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第三十二話 『到着』


 それから三日ほど船の上で過ごしていた。

 二週間ぶりに帰ってきた船はあまりいつもと変わらなかったがリーネの「まずは掃除からね」という一言でみんなで大掃除した。


 何だか前までの日常に戻ったみたいでホッとする。ピリピリとした緊張感がないだけでも俺にとっては癒しだ。レインちゃんとヒビキの姿がないのは寂しかったがあと少しで本格的なヒュドラ討伐が始まる。なのでそんな寂しいと思う暇なんてないはずなのに……


 ダウンしていたメンバーも徐々に元気を取り戻していった。

 三日の昼頃にはノギさんもシュテンたちとどんちゃん騒ぎをしていたほどだ。

 昼間っからシュテンが隠していた酒をみんなで飲んで、食って、寝て、酔い潰れてそんな煩い日々が流れるように過ぎていった。


 そして三日目のこの日、だんだんと日が傾き始めたころ尻尾を追う狼の海賊旗を掲げた船が四隻ほど港に着いた。


「よー、リーネ。来てやったぜ!」


「遅いじゃない、待っていたわよ。ロバーツ!」


 大勢の部下が船から積み荷を港に下ろしている横でロバーツさんとリーネが話をしている。


「お、よう。そこにいるの、ジンだったよな。どうだ。縄の準備は順調か?」


「げぇ、は、はい。順調ですよ」


 目敏く俺を見つけたロバーツさんがズカズカと無遠慮に近寄ってきた。可笑しい。わざと見つからないように眼帯を付けている側で作業していたのに、何で見つかったんだ?


 これが獣人の持つ野生の勘というヤツなのだろうか? いや、俺は獣人についてはシュテンから聞いた知識以上のことは何もしらないだけどな。


「いや、無理を言って悪かったな。でも勉強代だと思って頑張ってくれよ」


「本当に、後悔してますよ」


 ロバーツさんは俺の首に腕を回してそんなことを言ってきた。正直言って苦手なノリだ。体育会系のあのウザったいノリと言ったらいいんだろうか? 中学生のとき空手部で嫌というほど味わったトラウマの一つだ。


「ハハハ、そうか、そうか。まあ、実際の話あんまり量はいらないかもしれないけどな。無いよりはましだろう!」


「はぁ!? なら先に言えよ。ぶっ倒れるぐらい頑張った俺の苦労はどうなるんだよ」


「どうにもならんな! オマエは頑張ったんだ。胸を張れ! それに無いよりましってのは有った方がいいとも言い換えられる。オマエの頑張りは無駄にしないぞ」


 ついタメ口になってしまった。一瞬ヤバい絞め殺さるかもと思ったがロバーツさんは『ハハハ』と高らかに笑い都合がいいことを言ってきた。 


「あ、そうだ。そんなことよりもジン。アリアはどこだ?」


「アリアさん? 何でだ? たぶん船長室、リーネの部屋にいると思うけど」


「ああ、持って来た武器とかの一覧表を押し付けようと思ってな。オレよりもアイツの方が得意だろ? じゃあ、またな!」


「ああ、ちょっと………これって俺がアリアさんに怒られるのかな」


 俺の言葉を待たずにロバーツさんは甲板まで飛んで行った。素早く甲板まで駆け付けたとかそんなのことではなく文字通りの意味でだ。

 

 凄い脚力だな。ロバーツさんのせいでアリアさんに後で怒られてしまうなと考えていると――


「ジン、やっぱりあんたも苦労してんだな」


「うん? カツキか!」


 後ろからカツキに話しかけられた。敵対するなんてことを考えさせない優しげなたれ目に濃い眉毛をしたイケメンだ。藍よりも黒く染まった勝色の服を身を包んでいる。相変わらずのイケメンぶりに嫉妬する気力も失せるほどだ。だが前とは異なる点があるとすればちゃんと武器を持っていることぐらいだろう。


