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2章エピローグになります。
大陸暦1053年 海の月 26日
=エルスナード・転送装置=
エルスナードの中央にある「奈落へ至る道」への入口がある建物の一角にある部屋。
その部屋には6個の石と魔法陣、「ポータル」が設置されています。ただ今までのポータルと違う所は魔法陣から光の線が伸びていることです。光の線は床に描かれた大きな地図──おそらくはこのアナザーアース・クロニクルの世界地図──へとつながっています。
地図には何か所かに石が埋め込まれています。
だいたい、均等に東西南北に3か所ずつ、計12か所。
「そういえば、ここに入るのは初めてだなあ」
床の地図を興味深そうにヴォルフさんが見ています。
「たぶん、僕が来たのはここからだね」
大陸の北部にある石の1つを指さします。
おそらく地図に置かれた石の場所が、このエルスナードに行くための終わりなき迷宮の本来の入口のある場所なのでしょう。
つまり、ここはこのエルスナードから外に戻るための転送装置、なのです。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ヴォルフさんはまだここにいるんですか?」
「うん、せっかく〈闘気術〉を教わったしね。〈闘気術〉を上げれば、110階もクリアできそうだし」
ゲーム内時間で約20日間。ヴォルフさんには私のレベル上げも手伝ってもらいました。
と言うか、私も大概休む間を惜しんでアナザーアース・クロニクルにログインして訓練と検証に明け暮れていたんですが、いつもヴォルフさんも一緒にログインしてたんですよね。
この人、プレイヤーのはずなのに、いつ休んでいるんだろう……?
「ノエルは出て行くのかい?」
「はい。もともと、私はこの世界の色んなことを見て回りたくて、このゲームを始めましたから」
「そうかぁ。いや、ちょっと意外だな」
何気ないヴォルフさんの言葉に、私は首をかしげます。
「意外、てどういうことですか」
「ゲームの目的がね。ノエルって、もっと内向的で、人嫌いだから、あまり他人の関わり合いにはなりたくないんだと思ってたよ」
「……いや、そんなことないですよ?」
っと。思わず真顔になってしまいました。
「ま、俺もついてるからな。安心しろよ」
背中に背負っている槍から声がします。ロッドさんは契約上、私の所有物扱いのようなので仕方なく持っていくことになりました。
「……いや、ロッドさんがついてるの、て安心できる要素じゃないですよね?」
「そりゃねーぜ、姫さん」
思わずジト目で背後を見た私に、ヴォルフさんが笑みを浮かべます。
「仲いいね」
「よくないですよ」
ここで過ごすようになってからヴォルフさんとロッドさんとの定番になったやり取りにがっくり肩を落とします。
「とりあえず腕輪をつけて地図上の石に魔力を通せば、好きな所を選んで転送できるみたいですね。これ、もしかしてエルスナードを起点に世界各地に行ける?」
「そうだけど、各地域で3か所じゃ微妙では?」
「それもそうですね」
エルスナードの住人の証である腕輪をつけて、地図の西域にある石の1つに触れると、青く光が灯ります。
「結局、西域に戻るんです?」
ヴォルフさんが聞いてきます。
結局、ノエルの生い立ちと関わってきたことについてはヴォルフさんには一から話をしました。掲示板は見てないそうですし、そういう所にこだわる人ではなさそうかな、と思いましたし、色々と手伝ってもらったり一緒に過ごす人に隠し事をしているというのも悪い気がしたからです。
その話を聞いたヴォルフさんの反応は「ふーん、で?」て感じだったので拍子抜けだったんですけどね。本サービス開始からゲームを始めたそうなので、ロスフェラード攻防戦やグリムレットさんに対してあまり思い入れもなかったからかもしれません。
「掲示板で一時騒がれたんでしょ? なら、そこに戻ったら何かしらトラブルに巻き込まれる可能性があるんじゃ? 直接関わらない他の地域に行った方がいいんじゃないかな? 別にどこかに行きたい、てわけじゃないんでしょ?」
「まあ、そうですね」
