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第三十七話 『ヴァイキング 後』


 殺伐とした雰囲気で始まったはずの”海賊”と”ヴァイキング”の話し合いは、ボクの想像を良い意味で裏切る結果になりました。意外なほど順調に進んだのです。


「つまり、お前ら”ヴァイキング”はただ俺たちの下につきたくて今回の話し合いを開いたってことか? 本当に、それだけのためだと?」


「……どうにも信じられねぇなぁ」


「はい、そう言われることは分かっていました。だから直接、お互いに顔を突き合わせての話し合いがしたかったんですよ」


 ウィリアムさんの間の抜けた声からは想像できないほど、言葉は丁寧で、落ち着いていた。交渉に慣れている。ウィリアムさんのその態度は、この場にいるボクたちの信用を完全に勝ち取ったと言ってもいいでしょう。ボクたちの警戒心を少しずつ溶かしていく。疑われれば下手に出て、興味を示でば勢いづく。まるで流れる水のように、会話が止まらないのです。注目されるのが上手いです。そして同時に、沈黙の使い方も巧みなのでしょう。彼はこちらに主導権を渡しているように見せかけながら、実際には一度も手放していないのです。


 胡散臭い。そう思っているはずなのに、心のどこかで信じてしまいそうになっている。きっと彼は天性の詐欺師なのでしょう。彼からは、エドワード船長と似たような自然と人を惹き付けてしまう何かを持っているように感じます。魅力があります。もし彼がヴァイキングでなく、商業ギルドの扉を叩いていたら、名のある商人の一人として成功を収めることができていたでしょう。そんな想像すら浮かんだ。


「……お前の話が仮に本当だとしても、後ろのドワーフどもは納得していないようだが? そのことはどう説明するんだよ? お仲間なんだろ? そこの年食った土塊どもは」


「ッ――」


「落ち着いて下さいよ、ザフィーア。ボクらで先に話し合ったじゃないですか? 納得していなくとも共生関係になることは可能だって、そのことだけを彼らに伝えればいいんですよ。他はすべてボクがやりますから、ね?」


「………ああ」


 ウィリアムさんは左手を興奮している濃青色の髪のドワーフの肩に置き、平静を取り戻すように促す。諫める。宥める。その様子は、まるで飼いならされた猛獣を扱う調教師のようだった。


「カッカッカ、見事に首輪されてんじゃねぇか、ざまあねぇな。それで? おめぇの言う共生関係ってのはなんだよ?」


「ボクたちの考えている共生関係とは、簡単に言ってしまえばお互いに憎しみ合うのを一度止めませんかという提案です。ただでさえ貴方たちは敵が多いでしょう?」


「……あ、どういうことだ?」


「そのままの意味ですよー。含みなんて一切ありません。『ドワーフ』に『海賊』に『ヴァイキング』。三者の過去の行いはすべて水に流してしまいましょう。恨みっこなしってやつです」


「そりゃあ、随分と、都合がいいな」


「そうです。都合がいいんです。貴方たちは何も知らずにグリフォンの巣からドワーフが神へと捧げた数々の品を強奪した。ドワーフは海賊を何度も襲い、大陸中に悪評を広めて貴方たちの商売の邪魔をした。ボクたちは貴方たちの仲の良いエルフの娘を攫ってしまった。まあ、ヴァイキングの悪行のほとんどは先代が起こしたことなので、ボクにはあまり関係ありませんが……」


「……続けろよ」


「ボクたち三者が手を取り合うことができれば、もっと楽になるはずですよね。貴方たちは商売がしやすくなって、ドワーフは黄泉の国の未知の技術を学べる。ボクたちは海賊の影に怯えながら暮らさなくてすむ。一石三鳥じゃありませんか?」


「……それが、本当ならな」


「本当ですよー。信じてください! ボクたちは対等な関係を築きたいだけなんですよー」


「すげー胡散臭いな。対等と言うならなんで俺たちの下につきたいんだよ。お前、言ってることが矛盾してるぞ?」


「それは貴方たちへの敬意ですよ」

 

 ウィリアムさんは、まるで本心から言っているように微笑んだ。


「頭の固いドワーフどもが貴方たちの謝罪を聞き入れず、この大陸での商売を邪魔しているはずなのに、あんなに大きな商会になるなんて……はっきり言ってしまえば、ボクたちの想像以上でしたから。ねぇ、エドワードさん?」


