表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

7Days、そして…



7-6)



「好きだ。また会いたい。オマエのこと待ってるから」



別離の日、別れの直前、オレは腕の中で泣き続ける楓にそう囁いた。



この短期間に何度こうして愛を告白しただろう。


いま抱いてる体の温もりが、優しくて強くて泣き虫な性格が愛しくて、何度告げても足りないくらいだ。




愛してる楓。友達としか思われてなくても、こんなに別離を悲しんでもらえて嬉しいよ。でも泣かないでくれ。




すると望みが通じたのか涙に潤んだ瞳で彼女はオレを見つめ笑った。


笑顔の似合う女だ。泣き顔より数倍も綺麗だった。



「やっぱり泣いちゃった。ごめんね、アキラや牛丼たちと別れるのかと思うと辛くて涙止まらなくなったの」


「もう泣くなよ?ほらカレーパンやるから船内で食べろよ」



売店でこっそり買ったパンを差し出すととびきりの笑顔を披露してくれた。



「ありがとう!アキラ大好き!でも今すぐ食べたい」


「ダメ!あ、時間だぞ」



搭乗開始の放送。けどオレには悪魔の呪文でしかなかった。



「元気で」


「うん、アキラも」



そこで会話は途切れた。ああ何か話さないと。時間がないのに!最後なのに!




焦ったオレは心に抱えてた悩み……と言うか、願望を口にしてしまった。



「楓、約束してくれ。また会おう」



別離の前に約束を交わし確認をして安心したかった。なのに楓の返答は意地悪で。



「恋人と婚前旅行で来るかも」



それは嫌なジョークだな、と顔をしかめるオレの前で彼女はクスッと笑った。



「来るよ、アキラに会いにね」



言い聞かせるような優しい口調。


そしてオレからの土産品であるワンピースをふわりとそよがせて振り返り、最後に手を振って搭乗ゲートの奥に消えていった。




彼女の姿が完全に見えなくなるまで、オレはその方向から目を離さなかった。



……やがて宇宙船は奇妙な動きで離陸し一番星となった。



やはりナナも同便だったらしい。山田家のご主人が地に伏して泣き崩れていた。


何となく羨ましかった。オレも大声で泣きたい気分だった。




その夜、オレは山田さんの家でご主人とふたり酒を飲み交わしながら泣いた。


20代の男ふたりがわんわんと泣き叫ぶ様を1歳で次女のロザリーちゃんが不思議そうに眺めていた。


うるさくしてゴメンな。だけど今夜だけは……。



この日オレと楓の一週間が終わり、それと同時にさっそくの再会を願う日々の始まりとなった。



ちなみに翌日は慣れない日本酒で二日酔いとなり頭がガンガン!


死ぬ思いを経験し、楓に介抱されたいと思いながらベッドで切ない一日を過ごしたのだった。



前途多難。オレの未来はどうなるんだろ……。



after-1)



楓との別離から4ヶ月が経過した10月中旬。季節も初夏から秋へと移ろっている。



受験生だというのにあれ以来オレはフヌケ状態。


勉強はもちろん友達とのたまのカラオケやボーリングも心から楽しめない。



夜中に宇宙船の着陸音を聞くたびに期待しては裏切られてばかりの日々。



ああ楓、会いたいよ。



そう望み続けて4ヶ月。長いよ。寂しいよ。声が聞きたい。


あのふわふわとした空間に癒されたい。柔らかな体を抱きしめたい。




そんなオレを慰めてくれたのは事情を唯一知る麻子。


彼女は失恋から逞しく立ち直り恋人募集中だ。



麻子とはすっかり友人だけの関係になったけど、最近は『先生』である。


受験も近いしそろそろ本腰をと、家庭教師としてほとんど毎日ウチに来てもらっていた。



遊び好きだが大学にも律儀に通い、成績も良く単位も足りてる彼女はありがたい存在。


この日の午後もオレのマンションで勉強タイムだ。よろしくお願いします、麻子先生。



さて勉強開始!とペンを握りかけた瞬間、スマホの着信音。ピタリと手が止まった。



え、この音って……。



楓専用にしてた黒電話だ。何で?まさか……!




乱暴にスマホを取り、期待を胸に耳に当てた。もしもし楓かっ!?



けれど興奮の向こうから聞こえたのは冷静な男の声。


え、何で?どうして楓のスマホを?



不思議がるオレをよそに相手はベクトルと名乗った。


外人?知らないぞ、誰だよベクトルって。



流暢な日本語でソイツは会話を続け、正体が判明した。



楓の兄貴で政治家のベクトルさんだ。ウソ!マジで!?



貿易調印式の使節団の一員として地球に訪星し、今は空き時間でオレに会いたい。家の近くに来てるはずだが詳細な場所がわからず案内を頼むとのこと。



OKの返事をして上着を着込み、麻子に手短かに事情を説明して帰宅を促した。



しかし!



彼女は瞳をキラリと光らせて残ると言い放ち動こうとしない。



狙いは読めている。時間ロスを避けたいオレは素早く諦めて留守を頼んだ。



after-2)



ベクトルさんとふたりで帰宅をし、残してた麻子を見ると素晴らしく完璧な化粧。


ファンデも口紅も塗り直してるし、つけまつげやマスカラまで。オレの前ではしたこともないくせに……。



どうやらベクトルさんは標的にされたようだ。気を付けて下さい。飢えたメス犬はかなり恐ろしいですよ!




