第四十五話 『敗走』
「……結構ヤバいわね」
「ああ、そうだな」
私は隣に腕を組んで立っているシュテンに対してそう呟く。
ヒュドラの吐いた猛毒が気化して空気中に含まれている可能性があると前線に立つみんなが理解したのとほぼ同時、私とシュテンは雑に抱きかかえられて戦場の全体像が見えるギリギリの距離まで下げられた。
ヒュドラが危害を加えることができない安全な霊樹の上で、さっきまでみんなと一緒に血を流しながらヒュドラと対峙していたはずの戦場から追い出されて蚊帳の外になっていた。なんだか急に仲間外れにされたみたいで寂しいわね……
自分が戦力になると思っていただけに、この状況はとても歯痒い。
エルフのみんなが術を唱えて弓を曲げる。山のように巨大な体躯を持つ、ヒュドラの周りをエルフのみんなが風を纏って、空中を自由に飛んでいる。場違いな感想になるけどあまりに綺麗で見惚れてしまう。
「……やっぱりエルフの魔法は凄いのね。こうやって直で見る機会があまりなくて、つい忘れそうになるけれど」
「まあ、オレたち鬼を差し置いて”最強”を名乗るだけのことはあるわな」
「もう、拗ねないでよ。そんなに心配しなくてもシュテンは十二分に活躍してたと思うわよ?」
「いや、拗ねてるわけじゃねぇけどよ。まだ命懸けで戦ってるヤツらを前に何もすることがねぇってのもな……」
「そうね、私もあなたと同じ気持ちよ」
そう言って私もシュテンと同じように戦場をジッと見据える。
向こうからは大砲や鉄を撃つ筒音がしない。静かで、激しい、狩猟のような闘争が行われていた。この森に根を下ろすために、エルフが、ヒュドラが、互いの命を賭けて争う生存競争の結末を私たちは見届ける義務があるとすら思ってしまう。
この闘争に負けた方が生息域を失う。
そんな原始的な争いに私たちは巻き込まれているのだ。この行く末を見届けなかったら後悔すると私の中の生物としての本能が優しく囁いてくる。
自分の無力のせいで生まれた寂寥感を胸の内にしまい込んで、みんなの戦いぶりだけを注視することにした。今の自分でも何か出来るんじゃないかと思って……
遠くから赤々とした火柱が上がる。こっちまで熱風がやってきた。
私も魔法で、ヒビキやロバーツみたいにヒュドラ討伐に加勢して上げたいけど。そのためにはやっぱり……
「やっぱりあれをどうにかしないといけないわね」
私たちがあいつに近づけない問題はあの毒だ。ポコッ、と猛毒で気泡が破裂する。いつ見ても気持ちの悪い光景だと思う。だけど、あれを真っ先にどうにかしないと私たちは勝算すらなくなるだろう。
そんなことを考えながらも、私の目は敵の一挙手一投足をしっかりと見据えていた。絶対に好機を逃さないように、自分ができる何かを頭の中で考え続ける。
その時、突如として激しい血飛沫が上がり、夥しい血の量が泥沼に染み込んだ。
「……ヒビキ?」
いや、きっとそうだろう。私の知っている限りあんな芸当ができるのはヒビキぐらいしかしらない。だけど、私が驚いたのはなんでヒビキの姿を視認できたのかという点だった。明らかに遅くなっている。さっきまで狂ったように暴れていた、それこそ目にも止まらないほどの身のこなしで……
私とシュテンはまたヒビキの悪い癖がでたぐらいに思っていたけれど、今はまるでヒュドラのことを煽るようにゆっくりと飛び回っている。
いいえ、違うわね。ヒビキは煽るなんて無意味なことを化け物相手にしない。もし、するにしても自らの品性を貶めるような行為はしない。圧倒的な実力差を見せつけて絶望させる程度のはず。
なら、私たちに何かを伝えようとしている?
