共有した世界
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
商店街のメインストリートを先輩に引っ張られるまま全速力で駆け抜ける私達。
その間、先輩は何度も何度も私の方を振り返った。
「あんた、もっと早く走れねぇの?これじゃ追いつかれるのも時間の問題だぞ」
そんな事を言われても・・・・・・
「はぁっ・・・はぁっ・・・・・・はぁ・・・・・・。すみま・・・せん・・・・・これが精一杯・・・・・・です・・・・・・」
今まで激しい運動などして来なかった私には、たとえ100メートルと言えども全力疾走は辛い。
返す言葉も息が上がって途切れ途切れになってしまう。
そんな私を見かねたのか、先輩は突然何も言わずに大きく右へ方向転換をして、メインストリートから、人気の少ない商店街の裏路地へと導いた。
「うわぁぁぁ~?!」
「・・・・・・ったく。昨日と言い、今日と言い、あんたに関わるとろくな事がないな」
「ごめん・・・・・・なさい~~」
「何かと問題起こすわりに体力なさすぎだし」
「重ね重ね・・・・・・ごめんなさい~~~」
そんな文句を言いながらも、先輩は私の手を離す事は無く、狭い路地を右へ左へと導いてくれる。
まるで迷路のように右へ左へと狭い道を行き来しているのは、きっと警察を引き離す事は諦めて、巻こうとしているのだろう。
それでもなかなか、警察を巻くことは出来なくて、先輩はついに繋いでいた私の手を離すと、走る足を止めてしまった。
「え?月岡先輩?どうしたんですか?」
「このままあんた連れて逃げてたら、捕まるのも時間の問題だな。仕方ない。ここは俺が一人であの警官引き付けといてやるから、あんたはこの道使って逃げな」
「えぇ?でも・・・・・・それじゃあ・・・・・・せん・・・ぱい・・・は・・・・・・?」
「俺一人なら余裕で逃げ切れる。あんたがいたら逆に足手まといなんだ。だから俺はあんたを見捨てて逃げる。ただそれだけ。停学くらってる奴は人の心配なんかしなくて良いから、頑張って逃げ切れよ。じゃあな。」
それだけ言い残すと、先輩は私の背中を少し強めに押して、店と店の間に人一人通れるかと言う本当に狭い道に半ば突き飛ばすかのように押し込んだ。
突然の事に私は勢い余って転びそうになる。
寸前の所で、繋いでいた私の手を神耶君がぐいっと引っ張ってくれたおかげで、何とか転倒は免れたのだけれど。
「あ・・・・・・ありがとう・・・・・・神耶君・・・・・・」
私は息も絶え絶え、神耶君にお礼を言いながら、先程まで先輩がいた道を振り返る。
けれど、もうそこに先輩の姿はなく、あれ程しつこく追いかけてきていた警察も、私のいる道には全く目もくれずに走り去って行ってしまった。
先輩のおかげで何とか・・・・・・ピンチを脱する事ができたみたい?
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
荒い呼吸を吐きながら、ほっと胸をなでおろす。
「葵葉。大丈夫か?苦しくないか?」
「うん・・・・・・大丈夫だよ。でも…ちょっと待ってね。まだ息が・・・整なわなくて・・・・・・」
なかなか治まらない鼓動に、心臓のあたりをきつく抑えながら、私が何とかそれだけ口にすると、私の息が落ち着くまで神耶君は私の背中をさすっていてくれた。
どれ程の時間そうしていただろうか?
