんな特徴持ってんの?」
「ヒューマン? ……人間の中でも、何でもできる、が取り柄だが、逆を言えば器用貧乏」
「あ~……うん分かる」
「不得意はないけど得意もない。敢えて言うなら繁殖力の強さか」
繁殖力ねえ……。それは武器にならないなあ……。
人間が扱えて、身を守る手段になる物……。
「思いつかねえ……」
「守るのは人間じゃなくてビガス、と言う考えではどうだ?」
ヤガリくんを見返すと、ヤガリくんは戦斧にもたれかかって言葉をつづけた。
「ビガスは割と最近まで居住地として機能していた。穀倉地帯と言うだけではこの大崩壊の時代でここまで生き残れない。恐らくは何か身を守る術があったと考えられる」
「ヤガリくん賢い」
確かに、前に聞いた話では、ビガスはキガネズミに襲われるまではきちんとして存在していたってことだし。
「民長さんに聞くか……いや無理かな」
「何で」
俺は首を竦めてチラリと十数人のヒューマンの方を見る。
今だ生存と再会の喜びに浸る人たち。
「あれを引き離して村で何かしていたかって聞くほど俺たち急いでないし」
再会の喜びがある程度終わって、みんな落ち着いたところで、ビガスについて聞いて見た。
「ビガスがここまでもったわけ、ですか」
「ああ。森エルフの村もドワーフの無窮山脈も、随分昔に落ちたって聞いてる。だけどビガスは少なくとも一年前までは村として機能してたって言う。その秘密を聞きたい」
「何故、でしょう」
「みんなを守るため」
当たり前のこと聞くなあ。
「俺はこの、モーメントって世界を再生したいと、そう思っている」
「生神様」
「この世界を滅ぼしたい敵対勢力がいる限り、村を再生してみんなに引き渡せば終わり、じゃない。むしろ再生した分敵対勢力が壊しに来る可能性が高い。せっかく再生した場所を壊されたんじゃ意味がない」
民は真剣な顔で俺の話を聞いていた。
「ビガスがここまでもったわけ……豊富な食糧、だけじゃないだろ? 何か、敵対勢力を追い返すような何かがあったはずだ」
「分かりました。お教えいたします」
民長は頭を下げ、その体勢のままで言った。
「ビガスは、罠の村でございました」
「罠」
「はい、居住区や働く場所の周りを深く掘り、そこに槍を立て、侵入口は跳ね橋一つにしてありました。入れる人間は一人ずつ調査し、確認してからの出入りでした。襲撃者にはクロスボウを放てるよう訓練もしておりました。生神様に神具を引き渡すまでは生き残らねば、と。ただ……深い堀も跳ね橋も、クロスボウも、キガネズミには通用しませんでしたが」
そうだろうなあ。自在雲の上にいる俺たちを狙って観光地の鯉みたいに上へ上へと昇って来られれば、数千を超える数だ、いずれ堀を超える。
罠、か。
ん~……。
「そうか」
ピン、と頭のどこかが光った。
「罠だ」
「はい、ビガスは……」
「そうじゃなくて。ビガスの周りを、人間には効果がない、敵対勢力のみに効く罠で守れば、安全なんじゃないかと思って」
「しかし、罠とは不審者に効くものです。敵対勢力のみに通用する罠など、存在しません」
「まず、ここに一つある」
俺は民長に種を手渡した。
「これは」
「対キガネズミに生み出した、無限の種」
ヒマワリの種にも見えるこれは、キガネズミの食欲をあおる臭いを持ち、一旦魔獣の体内に入ったら内側から破裂するまで増殖し続ける、俺が今まで【創造】した中でも一番えげつない代物だ。
「俺が元居た世界には、食虫植物って言う、虫を罠にかけて栄養として吸収する植物があった」
「要するに、生きた罠を作ろうというわけか?」
横で聞いていたレーヴェが口を挟んできた。
「そう。敵対勢力のみに効く生きた罠があれば、後はもともとビガスにあった罠とかを再生させれば十分身を守れる。さて、ビガスの地図、は、と」
俺はM端末をいじる。M端末は一度入った地域や建物などの構造も出すようになっていた。それでビガスを選択すると、確かに居住区や畑をぐるりと取り囲む堀と跳ね橋があった。
「田畑と居住区は普通に再生、でいいか。あとはぐるりと無限の種を育てればキガネズミや魔獣は途中で全滅する」
「知性の高い敵対勢力はどうする。ワー・ラットが無限の種の誘惑に堪えたと言っていたじゃないか」
「正規のルートを使わず入ろうとする侵入者にだけ反応する罠があればいい。捕縛と、内部への警告用に何か音が鳴るのがいいな」
M端末の上に浮いたビガスの地図の上に俺は指を走らせる。
「まず何か音の出る植物を、正規のルート外に置いておく。警告だ。これ以上近付いたら何をされても仕方がないって言う。そうだな……花でどうだろ」
「花が村の周りにあるなら、優雅な村だと思われるな」
思いついたので、早速【創造】してみた。
「これは?」
「本当に鳴るラッパスイセン」
黄色と白の綺麗な華は、俺が地球で好きだった花だ。ちょっと地球産のとは違うけど。
軽く足先で触れると、「パパ―!」と鋭い警告音を鳴らした。
「なるほど、ラッパスイセンね」
「それを乗り越えてこようとする者を、捕縛する、と言うわけか」
「そう。正規のルートの他にも、堀にも仕込んでおいた方がいいな。槍はいずれ錆びる。植物は太陽と水さえあれば生きていける。穀倉地帯ってことは、水にも困らないって言うことだろう?」
「は、はい」
「普段は地面に張り付いて大人しくしてる……侵入者に絡みついて動きを封じる。暴れれば暴れるほど束縛はきつくなる。最終的には絞め殺す」
「人が引っかかった場合は?」
「大人しくしてれば引っ込む」
「なるほど、村人は引っかかっても大人しくしていれば無害なのですね」
「ちょっと作ってみるか、な。はいちょっと下がってね」
M端末を抱え、【創造】する。
カッと光が放たれ、青々とした蔦を持った植物が現れた。
軽く石を投げこんでやると、その衝撃に蔦は即座に石に絡みつき……。
しばらくして動かないと分かってへなり、と地面に張り付いた。
「さて、何て名前を付けるか……」
「シンゴはつけない方がいい、と思う」
「何で、レーヴェ」
「この花にラッパスイセン、灰色虎にコトラとつけるセンスはちょっと」
レーヴェは言ってチラリ、ヤガリくんを見た。
「アシヌスはドワーフが考えたとは思えない程優雅な名前だった」
……俺のネーミングセンスは壊滅的、って言いたいわけね。そりゃそうだ、魔法の名前をつけなきゃいけないから新しい魔法を作らないでいるんだもの。
でもラッパスイセンは元々こういう名前なんだよ。信じて。
「ふーむ……束縛蔦でどうだろう」
……ヤガリくんネーミングセンス少し分けて。