「カツキ、それって薙刀ってやつか? めっちゃかっこいいじゃん!」


「だろ? ジンのその刀を見てな、オレも自慢したくなったんだ」


 カツキの持っている薙刀は槍のように柄が長い刀と表現した方がいいかもしれない。敵を突く、斬る、払うといった多彩な動きに対応できるように意識した美しい造形と刃物特有の迫力もあって目が離せない。


「まあ、それは置いといて久しぶりってほどでもないが元気だったか?」


「元気だったよ。ただ強いて言うならオレは報告会から特に仕事をしてないからな。身体が鈍ってないかだけが心配だな」


「……それは大丈夫だろ。そんなに重そうな薙刀を持ち歩いてるんだから」


「そうかもな、まあオレの薙刀の腕前はヒュドラ討伐の最前線には参加できないぐらいだがな。ああ、そうだ、ジン。聞いたぜ、もう”誓い”は済ませたんだって?」


「誓い? ああ、通過儀礼って言って酒を飲まされたやつか」


「そうだよ。それだその感じだと本当にもう済ませたみたいだな。相変わらずリーネル船長はやることが早えな! あれって何十人単位でやるのが普通だろ? 特別扱いされてるみたいで羨ましいぞ」


「……そうだよな、やっぱりあれってそんなもんだよな」


 ずっと引っ掛かりを感じていたのだ。リーネが誓いを述べた後の宴会は本当は大勢で行うものじゃないのかと。六人でやるには豪勢だったし、あれって俺の歓迎が目的じゃなくてただ単に酒が飲みたかっただけじゃないのか……


 そんなことを考えているとカツキの後ろから角の生えた()()がイライラしているのだと一目でわかる表情で近づいて来ていた。


「聞こえたわ、うちの耳にはしっかりと聞こえたわ、カツキ。こいつがヒビキのところの新入りなの!?」


「ああ、そうだぞ。ジンって言うんだよ。根性のあるヤツだからアセビも気に入ると思うぞ」


「聞いてないし!」


 そうやって俺とカツキの間に割って入ったのはインドの民族衣装サーリーのように細く長い布を身体を包み込むみたいに纏った少女だった。褐色の肌を惜しみなく露出させ、踊り子のように鮮やかに着飾っている。


「ジンにも紹介しておかないとなこいつはアセビって言うんだ。こんなガキみたいな見た目だが腕っぷしはかなり強いから気をつけろよ」


「気をつけろって何? っていうかセンパイずらしないでくれる。コウハイのくせに生意気よ! うちの方がセンパイなんだから!」


 二人を前にして俺は兄妹みたいだなと場違いなことを考えていた。というかこの子はシュテンと同じ鬼なんだろうか? その割には色素が薄いというか禊木町にいる鬼ってシュテンみたいに肌が原色に近いイメージだったのでアセビという少女を見ていると人間に見える。角以外は……


「何よ、アンタ。うちのことを気持ち悪い目でじっと見て、何か言いたいことがあるならはっきりといいなさいよ!」


「……気持ち悪いか」


 明らかに年下の少女に気持ち悪いと言われると心に来るな。いや、これは俺が彼女の角を見すぎていたのが悪いんだけど。


「はっはっ、止めろよアセビ。ジンがショックを受けているだろ? たぶん角が気になったんじゃないか? 海賊で鬼ってのはシュテンさんぐらいしかいないしな」


「…ああ、そういうことね。うちは鬼と人のハーフだからシュテンとはだいぶ違うの。分かった?」


「なるほどな」


 アセビの姿は可愛らしい一本角を除いて普通の少女と変わらない。角がなかったら現世にもたぶん馴染むだろう。きっとスポーツ少女だ。ベリーダンスとか踊ってそうだ。そんなことを妄想していると俺のことをゴミでも見るように蔑むアセビの視線に気付いて急いで海へと視線を逸らす。


