第1話:ファイアボールしか使えない俺は追放された
「エイト。ファイアボールしか撃てない役立たずは、今日でクビだ」
夕暮れどきの冒険者ギルド。併設の酒場がいちばん混み合う時間に、リーダーのディランはわざわざ大声でそう言った。
ジョッキを傾けていた冒険者たちが、一斉にこちらを振り向く。
「理由を聞いてもいいか?」
「理由? 決まってるだろ」
ディランは鼻で笑い、テーブルを指先で叩いた。
「お前、この三年で何を撃った? ファイアボールだけだ。来る日も来る日も、ファイアボール、ファイアボール。初級魔法しか使えない魔法使いなんて、荷物持ちと変わらねえんだよ」
どっと笑いが起きた。
「おいおい、《銀狼の牙》の火の玉係が、とうとうお役御免か」
「むしろ三年もよく置いてたもんだ」
斧使いのバズが、肩をすくめて付け加える。
「悪く思うなよ、エイト。俺たちもCランクだ。いつまでも子守りはしてらんねえ」
ディランの隣に、ローブ姿の青年が立った。胸元には王都魔導学院の銀章が光っている。
「紹介する。今日から入るマルコだ。中級火魔法のフレイムランスまで使える、正真正銘の火魔法使いさ」
「よろしく。……ああ、君が噂のファイアボールの人か」
マルコは悪気のない顔で、憐れむように笑った。
「それと」とディランが続ける。「お前の装備はパーティーの金で買ったもんだ。全部置いていけ。今月の取り分もなしだ。三年分の飯代だと思え」
飯代、か。
この一年、俺の取り分は「荷物持ちだから」という理由で、他の三人の半分に削られていた。腰の魔法鞄だって、半年前に俺の取り分から出して買ったものだ。パーティーの名義で登録されている、というだけで。
俺は黙って、腰の短剣と魔法鞄を外し、テーブルに置いた。
反論はしなかった。しても意味がないと分かっていたからだ。
――俺、佐藤詠人は、三年前に日本からこの世界へ転生してきた。
転生特典で授かった魔法は、初心者魔法とバカにされるファイアボールひとつだけ。
でも、この三年間、俺が毎晩その火の玉で何をしていたのか、こいつらは知らない。
知りようがないのだ。
この世界の人間には、俺がただ「ファイアボール」と唱えているようにしか、聞こえないのだから。
「分かった。世話になったな」
「は、物分かりがいいじゃねえか」
席を立とうとした、そのときだった。
がたん、と椅子が鳴った。
「では、私も抜けます」
立ち上がったのは、パーティーの回復役――神官のカノンだった。
銀色の髪が揺れる。いつもは控えめな彼女の声が、酒場の喧騒を真っ二つに割った。
「……は?」ディランの口が半開きになる。「カノン、お前、何言って」
「聞こえませんでしたか? エイトさんが抜けるなら、私も抜けると言いました」
「待て待て。こいつは無能だぞ? お前まで付き合う理由が――」
「理由なら、あります」
カノンはまっすぐディランを見た。
「エイトさんのファイアボールは、いつも温かかった。あなたたちは、一度もそれに気づかなかったでしょうけれど」
酒場が、しんと静まった。
次の瞬間、ディランが吹き出す。
「はっ、火の玉が温かいのは当たり前だろうが! いいさ、好きにしろ。回復役なんて、いくらでも代わりはいる」
「ええ。そうでしょうね」
カノンは神杖を抱えて、静かに微笑んだ。
「――あなたたちに本当に必要だったのが、回復役だけなら」
彼女は俺の袖をそっとつまみ、出口へと歩き出した。
背中に、まだ笑い声が刺さっている。
ギルドの外に出ると、冷たい夜風が吹きつけた。カノンが小さく肩をすくめる。
俺は、彼女の肩先に手をかざした。
「――ファイアボール」
ファイアボール
小さな火の玉が、彼女の肩を包むように浮かんだ。
「……あ」
カノンが目を丸くして、それから、ほっとしたように息を吐いた。
「やっぱり。……この温かさです」
俺は夜空を見上げた。
秋の終わりの、雲ひとつない夜空だ。
今夜は、冷えるな。
――あいつら、今夜からの野営は大丈夫だろうか。
いや。もう、俺には関係のないことだ。




