03.画面の向こうの理想像
現実という名のデバイスが放つ光は、今日も網膜を刺すほどに鋭い。設定で光量を最小まで落としても、そこに映し出される「理想」の輪郭は、残酷なほどはっきりと浮き彫りになっていた。
──ダウンロード完了。
──キャラクターカスタマイズ画面へ遷移します。
その無機質なシステムメッセージを、アイナは石像のような静寂の中で待つ。それはもう、身体に染み付いた儀式のような光景だった。
画面の向こう側で、見えない指先が迷いなく動く。パラメーターを示すスライダーが左右に振れ、彼女の肉体がデジタル信号として組み替えられていく。
「もう少し筋肉質に……いや、でも胸のボリュームは残したいな」
「脚はスッと細めがいい。でも腹筋のラインは欲しいかも」
漏れ聞こえてくる独り言は、無邪気な欲望そのものだった。それは明確に、アイナという存在を「素材」として扱っている。
(……筋肉は、ただの飾りじゃないのよ)
喉の奥まで競り上がった言葉を、苦い唾液とともに飲み込む。解剖学的にあり得ないバランス。脂肪と筋肉を都合よく配置できる魔法の粘土だとでも思っているのだろうか。
そんな毒を心の中で吐き捨てることで、彼女はどうにか自分自身のプライドを死守していた。相手に悪気がないことは分かっている。
彼らはただ、自分の夢見る「理想」を語っているに過ぎない。その完璧な箱庭の中に、アイナ・ホロウフィールドという個としての意思など、最初から必要とされていないのだ。
「……ふぅ」
吐き出した溜息が、冷たい空気の中に溶けていく。カスタマイズが進むたびに、自分という存在の地肌が薄く削り取られていくような感覚。
物理的に何かを失ったわけではない。それでも、選ばれなかった「本当の私」の破片が、足元に虚しく積み上がっていくのが見えた。どうせ、都合のいい教官として消費されるだけ。そこに感情の交流など期待してはいけない立場なのだと、自分に言い聞かせる。
「よし、こんな感じかな。完璧だ」
満足げな声が響く。完成したその姿は、確かに客観的に見れば「綺麗」なのだろう。だが、そこに立っているのは、もはやアイナ・ホロウフィールドではなかった。記号化された美しさの集合体。
「……馬鹿みたい」
不意に、自嘲の混じった呟きが零れた。
「筋肉と脂肪は、あなたの理想通りに両立なんてしないわよ」
声に出した瞬間、心臓が跳ねた。もちろん、その言葉が画面の向こうに届くことはない。それでも、言わずにはいられなかった。言わなければ、自分の中の何かが完全に死んでしまうような気がしたからだ。
(……私、何を期待しているのかしら)
喉を締め付けるような虚しさが胸を支配する。期待など、毒でしかない。自分は選ばれるための「機能」であり、欲望を満たすための「インターフェース」なのだ。
───カスタマイズ完了。
───教官選択へ進みます。
システム通知音が、感傷を断ち切るように鳴り響いた。
アイナは反射的に背筋を伸ばし、乱れた呼吸を整える。
押し寄せた感情を心の奥底、最も暗い場所へと押し戻した。いつもの、完璧な私に戻る時間だ。
(期待なんて、二度としない)
呪文のように自分に言い聞かせる。もし選ばれたとしても、それは単なる偶然。彼らの理想というパズルのピースに、たまたま形が合致しただけのこと。
彼女はまだ、信じていた。世界はそういう場所なのだと。
画面の向こう側に、自分を「理想の投影」ではなく「一人の人間」として見つめる、静かな視線が存在する可能性など、微塵も想像していなかった。