「やっぱりエッチな目付きでうちを見てるわ! 将来きっとは女好きの好色ジジイね!」


「いや、見てない、見てない! 本当に見てない!」


「何度も否定してるところが余計に怪しいし! うちには心に決めたヒビキっていう男がいるんだから!」


「おい、おい、二人ともそんなつまらない言い合いなんかしてないでボチボチ行こうぜ」


 俺がアセビに一方的に根拠のない言い掛かりつけられそうになっている中、カツキはマイペースにそんな提案をしてきた。


「あ、そうだった。うちはこんなことをしている場合じゃないの。ジン、ヒビキはどこよ。今度こそ逃がさないわ! 絶対に取っ捕まえて夫婦としての契りを結んでやるの!」


「はぁ!? ああ、なんだそういうことか。ヒビキならエルフの里にいるからここにはいないぞ」


「え! なら、さっさと行きましょうか。ここにいる時間がもったいないわ」


 さっきまで俺の胸ぐらをつかみ馬鹿みたいな力で俺のことを激しく揺らしていたアセビはヒビキがここにいないと知った途端、俺への興味を失ったのかカツキの後を追っていった。


 俺は喉が絞まる苦しさから解放されたのと同時に首元を少し緩めて、アセビの小さな背中を追うようについていく。エルフの里に戻るために、ここにいる全員でヒュドラを討伐するために。




※※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「というかさ、そんなにヒビキが好きならロバーツさんのところじゃなくてリーネの船に乗ればよかったじゃないのか? それなら一石二鳥だろ?」


「……そんなことうちだって分かってるし」


 また同じような道を歩いていく。シュティレ大森林ではやっぱり昼夜の感覚が曖昧になってくる。そして同時に方向感覚もだ。そんな中でも暇にならないようにカツキとアセビの二人と同行している。


 だからさっきの話の続きでアセビの恋愛相談をしていた。

 俺のふと思い浮かんだそんな簡単な質問にアセビは唇を尖らせて誤魔化すような答えを返してきた。


「はっはっはっ、言えばいいじゃねえか。こいつは自分の村で偶然出会ったヒビキさんに惚れて海賊の一員になるために田舎から都会やってきたんだよ。それなのにアセビは肝心な乗る船を間違えちまったんだってよ。面白いだろ?」


「ちょっと言うなし!」


「…本当にそんな間抜けな理由で?」


「そうよ悪いの! あの頃のうちは文字が読めなかったの! それにヒビキのことだから最も有力な勢力に属していると思ってたのに。だから人に聞いて、聞いて、聞き回って、やっとのことで知った船長に頭を下げていれてもらったのよ」


「なら、そのことをロバーツさんに言えばいいんじゃないか?」


「アンタ阿保なの? うちが船長になんて言えばいいのよ。『お世話になった船長よりも惚れた男のために船を乗り換えたいです』って言えばいいの? それこそ仁義が通せないじゃない。これでもうちは海賊なのよ?」


「それってもう諦めた方がいいんじゃないのか? ヒビキは色恋より刀にしか興味ないぞ?」


「なら、うちにもっと夢中にさせたらいいじゃん? それだけの話でしょ?」


「………スゴイな尊敬しそうになったわ」


 あっけらかんと自信満々にそう告げたアセビに俺は圧倒されてしまった。素直に尊敬する。恥ずかしげもなくこんなことを言ったことにではなく、絶対に実現すると自分の魅力を信じ切っていることに対してだ。


「まあ、アセビはこういうヤツだからな。心配はいらないぞ。現に何回も振られているがこいつは全然諦めてないからな」


「そりゃあそうでしょ。何回負けたとしても最後の最後に勝てばいいの。勝負って本来そういうものでしょ! だからうちはまだ負けてない!」


「な! 心配いらないだろ。こいつは強いからな」


「……そうみたいだな」


 恋する乙女は最強と聞いたことがあるがここまでくると尊敬する。そしてヒビキには同情する。何をしたらここまで首ったけにできるんだろう。羨ましいやら逃げられないんだろうななど色々な気持ちが胸の内で思わずつぶやいてしまった。


