ティータイム・ストーリー(聖羅編)第3話:魔導望遠鏡の向こう側の「大罪」
「……っ!? な、なんですの、あれは……!?」
翌晩。魔導望遠鏡を覗き込んでいた聖羅は、絶叫と共にレンズから飛び退いた。 その顔は蒼白になり、持っていた扇子を床に落とすほどに震えている。
「聖羅様? どうなさいましたの、そんなに大きな声を出して」 莉子が怪訝そうに駆け寄る。
「またイゾルデ様が、あの方に頭を撫でられでもしましたの?」
「そんな生易しいものではありませんわ!! 莉子、結衣! 見てごらんなさい! あの地獄絵図を!!」
促されるまま、莉子と結衣が代わる代わる望遠鏡を覗き込む。しかし、認識阻害の増幅作用は、観測者の先入観によってその見え方を変える。
莉子の目には、凪が「巨大な光の繭」に膝枕をされている、神話的な光景に見えていた。 結衣の目には、凪が「ふわふわしたピンクの雲」に囲まれて幸せそうにしている、メルヘンな光景に見えていた。
だが、極度の『黒猫(女神)愛』を持つ聖羅の視界には、彼女自身の推しフィルターが生み出した、最も悪質な幻影が投影されていた。
「神楽様が……あのモブが……真っ暗な部屋で、一人で、イゾルデたんの偽物を膝に乗せて、虚空に向かってティーカップを掲げて笑っていますわ……!!」
聖羅の目には、凪が孤独のあまり精神を病み、黒猫のぬいぐるみを本物の女神と思い込んで独り言を呟いているという、この世の終わりような「狂気のティータイム」が映し出されていたのだ。
「あ、ああ……! お労しい……! 命の恩人が、あまりの孤独と困窮ゆえに、ついに精神の均衡を崩してしまわれたのですわ……! きっと、あんな低いマンションに住んでいるから、心が酸素不足に陥ってしまったのですわよ!!」
「……いえ、聖羅様。私には、あの影が何かとてつもなく強大な魔力体に……」 莉子が正論を述べようとするが、聖羅はそれを耳に貸さない。
「いけませんわ! 北条院聖羅、命に代えても恩人をお救いいたしますわ! あの薄気味悪いぬいぐるみを取り上げて、私のタワーの最高級スイートルームに強制収容……いえ、ご招待して差し上げなくては! 今すぐ、三十億の小切手と、我が家に伝わる精神安定の魔導香を用意なさい!!」
聖羅はドレスの裾を激しく翻し、扇子を指し示して宣言した。
「救出作戦の決行ですわ! 莉子、結衣! 準備なさい! 私たちが、あの方を正気へと……いえ、北条院の管理下へと更生させて差し上げますわ!!」
「……あらあら、面白そうですわね~」
「……やれやれ。また凪様の胃に穴が開きそうですわね」
結衣の天然な期待と、莉子の同情をよそに、聖羅はノースゲート・タワーの屋上から、夜の六本木へと飛び出していった。それは、凪にとっての安らぎのティータイムが、本格的に「崩壊」する合図でもあった。
——なお、その夜、スカイクレスト六本木では、神楽凪とソフィア・ヴォルコワが、アールグレイを飲みながら新貴族の動向について静かに話し合っていた。凪の肩の上では黒猫のイゾルデが丸まっており、三人はいたって平和だった。
聖羅の目には、それが「命の恩人の精神崩壊」に見えていたということを、その場の誰も知らない。
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