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それでも、同じ空の下  作者: 夜唏


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4/4

3:廻転

 婚約回避を決意したものの、それを実現する方法が思い浮かばないままエーリカはパーティ当日を迎えてしまった。

 

(どう動くのが一番いいのかしら……)

 

 馬車の揺れも気にならないほどエーリカは悩み、頭を抱えている。

 馬車の小窓の外では、王都の街並みが遠ざかっていく。

 磨かれた車輪の音と蹄の響きが、エーリカには妙に現実離れして聞こえた。

 

(アレックス様と出会った時のことは覚えてるわ……まずはそこへ近寄らないようにしなきゃいいのよね)

 

 エーリカが散らばった思考をどうにかまとめようとしていたとき、サラサの悔しそうなつぶやきが耳に届いた。

「折角のパーティですのに――型遅れのドレスなんて――色もお嬢様に似合うモノがありましたのに――」

「もう!このワインレッドのドレスだって上品で素敵って話になったじゃない!」

「地味とも言います!今からそんなに落ち着いてどうするんです!」

 夢の中で着ていた、可愛らしさを全面に押しだした装いより、落ち着いた感じでエーリカは気に入っていた。

 きっちりセットされたエーリカの髪の少しの乱れを直しながら、サラサは口を尖らせる。

 そんなサラサを横目にエーリカは、今日の為に必死で思い出したことを反芻する。


(真紅のドレスが薔薇に似合うと、アレックス様が褒めくれたのよね――)

 それが始まりだった。

 だからこそ、極力夢で選んだものとは異なる物を選んで、今日に臨んでいる。

 

 王城のエントランス、磨き上げられた大理石の床に多数の足音が響いている。

 高く掲げられたシャンデリアの灯でエーリカは目を細めた。

 華やかな装飾と豪奢な貴族たちが織りなす空間は、夢で見た光景と同じはずなのに、今のエーリカの目にはまるで別の光景が映っていた。

(あの時の私は浮かれていて、気にもしてなかったけど、人の視線が、こんなにも多くを語っているなんて……)

 暗殺犯の汚名を着せられた人間に向けられた目を、エーリカは忘れていない。

 本当に犯人だと思われ軽蔑された冷たい目、ゴシップを楽しむ好奇の目、王家への反逆を許さない憤怒の目、自分を信じてくれる目と嘆く目。

 優しさと暖かさの中で育った箱入り令嬢は、あの時に視線のいやらしさをハッキリと感じ取った。

 

「お嬢様、旦那様たちがいらっしゃいましたよ。サラサは下がりますがしっかりご令嬢してくださいね!」

「はいはい。任せといてよ」

 

 使用人控室に向かうサラサと入れ違いに父母と兄夫婦がエーリカのもとにやってくる。

 

「遅かったなエーリカ。問題はないか?」

「すみませんお父様、問題はないですわ。シャーロットお義姉様、そのドレス、とっても素敵でよくお似合いですわ」

「ご機嫌よう、エーリカ。貴女もクラシカルなドレスで素敵ですわ」

 にこやかに挨拶を交わしながら、シャーロットの胸に輝いているブローチが目に入る。

 

 婚約の証――バンデブローチ。

 本来は未婚の令息が胸につけるものだが、婚約が決まるとその令嬢が受け継ぐのだ。

 

 エーリカも夢の中では王家紋のブローチをつけていた。

 (胸もとが寂しいのは、ただ飾りが少ない質素なドレスだから、よね……?)

 

「さぁ参りましょう」


 もやもやとした感情が湧き上がる前に、母に促されてはっと我にかえる。

 そしていそいそと両親の間に入る。エスコートのない令嬢の定位置だ。

 重厚な扉が開かれ華やかなパーティ会場がお目見えする。貴族たちの合間を進むにつれてエーリカへ過去の記憶が重くのしかかる。

 

(大丈夫、今の私は罪人じゃないわ……酷いことを言う人なんていないはず……)

 自分を蔑む瞳や誹謗中傷の映像を頭の中から追い出し、エーリカはここを飛び出してしまいたいのをグッと我慢して前を向く。

 

 会場の広間より少し高い位置に、国王夫妻と王位継承者たちが並んでいた。


 まず目に入ったのは、アレックスの艶を帯びた黒髪だった。

 厳かな礼装を纏う姿は隙がなく、切れ長の目も、精悍な顔立ちも、夢の中で知っていたよりずっと遠くに感じられる。

 縫い留められそうになる視線を引き剥がすように横へ流すと、エリザベートが小さく所在なさげに佇んでいる。

 長い前髪が影を落とし、その表情は読み取れない。


 王族たちの周りは一段と豪華で煌びやかな装飾が施され、他と線を引いたように引き締まっている。

 その時、何気なく視線を戻した先で、アレックスと目が合った。

 その瞬間、エーリカは呼吸の方法を忘れた。

 

 無表情と呼ばれるアレックスの顔に、自分だけに向けられた微かな微笑みの記憶が重なった。

 その差に気づいた瞬間、まだ消えない想いが胸の奥を締めつける。

 

(願わくば、本当にあなたと、恋をしたかった)

 

 自分の死や大事な人を守るための選択と、夢で芽生えた恋心なんて、天秤に掛けるまでもなかった。

 エーリカは自分の本心を自覚してなお、それを抑え込んでいた。

 その言葉が形になる前に、会場の空気が動いた。

 

 国王が壇上に立ちあがっている。

 エーリカは沸き上がる気持ちを振り払い、前を向く。

「昨今国の情勢が安定しているのは貴族諸君の尽力のおかげだ。王太子の結婚が終わり、第二王子も近衛師団統括に付き、今、国の基盤はより盤石となろう。今日は慰労を兼ねたパーティだ、存分に楽しんでいってくれ」

 国王の挨拶を皮切りに貴族たちがいっせいに動き出し、エーリカの元へも年頃の令息たちが集まろうとしている。

 

 だが、今回は令息たちのおしゃべりやダンスに付き合う気はなかった。

 そそくさと貴族たちの合間をぬって庭に向かう。

 

 王宮の庭もパーティ会場の一角なのだがまだ開宴して早い時間なのでエーリカ以外には誰も出てきてはいない。

 空気が広がり、遠くで楽団の音がかすかに聞こえる。

 花々の香りが淡く漂い、静けさの中でエーリカはようやく深く息をついた。

 あの冷たい牢獄の空気とはまるで違う、生の感触だった。

 

(王子と出会った薔薇のアーチはあっちだったわよね……じゃあ今回はこっちね!)

 薔薇のアーチがある方角にくるりと背を向け、歩き出す。

 

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