「……そいつはオレじゃなくて、ヘンリーのヤツに直接言ってやりな。たぶん鼻で笑うだろうがな」


 そう言った船長はボクの目には少しだけ嬉しそうに見えました。ほんの少しだけ口元を綻ばせる。やっぱり、過去の仲間でも褒められたら嬉しいのでしょう。ボクが後で指摘しても絶対に認めないくせに口元を綻ばせるのはさすがにあざといと思います。船長は本当に、面倒くさい性格です。


「それでどうするんだ。エド? 断るのか?」


「いや、待てよ。……おめぇ、ウィリアムったよな?」


「はい。そうでしたね」


「これは全部おめぇの考えた筋書きかよ? よく頑固なモグラどもにこんな滅茶苦茶な話を通せたなぁ?」


「そうですね、彼らを説得するのには骨が折れましたが……どうやらボクの言葉が響いたようです。そうですよね、ザフィーア?」


「……ああ、そうだ」


「プライドの塊みてぇなドワーフどもがこんな人間のガキ一人の御機嫌取りかよ? で、どんな手品だ? 脅しか?」


「ボクの誠意が伝わったとしか、それより……この質問にはどんな意味があるのか伺っても?」


「あ? こんな馬鹿げたことに意味なんかあるわけねぇだろ?」


「……もしかして先ほどの条件に何か不満でも?」


「ねぇよ。おめぇの提示した条件には何の不満もねぇ。それどころか、こっちには得しかねぇだろう? 要するにおめぇらはオレたちの下で腰を振って満足したいってことだ。オレたちには得しかねぇわな」


「それが分かっているなら何を悩んでいるのですか? あ、もしかしてボクたちが下につくってところが気に入りませんでしたか? もしよろしければボクが上でもいいんですよ? 貴方たちが頑張って腰を振りたいのならね?」


「ハッ、悪いが、最近は歳のせいか出が悪くてな。頑張りたくても頑張れないからよ、その冗談は笑ってやれねぇわ。それにオレがオレの上に立ってもいいと認めたのは後にも先にもたった一人だけだ」


「それはごめんなさい。でも下心が何もないって信じて欲しいだけなんですよ」


「……ああ、いいぜ。その条件で乗ってやる」


「おい、エド!!」


「なんだよ、耳元で叫ぶな」


 下品な会話の応酬が続いていましたが、何やかんやでまるく収まりそうでした。ですが、血相を変えたロロネーさんが急にエドワード船長の首を掴んだ。無理やり止めにかかってしまいました。内緒の話をしています。それよりも、ボクの胃に悪いこの空気はまだ続くのでしょうか?


「いいのか? 相手はあの”ヴァイキング”と”ドワーフ”だぞ? 下につきたいってのは明らかに変だろうが? これは罠だ!」


「そうか? 喧嘩するなってママに叱られたのかもしれぇだろ?」


「茶化すな! 俺は真剣に――」


「黙ってついてこい」


 内緒の話のはずが意外と声が大きいです。どのぐらいの声量かというと、二人の後ろに立っているボクが耳を傾ければ普通に聞こえる程度の声量です。ですが、相手に聞こえていたとしても意味はない内容でしょう。なぜなら、エドワード船長の答えはもう決まっているみたいですから。


「密談は終わりましたか? なら、もしボクたちの提示した条件で納得してくれたならこの手を取ってくださーい」


「おう! いいぜ?」


 エドワード船長は、ウィリアムさんが差し出した左手に向かって歩き始めた。コツ、コツ、コツ、と堂々とした足音がやけに五月蠅く感じます。こんなに長い数秒は、初めてかもしれません。そして、左手の目の前まで歩いてきた船長は一度立ち止まってウィリアムさんの左手をジッと見つめています。無言の時間が、とても心臓に悪いです。だけど、ウィリアムさんは船長の謎な行動についに痺れを切らしたのか――


「これからよろしくお願いします」


 と言った。それに反応するように、エドワード船長の左手がウィリアムさんの左手に近づいていきます。ふー、よかった。一時はどうなることかと思うましたが、この商談も上手くいきそうですね。安心したら、お腹が空いてきました。


 ”ドワーフ”と”海賊”が手を取り合うというこれまでの歴史から見ても一大事のはずなのに、ボクの頭はもう夕食のことでいっぱいでした。”ヴァイキング”との因縁については詳しく知りませんが、きっと気にしない方が長生きできる案件でしょう。長生きの秘訣は、首を突っ込まないことです。そうだ、今日を記念日ということにして料理長に頼んでお肉を奮発してもらいま――