「じゃあ、もしかして、別に西域に行きたい理由がある?」
意外とかわいらしいヴォルフさんの顔が珍しく引き締まっています。
「──復讐、とか」
復讐。
グリムレットさんと、みんなを討伐した。11人の「異人」の英雄たち。
彼ら彼女らは、言わば私にとっては、仇、と言えます。
じっ、とヴォルフさんが真剣な眼差しで私を見つめています。ヴォルフさんが何を言おうとしたのかはよくわかります。
私が大陸西域に行くのは。
グリムレット討伐の11人の「異人」を倒しに行くためではないのか。
「公式の世界地図を見たんですよね」
「うん」
「ここの地図は転送装置の位置だけで何も書いてないですけど、公式の世界地図には地形とか主要な街の位置とかが書いてあるじゃないですか。それで調べたら、一番安全そうでかつ街の近くに出られるのがこの場所だったんですよ」
「うん?」
「そろそろ、いい加減、人間の街に行きたいんですよ!? ゲーム始めてリアル2ヶ月くらいなりそうなんですけど、人間の家とも思えない部屋やダンジョンばっかでまともにベッドや布団で寝たこともないんですよ!?」
「……お、おう」
思わず大声になった私にヴォルフさんが一歩引くのが見えました。
い、いや、切実なんですよ……ここも廃墟なんで実質、野宿みたいなものでしたし。私も人並みな生活をしてみたいんですよ。
背中からロッドさんの笑い声が聞こえました。
「姫さんは、いや、竜はそんなみみっちいことなんか考えねーよ、ヴォル。竜にとっちゃ強い奴が勝って生きる、弱い奴が負けて死ぬ、てのが全てだからな。死んだ仲間を悼むことはあっても、倒した相手を憎むことはねえ」
「……私は一応『異人』ですから、普通の竜のメンタルと一緒にしないでください」
思わずツッコミを入れてしまった。
まあ、でも。
倒した相手を憎むことはない、というのはあってるかもしれません。
「ほら、ゲームですから。ボスを倒した『異人』を恨む、てのも筋違いでしょう。立場が違えば、私だってグリムレットさんに挑んでましたよ。ボス戦だー、て、ね」
むしろ、私が憎むとするなら、その相手は、きっと。
私自身なのだから。
「だから──」
「ん、わかった。なら、いいよ」
ヴォルフさんが私の言葉を遮りました。
「じゃあ、行ってらっしゃい。もし、何かあったらここに戻ってくればいいさ。ここも、そのうちプレイヤーが来て騒がしくなるだろうけどね」
「はい」
ヴォルフさんの許可はもらったので、エルスナードとそこに行くダンジョンの情報はここから出発してしばらくしたら掲示板に書き込もうかと思います。場所は「初心者が1回行ったら終わりのような寂れたダンジョンに、高レベルでないと見つけられないように隠してある」というヒントだけ書き込むつもりで、すぐには見つからないかもしれませんが、いずれ入口は見つかるでしょう。
そこから先のダンジョンは苦しめられるかもしれませんけれどね。
ポータルを起動すると魔法陣が光り始めます。これで、地図の指定した先に転送されるはずです。
「あ、待った」
魔法陣に入ろうとした所でヴォルフさんが声をかけてきました。
「どうしました?」
「フレンド登録、しない?」
フレンド登録。
「……何ですか、それ?」
フレンド、という言葉が何を意味するかくらいはわかりますが、フレンド登録というものが何を意味するかは分かりません。
「え? う、うん、ええっと、簡単に言うと、他のプレイヤーと交流するための機能だね。キャラクターブックを開いたら、フレンド、てページがある。特に知り合いや仲のいいプレイヤーをそこにフレンド、として登録しておけるんだ」
言われるままにキャラクターブックを開いてみます。確かにフレンドという項目のページがあります。
今は真っ白です。何も書かれていません。
まあ、当然ですね。他のプレイヤーとの交流は掲示板で話をしたくらいですから。
「一応、フレンド登録をしておくと、遠く離れた場所でも専用のチャットで話をすることができるよ」
「電話みたいなものですね」
「ああ、そんな感じ」
「言ってしまえば連絡先の登録みたいなものでしょうか」
「うん、近いかな」
