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時は何より貴重なり



7-1)



来なくてもいいのに、とうとうこの日がやって来てしまった。



真夜中に怪しい宇宙人がホームステイに来て一週間。


初めはどうなるものかと不安だったけど……オレはソイツに惚れてしまったんだな。



健気で子供っぽい仕草はかわいいし、気の強いトコも好みだし。それなのに泣き虫で。容姿だって抜群だ。


……要は全部好きってこと。



いまベッドで目が覚めて、彼女は隣にいる。朝日を浴びた穏やかな寝顔はやはりかわいい。


それと、昨夜は暗闇でよく見えなかった服装も。



紫色のキャミソールだ。上はそれだけ。ふむ、胸は小さめ。


あ、失礼。でも下着から覗く肌は白くて滑らかそう。



ああ……こんな美人が一晩隣にいたのに抱きしめただけだなんて、オレって善人だよな。



目覚めて間もないというのにいきなり嘆きのテンション下降状態。カーテンの隙間から覗く空の青さが何となく憎らしい。



おそらく今日は仏滅だ。最悪の1日になるだろう。


救われたい。視線は無意識に大切な人へと向かった。




視線の先の彼女はまだ眠っている。伸ばされた腕はオレの体に置かれ、いじらしくてギュッと抱きしめたくなる。



ずっとこうしていたい。至近距離で見つめ、吐息と温もりを感じていたい。



「楓……」



その名前を呟き、長い髪の頭部を起こさないよう撫でた。


この名前を呼ぶのも今日で最後か……。



と、ひとりヘコんでしまったけど、オレは勝手な思い込みの、とんでもない誤解をしていた。



それはオレの気も知らないで一時間後にようやく目覚めた人物によって発覚した。


呑気に自作詞の『素敵な牛丼ちゃん』を歌いながら牛丼を食うその女、すなわち楓との朝食中の出来事だった。



レンジでチンした熱々の牛丼を朝から幸せそうに食べる楓。その時の何気ない会話。



「牛丼美味しい。食べたくなったらまた地球に来るね」




「…………」




微笑む楓にオレは一瞬の沈黙。そして。



は?えっ?いま、何て……?


と問い返すところだった。それくらい衝撃的な一言だった。



また来る?


あ、そっか!?


生涯最後なわけじゃないんだ!



今回楓はホームステイの滞在期限を迎えての帰省であって、今生の別れではないってこと。


来る気があるなら10日後には再会だってできるんだ。



二度と会えないと勝手に思ってたわけで、でも実際は嬉しい誤算というオチ。


オレの前に明るい未来が広がった。




単純なヤツと思われたくないが、そう思われても仕方ない。


オレの心情も表情も声も一変して明るく弾み出し、体も軽くなった気がした。すごく楽な気持ち。



やったー!楓とまた会える!



コロコロ変わるオレの百面相に楓は不思議そうだけど、この喜びをわけてやりたいほど嬉しかった。



7-2)



宇宙船の離陸時間は夕方だからまだ余裕がある。


会話は足を崩しながらゆっくりでき、嬉しい出来事もさらに続いた。



楓は地球で恋人を見つけた。牛丼とカレーとケーキだ。


意外にも大食いなのかと驚いたけど、それ以外は食べようとしなかった。


オレが教えたそれらだけを食べた。



滞在初日に貰って食べた牛丼が嬉しくて、だから余計に美味しく感じて好物になった。


オレが与えた物はそれ以来特別。宝物みたいなもの……。


笑顔で彼女は明かしてくれた。



何気なしに与えてた食べ物にそんな感情を(いだ)いていたとは驚きだ。


感激は格別だったようで、オレとしても喜ばしい。



ん?ということは恋のライバルをオレは自ら紹介してたのか?


うーん、複雑だ。楓の一番になるチャンスだったのに!




くだらない会話の数々が楽しかった。目の前で見る飾らない笑顔に幸せを感じた。


コイツと出会えて良かった。またすぐ再会したい。好きだから、会いたい。



7-3)



楓への溢れる思いが止まらない。ジワリと近寄りかけた寸前、ピンポーンと来客を告げるベル音が。



あぁ助かった……。



気持ちの切り替えにもってこいのタイミングに内心ホッとしつつ玄関へ。



お客様は隣室の山田さんのご主人だ。あ、こんにちは。それといい匂いですね!



ご主人の手には大きな皿に豪華な手料理。鶏の唐揚げや春巻きやチーズに天ぷら。


楓用にカレー味の餃子まで!和洋中と賑やかだ。食べていいんですか!?感謝です!


でも何で?



ご主人は穏やかに、けれど顔を曇らせて答えてくれた。


山田家にホームステイ中の宇宙人ナナも今日が帰省日らしい。


昨夜自宅でお別れ会を開いてそれの余り物とのこと。


恐縮するご主人。いえいえ余り物で構いませんよ。美味しそうです、ありがとう。



だけどどうりでご主人の目が赤いワケだ。悲しくて泣いてたんだろうな。ナナのこと可愛がってたもんな。



ふーん、ナナも今日でいなくなるのか。ふーん、でもアイツはちょこちょこ動き回るサ……ま、いいや。



ご主人に食事の礼と「寂しくなりますね?」との慰めの言葉を返すと、服の袖で目元を拭い無言状態。


そっとしておこうと一礼してオレは部屋に戻った。




さてご馳走だ!いい昼メシができたぞ!


ありがとう山田さん。ありがとうナナ。オマエのお陰でご馳走だ!さよならナナ。お元気でー。



そしてナナのことなどすぐさま完全に忘れ、笑顔で楓に皿を差し出した。



「これ見ろよ!」


「すごい料理!やったねアキラ!あ、カレーちゃんの匂いっ!これ何?」



餃子だと教えて一個を口に入れてやった。はい、お味は?



「んー美味しいっ!」



ああ心が洗われる最高の笑顔。


おそらく今日は大安だ。幸せだ。これが日常になってくれたらもっと嬉しいのに。




とにもかくにも平和で穏やかな午前を過ごした。


楓の帰省まで残り数時間。もうそれだけしかない貴重な時間だ。


別れの瞬間まで離れない。側にいるよ。かけがえのない楓という存在を見つめていたいから……!



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