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大陸暦1053年 海の月 27日
モンスターは冒険者になれない。
私はその言葉の意味が理解できませんでした。さすがに声に出しては言いませんでしたが、頭の中で「何を言っているんだこいつ……?」と思っていました。
「ノエルさんが今回の模擬戦で使ったスキルは〈竜魔術〉。これは女神ではなく竜を崇める異端の者たちが使う技です。女神を信仰する私たちとは相いれることのない彼らは、私たちと同じ『人』という分類ではなく『モンスター』として認識されます」
〈竜魔術〉。そう言えばノクターナルさんとの訓練の中で教えてもらいましたね。
〈竜魔術〉とは簡単に言うと「竜の体を魔力で再現し、操る」スキルです。つまり効果自体は私が使う〈竜闘術〉と違いがありません。
なぜ竜を崇める人たちがこのスキルを習得し、鍛えていくかというと、自分の魔力を人の魔力から竜の魔力へと変えるためだ、と聞きました。そうすることで、肉体も竜となることができ、人から竜に為る、生まれ変われるのだとか。
「い、いや、ちょっと待ってください。私が使うのは〈竜闘術〉であって、〈竜魔術〉ではないんですが」
「りゅうとうじゅつ?」
聞いたことがないのか、フィルハウトさんは首をかしげてレイラさんの方を見ます。
レイラさんが懐から水晶玉のようなものを取り出しました。
「〈竜闘術〉ですね。検索します……高位の竜が〈人化〉した時に使用する戦闘用のスキル、とありますね。効果は確かに〈竜魔術〉と変わらないそうです」
「……何ですか、そのアイテム?」
レイラさんに思わず聞いてしまいました。
「『ニーネアの百科事典』という冒険者ギルドに備わっているアイテムです。『異人』は時に私たちが知らないようなスキルやアーツ、アイテムを身につけていますからね。そういう時はこれで調べるようになっています」
なるほど。便利にできているんですね。確かにゲームとして持っているスキルが何かNPCに通じなければまずい場面はありますし。特にプレイヤーは冒険者になることが多いですから、冒険者ギルドにはそういうものが備わっていることになっているんでしょう。
「わかりました。高位の竜が人の姿を取る時に使うという〈竜闘術〉が使えるということは……ノエルさんは『人』ではなく『竜』ということでは?」
……あっ。
確かに、あらためて指摘されるとそうでした。私のゲーム上の種族は人間ではなく竜でしたね。
自分が竜だ、と言われると何となく実感があるのですが、自分が人間ではないとか、モンスターだと言われるとピンと来てませんでした。分類上は確かにそうなりますね。
「ソウデスネ」
と、なると。私は人間の街で暮らしていくことはできないのでしょうか。
いや、冒険者ギルドに入らなければいける……? でも、その場合、どうやって生きて行くのでしょうか。普通に働く? そもそもその普通がどういうものかわかりません。
それに、私の目標は色々なものを見て回ること。街で働くにしても定住したいわけではないですし、旅をするとしても街に入ろうとするたびにアルトラントの門みたいにチェックされたりお金取られたりするわけですよね?
「ですが」
フィルハウトさんの言葉に我に返りました。
「ノエルさんは『異人』です。『異人』が私たちの常識の外にいるのは周知の事実です。実際に、ゴブリンやコボルト、オークと言ったモンスターにも『異人』がいることは知られていますし、彼らが我々の知るモンスターと違って『話が通じる』のも知られています」
これは……プレイヤーだから特別に認めましょう、という流れ、になりそう? だとすると助かるんですけど。
「幸い、ノエルさんは見た目は普通の人間とあまり変わりませんしね。よく見れば、『瞳』が特殊ですが、そこまで目立たないでしょうし、ぱっと見て、ノエルさんの正体に気づく人はそういないでしょう」
そう言えば、私の「瞳」は瞳孔が縦に割れていて、爬虫類の目っぽくなっていたんでしたね。自分で自分の姿はゲーム内では鏡でもないと見えないのですっかり忘れていました。ここまで会った人に特に指摘もされなかったのでそんなに目立たないのでしょうか。
「それに『異人』は時に私たちが想像もつかないような経歴の持ち主だったりもします。ノエルさんも、その左手の指輪を見ると」
ちらっと私の左手を見て、フィルハウトさんが言いました。ゲーム開始時から左手の中指に「ロスフェラードの指輪」が装備されています。しかも外れません。
「左手の中指にする指輪は、高貴な生まれの者が自分の出自を証明するためにつけるものです。ノエルさんもその指輪をはめているということは、おそらく高貴な身分の出身なのでしょう。そう言えば、先日討伐された黒の王魔竜グリムレットにつき従っていた竜信者の異人がいた、と噂で聞きましたが、それが本当ならこの大陸西域に生きる者としては色々と感じることもありますしね」
うわー!? その噂ってプレイヤーの中だけじゃないの!?
「き、気のせいだと思いますよ……」
この指輪は隠さないと。うん。
「なので、ノエルさん」
「はい」
「もし、貴女が、人でない自分を捨てて、人として生きることを望む──冒険者としてギルドに登録をすることを望むなら、今から言う条件を受け入れてもらえるなら、可能ではあります」
「その条件とは、何でしょう?」
「〈竜闘術〉を捨てること、です」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
〈竜闘術〉を捨てる。
〈竜闘術〉は私がこのアナザーアース・クロニクルを始めて最初に使い方を覚えたスキルです。初期スキルは〈礼儀作法〉とか〈園芸〉〈調教〉〈動植物知識〉とかもあるんですが、出番がなくてですね。
魔竜の隠れ里で一生懸命、訓練したり模擬戦をしたりしました。
終わりなき迷宮で、必死に使い方を学び、工夫し、実践しました。
エルスナードで、新たにパワーアップもさせました。
この世界の私にとっては、なくてはならない、私の象徴ともいうべきスキルです。
それを捨てろ、と?
