薬膳スープ一椀で、運命を変える
初めての投稿です。頑張って完走はしたいなと思います。
まだ見ぬ世界の片隅で、ただ人間らしく生きていこうとする彼女たちの歩みを、最後まで丁寧につむいでいくつもりです。
新参者ですが、お茶でも飲みながら、感想やコメントなどで気楽にお付き合いいただければ幸いです。
美嘉はまた目を覚ました。
目を開けるたび、大学の寮の二段ベッドが見えることを願った。けれど目に映るのは、相変わらず薄暗い梁山泊の木造の部屋だった。
彼女は時を越えてしまった。前世では薬学部三年生の女子学生で、実家では両親と兄に手のひらに載せるように大切にされて育った末娘だった。それだけに、甘やかされて身についた愛嬌と、怖いもの知らずで一人でも突き進む向こう見ずな勇気を併せ持っていた。
部屋の中の、少しくすんだ銅鏡の前へ歩み寄り、美嘉は初めてこの新しい身体をじっくり眺めた。
鏡の中の娘は、はつらつとした卵形の顔をしていた。肌は白く、眉や目元には、裕福な荘園の主の末娘らしい優雅さと、凛々しい気風が同居している。その顔は、なんと前世の自分に七、八割も似ていた。
身体に目を移すと、前世より少し背が高い。脚はすらりと長く、腰は両手で包めそうなほど細いのに、内側には驚くほどの瞬発力が秘められているようだった。
「ふう……こんなに素材がいいなんて、まるで宮崎駿のアニメから飛び出してきた野生の少女ね。これだけ一流の運動選手並みの身体なら、私としては文句ないわ!」
美嘉は頬を軽く叩き、自分に気合を入れた。
前世の彼女は、薬学の知識に詳しいだけでなく、大学の女子ソフトボール部で投手も務めていた。その右腕からは、さまざまな打ちにくい変化球を投げることができた。
けれど美嘉は、よくわかっていた。北宋末の梁山泊の世界を渡り歩くのに、顔だけを見ていては駄目だ。
彼女は『水滸伝』を読み込んでいた。今の梁山泊がどれほど栄えて見えても、百八人の頭領が揃えば、その先には朝廷の招安を受け入れ、南へ方臘討伐に向かう悲劇が待っている。原作の扈三娘は、一家を殺されながら賊を父と仰がされ、最後には人形のように、好色で卑しい「矮脚虎」王英に押しつけられ、江南の戦場で惨死するのだ。
「せっかくもう一度生きられるんだから、こんな山賊どもと一緒に死にに行くなんて、絶対にお断り! 自分の運命は、自分で握らなきゃ!」
幸い、彼女は手をこまねいて破滅を待つような、か弱い娘ではなかった。
「お嬢さま、温かいうちにお食べなさい」
世話をしてくれる年配の女が、白いご飯を盛った椀を運んできた。目をそらし、何か言いたそうにしては口をつぐんでいる。
美嘉――三娘は鼻をすすり、少し甘えるように女の袖をつかんだ。大きな目をぱちぱちさせて尋ねる。
「おばあさん、きっと何か隠してるでしょう。早く教えてよ」
こんな愛らしい甘え方をされて、女もたまらなかった。気持ちがほだされ、声を落とした。
「台所の者たちが、ひそひそ話しているのを聞いたんですがね……宋江頭領が、人心をつかむために、何日かしたら聚義庁で、お嬢さまをあの『矮脚虎』王英に嫁がせるおつもりだとか!」
矮脚虎の王英?!
あの好色で卑しい、彼女の履物を持つ資格さえない山賊に?!
原作では、扈三娘は最後に人形のように王英へ押しつけられ、生涯、不本意な思いを強いられた。
美嘉は深く息を吸った。その目に一瞬、大学三年生の澄んだまなざしと、ひるまぬ気迫が宿った。
従順でいろって? ふざけるな! 私は家族に大切にされてきた娘だ。人心を買う道具になるために来たんじゃない!
