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第三十九話 『討伐前夜』


「あ、アセビ! 仕事くれないか?」


「はぁ!? 何だし、急に? うちも忙しんだけど」


「いや、暇になったからな。何か手伝わないと飯がないんだ。『働かざる者、食うべからず』って言われてよ」


「なら、うちじゃなくてカツキのところへ行けばいいし、アイツなんかみんなに説明し回ってたから大変そうだったし! なんで船長は前線でうちは補給係なんだろ、うちもヒビキと一緒に戦いたかったのに……」


「……ありがとうアセビ。それじゃあ、俺はカツキのところに行くから」


「あ、こら、聞けし! 逃げんなし!」


 俺はアセビから面倒くさそうな気配を感じて走るように逃げてしまった。昨日の宴から得た教訓だが、酔ったアセビとヒビキの話になったアセビには関わらない方が賢明だ。どちらも絡まれて面倒くさいからだ。


 鬼ごっこ。しばらくの間アセビに後ろから追いかけられる形で愚痴を聞きながら歩いていたが、カツキの姿を発見した。荒くれ者のような人間たちに混じって、指示を出している優し気な顔の青年はすごく目立つ。なので俺でも一目でわかった。


「カツキ!! あんた! このバカにも仕事を回してあげなさい!」


「バカは余計だろ。バカは…」


「うるっさいわね! うちの悩みを聞いてくれないからだし!」


「……お前のは悩みじゃなくて惚気って言うんだよ」


「お! なんだジンも来たのかよ! ……なんかこの三人で集まる機会が多くないか? あ、いや、あんたらがなぜか一緒に来るからか」


「間違えるなし! うちがこのニートの面倒を見て上げてんのよ!」


「”ニート”って誰から聞いたんだよ。そんな現代の日本で横行してる言葉」


「そんなのアンタと同じ服を着たうちらの船にいる陰険ニートに決まってるでしょ! ってかトールもそうだったけど現世から来たのって碌に働かないヤツが多すぎでしょ! どっか甘ったれてるのよ!」


「言い過ぎだぞ。あいつは陰険ってよりも陰湿だろ? 空気が湿ってるっていうか、別に悪意があるわけじゃないぞ? ただ……」


「ただ何よ?」


「いや、これはトールから直接聞いてくれ。オレはあいつと敵対したくない」


「はぁ!? もう何なんだよ。はっきり言いなさいよ。あんたも優柔不断なの!?」


「……というかもういいから仕事に戻ろうぜ? ヒュドラ討伐は明日なんだろ?」


 俺から始めた流れだがこれ以上カツキがアセビに詰められているのを見てられない。それに俺と同じ現世から来たトールという少年、いや、青年かもしれないがそれの陰口を聞いているようで嫌になる。アセビの性格を考えて実際はこれぐらい言い合えるほど仲が良いだけなんだろうがな。


「明日って言ってもオレたちは補給係だって前も話したろ? ヒュドラとの戦闘なんて人間の出る幕じゃないよ。化け物みたいに強い人たちに任せればいいんだよ。適材適所ってやつさ、だからアセビはそんな不機嫌そうな顔をすんなよ」


「うちもヒュドラ討伐に参加したい!」


「船長からもダメだって言われてるだろ? お前一人がいたら四人力なんだから、拗ねてないで補給兵として頑張ってくれよ?」


「……なあ、今更だけどヒュドラって本当に死ぬのか? 俺のなけなしの知識じゃ不死身の蛇ってことは分かってるんだけど。やっぱ不死身ってことは死なないだろ? 大丈夫なのか?」


「今頃不安になってるの? なるようにしかならないわよ。アンタもいい加減覚悟を決めなさい!」


「いくら不死身っていっても首斬り落としたら死ぬだろ? 生物として…たぶん」


「いや、カツキの『たぶん』のせいでもっと不安になったんだけど、本当に大丈夫か?」


「大丈夫よ。うちらもいるし! ……たぶん」


「心配すんなよ。大丈夫だって……たぶん」


「やっぱ根拠ないじゃん!! え、死にたくないんだけど」


 初めて出た俺の情けない声に二人は笑ってくれた。いや、俺は冗談のつもりはなかったんだけど二人の楽しそうな笑い声のおかげで不思議なことに少しだけ大丈夫なような気がしてきた。