ヒビキ、あなたもしかして……
「すまない、リーネ。こいつのことを頼んでいいか?」
「え? ええ、構わないけど……」
いつの間にか私たちのいる霊樹まで仲間を抱えて下がって来ていたカーリの声に意識を呼び戻される。カーリはボロボロだった。透き通るような白い肌は泥や血で汚れている。切れ長の目には長い闘いの間で徐々に蓄積していった隠しきれない疲れが出ている。
私に青い目のエルフの身柄を預けてすぐに風を纏った。戦場に戻るつもりだ。だから――
「ちょっと待って、カーリ!」
「………すまんが、私にはお前を前線に連れて行くだけの余裕はないぞ。分かったら、ここで大人しくしていろ」
「違うわよ! 私もそこまで愚かじゃないわ! ただ、ヒビキのことをよく見て、ヒビキのテンポに合わせてあげて」
「……”音鳴り”の? 力不足を棚に上げるようで悪いが我らには”音鳴り”の走力に合わせられる技量はないぞ? それに今のアイツは理を欠いている。そんな奴が我らに従うだろうか?」
「もう大丈夫よ、きっとね。ヒビキは日頃の言動こそ適当で、人を煙に巻くような態度だけど決してふざけているだけじゃないわ。斬った後、魔法で燃やさないとこちらが消耗するだけだってわかっているはずよ。それに……ちょっとカーリ、あなた何処を見てるの?」
私はカーリの深い緑色の瞳が全然違う方向を見ているのに気付いた。
人が真剣に話をしているときに明後日の方向を見て、気を取られるなんてカーリらしくない。それが命のかかったこの状況ならなおさらだ。
だから、私は彼女の視線の先を知ろうとゆっくりと顔を動かす。つい気になってしまったからだ。私はカーリの心中を知るためにも再びヒュドラへと視線を向ける。そして視線の先にいたのは――
「………ホヴズ」
彼女の澄んだ、心地よい声で最愛の夫の名前を呼んだ。
その声は珍しく驚いたような、戸惑っているようなそんな余裕がなさそうな声色だった。里長としていつもは押し殺しているはずの感情が抑えきれていない。
「ホヴズは一体何をしているの?」
「…おそらく、あれに突っ込むつもりだろう。毒を吐く、あの頭さえ斬り落とせば、これ以上この森に被害が及ぶことがないからな」
「カーリ、大丈夫そう?」
彼女の唇が微かに震えていた。
きっと不安なのだろう。こう見えて愛情深い面が多くある彼女のことだ。仲間を目の前で傷つけられることが、かなり心に負担がかかっているのだろう。私がもしカーリと同じ立場だったら気が気でなくなる。
「心配するな。それよりも貴様の申し出は”音鳴り”との共闘だったな。受け入れよう。ただし、アイツが我らに従うのならばな」
カーリは気丈に振る舞った。そうしたのはエルフのみんなをまとめ上げる里長としての責任感からか、エルフの戦士としての矜持からは分からない。
だけど、彼女は落ち着きのある深緑の瞳に闘志を宿して心を強く保っているのだ。どうやら私が励ます必要なないようね……
「……それじゃあ任せるわね」
「ああ」
そう言い残してカーリは再び戦場へと飛び立った。
風を纏ってヒュドラに挑むその姿は御伽噺に登場する妖精のように美しいと思ってしまった。
「うん、まだ何か気になることでもあんのか?」
「……いいえ、何でもないわ。カーリたちを信じて待ちましょう」
シュテンに言ったことは紛れもない本心だ。本心のはずだ。私はカーリたちを心配してはいない。これはエルフのみんなを信用しているからだ。けれど私はもうすでに飛び去ってしまったカーリの後姿をしばらくの間ジッと眺めていた。
シュテンに声を掛けられてからもしばらく目を離すことができなかった。
彼女たちの心配なんてしていない。
彼女たちの強さを信用しているから、心配してなんてしていない。
だけど、カーリは耳飾りを撫でるようにそっと触れたのが見えてしまったから。
少女が花を慈しむような仕草には似合わない、寂しそうな表情だったから。
私はこの嫌な予感を完璧に拭い去ることができなかった。この冷たい手をした死神に後ろ髪を引かれているような感覚が胸の内から消えることはなかった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「下から来るぞ。全員回避しろ!!」
