抱きしめたい
7-4)
本日ホームステイ最終日。帰省の時刻を数時間後に控えた楓は、荷物の整理を始めた。
オレは午後恒例の受験勉強を中止させて、傍らから彼女の様子を見つめる。
こんなときに勉強なんてできるか!今日は何より楓が優先だ。
来たときより荷物が多い。土産の入ったカバンは大きく膨らんで重そうだ。
中身を聞いて、瞬時に吹き出してしまった。
カレー味の袋菓子各種で、牛丼とケーキも欲しかったが母星に冷蔵庫やレンジは存在しない。それで泣く泣く諦めた、と涙ながらに教えてくれた。
いいよ、いいよ。食べたくなったらすぐに来てくれ。用意して待ってるからな!
そして母親への土産である戦国武将フィギュアセット。
へえ、鎧とか細かいな。よくできてる、と手にした武田信玄に思わず感心。
郷土の英雄・上杉謙信のライバルだから複雑だけど。
あ、お母様含めご家族によろしく。何せ父親は惑星大統領の政治一家、コビを売るつもりはないけど今後のためにも。
将来オレが楓を……って、これはまだまだ先の話だな。
ついでにオレから楓への土産も手渡した。
たいした品じゃないけど貧乏浪人生としては奮発したつもり。はい、受け取ってよ。
「アキラから!?嬉しい!何かな」
瞳を輝かせて楓は紙袋をゴソゴソあさり、中身をひとつずつ取り出して確認する。
好きだと言っていた地球のワイン、ショルダーバッグ、ワンピース、日本の思い出にこけし人形。
これで全部。う、改めて見ると貧弱だ。安物ばかりで総額1万円もしなかったし……。
ごめん楓。セレブの令嬢に対して失礼だよな?謝らないと。
「ごめん……もっといいの買うべきだった」
はあぁぁ、と語尾には溜め息も交え、オレは同時に肩を落とす。
身分なんて関係ない。普通の女として扱うよ、とは言ったものの一般人とはやっぱ違うよな。
恥ずかしい物を身につけさせるわけにはいかないよな。
うーん、どうしてこんな単純なことに気付かなかったんだろ。無頓着にも程がある。オレってバカだ。
けれど眼前の楓はパチパチと瞼を瞬かせてオレと自身の手元の土産品を交互に見つめた。
「どうして?かわいいのばかりだよ?」
「身分にふさわしくないよ」
「その時は身分でなく、いいと思って選んでくれたんでしょ?その方が嬉しい。その時の気持ち、大切にしたい」
穏やかに語り、いま着てる服も地球で買った千円のTシャツだよと笑って教えてくれた
えっそうなの?本当か?信じるぞ?
ならあまり気にしなくていいかな?
都合のいい解釈をしてみる。優しい女だから嘘かもしれない。
でもオレの心がホッと落ち着いたのは確かだ。
ありがとう楓。オマエの存在は絶大だ。本当に癒されるよ。
その楓はワンピースを手にして眼前に広げ眺めている。おもむろに一言。
「着てみるね?」
スッと立ち上がって着替えのため浴室へ。
いま着るのか?似合うといいな。あ、なんかドキドキしてきた。サイズも大丈夫かな……。
初日から3日間を男装で過ごしていた楓が初めて披露してくれた女物の服がワンピースだった。
天使か妖精かと疑うくらいかわいくて見惚れてしまった。
それ以来オレはコイツのワンピース姿が好きで、今回迷わず選んでしまった。勝手だけど最後だし自分に嘘はつけない。
「完成!アキラ見て!」
長いような短いような待ち時間を経て、足取りも軽く声も弾ませ彼女は現れた。
美人だから何を着ても似合うけど、思わず絶句。拝みたくなるほどかわいい。女神様みたいだ。
スラリと背が高いのでフリーサイズの7分丈のはずが膝丈だ。色も水色で少し寒そう。でもスゴくいい感じ。
さてと、感想を求める突き刺すような眼差しに応えてやるかな。
「バッチリっ!最高にかわいいよ」
「やったね、アキラに誉められた!着替えやーめた。このまま帰るね?」
それは構わないけど、気に入ってくれたみたいだ。良かった!