やっと整って来た息を短く吐きながら、私はポツリと言葉を漏らした。
「先輩・・・・・・大丈夫だったかな?」
「大丈夫だったんじゃないか?お前がここで疼くまってる間に、さっきの警官がそこの道を何度か通り過ぎて行ってたから。多分あいつ、上手い事巻けたんだと思う」
「そっかそっか。なら良かった」
「いや。良くないぞ」
「え?どうして?」
「だから、まだ警察がこの辺をウロウロしてるんだって」
「うん」
「うん、じゃねえだろ!お前、自分の置かれてる状況分かってるか?ここで下手に出てったらお前が見つかるかもしれないんだぞ?」
「・・・・・・あ。」
「・・・・・・あっじゃねぇよ。ったくお前は」
「どうしよっか?神耶君」
「・・・・・・はぁ~」
神耶君は私の言葉に呆れたように大きな大きな溜息を吐いた。
「へへへ」
「またお前は・・・・・・笑ってごまかすな!!」
「う゛・・・・・・怒られた。ごめんなさい」
神耶君に怒鳴られて、思わず私はしゅんと肩を落とす。
月岡先輩と言い、神耶君と言い、今日だけで私はいったい何回謝るのだろうか?
色々な人に迷惑をかけて、我ながら情いな。
そんな事を考えながら、私なりに反省していると、隣に立つ神耶君は再び大きな大きなため息を吐いた。
「はぁ・・・・・・。仕方ない」
「え?神耶君?!ちょ、何するの??」
「帰るんだよ。こんな所でいつまでもじっとしてるわけにもいかないだろ?」
「だからって、こんな事したらかえって目立っちゃうよ?恥ずかしいから下ろしてっ」
何故か急に私を抱き抱えて、私の自由を奪う神耶君。
本日2回目のお姫様抱っこ。
だから・・・・・・突然にそんな事されたら・・・・・・また平静を保っていられなくなる。
神耶君に私の鼓動が聞こえてしまう。
そうなったら、私の気持ちがバレるのも時間の問題だろう。
それだけは、何としても避けなくては。
私は慌てて神耶君に抵抗した。
「馬鹿!暴れんな!!落ちても知らね~ぞ。」
「落ちたらって・・・・・・え?えぇ?えぇぇぇ~~~??!」
急に体がふわりと浮かんだ。
そんな不思議な感覚に、私はびっくりして大声を上げてしまった。
「馬鹿!この馬鹿!!耳元で、んな大声だすなって!マジで落とすぞ!!」
「ねぇ、飛んでるの?飛んでるのこれ??」
「何興奮してんだよ。」
「何でそんなに冷静なの?!だって飛んでるんだよ?私、空に浮いてるんだよ?」
正確には、私をお姫様抱っこする神耶君が浮かんでるわけなのだが。
だとしても初めての体験に私は興奮を抑える事ができなかった。
「駅まで運んでやる。だから今日はもう大人しく帰れ。いいな。」
「・・・・・・はぁ~い。でも神耶君?駅まで私を連れて飛んで、人に見られて大騒ぎになったりとかしないかな?大丈夫?」
「お前、俺を誰だと思っていやがる?んなへますっかよ。お前の姿を人から見えなくしてやるから、だから心配すんな。」
「そんな事も出来るんだ神耶君!凄~い!!」
「はぁ・・・・・・。お前は呑気で良いな。言っとくけどな、目茶苦茶疲れるんだからなこれ!すんっっげ~疲れるんだからな!!」
神耶君はぶつぶつ文句をいいながら、私を連れて悠々と空を飛んでみせる。
私は初めての体験に、興奮しながら空の散歩を楽しむ事にした。
見る見る間に小さくなって行く町の様子。西の空にそろそろ沈みかけていた夕日が町一面を赤く綺麗に染めている。
「神耶君は、いつもこんな景色を見つめているんだね」
眼下に広がる本当に綺麗な景色に、ぽつりと私の口から洩れた言葉。
「?何か言ったか?」
「ううん。何でもない」
「何だよ一人でニヤニヤして。気持ち悪い奴」
「へへへ」
神様である神耶君がいつも見ている景色。
それを今、共有している事が妙に嬉しく感じられる。
今日一日、本当に色々な事があって、神耶君と私とではやはり住む世界が違うのだと言う事を思い知らされたりもしたけど、でもそれ以上に楽しい思い出もたくさん増えて、楽しかった今日と言う日を、私はきっと忘れないだろう。
そして、この大切な思い出を胸に焼き付けるべく、今神耶君と共有しているこの素晴らしい景色を私は深く深く胸に刻みつけた。