背後からそんな声が聞こえてきた。
切羽詰まったようなその声に反応し、左右に別れてヒュドラの顎を回避した。
オレたちは一丸となって突撃している。風の加護を宿して放たれた一矢のようにただヒュドラへと突っ込んでいく。
ヒュドラに接近するにつれてこいつらの行動の法則性が少し読めてきたような気がする。猛毒を撒き散らす個体へと風刃による攻撃の予兆を感じ取るとオレたちを狙う頭が二つ、三つと増えてきている。まるで都を守る砦のように……
ということは、毒を吐く個体が切り落とされるのは困るようだ。攻撃しないでくれと言っているヒュドラの姿が簡単に想像できるほど必死に守っている。
ならば、ここから導き出せる推論は――
「……やはり、あの頭はもう死んでいる」
正しく言えば、瀕死状態なのだろう。
最初からおかしいとは思ってはいたんだ。万物を死に至らしめる猛毒を吐き続けているんだ。それも気化したものを一吸いでもすれば、オレたちエルフすら戦闘不能に陥らせるほどの猛毒だ。いくらヒュドラ自身に態勢や抗体があったとしても普通に考えれば有り得ないことだろう。
それに守られて毒を吐き続けるだけの存在に落ちた頭の一つは白目を剥き出しにし、痙攣したように躰を小刻みに震わせている。
ニンゲンもどきは『毒蛇には自分の毒で死ぬ間抜けはいません。ですが、目の前に例外がいたみたいですね』と言っていた。
「……まさか本当に、そこまでの間抜けがいるとはね」
それに瀕死状態になっているという仮説が正しかったなら他の頭が毒を吐かないのも理屈が通る。自分は死にたくないからだ。だから、自分以外の一つの頭に押し付けている。舌を鳴らして意思疎通を図っていたのも自我が一つじゃないからだろう。『船頭多くして船山に上る』って言葉があるけどヒュドラという蛇の怪物も案外不便の仕組みのようだ。
だから――
「「「風刃よ!!」」」
叩き斬った。毒を吐く個体を、もう死んでいるような頭の一つを、鈍い剣で押しつぶすように風刃で叩き斬った。それが合図の代わりになったようで、
「さすがですね」
何処からかそんな小さな声がオレの耳に届くと同時にニンゲンもどきがヒュドラの頭を一つ、鮮やかな切口を残して斬り落とした。
「「……火の精よ!!」」
事前に打ち合わせでもしていたかのような段取りでカーリとヨルズ様が灼熱の火炎を走らせて、ニンゲンもどきが斬り落としたヒュドラの切傷が内部から赤い血肉が蠢いて再生していたところを焼き焦がした。
――これであと六つ。
オレたちは調子づいたように途中、噛み付きを回避するために左右に別れたもう一組と目配せのみでタイミングを計る。
「「風の精よ!!」」
「「火の精よ!!」」
風の刃がヒュドラの分厚い肉を押しつぶすように汚く裂き、それとほとんど同時に訪れた火炎が鱗から骨まで、すべてを消し炭にするかのような火力で焼き尽くす。肌を刺すような熱の痛みを気合で耐え、一度風を纏って離脱する。
――これであと五つ。
気化した毒は残っている。しかし、これ以上オレたちの故郷への被害が拡大する前にこいつを倒しきってしまおう。それがこの場にいる全員の総意だと信じて、残っている頭を潰すことだけを考える。
「風の精よ!!」
「……ッ!」
ニンゲンもどきと他里の戦士がそれぞれ一つ、頭を斬り落とす。
「……右だ。火の精よ!!!」
ヨルズ様が一瞬だけどちらにするか迷うような表情を浮かべたが、すぐに切り替えて踊るような火炎で頭をさらに一つ焼いた。
――これであと三つ、いや、再生されたからあと四つだ。
毒のない蛇など恐れる必要がない。さあ、だんだんと後がなくなってきたけど君はどうするんだい? やることは決まっているだろ? 貧乏くじを引かないといけない。君たちのうちの誰かが毒を吐いて、瀕死にならないといけない。
そのふざけた再生力だ。きっとオレたちに斬り落とされるまで地獄の苦しみを味わうことになるだろう。臆病な君たちにそんなことができるかな?