本当に素直で純粋な言動。評価もわかりやすくて助かるけど、そんなことより、コイツを見てると守ってやりたくなる。
相手は年上だし散々泣かせたオレが言うのも変だけど、コイツを悲しませるヤツは許さない。
守ってやりたいよ楓。いつも近くにいてあげたいよ。オマエのためなら何だってしてやりたくなる。でも、もう遅いな。
時計は午後3時。出発予定の時刻だった。
まもなくして楓は一週間を過ごしたこの部屋にサヨナラをした。
泣きはしないけど唇を噛み締めた寂しそうな横顔に切なさを感じた。
そして振っ切るように長い髪とワンピースを翻して先に玄関を出た。
「バイバイ」
たった一言の言葉を、振り返らず前に向けて呟き、彼女はそのまま歩き続けた。
小さな声が6月の爽快な風に乗って耳に届き、オレは黙って彼女の背中を追った。
7-5)
マンションから屋外へ出たオレがまず行ったのは、楓の手を握ることだった。
荷物を持たない空いた方の手を、落胆の見える彼女にそっと伸ばして握りしめた。
初めてコイツと手を繋いだ。想像したより冷たいし、小さくて驚いた。
楓はオレを見上げてニコッと微笑み、手を握り返してくれた。拒絶されなくて一安心だ。少しでも慰めになればと思う。
目的地まで徒歩で約20分。あまり会話はせず、到着するまでオレたちはかたく握ったその手を離さなかった。
やがて到着した宇宙船の離陸場所はサッカー競技場だ。
確か明日試合があったはず。芝が傷むと主催関係が騒ぐことだろう。
宇宙人は我が儘だから遠い空港より近くの広場を選ぶんだよな。しっかりしてるよ。
ん、あれ?
ふと耳に聞き覚えのある声。視線を移すと隣室の山田さんのご主人の姿が。
楓と同じく母星に帰省するナナを抱きしめ号泣している。
げ、ナナも同乗するのか。不吉だ。墜落しなけりゃいいな。不安だ……。
他にも別離を悲しむ人たちはいるけど彼らが一番うるさ、いや、悲しそうで周囲の注目を集めていた。
オレは何も見なかったことにして楓に向き直った。自分たちが優先だ。
「写真撮ろうよ」
促し、スマホのカメラで楓個人と顔を寄せあったツーショットを一枚ずつ撮った。
楓は写真うつりがいい。確認した画面の中の彼女は実物と大差ない綺麗な笑顔だった。
実物はまだ近くにいる。画面を見つめるのはまだ早い。
これは思い出の一部。でも、オレはコイツに思い出を作ってやれたのかな。
「オレとの一番の思い出って何?」
突然の問いかけに楓は驚き顔。よほどの難問のようで「うーん」と唸って記憶をたぐり寄せ始めた。
真剣に考える歪んだ表情がおもしろおかしい。そんな深く考えなくても……。無意識に口元が綻んでしまう。
動き回ってた瞳が静止した。そこにはオレの姿が映り、彼女は柔和な笑顔をふわりと浮かべた。
「やっぱり初日かな?アキラにひとりじゃないって言われたこと。あの時から人生が変わった気がする」
「大げさだな」
「私には大きな出来事だった。前向きな思考のきっかけになった。あのね、このホームステイ実は失恋旅行を兼ねてたんだ」
何となくそんな気がしてた。だから今さら驚かない。楓も話を続ける
「心のどこかで寂しさを感じていて、それを払拭したいとホームステイを決意したの。来て良かった。アキラの家で良かった」
コラ、そんなにはっきり持ち上げられたら対応に困るじゃないか。オレの気持ち知ってるだろ?言うからな?
「抱きしめたい」
当然とばかりの強引な発言に楓は頷いてくれた。直後、オレの瞳は彼女に釘付けになった。
「楓っ!」
正面でポロポロと幾つもの涙を溢れさせた楓を強く強く抱きしめた。
彼女はオレの肩に額を寄せて声を殺して泣き続けた。
夏至も間近の明るい夕刻、BGMは搭乗を報せるアナウンスと山田さんの泣き声だった。