 それに、朝のうちにみんなと頑張ったので、大した仕事は残っていなかったがおかげで夜まで時間が潰せた。それほどカツキの時間配分が完璧だった。



 ※※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



  夜。リーネの言った通り本当に宴が行われたが……


「今日はあんまり飲まないんだな? 昼頃は死にそうになってたのに?」


「うるせぇよ。死ぬかもしれないのに、明日に響くほど飲むバカではいねぇよ。まあ、楽しむ程度には飲むけどな。お前はどうするんだよジン?」


「二十歳までは飲まないことにしてるって言ったろ? 俺はいいよ」


 シュテンのことを心配していたが飲んでなさそうで安心した。いや、まあ、成人男性がつぶれるほどは飲んでいるんだけどな。あれぐらいなら大丈夫だろう。


 俺はシュテンの様子も見終わったし、もう自室に帰ろうと立ち上がった。


 毎夜、毎夜、海賊たちが宴しているってことは楽しいのだろう。仲間たちと語り、酒を飲み、それを何人ものグループに別れて繰り返す。傍から見ていると滑稽な劇だ。


 いや、俺は宴をすること自体を否定したいわけじゃない。


 たぶんこれは輪に入れない俺の惨めな抵抗だ。酒も飲めなく、仲間になってからの日が浅い俺にはどこか居づらいのだ。友達のいない夏祭りに連れてこられたみたいな感じだ。居たくないわけではなく、居づらいだけなんだ。


 リーネやアリアさん、レインちゃんの女性陣三人は明日に備えて早々に寝てしまった。シュテンはもう出来上がってきたし、ヒビキに関してはアセビに追い回されているせいか宴の時はめったに見つけることはできない。カツキも今日は自分の船の顔なじみと飲むだろうし、ヘルガやホヴズも、いや、エルフのみんなは明日に備えて前線にもっとも近い村で一晩過ごすと言っていた。


 俺の知り合いは全滅だ。周りは知らない酒飲みばかり。


 だから、冷静に考えるまでもなく俺の取るべき最善の行動はこのまま部屋に帰って明日のために英気を養うことだ。というか宴なんかしてる場合じゃないだろ。みんなもちゃんと寝ろよ! 明日のために! 酒なんか飲むんじゃないよ!


「おーい、ジン! 何やってんだ! オマエも来いよ!」


「え、俺?」


「もう酔ってんのか? オマエ以外に誰がジンって名前なんだよ? いいから来い!」


「え、ああ」


 俺は部屋に帰ろうとしているところを目の前の男に呼び止められた。誰だっけ?

 

「ってかよ。オマエ、俺のことを覚えてんのか?」


「あっと、えっと、ごめん」


「ほら、やっぱりだ。ノギだよ。ノギ! オマエに助けられた」


「あ、あーノギさんか? この前ぶっ倒れてた?」


「そうだけど嫌な覚え方だな。まあ、いい座れよ。礼のかわりだ」


 手を強い力で掴まれて、引きずられるように俺はノギさんのいるグループの中に入った。円を描くように地べたに座っているからか、俺の顔に注目が集まっているのが分かってしまう。


「おい、ノギ。誰だよそのガキは?」


「ああ、紹介するぜ。オレの命の恩人のジンだ。ほら、お前からもなんか言えよ!」


「あ、平坂仁です。よろしくお願いします」


「え、お前がリーネル船長のところの新入りかよ! イメージとだいぶ違うな!」


「……一応、そうです」


「ほら、なんでなんも持ってないんだよ。注いでやるからオマエも飲めよ!」


 ノギさんはそう言うとトプトプと音を立てて琥珀色の酒を注いできた。いや、気遣いはありがたいんだけど俺は酒を飲まないってことを伝えないと……


「グイってよ、ほら、上手いぞ!」


「……い、いただきます」


 断れなかった。ノギさんの悪意のない善意が、みんなの期待の籠った目が、俺の弱さが、二十歳まで酒を飲まないという自分ルールを曲げさせた。いや、こっちの法律では十六歳から飲酒が許されているのだから何も問題はないんだけどな。


 俺はノギさんから受け取った琥珀色で咽るようなアルコールの臭いがする酒に少しだけ口を付けた。液体が流れるのが分かるのと同時に喉が焼けるような感覚と鼻から突き抜けるアルコールの独特な後味に襲われた。


