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第7話 南大沢支部と、坂崎里奈

 肩の上のイゾルデが、「混んでるにゃ」とつぶやいた。


 南大沢支部のロビーは、朝の時間帯は混む。装備を整えた探索者たちが次々と出入りして、受付窓口には列ができている。俺は番号札を取って、後ろに並んだ。周りの探索者は誰もイゾルデを気に留めない。認識阻害が今日も問題なく機能している。


 今日の目的は二つ。昨日の帰還報告と、今日の潜入計画書の提出だ。


 残念ながら、異世界ファンタジーのようにギルドで冒険者に絡まれるということはない。ちょっとは楽しみにしていたのだが――


 十分ほど待って、順番が来た。


「お待たせしました」


 顔を上げると、昨日と同じ受付担当だった。


 坂崎里奈。


 仕事の動作に無駄がなく、手際がいい。昨日と印象が変わらない。

 受付だからといって美人すぎるだろう――


「昨日、計画書を出したんですが、帰還報告をしていなかったので」と言った。


「神楽凪さんですね」と坂崎さんは言って、端末を操作した。「昨日の計画書、確認しました。五層までの予定でしたが、帰還時刻が計画より二時間遅れていますね」


「すみません。少し長居してしまって」


「次回からは、帰還が遅れる場合は支部に連絡を入れてください。規則上、一定時間を超えると捜索の手続きに入ることになっていますので」


「分かりました。気をつけます。……もしかして、今日もここに来るのを見越して待っていたんですか」


 坂崎さんが少し目を細めた。「規則ですので」とだけ言った。


 なかなかの観察眼だ、と思った。


 坂崎さんが端末に何かを入力して、「帰還報告、受理しました」と言った。それから、「今日も潜られますか」と続けた。


「はい。計画書を出したくて」


「では記入をお願いします」


 用紙を受け取って、記入台で書き込んだ。今日の予定は南大沢の五層まで。配信は別日の予定で、今日は通常の探索だ。


 計画書を提出すると、坂崎さんが確認しながら言った。


「昨日に続いて単独ですね。パーティーを組む予定はありませんか」


「当面は一人で行くつもりです」


「そうですか」と坂崎さんは言って、スタンプを押した。「神楽さん、昨日の適性検査の結果を見たんですが——レベル10で単独というのは、少し気になっていて」


「大丈夫ですよ。危険なことはしませんし」と俺は軽く流した。


「そうですか」と坂崎さんは言って、それ以上は踏み込まなかった。「お気をつけて。帰還時の報告、お忘れなく」


「ありがとうございます」


 窓口を離れながら、俺は少し考えた。


 坂崎さんは、探索者として現場を知っている人間だ。数値と実力の乖離を、肌感覚で察することができる。この先、毎回顔を合わせることになるなら、適当にあしらうのは難しいだろう。


《ご参考までに》とエルが頭の中で言った。《坂崎里奈さん、元5級探索者。二年前に受付業務へ転身。転身理由は非公開です。なお、観察眼は平均的な探索者より明らかに優れています》


「調べるのが早いな」


《情報収集が本業ですので》


「転身理由が非公開、か」


《はい。ただ——何らかのトラウマを抱えている可能性が高いと推測されます。あくまで推測ですが》


 俺はロビーを出た。


 まあ、それは彼女自身の話だ。俺が踏み込む領域じゃない。


  *


 南大沢ダンジョンの入口は、特別区の中心部にあった。


 石造りの門構えは深淵ダンジョンと似ているが、規模が大きい。入口の両脇には特殊魔導大隊の隊員が立っていて、探索者の出入りを管理している。近くに設置されたモニターには、現在の潜入者数と各層の状況が表示されていた。


 俺は計画書の控えを提示して、入口を通過した。

 警備員がこちらをちらっと見た。おそらく俺が単独で若いからだろう。


  *


 南大沢ダンジョンの一層は、深淵ダンジョンとは雰囲気が違った。


 通路が広く、照明代わりの魔晶石が壁に埋め込まれていて、明るい。モンスターの密度も低く、他の探索者パーティーとすれ違うことも多い。管理されたダンジョン、という印象だ。