ジリジリと追い詰める。性格が悪く見えるだろうが、こうしないと君を殺せないんだよ。君たちはオレたちが何を言っても理解できないんだろ。だから共存なんて不可能だ。隣人にはなれない。ならばせめて、君が無残に喰い殺したオレたちの同胞と同じ恐怖を味わいながら、ここで死んでくれ……
「風刃よ!!」
ニンゲンもどきが斬り落としたばかりの頭に向かって風の刃を放った。
鱗がまだ柔らかかった。再生したばかりでかなり脆かったようだ。オレの風刃だけで肉が深く抉れ、骨に到達するまで裂けていた。そしてもう自重すら支えられなくなったのだろう。ドゴンという轟音を響いて、巨大な頭が落ちた。
――これであと三つ。
オレは君を絶対に許すことができない。
だから、せめて最後まで勇敢に戦い抜いて死んでくれ。
そうすれば慈悲深き火の精霊様が君を、最後まで戦い抜いた君を、苦しませないようにすべてを焼き尽くしてしてくれるだろう。その肉体も、魂も、オレたちの同胞を喰い殺した罪すらも……
そんなことを考えていると、ヒュドラに異変が起こった。
残った三つの頭がすべて泥の中に潜ったのだ。
「取り乱すな!! 顔を出した時がやつらの最後だ!!」
ヨルズ様がそう叫んだ。確かにあの巨体だ。
普通の蛇のように川や海を泳ぐことはできないだろう。もうどこか哀れに思えてきたが、この場にいる全員が君を許すことはない。
戦士たちへの贖罪として確実に仕留める。
だから、だから、早く顔を上げてくれ。オレはその時を今か今かと待ちわびている。得体のしれない悦楽と緊張感が湧きあがってきていた。
「………フゥ…」
全身に巡っている魔力が昂っていくのが分かる。
たぶん神経が過敏になっているせいだ。
「油断するな。来るぞ」
バンッと背中に軽い衝撃を受けた。
自分でも気付かないうちに呼吸が浅くなっていたようだ。
「ありがとう、カーリ」
「……フン」
いつの間にかオレの横に立っていたカーリに向かって礼を言う。
すると彼女は照れを隠すように鼻を鳴らして、オレから顔を逸らした。見間違えでなければ頬に朱がさしていた気がする。虹色に輝く髪がふわりと揺れて、隙間から見えた耳にはオレとお揃いの耳飾りが見えて、『ああ、やっぱりオレはカーリのことが好きなんだな……』と改めて思ってしまう。
ここでキスをしても怒られないだろうか?