彼女は椀を置いた。この身体の元の持ち主が残した憂鬱のせいで、歩く足元にはまだ少し力が入らない。それでも歯を食いしばり、意志の力でこの優れた武人の身体を動かすと、勢いよく扉を押し開け、大股で外へ出ていった。
『水滸伝』を読み込んだ彼女には、事情が手に取るようにわかっていた。梁山泊では宋江が絶大な権力を握っている。真正面からぶつかっても、転生したばかりのこの身体では、とても得にはならない。
けれど『水滸伝』では、何より「孝」が重んじられる。宋江がどれほど非情でも、実の父親の意向には決して逆らえないはずだ。
「宋太公さえ味方につければ、宋江だっておとなしく従うしかない!」
美嘉は裾を整えると、少女らしい身軽さと自信をまとい、宋太公の暮らす裏山の小さな家へ小走りに向かった。
山道は険しかった。美嘉が小さな家の門前まで来ると、一匹の魚を手に持ち、痩せた穏やかな顔つきの老人と鉢合わせになった。
宋江の実の父親であり、つい先日、宋江に無理やり義父として拝礼させられた相手――宋太公だった。
「お義父さま!」
美嘉は目を輝かせ、身軽な小鹿のように駆け寄った。
宋太公は少し驚いて顔を上げた。この不幸な娘は山へ来て以来、一日中ぼんやりして、ひと言も口をきかなかった。それが今日は、自分から声をかけてきた。しかも、こんなに澄んだ愛らしい声で。
「三娘、これはいったい……」
太公が言い終わらないうちに、美嘉はごく自然に魚を引き受けていた。一緒に歩き始め、にっこりと笑う。
「お義父さま、今日は何だか気がふさいでしまって。お義父さまとお義母さまも、裏山でお寂しいんじゃないかと思って、お相手をしに来たんです。今日のお昼は、三娘がお料理を作ってもいいですか?」
気負いのない、親しげな甘え方と孝行心は、宋太公の寂しい心にまっすぐ届いた。この娘は家も家族も失ったというのに、あの不孝者の宋江は山寨の政務をいじくり回すばかりで、ろくに慰めてもやっていない。
老人は膝を叩き、満面の笑みを浮かべた。
「よい、よい! さあ、義父と一緒にお入り。お義母さんも喜ばせておやり!」
台所へ入ると、太公の老妻、徐氏もまた、顔つきの優しい善良な人だった。美嘉の手を取り、なぜこの山に来たかと文句言いながら、涙を拭った。
美嘉もじっとしてはいなかった。前世では甘やかされて育ったものの、何か手際よくやってみせようと思った。薬学部の学生として、「食材の化学的な性質と薬膳の組み合わせ」には、かなり心得があった。
台所に、つい先ほど持ってきた鮮魚と、山で採れた山芋やクコの実があるのを見つけると、美嘉は何も言わず袖をまくり、手早く魚を洗って鍋に入れた。
ほどなく台所には、濃厚でほのかに甘く、淡い薬草の香りを帯びた、独特のうまそうな匂いが広がった。
彼女が食卓へ運んだのは、現代の江南風の「山芋とクコの実の魚スープ」だった。
大きな肉の塊を食べ、大椀で酒を飲むことしか知らない梁山泊の荒くれ男たちが、こんな手の込んだ薬膳を見たことがあるだろうか。太公とその妻はひと口味わうなり、そのうまさに舌まで落としそうになった。
「見事な腕だ、三娘! この汁を飲んだら、年寄りの胃がたちまちぽかぽかしてきたぞ」
太公は褒めてやまなかった。
酒も料理も進み、食卓の雰囲気はすっかり和やかになった。
美嘉は頃合いを見計らって、手にした匙を置いた。ふいに目の縁が赤くなり、長いまつげに涙がたまる。一粒がぽたりとスープの椀に落ちた。小さな肩がひくひくと震え、その姿はいかにも痛ましかった。
太公の妻はたちまち慌て、美嘉を胸に抱き寄せた。
「いい子だから、どうしたの? お義母さんに話してごらん。何かつらいことでもあったのかい?」
美嘉は唇を噛み、澄んだ、けれど気丈な顔を上げた。声は詰まっていたが、ひと言ひと言ははっきりしていた。
「お義父さま、お義母さま! 三娘はもう家族をみんな失って、この山へ来てから、本当にかわいがってくださるのはお二人だけです。それなのに今朝、台所の人たちが話しているのを聞きました。お兄さまが何日かしたら聚義庁で宴を開いて、私を無理やり、女好きで、民家の娘をさらってくるあの『矮脚虎』王英に嫁がせるつもりだって……」
美嘉は両目に涙をため、しゃくり上げた。
「そんな辱めを受けるくらいなら、三娘はこの梁山泊の石段に頭を打ちつけて死んだほうがましです! お兄さまがどうしても私の身体を、人心を買う道具にするというのなら、お義父さま、今ここで私をひと思いに斬ってください。山を下りて、あんなけだものに仕えるより、ずっとましです!」
「ばん!!」
宋太公は怒りに任せ、手のひらを激しく食卓へ叩きつけた。魚のスープが危うくひっくり返りそうになり、老いた顔が真っ赤に染まった。
「あの馬鹿者が!!」
宋太公は口を極めて罵った。
「三娘は今や、わしの宋家の義理の娘だ。それなら宋江にとっては、実の妹も同然ではないか! 王英など、あんなヒキガエルが何ほどのものだ。よくもわしの家の娘に色目を使いおって!」
この年まで生きてきた老人が、何より重んじるのは家の清廉さと名誉だった。宋江は、名家の娘であり、自分の義妹でもある三娘を、あんな見るからに卑しい山賊へ差し出そうというのか。それが世間に知れたら、この宋太公はどこへ顔を出せばよいのだ。
宋太公は顔をこわばらせ、目に怒りをたぎらせたまま、美嘉を振り返ってなだめた。
「泣くでない。わしを義父と呼んだ以上、お前の縁談は、このわしが決める! 今日の話は、確かに覚えておくぞ。公明が勝手にお前の一生を使って、山賊仲間への義理を果たそうとするなら、あいつの脚を叩き折ってやる!」
美嘉は太公の妻の胸に身を寄せ、涙でかすむ目でうなずいた。
このとき、ようやく胸につかえていた大きな石が落ちた。宋太公が自分の口で約束してくれた以上、梁山泊での最初の一歩は、もう揺るがない。彼女にはそれがわかっていた。
思いがけずできた義父が、断固として守ってくれる。その保証を得て、美嘉はようやくすっかり安心した。梁山泊に腰を落ち着けた最初の夜、彼女は初めて、穏やかに眠ることができた。