「…ッ、美味しかったです」


「嘘つくな、顔に出てるぞ」


「まぁ、いいじゃねぇの。同じ酒を飲んだんだ。これでここにいる俺たちは全員兄弟だ」


「…それは嫌だな」 


「あ!? いうじゃねぇかガキ! さすがリーネル船長が正式にスカウトしただけはあるな!? ……なぁ? グリフォンを真っ二つにしたって本当なのか?」


「できるわけないでしょ! そんなこと!」


「……だよな。そうだよな! いや、嘘だとは思ってたんだけどよ。そりゃそうだよな。オマエみたいなガキにそんなことできるわけないよな!」


 バンバンと横にいた男が俺の肩を叩いてくる。酔っているせいか加減が下手だ。痛い。というか目は信じてなかったぞ、まあ、ヒビキみたいなのがいるから油断できないんだろうな……


「…というかノギさんって正式には助っ人って立ち位置なんっすよね? 普段は何をしてるんですか?」


 今更ながら気になってしまった。正式なメンバーじゃない人って普段は何をしているんだろう。俺はリーネの屋敷に身を寄せて世話になっている立場だけどノギさんたちが暮らしている場所は知らない。いつも会うのはあの五人ぐらいだ。


「あ、あー俺か? 警邏とか、自警団って言ったらいいのか? まあ、色々荒事だな。護衛とかもしてるから説明が面倒だな。自警団の一員だって覚えておけ」


「…なんでみなさんはリーネの船に? 普通に働いているなら、こんな命懸けなヒュドラ討伐とかそなおでも食べていけるんじゃないんですか? というか嫌じゃないんですか?」


「そりゃあ、嫌だよ。命を落とすなんてまっぴらごめんだ! もともと俺もうちの社長がリーネルの親父の世話になったからって自警団になったばかりの新米の俺に『リーネル船長の手伝いをしてやれ』って命令されたからこの船にきた口だしな。でもよ……」


「でも?」


「面白くないか!? まるで俺たちが神話の登場人物になったみたいじゃねぇか? それに俺はもう”海賊”なんだよ」


「……”海賊”って何なんですか?」


「…いつかオマエにも分かる日が来るよ。それよりも飲もうぜ! 酒があったら俺たちは無敵だ。ヒュドラなんか目でもないぜ!」


「よく言うな、ノギ! また魔素酔いでぶっ倒れても知らねぇぞ!」


「うるせぇ! 俺はもう二度と魔素酔いなんかになんねぇよ。それを証明してやる! 見てろよ! ほら!」


 そういうとノギさんは小さな樽のようなジョッキを一気に飲み干した。


「ハ! どうだ! てめぇら見たか!」


「なんだよ。その程度か?」


「そうだ、そうだ! それが限界ならオレは、おめぇの二倍だ! 見てろ!」


 両手にジョッキを持った男がノギさんに対抗するように真っ正面まで歩いていき、見せつけるように二杯のジョッキの中身を空っぽにした。


「負けるかよ! なら俺は三杯だ! 誰かもっと酒持ってこい!」


「オレは四杯だ!」


「なんだよ。また勝負か? てめぇらどっちに賭ける? オレが胴元をしてやる! ほら、ほら、賭けろ、賭けろ」


 いきなり何か始まった。バカな飲み会だ。

 止めるものがいない体育会系のサークルか何かか、ここは? 大学に入学したら気を付けようと思っていたのにこんなところで巻き込み事故に遭った。


 だけど……


「ハハ、何だよそれ! ハハハ!」


 だけど、悪い気はしない。これもヘルガが言っていた俺の中の何かが変わった影響なんだろうか?


 俺はノギさんたちの頭の悪い勝負を見ながら笑っていた。楽しい。そう思った自分自身が不思議だった。昨日よりも酷くない、酒量もテンションも控えめだが俺にとってはそれがちょうど良かった。


 明日の討伐は上手くいくかもしれない。


 そんな根拠がない安心感を胸に俺もいつの間にか宴に混ざっていた。明日の不安を少しでも誤魔化すために食べて、笑って、喋ってを繰り返した。明日はいないかもしれない仲間と話をするという身体か浮き上がるような不思議な感覚の中で俺も宴を楽しむことができた。

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