25.パートナーシップモード
「……ねえ、颯斗」
颯眞が昼寝をしている、穏やかな夕暮れ。明佳はソファで自分自身の軸を整えながら、ふと思いついたように言った。
「あなたも、そのアプリ……使ってみたら? 私に言われるより、教官にビシバシ鍛えられた方がいいでしょう?」
颯斗は一瞬きょとんとしたが、明佳の真剣な瞳に押されるように、自分の端末を取り出した。
「……ああ。俺も、ちゃんとお前に追いつきたいしな」
インストールが終わり、キャラクター作成画面。颯斗は妙に真剣な顔で、細部までこだわり始めた。筋肉のつき方、立ち姿、眼差し。
「……なんでそんなに悩んでるの?」
「……いや、こう、俺の甘さをちゃんと律してくれて……それでいて、俺が一番大切にしたい『凛とした姿』を形にしなきゃ意味がないと思って」
数分後、完成したアバターが画面に現れた。それを見た瞬間、明佳は思わず息を呑んだ。そこに立っていたのは、銀髪を高く結い上げ、しなやかさと強さを兼ね備えた女性トレーナーだった。
───名前は、ルチア・アルスター。
その瞳の奥にある厳しさと慈愛、そして何よりも一歩も引かない凛とした佇まいは、今の明佳そのものだった。
初期設定から細部に至るまで、颯斗がどれほど今の自分を「理想」として見つめているかが、その造形から痛いほど伝わってきた。
(……ああ。だから、ルチアはシルヴァンの奥さんだったんだね)
明佳は声に出さず、密かに、そして柔らかく笑った。記憶の中の「理想の夫」が、現実で再生しようとする夫にとっての「理想の妻」と、異世界で夫婦だったこと。その無意識の符合に、二人の魂の深いつながりを感じずにはいられなかった。
「……ルチア・アルスター。いい名前だろ?」
颯斗は、照れ隠しに頬を掻きながら、かつての明佳の面影と今の明佳の強さを掛け合わせたようなアバターを誇らしげに見せた。
「ええ、とても。……私に似て、厳しそうね」
「ああ。俺の弱いところ、全部指摘してくれそうな気がして」
そのとき、アプリに『パートナーシップモード』の通知が表示された。「互いの弱点を補い合い、継続をサポートします」という文字。二人はデバイスを並べ、リビングの床に立った。
「まずは深呼吸から、ハヤト」
「軸を意識して。あなたはもっと強くなれるわ、アスカ」
ルチアとシルヴァンの声が重なり合い、部屋の中に心地よいリズムが生まれる。不器用に、けれど必死に姿勢を正そうとする颯斗の隣で、明佳もまた、自分の軸をさらに高く引き上げた。
その傍らで、颯眞がふらふらと立ち上がり、小さな足で一歩、踏み出した。
「……あ!」
二人は同時に声を上げた。転びそうになりながらも、自らの足で未来へ進もうとする小さな命。
「……一番の教官は、あの子かもしれないわね」
「……ああ。負けてられないな」
スマホの中では理想の二人が、現実では不完全ながらも歩み始めた家族が、同じ時間を刻んでいる。それはもう、何者にも壊せない、確かな絆の形になっていた。