「そうだろう。さてアセビの恋愛相談はこれまでにして次はジンの悩み相談だな」


「え、な、何のことだよ」


「うん? 何か悩みがあるんじゃないのか? そう顔に書いてあるぞ」


「…俺ってそこまで顔に出やすいのか?」


 ここまでヘルガのことはあんまり考えないように意識していたのにここまであっさりと看破されるとは思わなかった。俺が隠し事が下手なのか、カツキが鋭すぎるのか、いやたぶん両方だろうな。


「……そうだな。悩みがあるのがバレたことだし、思い切って相談するか」


「それがいいと思うぜ、ジン。悩みってのは人に言ったら楽になるものだ。大船に乗ったつもりでオレたちに話してみろ」


「ちょっと勝手にうちも頭数に入れないでよ?」


「いいじゃん、暇なんだしさ。それに先輩ってのは後輩の悩みを解決してくれるものだろ。先輩としてカッコイイところを見せてくれよ」


「……まあ、そこまで頼りにされてるのなら仕方がないし。ほら、アンタもさっさと話しなさいよね」


 アセビはカツキに煽てられてやる気にさせられている。さっきまでどうでもよさそうだったのに扱いやすいと言えばいいのか……


「ほら、アセビも乗り気になったからもう逃げられないぞ。一度興味を持ったらしつこいからな」


「……ああ、うん。なんて言うか、友達と喧嘩したんだよ。いや、友達と言えるかさえも微妙だな」


「何よ言い回しがいちいち面倒くさいし! 現世からこっちに来たヤツってどこかジメジメしてて暗いのよね」


「酷い偏見だな。というか何で俺が現世から来たって分かったんだ?」


「え、そんなの見たらわかるし。確かその服ってセイフクっていうんだっけ? トールと同じでしょ? そんなのこっちじゃ見ないし一発でバレるわよ」


「はっはっ、トールじゃなくてトオルだって本人がいたら絶対に言ってくるだろうな」


「アイツのそういう所が面倒くさいし」


「ああ、なるほど。制服で分かるのか」


 盲点だった。言われてみれば当たり前だが制服なんて着ている人を見たことがない。制服を着ているトールさんって人はレインちゃんが話してた現世から来た人のことか。というか制服を着ているっていうことはトールさんって学生なのか、勝手に大人だと思っていたな。


「ってかジンの悩みって友達と喧嘩したことかよ。いや、でもアリアさんやリーネル船長たちとは普通に話してたよな。ヒビキさんの名前が出ても大丈夫みたいだし、そうなるとレインさんか? いや、レインさんの性格で誰かと喧嘩するってのは想像できないな。それに友達かどうか微妙って言ってたな。なら最近出会ったエルフの誰かだ。そうなると……まさかホヴズさんか?」


「カツキ、お前のその洞察力はスゴイを通り越して気持ち悪いよ」


 何が気持ち悪いって一人一人の性格まで判断基準にしているところだ。というか喧嘩しているなら相手を推測してくるな。


「お、なら当たりか? でも意外だな。ホヴズさんって温厚な性格だと思っていたが、怒っているのはヒビキさんの話題を出たときぐらいだしな」


「いや、外れだよ。俺とホヴズの関係は良好のはずだよ」


「やっぱりそうだよな。だけどなら誰だ?」


「………ヘルガだよ」


「え、ヘルガってあのヘルガか?」


「たぶん合ってると思う。というかあのヘルガってどのヘルガがいるんだよ」


 ヘルガ複数人説が出たな。まあ、そんなわけがないか。


「スゴイな。あのヘルガさんと友達になれたのかよ。オレが話し掛けたときは無視されたが、どうやって口説いたんだよ?」


「うちはアイツ嫌い。ってかエルフってすぐにうちらを見下してくるし」


「いや、口説いたとかじゃないけど。喧嘩、うーん、喧嘩ってわけでもないんだよな。怒らせただけで、友達ってわけでもないんだよ。話したのは一日だけだしな」


「ならよ、一体いつから友達っていえるんだ? オレは初めて話す相手でもそいつを気に入ったなら喧嘩をするよ。酒の席にも誘うしな。それに喧嘩をしたってことはそいつと喧嘩できるまで仲が良くなれたってことだよ」


