第113話 願いを託した影送り
迷ったところで、俺はマナを選ぶ。考えるまでもなく、分かりきった選択だ。今までもそうだったに違いない。
だから、ジェニファーの力で、俺だけは、次の世界に記憶を引き継ぐべきだ。その世界で、必ず、幸せになってみせる。そのために。
「今回で、ループを終わらせる」
「それは――」
「だが、ここで終わるつもりはない。まず、マナにランプを渡して、この世界を元に戻してもらう。そのあとで、残る一つの願いとランプ――お前を魔法で回収。次の世界で、お前をループから解放し、マナを幸せにする」
ジェニファーの表情は、音では悟れない。もしかしたら、これも、何度も繰り返された展開なのかもしれない。
「結論から言えば、他の世界のあなたたちはみんな、次の世界でアタシの願いを使って、繰り返しを選んだ。今、この世界がある時点で、分かりきっていることだけど。――だから、あなたも、同じように幸せになるべきだと、アタシは思うわ」
次の世界に何があるのかは知らない。だが。
「本当に、そんなのが幸せだと、思うか」
「え?」
「ただ繰り返すだけの世界で、俺はマナと、幸せになれるのか?」
「それは……」
「なれるわけないだろ」
同じことを繰り返しているだけじゃ、幸せにはなれない。本当に前に進みたいなら、変化を恐れてはいけない。
もっと色んな人と関わって、マナと一緒に大人になって。――その先を、みたい。
だから絶対に、俺は、俺のためには、ジェニファーの願いを使わない。
何があっても。
「――そうね。それが、ハイガルチャンの選択だって言うなら、アタシも全力で応えるわ!」
過去を変えない限り、新たな過去の世界は生まれない。俺のいる時間軸が一番、新しいものとなる。
その時間軸で、マナを過去に行かせてはならない。幼い俺が一目惚れしたマナを、存在させてはならない。
もし、それを許してしまえば、ジェニファーのいない、別の世界が生まれてしまう。俺は、すべてを救いたい。
きっと。ジェニファーがいない世界では、マナが自分以外の誰かのために、願いを使わなくてはならなくなってしまう。
それだけで、俺にとっては何よりも、不幸だ。そんな世界、あってはならない。
***
――彼女がランプに願い、世界が光の泡になって、消えていく。
「私ね、すっごく、大好きだった。ハイガルのこと。亡くなって、八年経った今でも、心の底から、大好き」
八年とは一体、何のことだろう。そんな疑問を吹き飛ばしてしまうくらい。
ランプに願ったマナは、すごく、幸せそうな顔をしていた。消えゆく世界の中で、過去と今の光景が混ざって。
初めて、見えた。笑顔。
ずっと、この笑顔を、守っていたい。この光景は、尊く、かけがえなく、何よりも大切な、俺の中で一番の、光だ。
「――ありがとう。だが、俺のことは、忘れてほしい。俺にとらわれるな。俺のために、自分を犠牲にしないでくれ。頼む」
けれど。それが俺の心からの望みだ。この世界で永遠に分かたれるかもしれないのに、俺の身勝手でマナを縛ってはいけない。
もし次に、目の前のマナに出会えたとしたら、それは奇跡みたいなものだ。
俺が期待するのは勝手だが、そこまでの想いを持っているのは、きっと俺だけだから。
「分かった。――絶対に、忘れないから。約束するわ」
――――――――。
「……はははっ」
「ちょっと、なんで笑うのよ?」
「かわいいからだ」
ついつい、頭を撫でてしまう。温かくて、綿みたいに柔らかい白髪。撫でただけで、色が変わってしまいそうなくらいに、真っ白。瞳は混じりけのない、赤。その赤に、涙をたたえていることに、気づかないふりをして。
「約束。俺はちゃんと、覚えてるからな」
それが、この世界での、俺の最後の言葉だった。
もし、この言葉の真の意味が分かって、それを覚えている彼女に会えたら――。
それは、影を送った空で、二人の見る影が、ぴったり重なるようなものかもしれない。