フレンド一覧のページを開いて、真っ白なページをにらみつけて悩んでいる私に、ヴォルフさんが苦笑いしながら話を続けます。
「そんなに難しく考えなくてもいいよ。嫌なら別にいいんだ。こういう多人数で遊ぶRPGではフレンド登録は一般的だけど、使い方は人それぞれだから。ちょっとした知り合いでも構わずどんどん登録する人もいれば、本当に自分の仲のいい相手だけを登録する人もいるからね」
フレンド。友人。
知人、知り合い、家族、大切な人……現実での自分の知っている人と、自分との関係を思い浮かべてみましたが、友人、と呼べるような関係の人は思いつきません。
まあ、他のプレイヤーとの交流に関する機能についてはすっぱり頭から抜け落ちてましたけど、現実でそういう関係の相手がいないから、いまいちこの機能がピンと来なかったんでしょうね。
「ヴォルフさんは、どうして私とフレンド登録したいのでしょう?」
「えっ」
何気なく疑問に思ったので聞いてみたら、すごい驚いた顔をされました。
「いや、どうして、て言われると……そうだなあ、そうしたい、て思った、というんじゃだめかな……うーん、結構、何だかんだで長い時間一緒に訓練や修行したりしたわけだし、これから離れ離れになるなら、連絡ができるようになるくらいは悪くないと思ったんだけど……」
しどろもどろになりながら、ヴォルフさんが言います。
その様子が面白かったので、思わずくすっと笑ってしまいました。ヴォルフさんごめんなさい。
「わかりました」
キャラクターブックを閉じます。
「フレンド登録、お願いします」
「オッケー。ありがとう」
すっ、とヴォルフさんが右手を私に差し出しました。
「アナザーアース・クロニクルでは、フレンド登録はお互いの同意が必要であるとされ、相手の都合を無視してフレンド登録はできないようになっています。そのため、申請に『相手と握手をする』という動作が必要になっています」
なるほど。握手ができるような相手でないと、フレンドにはなれない、というわけですね。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
差し出された大きなヴォルフさんの手を握り返しました。
【ヴォルフ三世とフレンドになりました】
いつものシステム音声がしたので、キャラクターブックを開いてフレンド一覧のページを見ます。
ページの一番上に【ヴォルフ三世】という名前が書かれていました。
記念すべき、初めてのフレンド、ですね。
何故かはよくわかりませんけど、何となく嬉しい気持ちになるものですね。
「じゃあ、あらためて。行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
光を放つポータルの魔法陣の中に入ります。ヴォルフさんが何か言ったように見えましたけれど、魔法陣から出る光が壁になって遮られて何も聞こえませんでした。
目の前が光に包まれます。
ようやく、長かったダンジョンともお別れです。
ゲーム内時間で5ヶ月、現実だと1ヶ月半くらいでしょうか。色々ありました。最初からハードモードでしたし、途中もハードモードで死に戻りしまくりで、最後も……あれ、ひどい目にしかあってないような気がする。
でも、終わってしまえば楽しかったですね。
ゲームの楽しさ、色々な体験、強くなること、存分に楽しめたと思います。
転送が終わりました。
薄暗い石造りの部屋です。
まるでダンジョンの一室です。
……おい。
ちょっと待って。
い、いやいや、ヴォルフさんの話を思い出しましょう。入口はダンジョンの隠し部屋にあったそうですから、ここも当然、ダンジョンの隠し部屋の一室なのでしょう。
ただ、前のように、外に出られない、てことはないはずです。
部屋の扉を開けます。
目の前に見えるのは。
だいたい大きさ3メートルくらいの石でできていると思われる人型のモンスター。
それと戦っている2人の女性。
どう見てもダンジョン内で戦闘しているモンスターと冒険者です。
……あれ、私、まずいタイミングで出ちゃった……?
これで第2章「終わりなき迷宮」は終了になります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