「だから、喧嘩ってほどじゃなくて、俺が地雷を踏んだだけだよ」


「ジライってのは分からないが、喧嘩じゃないなら裏切られたとでも思ったんじゃないか? 期待していなきゃ怒るなんてことはしないしな」


「………裏切られるか」


 カツキは何と言うか本当に人との距離感を掴むのが上手いと思う。悩みを相談して素直に良かった。カツキのおかげでやっと胸の内にあったもやもやを言語化できたからだ。俺がヘルガと関わっているうちに感じていたことと、ヘルガが初対面の俺に感じていたことも同じだったんだ。


「なぁ、カツキ。ヘルガと仲直りってできると思うか? それ以前に話を聞いてくれるかな? 俺ってやっぱりこういうの向いてないっていうかさ、どうせ上手くできないって心のどこかで思っちまってんだ。俺なんかじゃ――」


「『否定からは良いアイデアが生まれない』、社長が会議のときには口癖のように言っていた言葉だ」


「え、だからなんだ?」


「だから、俺”なんて”って言うのを止めろ。それがジンを腐らせるぞ」


「…ああ、分かった」


「よし、それなら誰とでも仲直りできると思うぜ。そっちの方がいい」


 ほとんど見た目が同じ年ぐらいのカツキの言葉は俺よりも遥かに経験を積んだ先達者のような重みを感じる。人間として分厚い。だからか言葉に説得力を伴ってスッと胸に染み込んでくる。こいつは本当にスゴイ奴なんだな。


「え、ちょっと、終わり? うちには?」


「いや、もう解決したけど」


「はぁー!? うちも手伝ってあげようとしなのに、何二人で勝手に解決してるし!」


「いや、そうは言ってもな」


「はっはっは、ならオレの勝ちだな。アセビよりもジンの役に立ったんだから」


「うちがいつカツキと勝負したの! うちが勝負事に負けるわけないでしょ!」


「そうか、そうか、はっはっは」


「カツキ、アンタのそういう余裕ぶってるところだけは気に入らないし! ちょっとアンタも黙ってないで何かいいなさいよ」


「俺が?」


「ほら、他に悩みはないの!? このままじゃカツキがまた調子に乗るし!」


「いや、もう本当にないしな」


「何でもいいし! ほらもっと頭を使いなさい。この頭は置物かー!」


「はっはっは、大変だなジン」


「お前のせいだよ!」


 首が痛くなるほど俺の頭を掴まれて振り回すアセビに、それを高笑いしながら見守るカツキ。この二人とこんな感じでシュティレ大森林を三時間ほど歩いていた。暇とは口が裂けても言えないこの時間は俺に喉に唾液が張り付くほどの緊張を少しの間忘れさせてくれた。



 ※※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「やっと、着いたな」


 武器や食料、酒などを前よりも多く持って来たせいか全体の歩みがゆっくりで初めてエルフの里に来た頃よりも体力的には余裕がある。


「おい、おい、情けないぞ。この程度でへばるなんて」


「そうよ。うちら海賊は体力が命なんだし、もっとジンは体力をつけるべきだし」


「うるさい、よ。お前たちと違って俺は頭脳派なの。もっと丁重に扱ってくれ」


 三日ぶりに見たエルフの里は時の流れが止まっていたかのように感じさせるほど同じだった。竜の鱗のような厳かな樹皮に樹上にはツリーハウスがある。丸く可愛らしいドアにはエルフたちが出入りしていたし、雲のように空を覆っている大きな葉の下を風を纏って自由に飛んでいる。ただ……


「なんか、エルフの数が多くないか? こんなにいたっけ?」


「そりゃあ、各里から集まってんだからそうなるだろうよ。ほら、青い瞳のエルフも混ざってるだろ?」


「ああ、本当だな。初めて見た」


「アンタたち見惚れてないで気をつけなさい。青目のヤツらは緑目のヤツらよりもさらにニンゲンを見下して、嫌悪しているの。いくら愛想だけはいいカツキでも無暗に近づくと痛い目を見るわ」


