ほんとうのたからもの
石の階段を登り切り、僕たちはついに山頂へと辿り着いた。
朝早くに登り始めたはずなのに、空にはもう、燃えるような夕焼けが差し掛かっている。
山頂には、ハルが言っていた
「待ち合わせの友達」
どころか、人っ子一人いなかった。
「……誰も、いないな」
大翔が辺りを見回す。
「まだ来てないのかな。でも、もう夕方だぜ?」
僕たちが顔を見合わせていると、ハルはただ一人、大きな老木の前に立ち、黙って空を見つめていた。
「とりあえず、掘ってみよう」
恒一の言葉で、僕たちは地図が指し示す場所を必死に掘り返した。
しばらくして、スコップが硬いものに当たった。掘り起こしたのは、ひどく錆びついた小さな空き缶だった。
「これが、おじいちゃんの宝物……?」
落胆の声が上がる中、僕は震える手でその蓋を開けた。
中に入っていたのは、数枚の写真と、一冊の古ぼけたノート。そして、一枚の手紙。
僕は手紙を広げ、そこに書かれた文字を読み上げた。
『ずっと友達』
たった一言。力強い筆跡で、そう書かれていた。
次に写真を取り出す。そこには二人の少年が写っていた。一人は、蔵で見つけた写真そっくりの、自分と同じくらいの歳のおじいちゃん。そして、その隣で肩を組んで笑っているのは……。
「え……っ!?」
僕は、思わずハルを振り返った。
ハルは夕陽に透けるような静かな横顔で、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「約束……したんだ。ここに二人で、未来の自分たちへの手紙と、宝物を埋めようって。……でも、その日に喧嘩しちゃったんだ。僕が『もう手紙なんか埋めない! 一人で埋めてろ!』って怒って……」
ハルの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
「だけど……やっぱり謝りたくて。仲直りしたくて。その日の夕方、一人でこの山に来たんだ。いつも来てた道なのに、あの日だけは急いでたからか、道に迷ってしまって……。こんなに遅れたから、きっと怒ってるよね。待っててくれるわけ、ないよね……」
ハルは、自分がもうこの世にいないことさえ忘れてしまったかのように、震える声で呟いた。僕はたまらず、ハルの手を取った。
「怒ってないよ……! おじいちゃん、ずっと待ってたんだよ! ずっと、ハルのことを話してくれた。『喧嘩してそのままになってしまった、一番大事な友達がいる。今でも待ち続けてる』って……おじいちゃん、死んじゃう直前まで言ってたんだよ!」
その瞬間だった。
周囲に微かな光が集まり、眩しい粒子が踊り出した。光はゆっくりと人影を作り、僕にはそれが誰なのか、すぐにわかった。
「おじいちゃん……」
光の中に現れたのは、写真の中と同じ、少年の姿をしたおじいちゃんだった。
「遅いよ! ずっと待ってたんだぞ!」
おじいちゃんが茶目っ気たっぷりに笑うと、ハルは顔を覆って泣き崩れた。
「ごめん……本当にごめんね、遅くなって……」
「もういいよ。それより俺たち、ずっと友達だろ? これからも、ずっとだ」
おじいちゃんが、ハルに向かって右手を差し出した。
「行こう。あっちで続き、しようぜ」
二人の少年はしっかりと手を繋ぎ、空の向こう、光り輝く夕焼けの中をゆっくりと歩き始めた。
「おじいちゃん!」
僕が叫ぶと、遠くで優しい声が響いた。
『秋也……ありがとう。ハルを連れてきてくれて……』
さっきまでどんよりとしていた夕焼け空が、今までに見たこともないような、澄み渡る金色に変わっていた。
「……信じられない」
美咲が呟き、大翔が
「すげえな……」
と感嘆の声を漏らす。
やがて、みんなが思い思いに僕に向かって口を開いた。
「おい、秋也! 転校がなんだよ! 転校したって、俺たちはずっと友達だ!」
大翔が僕の肩を組む。
「向こうでいじめられたらいつでも言えよ! どこにいたって、すぐに駆けつけて仕返ししてやるからな!」
「そうね、この先も、永遠に五人組なんだから」
美咲が笑い、恒一も
「僕たちの友情に、距離なんて関係ない」
と頷いた。ひよりが僕の手を強く握りかえしてくれた。
ここには、豪華な宝石も、珍しいお宝もなかった。
けれど、何十年の時を超えて二人の少年がようやく手を取り合った光景と、今、僕の隣で笑っている仲間の体温。
それこそが、おじいちゃんが僕に教えてくれた、ほんとうのたからものだったんだ。
季節は巡り、新学期が始まった。
秋也がもういない、教室。窓からは、少しだけひんやりとした秋の風が吹き抜けていく。
空いた窓から外を眺めながら、残された四人は同じことを思っていた。
この空は、どこまでも繋がっている。
この空の向こうに、秋也がいる。
生きてさえいれば、いつでも、どこでだって会える。
だって、僕たちは。
あの夏、空に一番近い場所で、一生消えない約束をしたのだから。
――僕たちは、ずっと友達なんだから。
(完)