「おめぇ、嘘吐いてんな?」


 えっと、ボクの聞き間違えでしょうか? いえ、もしただの聞き間違えならばどれほどよかったのでしょう。本気で神に願ったのは、これが生まれて初めてのことです。だけど、ボクが『え?』と口にするよりも、船長の動きの方が速かったようです。バンッ、バンッ、バンッ。淡白な発砲音が、辺り一面に響きました。甲板の上で乾いた響きを残した。


 ゴ、ベチャ。生肉の塊でも落としたかのような無情な音と共に、ボクの目に飛び込んできたのは――太腿、胸、頭の三か所に銃創が……いえ、小さな穴の開いてしまったウィリアムさんの身体でした。生きていたとしても、致命傷なはずです。だって、人体の急所に穴が開いているんですから。だけど……


「ってめぇ、な、んで分かった?」


「あ、何のことだよ? オレは最初に忠告してやったろうが? 嘘を吐いたとオレが思ったら、てめぇの頭を吹き飛ばすってよ」


 ウィリアムさんが身動きを取れないことを確認すると、エドワード船長は淡々と語り始めた。


「……オレが少しでも怪しいって感じたヤツは皆、オレのことを裏切ってやがった。まあ、オレなんかに好き好んで近づいて来るヤツのほとんどは、その時点で下心があるヤツしかいねぇって分かってはいるんだけどよ。だから、オレはよ。怪しい、嘘を吐いたってオレの心が少しでもそう感じた瞬間、そいつをこの手で殺すことにしたんだ。嘗て酒を交わした仲間であってもな。そうでもしねぇと、おめぇらはオレが誰だか忘れちまうだろ? それに、最近はオレも年のせいかな。油断すると自分が誰だったか忘れちまいそうになっちまう。それに死体は喋れねぇからな。もし間違って殺しちまってもバレねぇ。まさに一石二鳥ってやつだ。……なぁ、おめぇもそう思うだろ?」


「クッソ、が、無茶苦茶しやがって。イカレ、や……なんで、く、っそ、ぶっ殺し、ってやるからな!」


 死体になってもおかしくなかったはずのウィリアムさんがm再び立ち上がった。動き始めたのです。昔、禊木町の外れで起こったキョンシー事件のようです。血をまき散らしながら、エドワード船長のことを睨み続ける。


「ハッ、ようやく化けの皮が剝がれたか? 頑張って紳士ぶるのはいいが、低俗なおめぇにはそっちの方がお似合いだぜ?」


「クソが、覚悟しとけ、よ。てめぇ、は必ず、オレが拷問にかけて、死ぬほど泣き叫んだ後に、ぶっ殺してやる!!!」


 ウィリアムさんの左手がエドワード船長の持っていたピストルに触れた瞬間、内部から破裂してしまった。木っ端微塵に砕け散る。だけど、それでもエドワード船長は黒い瞳をウィリアムさんから一切逸らすことなく――


「知るかよ」


 バン、とウィリアムさんの頭部を吹き飛ばしてしまいました。


「てめぇら! ボーっと見てんじゃねぇぞ!! つまらねぇ茶番はこれで終わりだ!!」


 状況がまだ理解できていないボクに向かって船長は叫んでいた。ボクだけじゃない。ボク以外にも大勢が船長の言葉のおかげで徐々に目を覚ましていく。船長の号令が、ボクたちの思考を強制的に現実へと、血の臭いがする戦場へと引き戻した。


「これからは! てめぇらが大好きな殺し合いだ!! 海賊ども!! てめぇらの前にいる間抜け面がくたばるまで!! 思う存分、暴れてやれ!!!!」


 血に飢えた獣たちの咆哮が、マーメイド・アンズ号の船体を揺らしました。こうして、エドワード船長の銃声によって、ヴァイキングとの戦いの火蓋が切って落とされたのです。





 ※※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 クソが、戦況はだいぶ不利だな。ロロネーは蹲っていた敵の顎を蹴り砕きながら、冷静に戦場全体を俯瞰していた。血の臭いと鉄の味が混じった空気が肺に入り込み、耳の奥では怒号と悲鳴、剣戟と銃声が絶えず響いている。懐かしい。そんな混沌の中でも彼の思考は一切乱れることはなかった。妙に、澄んでいた。