「……できませんか?」
「あ、いえ、その」
単純にできるできない、と言うならば、できない、でしょう。
ただ、「できません!」と言い切ってしまった時にどうなるか、を考えると即断はしにくい話です。
それと、「人でない自分を捨てて、人として生きることを望む」という言い方が引っかかります。ちょっと嫌らしい言い方ですよね。あ、いや、個人的な感想ですけど。
「とは、言っても。〈竜闘術〉を使えなくするとか、消すとか、そういうことが私たちにできるわけではありません。単純に、ノエルさんの善意で、街中および冒険者としての活動中には〈竜闘術〉を使わない、と約束してもらう、というだけです」
何か急に話が軽くなったんですけど。
「そ、それだけでいいんですか?」
「本音を言えば、まったく冒険者になることを認めない、としたいのですけれどね。もし、冒険者になったとして、ノエルさんが竜として、モンスターとして、人に敵対するようになれば私たちでは抑えられないでしょう。失礼ですが、今の模擬戦で対抗策がないか探らせてもらいましたが、正直お手上げでした」
やっぱりやりすぎだったじゃないですか、私。滅茶苦茶警戒されてるし。
「だから、ノエルさんが『人』として生きたいと望むのなら、人として、約束して欲しいというわけです。もし、使用した形跡が認められれば、冒険者の資格を剥奪します。見てないから大丈夫、とは思わないでください。ギルドでは冒険者の行動を後でチェックするシステムがありますからね」
なるほど、ローシャさんがわざわざダンジョンで私に助けられたのを申告したのも、行動をチェックするシステムというのがあるからなんですね。そう言えば、レイラさんがローシャさんの話を聞いた後、何か確認してましたし。
「ただ、すぐには返事はできないでしょう。6日後、光の月2日までに私に返事をしてもらう、というのでどうでしょう?」
「……結構、時間を取るんですね」
「『異人』はおおむね3日に1日しか活動できませんからね。実質2日、と思ってください」
うん?と思いましたけど、時間の流れが3倍だと、1日1回ログインするとしたらゲーム内時間だと3日に1回行動できる、みたいな形になりますか。
「わかりました。ところで1つ聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「服は借り物で、お金もないのですが……6日間どこで過ごせばいいでしょう?」
みんなが私を、何言ってるんだこいつ、て顔で見てます。
仕方ないじゃないですか。今まで人里離れすぎた生活だったんですから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
結局、フィルハウトさんの権限で身につけるもの一式の購入費用と宿代を出してもらえることになりました。ついでに、宿も冒険者ギルドからの紹介です。プレイヤーが泊まるための専用の宿があるそうですね。ログイン時間とかを考えると、プレイヤーの扱いは特殊になるでしょうから、専用宿はそのためでしょう。
「冒険者になったら借金ということで後で少しずつでも返してもらいます。冒険者にならないなら、街の防衛費、と考えることにしますよ」
とは、フィルハウトさん談。
防衛費とかひどい。私は街を襲う大怪獣か何かですか。
借りものだった服は返して、新しい服を買いなおしました。基本的は同じような感じの服です。
厚手の服と、胴を覆う革鎧に、ショートパンツと革製のロングブーツ。それと手袋を忘れずに。指輪を隠すためには必須です。
[頭]
[顔]
[上半身]ソフトレザーアーマー
[下半身]ショートパンツ
[手]レザーグラブ
[足]レザーロングブーツ
[アクセサリー1]ロスフェラードの指輪
[アクセサリー2]グリムレットの王竜珠
[アクセサリー3]レザーマント
[アクセサリー4]
全て身につけると、装備品欄がこんな感じになりました。
あ、アーシャさんに借りた外套はちゃんと返さないといけませんね。
宿屋の部屋に入って、ベッドの端に座るとやっと一息つきました。何か1人になってから色々ありましたね……気づけばもう正午もだいぶ過ぎてしまっています。
「色々面倒だなあ」
部屋の隅に立てかけておいた槍、ロッドさんから声がしました。
「……ですね。というか、魔竜たちと一緒に暮らしている時は、食べて寝て訓練で模擬戦して、だけでしたし、そこから次はずっとダンジョンでしたから……普通の街ってこんなに大変だったんですね」
ゲームの世界ですが、人間社会って言うのは思っているよりずっと、色々と大変なんだなとあらためて思いました。むしろ今までの私は割と自由気ままにやってきたんだなあ、と思いました。
「で、どうするんだ?」
「……どうしましょうねえ」
「ま、俺は姫さんに任せるだけだがな。別にモンスターとして生きて行くのも悪かねえんじゃないか?」
思わずロッドさんをジト目で見てしまいました。
「ロッドさんだって昔はちゃんと人間の冒険者だったんですよね?」
「適当に生きてたからなあ。訓練するか『奈落に至る道』へ潜るか。めんどくさいことは全部任せてたわ」
はっはっは、とロッドさんが笑います。このダメ人間め。今は槍ですけど。
「とりあえず、ログアウトして休憩してきますから。流石にログインしすぎました」
「おう。また1日か2日後だな」
ブーツを脱いでベッドにもぐりこみます。
ゲームで初めてちゃんとしたベッドと布団で寝ますけど、寝心地いいなあ、これ。