 腕輪を両方つけたまま、レベル10相当の力で動いている。正直、物足りない。スライムを一撃で仕留めるのが、なぜか少し難しい。


「やりにくいにゃ」と肩のイゾルデが小声で言った。認識阻害の中で、耳打ちのように。


「お前も?」


「ボクも力を抑えてるにゃ。2級以下には感知されないようにしてるから、自然と抑制がかかるにゃ」


「なるほど。お互い様か」


 五層まで降りて、一通り探索した。素材を回収して、虚空格納に収める。レベル10相当の戦闘は、正直なところリハビリに近い感覚だった。


 帰り際、四層の通路で、別のパーティーと鉢合わせた。


 三人組だ。二十代後半くらいの男が二人と、女性が一人。装備は中級で、4級か3級の探索者だろう。


 すれ違いざまに、男の一人が俺の腕輪を見た。


「おい」と男が言った。「ちょっといいか」


 俺は足を止めた。


「なんですか」


「お前、レベルいくつだ。6級だろ」


「そうですが」


「6級が四層まで来てるのか」と男は言って、腕輪を顎で指した。「その腕輪、魔道具か何かか知らないが、それを頼りにしてると大怪我をするぞ」


 俺は少し男を見た。


 悪意があるわけじゃなさそうだ。ただ、プライドが高い。6級の新参者が自分たちと同じ層にいることが、気に入らないんだろう。田所とは違う。田所は悪意があった。この男は、ただ分かっていないだけだ。


「腕輪を外せないのは事情があって」と言った。「ただ、弱いとは思っていないです」


「強がりじゃないのか。パーティーも組まずに、良い度胸だ」


 そこで、横から声が割り込んできた。


「まあまあ」


 通路の奥から歩いてきたのは、あの男だった。


 新宿の協会本部で見た、軽薄な笑顔の男。塚田栄一。


「久しぶりだね、腕輪の兄ちゃん」と塚田は言って、俺に目配せをした。「ここでも会うとは、縁があるね」


「そうですね」


「あなたは?」と絡んできた男が塚田を見た。


「俺? ブルーブラッドの塚田。伯爵ね」と塚田はあっさり言った。「で、この子に何か用?」


 男の顔色が変わった。新貴族の伯爵、という言葉に反応したらしい。


「い、いえ。別に」


「そっか」と塚田は笑った。「じゃあ、お互い探索頑張ろうよ。ダンジョンの中は協力し合ってなんぼだから」


 男のパーティーが、足早に通路の奥へ消えた。


 塚田が俺を見た。


「助けたわけじゃないけど」と塚田は言った。「腕輪の兄ちゃん、災難だったね」


「ありがとうございます。ただ、あのくらいなら自分で対処できましたよ」


「だろうね」と塚田は言って、少し笑った。「君、新宿で会ったときから気になってたんだよね。腕輪を二つ、わざわざつけてる理由が」


「事情があって」


「そっか。まあ、探索者には色々事情があるもんね」と塚田は言って、それ以上は追わなかった。「また会うかもしれないけど、そのときはよろしく」


「こちらこそ」


 塚田が通路の奥へ歩いていった。


 俺は少しの間、その背中を見ていた。

 ギルドのロビーでは絡まれなかったが、こんなところで絡まれた。

 ダンジョン内は治安が悪いから、単独で潜る新人はいないと思う。


《塚田栄一。新貴族、伯爵位。ブルーブラッド所属。レベル推定39。特記事項——新貴族内での立場は複雑で、エルマキシム大公への忠誠度が他の新貴族と比較して低い可能性があります》


「やっぱり、一筋縄ではいかないやつか」


《敵か味方か、現時点では判断不能です。ただ——何を考えているか、読めません。善意で動いているのか、計算で動いているのか、どちらとも取れる行動です》


 掴みどころがない、それだけは確かだ。


 イゾルデが肩の上で、「なぁ~」と小さく鳴いた。


「お前はどう思う」


「面白い人間にゃ」とイゾルデは言った。「でも、信用するのはまだ早いにゃ」


「だな」と俺は言って、背中を見送った。「あいつが何のために動いているのか、それが分かるまでは」


  *


 支部に戻って帰還報告を済ませると、坂崎さんがまた窓口に座っていた。


「お帰りなさい。問題はありませんでしたか」


「ちょっと絡まれました」


「えっ、大丈夫でしたか?」


「おかげさまで。ありがとうございます」


 坂崎さんがスタンプを押しながら、「神楽さん」と言った。


「はい」


「もしよければ——黒猫ちゃんねる、見てもいいですか」


 俺は少し固まった。


「……何ですか、それ」


「昨日、新しい配信チャンネルが開設されて、話題になってて」と坂崎さんは言った。「仮面の魔神と獣人の女性がダンジョンに潜る配信です。面白そうだなと思って」


 俺は内心で、盛大に焦った。


 もう話題になってるのか。一晩で。


「……ご自由にどうぞ」と俺はできるだけ自然な声で言った。「俺は知らないチャンネルですけど」


「そうですか」と坂崎さんは言って、少し笑った。「チャンネル登録、してみます」


 俺は窓口を離れながら、心臓が少しうるさいのを感じた。


《主、顔が少し赤いですよ》とエルが言った。


「……それは言わなくていい」


《失礼いたしました。……ただ、事実でございます》


 イゾルデが肩の上で、くつくつと笑っているような気がした。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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