「チっ、てめぇらのせいで新調した靴が台無しだ」


 靴のつま先にこびりついた返り血を見て、ロロネーは不機嫌そうに舌打ちをした。人数差という一点では、あっちに軍配が上がることは承知に上だったが、それでも意外なほど善戦している。足場が揺れる船の上ではこっちに分があるみたいだ。それと、やはりエドの不意打ちが功を奏しているのだ。だが、問題はそこではない。あっちには、ドワーフどもがいる。小さな背丈に反して、鍛冶仕事で手に入れた強靭なあの肉体は決して侮ることができない。こいつらの魔法も厄介だが、船の上では使いにくいのが唯一の救いだった。


 いや、目の前の敵だけを見ていてはダメだ。ロロネーが見るべきは、この戦いの後だ。この火の粉をすべて払い除けた後、どう生き残るかを見るべきなのだ。敵も馬鹿ではない。最悪の場合でも俺たちを逃がさないため、陸地の設置した大砲の照準を船に合わせているはずだ。こちらの味方は完全に大砲を封じられる。撃てば味方(オレたち)にも当たる可能性があるからだ。俺は味方の誤射で死ぬなんて、笑い話にもなりはしない。さてと、ならどうするのが最善手だ?


「って、え、ど、ワード!! ど、こだ、ブッコロ、してやる!!!」


 最悪だ。せっかくエドのヤツが、頭を吹き飛ばしたと思ったのに、また立ち上がりやがった。本当にしぶとい。ちらりとエドを見ると心底楽しそうに、銃底で敵の頭を殴り飛ばしていた。だから、尻拭いをするようにロロネーが一番、速く動ける駒に指示を飛ばした。


「ジェーン!! そいつの首を刎ねとけ!!」


「りょうかい!!!」


 ジェーンは大きな鎌を振り回しながら突っ込んでいく。暴れている。ジェーンにあの”ツギハギ”の相手をさせる。銃が効かないなら、首がなくなれば動けないだろう。首を落としてしまえば、動けなくなるだろう。銃弾に脳がぐちゃぐちゃにされ、思考がまとまらないのか、アイツはエドの恨み言を吐き捨てるだけで、動く気配がない。ジェーンの存在にまだ気付いていない。


「おっーりゃー!!!」


「ぬん!!」


 だが、ジェーンが振り下ろしたはずの大鎌を濃青色の髪をしたドワーフが受け止められた。大鎌を相手取るのは初めてなのだろう。実際、長いこと海賊をやってきてジェーン以外であの武器を使うのを見たことがない。初見では、大鎌の刃を止めることができなかったみたいだ。右肩から血が滲んでいる。それでも、軽傷にとどめたのはさすがというほかない。


「もう!! こいつ邪魔だよっ!!」


「おい、分かってるとは思うが『鎖』は使うなよ? ドワーフどもの馬鹿力に振り回されるぞ!?」


「わかってるよ! オレだって!」


「そうは言うがお前はキレたら周りが見えなくなるだろ? 悪癖だからいい加減直せって」 


 ロロネーは再び、鋭く舌打ちをしながら状況を整理する。ヴァイキングどもの頭は潰せそうにない。ドワーフどもがしっかりと守ってやがる。だが、収穫はあった。ドワーフどもがジェーンの一撃を必死になって防いだってことは――斬撃は効果があるということだ。次は海に突き落としてみるか。しかし、しばらくはこのまま接戦を演じなければならない。


 こちらが優勢だと判断された瞬間、 陸地の大砲が迷わず撃ってくる。つーか、今もピタリと狙ってきやがる。そしたら、敵もろとも全滅だ。ってか、ヴァイキングのボスが不死身に近いのなら、最初からその手札(カード)が切れるはずなんだ。


 それをしない理由は、ドワーフを巻き込みたくないからか? なら、小舟で連れてこなければよかっただけだ。ドワーフの魔法は、陸地でなければその本領を発揮できないはずだ。それとも別の理由があるのか? いや、考えても仕方がない。こちらとしても強力な保険(カード)は最後まで温存しておきたい。それに、これは俺たちが、エドのやつが一番したくない策のはずだ。


「よぉ? 楽しんでるか!?」


 そんなことを考えていると背中から誰かが声を掛けてきた。エドだ。さっきまで嘲るように人を殺していたとは思えないほど楽し気な声だった。


「ああ、昔を思い出してなぁ! あっちの大将はかなりタフのようだが、あれは魔法だと思うか?」


「十中八九そうだろうよ。オレの銃が弾け飛んだ、あれも魔法だな。経験則になるが。まさか二つ魔法を持っている人間がいるとはな。これでゴキブリ並みにしぶとい理由がアイツがただ我慢してるだけならまだ笑い話にもなるんだけどなぁ?」