「知ってるよ。まあ、無視されるぐらいだから大丈夫だぞ」


「相変わらずアンタは節操がない。そこまでいったら呆れるし」


「おい、おい失礼だな。リスペクトって相手を知るところから始まるんだぜ?」


「よぉ、オマエたち何楽しそうに話してんだよ。オレも混ぜろ!」


 三人でそんなことを話しているとロバーツさんがアセビとカツキの間に割り込んできた。後ろから呆れたような表情を浮かべてリーネもついて来ていた。


「あなたいつもそんなノリなの?」


「あ、何か問題があるのかよ?」


「船長としての威厳とか考えて行動しなさいよ。ロバーツの海賊団は二番目に人が多いんだから」


「威厳なんて家族の間には必要ないだろ。少なくともオレには邪魔なだけだ」


「…それもそうね、あなたはいつもあなただものね」


 ロバーツさんはリーネの言葉を気にした様子もなく鋭く白い歯を見せて笑った。


「ちょっと臭いし、船長もう離れて!」


「オレもちょっとこの距離は、いや、やっぱりかなり嫌です」


「ひでえな。オマエたち家族だろうが!!」


 カツキとアセビはロバーツさんに抱き着かれたことを少し嫌そうだが受け入れていた。だが、きっと本心では嫌がっていないはずだ。若干だが嬉しそうにも見えてきた……見えてきた気がする。


「相変わらず貴様らニンゲンがいると活気があるな」


 そう言いながら空からゆっくりと下りてきたのはカーリだった。霊樹からの微かな光を受けて虹色に反射する髪を靡かせ、風を纏い、俺たちを見下してくるその様子はまるで絵画のモデルになった神の化身そのものだった。


「カーリじゃない。そっちこそみんなの調子はどうなの?」


「……心配するな。我らエルフには調子の良し悪しなど関係ない。いつでも万全を期している。それにしても”海賊の娘”に”半鬼”に”狼戻”に”交渉人”が勢揃いとはな」


「ちょっと”半鬼”じゃなくて”舞姫”とか”踊り子”とか”鬼姫”とかいろいろ可愛いのがあるし! なんで嫌いな呼び方で呼ぶの!」


「なんでと言われてもな。最も知られている名で呼ぶのは当たり前のことだろう?」


「理屈っぽい言い方はやめてよ。嫌って言ったら嫌なの!」


「まあ、まあ、アセビは少し落ち着けって。あんたが凄いことはオレたちが良く知ってるからさ。それにこれからアセビの言う可愛い呼び名を定着させていけばいいじゃん。なぁ?」


「知らないし!」


 アセビはその言葉を最後に俺たちから拗ねたように離れてどこかに行ってしまった。


「あんたもあんただぜ? もっと言い方には注意しないとさ。アセビは結構気にしてんだから」


「……すまない」


「エルフは見た目だけで許されている最悪なコミュ障集団だからな。いまさらどうこう言っても仕方ねぇよ。まあ、お互いに学んだとでも思えばいいさ」


 ロバーツさんのことをムスッとした綺麗な眼が睨むように見つめていたがそんなことを気にせずに彼は続ける。


「それよりも準備は出来ているのか?」


「……ああ、ヒュドラ討伐への準備は今も着実に進んで――」


「それじゃねえよ? ヒュドラ討伐の準備なんて明日でもいいだろ? それよりもさ、もっとあるだろ?」


「……貴様が何を言っているのか私には理解ができない。いったい貴様は我々に何を求めているのだ?」


「決まってるだろ? そりゃあ……」


 ロバーツさんが眼帯を付けていない方に立っているリーネに向けて同意を求めるような視線を送る。燃えるような赤い瞳がそれに呼応するように揺れる。この二人の間で何が行われているのか俺には分からなかった。だが、二人はほとんど同時に口を開いて――


「宴の準備よ!」「宴の準備だ!」


 そう高らかに宣言した。この時のカーリの表情(かお)を俺は一生忘れることができないだろう。


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