もちろん忠告できるはずもなく、椅子代わりのベッドに座らせ会話の開始となった。




30歳で若いとはいえ政治家だ。外見も真面目そうで不安だったけど、口を開いたベクトルさんは会話上手な明朗な人だった。


おかげでスムーズに楓の近況を尋ねることができた。



彼女は変わらず元気なようだ。まずはそれが何よりで一安心。


就職し仕事があるので地球に行けず牛丼が食べられないとグチを溢してるそうだ。



え?牛丼?食べ物優先?



あのーオレは?もしかして本当に恋人ができた?



その質問にベクトルさんは笑って首を横に振った。


またも安堵のオレだけど、失恋の痛手がまだ残ってるのかと気掛かりになった。




落ち込みかけたオレの前で男女の楽しそうな笑い声が響く。



麻子はベクトルさんの顔はもちろん、その明るい性格も大変気に入ったようだ。


積極的に話しかけてはプライベートを巧みに聞き出し、更に自分を売り込むことも忘れなかった。



途中からは愛称のベッキーと親しく呼んでいた。さすがと呆気に取られながらも感心してしまった。



金持ち、独身、顔・性格良し。職業も公務員で将来安定。そんな男を麻子が見逃すはずがない。


宇宙人だろうと構わないらしく、この日から彼女の『ベッキー玉の腰計画』が発動されたのだった。



そんな麻子もかつては失恋に泣いていた身だ。楓も立ち直っていればいいなと思う。


そして今度こそ楽な気持ちで牛丼を食べに、いや、オレに会いに来てくれればと願った。早く会いたい。




明日は会議だと教えてくれ、ベクトルさんは日暮れを前に宿泊ホテルへ。


予想通り麻子が案内を申告し、オレは彼と挨拶を交わした。



「楓が君に会いたがっていたよ」



握手がてら聞いた別れ際の一言が何より嬉しかった。



after-3)



ひとりになり部屋は寂しくなったけど、久々に楓の匂いを感じて懐かしさに心には彼女の笑顔が残った。



ふと何となく牛丼が食べたくなってしまった。今夜は外食にしよう。財布とスマホを握り玄関へ向かった。




この日からオレの気持ちは少しだけ変化した。


楓への思いと再会を胸に、日常に前向きに取り組んだ。再会したとき受験に落ちてたら恥ずかしいもんな!



そして数日後の深夜……。




ドドーンッ!!




いつもと変わらぬ宇宙船の着陸音。多分この夜も騒音は響いたんだろう。


けれどその時オレはこれまでの心労がたまっていたのか熟睡中で、まったく気づかずベッドにいた。



目覚めたのは違う音色によって。そう、あの日のように……。




ピンポーン




ん?こんな夜中にベル音?




ピンポーン、ピンポーン



うるさいなあ。隣のロザリーちゃんが起きるだろ!いま出るよ!




そして、開けた扉の先には……。



「こんばんは!また居座りに来ました。今度の期限は無限です。いいですか?」



泣きそうになった。


瞳も体も心も熱くなった。待ってた人が、会いたかった人が変わらない姿で、変わらない声でそこにいた。



初対面を思い出す図々しい発言。スラリと高く細い体。かすれた声。長い髪。無邪気な笑顔。オレがあげたワンピースを着て……。



込みあげる思い。誰より大切な人だと再確認した。オレはコイツが……。



ああ楓っ!



返答しようとして楓の背後に不吉なものを見た。


いま長い尻尾をゆらゆらさせて、ちょこちょこっと横切って行ったのは紛れもなく……。



今後の展開が予想できたので、場の空気を壊されたくないオレはもう少し沈黙を保った。そして。



「ナナっ!!」



予想通り隣室から山田家のご主人の声。すでに泣き声だ。


夜中なので近所の「うるさーい!」というヤジも飛んでいたがやがて静かになった。


それを確認し今度こそ楓に返答だ。



「おかえり、楓」



自然と声が震えた。何となく照れ臭い気もした。



その点楓は強かった。真摯な瞳で真っ直ぐオレを捉え、はっきりと語った。



「ただいま。私ね、アキラと恋をするために戻って来た。離れて気づいたんだ。側にいてほしい。好きだよアキラ。私のことまだ好きかな?」



失恋をしてしばらくは恋をしないと宣言していた楓。だけど立ち直ったみたいだ。それも最高の形で!




愛してる楓!オレの楓!オレの答えはただひとつだ。



「もう離さない!愛してる!」



抱き寄せて2度目のキスをした。唇に深い深いキスをした。



やがて彼女の腕がオレの背中に静かに回され、愛されたんだと実感した。




突然の出会い。一週間の共同生活。4ヶ月の別離。それを経てオレたちはその手に互いを得た。抱きあう体。キスも続く。



そう、オレと楓の物語はこれからも続く。この温もりを感じながら、同じ未来を作っていくために。




END.

Thank you!



突っ込みどころ満載のラブコメを書きたかったのに、思った以上にシリアスな作品になりました。



ラストはハッピーエンドでめでたしめでたし。山田家もハッピーエンド(笑)。


麻子とベッキーの今後が気になるところかな?



ではでは、最後まで読んで頂きありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