「我慢だぁ? ハハ、そいつは確かに面白いかもな? 二発の弾丸が脳を貫通してるのに痩せ我慢してるだけなのかよ。まさかだけど、お前も同じような真似ができるって言いださないよな?」


「ハッ、オレは魔法を使えねぇよ。知ってんだろうが? なんなら試してみるか? どうせこのままだと大砲に狙い撃ちにされる」


「……それで、何の用だ? 遊女どもへの遺言なら聞く気はないぞ?」


「必要ねぇよ。なぁ、ロロネー。なんであいつらはオレたちに大砲を撃たないんだろうな?」


「そりゃあ、ドワーフどもがいるからだろ? 巻き込んだら協力もクソもないだろ?」


「それなら一か八かで海に突き落としちまえばいいだけだ。あの体型だ。大樽みたいにプカプカ浮かんでくるだろ。そっちの方が遥かに楽だし、効率的だろ?」


「……結局、お前は何が言いたいんだよ? さっさと考えてることを話せ!」


 エドはいつもこうだ。自分でこの状況から抜け出せる最善手を導き出しているはずだ。いつもいつも回りくどいことだが、自分の考えは本当に実現できるのかどうか俺に確認しているだけ。もうやることは決まってるんだから、俺はただ腹を括ってこいつのすることに合わせればいいだけだ。


「こいつらはオレたちの船が欲しいんじゃねぇか?」


「船だ!? ……いや、そうか。だから俺たちを狙ったわけか」


「ああ、そう考えたらしっくりこねぇか?」


 ロロネーは瞬時に、エドの意図を理解した。俺たちは海賊の中で最も人数が多い海賊団だ。それと同時に、最も海賊船を保有している海賊団でもある。そうか、考えてみたら、ドワーフどもでもここまで立派な船を造れるとは思えない。ここまでデカい船を造ろうとなると手っ取り早く見本が欲しいはずだ。それで、俺たちに目を付けたわけか。


「俺たちがヴァイキングどもの人質になって、ヘンリーとの交渉するっていうは?」


「ハッ! オレの左手を吹っ飛ばそうとした奴らが? 考えられねぇよ、最初からな。あの間抜けどもの目を見たかよ? はなから殺気しか感じねぇぞ? よくもあんな馬鹿げた茶番でオレたちを騙そうとしたよな? ヴァイキングどもの浅知恵にしては、まだましだがな!」


「ってことは? ()()をするのか?」


「ああ、ヴァイキングどもに破片でもくれてやるのは癪だけどなぁ? だが、全員が助かるためだ。この船を捨て駒にする」


「……それは、好都合だな」


 ヴァイキングどもの狙いが分かったことで、ロロネーたちの取るべき最善手が見えた。だから、迷わずにこの保険(カード)を切れる。


「てめぇら!!! ”手負いの猪”だ!! もう一度だけ繰り返すぞ!! ”手負いの猪”だ!!! 人魚の歌声に誘惑(まどわ)されるんじゃねぇぞ!!」


 ロロネーの叫び声を聞き取った船員たちは、即座に反応を示した。目の前にいる敵を押し退けて、次々と海へと跳び込む。身を投げ出した。鈍間なポールは戸惑っていたが、ジェーンが髪を引っ張って無理やり海に叩き込んでいるのが見えた。デカい腹が勢い良く、海の底へと沈んでいく。


「死んだんじゃねぇか、ポールのやつ?」


「死なねぇだろ、運が良ければなぁ。おめぇもさっさと行けよ」


「……ああ、任せるぞ」

 

 ロロネーはそう言うと、エドワードを一人残して、一足先に海へと飛び込んだ。敵は動揺してやがるに違いない。敵に背を向けて、海に飛び込むだなんて。オレたちからしてら、ただの自殺行為だ。普段なら絶対にしない。このままただ泳ぐだけならば、大砲ではなく弓兵どもにも狙い撃ちされる。だから、速くしないといけねぇんだぞ。分かってんのか、エド?


 泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。思考を止めるように意識しながら、ロロネーは泳ぎ続ける。船から、かなり距離を稼いだつもりだ。ここで一度、呼吸のために海面に顔を出した。酸素を求めるように、肺一杯に息を吸い込んだ。その瞬間――


「待ちやがれ!!! 絶ってぇ、ぶっ殺してやる!!!」


 ウィリアムの憎悪に満ちた声が響いた。エドはどうだ。失敗したのか?