「おい。貴様ら、そういうのは他所でやってくれるか?」
合流してきたヨルズ様がそう言った。
オレとカーリを邪魔するように間に立ってきた。突如現れた第三者に向かって『何でですか?』という気持ちを込めて視線を送る。
「不満そうな眼差しを向けるな。それよりも敵に集中しろ。そろそろだぞ?」
ヨルズ様に促されてヒュドラの様子を再び見る。ブクブクと先程までより激しく泥の気泡が爆ぜている。どうやら呼吸が持たなくなったようだ。
ヒュドラの三つの頭が水気が多い泥を巻き込んで浮上してきた。泥のカーテンは滝のような迫力で、ヒュドラの巨体を完全に隠してしまっている。
しかし――
「……どうやら、もう悪足掻きすらできなくなったようだ」
「芸のないことだ」
君を取り囲んでいるのはエルフの戦士とニンゲンもどきだ。
みんな冷静に君の最後の抵抗を眺めている。急いて事を仕損じることは万に一つもないだろう。
すると、そのことを理解してしまったのか。ヒュドラは駄々を捏ねる赤子のような仕草で自らの頭を激しく泥沼へと打ち付けた。
「何をしているんだ? 気でも狂ったか?」
バッン、バッン、と全方位に泥を飛び散らせて暴れ回る。死の恐怖を前にして狂ってしまったのかと誰もがそう思った。
だけど、オレの目には三つの頭が白目を剥いて、口からは紫色の体液が漏れ出しているのが確かに見えた。あれは胆汁から吐き出した毒だ。オレたちの同胞の多くを死に至らしめた猛毒だ。
三頭が同時に毒を吐き出した光景に『ありえない』と思ってしまった。恐怖からではない。『全員が瀕死状態に陥ってどうする気だ? 一頭に押し付けた方がまだいいんじゃないか?』と冷静に目の前の馬鹿げた状況を整理していた。
だから……
「一度下がって、全員警戒しろ!」
ここまでオレたちを追い詰めた強敵だ。何か猛毒の他にも隠している凶器を忍ばせているかもしてない。『傲慢さ』や『驕り』はもうない。だから決して油断はしない。確実に息の根を止める。
――この考えが仇になった。
判断自体が間違っていたわけではない。ただオレたちは見誤っていた。ヒュドラのことを過大評価していた。いつの間にか故郷を脅かす害獣ではなく、オレたちを追い詰めた強敵として相手取ってしまった。
オレたちは泥濘の上で地団太を踏み、ヘドロを飛び散らかすヒュドラの頭を観察し、遠くから警戒するように眺めていた。
自らが吐き出した猛毒で苦しみ、周囲から魔素を吸収し続ける体質故の再生力で楽になることすらできないヒュドラは無様を晒しながら四本の足で歩き始めた。
海のように広がる泥沼を掻き分けて、オレたちが近づくことができないように三つの頭が毒を吐き続ける。いくら風の精の力が宿る矢を放っても滑稽で、不細工な歩みを止めない。この場のみんなが『こいつ、一体何をする気だ?』という疑問を抱きながらも警戒心を解くことだけはしない。
弓を曲げて、次の行動に備える。
しかし、ヒュドラはオレたちに見向きもしていない。
ただ、泥の上で苦悶に悶えるように身を捩らせてのたうち回る。
白目を剥いて、苦痛を緩和するために転げまわる。
猛毒を吐きながら、欲望のままに暴れ回る。
巨大な躰を支える四本の足は止まらない。泥沼が浅くなったのかジタバタと足を動かす。煩く、醜く、オレには君が何をしたいのか未だに分からない。
ヒュドラは自暴自棄のまま泥沼から一気に飛び出すと、オレたちに背を向けたまま走り去ってしまった。顎が外れるほど大きく開けた口からは最初ほどの勢いはないが猛毒が漏れ出していて、生気のない頭がブラブラと上から糸に引っ張られているように揺れている。状況が上手く理解できない。
なんで、オレたちから距離を置く?
なんで、オレたちに背を向けている?
なんで、猛毒を吐きながらオレたちへと向かってこない?
牙も、毒も、余力があるはずだ。そもそも何処に向かっているんだ?
もしかして………
「…………え、に、逃げたの?」
ポツリとそう呟いた少女の声が聞こえた。リーネルの声だ。
その一言でオレはやっと目が覚めた。
これまでの屍山血河の死闘を通じて、ヒュドラに抱いていた戦士としての敬意や、命を殺めることへの罪悪感が、同情が、胸の内から薄れていくのを感じる。
そうだった。ヒュドラという生き物にオレたち戦士のように、戦い抜いて死ぬという誇りなんてものはない。こいつらは何処まで行こうとただの害獣でしかないということをオレはやっと思い出したのだ。