 最悪の想定が頭をよぎったが、それがすぐに杞憂だと分かった。エドが汚い笑い声を上げながら海に飛び込んだのが見えたからだ。よかった。杞憂に終わった。俺がそう思った瞬間――エドの汚い笑い声を掻き消すような爆発が起こった。海面にいるロロネーたちにも、その衝撃が襲ってきた。内臓を揺れる。波に飲み込まれないようにするだけで精一杯だ。呼吸をするために頭を出そうとする。浮上するために全身の力を抜く。


 俺の身体が波に飲み込まれないようにするので、手が回らない。次に鼓膜が悲鳴を上げる。破れそうだ。音がまったく聞こえない。状況が判断できない。そして最後に、熱風に襲われた。爆発のエネルギーによって生まれた風が、船の破片を巻き込み、周囲に甚大な被害を与えているのが分かった。


 ロロネーたちは大波に押されながら、陸地から離れていく。まるで人魚が航海者を誘惑する美しい歌声に導かれるみたいに、海が大陸から彼らを引き離していく。奇跡だ。いや、偶然だった。だけどロロネーたちは、仲間たちが待機している船の方角に押し戻されている。それだけは、事実だった。やがて爆風が収まる。ロロネーたちは立ち泳ぎをしながら 船から降ろされる救助のロープを待った。こうなる可能性も含めて、事前に用意していた保険(かーど)が役に立った。備えあれば患いなしとはよく言ったものだ。


 エドも顔に似合わず慎重で用心深い。いや、今日ばかりは用意周到と呼んでやろう。用意周到なお前のことだこれも事前に読んでいたんだろ? 昔からお前の鋭い勘が、俺たちを何度も困難な状況から救ってくれたんだ。今回もお前のおかげだ。なぁ、そうだろ。エド? そう思った瞬間、ロロネーはようやく自分以外の心配を始めた。


「エドは? エドは何処だ!? 誰か、エドを見ていないか?」


 ロロネーの声が海面に響く。ジェーンも、ポールも、船員も皆が辺りを見渡した。誰もが、自分たちの船長の姿を探してくれている。だが、何処からも声は上がらなかった。誰も、何も言わない。誰も、声を出さない。そんな沈黙が、何十秒も続いたことで、ロロネーはやっと理解した。彼は急いで振り返る。彼は急いで後方に、泳いで逃げてきた方向を振り返る。


 自分たちが泳いできた方向、そこにあるのは、船の残骸だけだった。内部に仕込んだ油を吸った布と火薬が組み合わさったことで起きた爆発。その影響で、俺たちの船、マーメイド・アンズ号は見るも無残な姿へと変わり果てていた。竜骨は折れ、船底には穴が開き、今にも沈もうとしている。ロロネーは藁にも縋る思いで、マーメイド・アンズ号の残骸を見つめ続けた。変わり果てた船の残骸。燃えている船の死骸を。崩れ落ちた甲板を。黒煙を上げる帆柱を。海賊旗に描かれた優しく微笑む女が海に還る様を。ロロネーたちは、ただただ見つめ続ける。


 見つめ続ける。


 見つめ続ける。


 見つめ続ける。


 だが、どれだけ持っても、こちらへと向かってくる影はなかった。エドワードの姿は、どこにもない。この日、ロロネーたちの仲間のほとんどは、無事に帰ることができた。ヴァイキングとの交渉は失敗した。だが、傷を負った仲間と無事に帰ることができたのだ。


 ただ、失ったものが二つある。


 一つ目は俺たちと長い間、本当に長い間、一緒に海を旅をしてきたマーメイド・アンズ号。積み上げてきた思い出は多すぎる。しかし、これは取り返しのつかないものではない。また造り直せばいいだけだ。マーメイド・アンズ二号とでも名前を改めれば、これまで通りになる。


 そして、二つ目は俺たちの船長だ。エド。俺たちをここまで導いてきた、羅針盤のような船長がなくなった。下品で、酒が好きで、面倒くせぇ。だが、それ以上に魅力的で、居場所のなかった船員に家族をくれた恩人。世界のすべてを敵に回しても、一緒に戦いたいと思わせるそんな男だ。いや、そんな男()()()


 これはもう、取り返しがつかない。


 俺たちの船長は、エドワードは、この日、海に飛び込んだあの姿を最後に――まるで、泡になってしまったかように跡形もなく消えてしまった。消息を絶った。俺たちが、いくらこの広い海を探してもエドの死体すら見つけ出すことができなかった。



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