64 黒+正四面体
◇
「これは、あなたたちの失態です」
黒い外套を羽織った人物が、何の前触れもなく告げる。
それを告げている相手は、相対する二人に対してだろう。
「申し訳ないです、へーい……」
「すみません、へい、へい……」
謝罪をしている二人を見ているのか、いないのか、フードに隠れて表情が見えないので判断がつかない。
それだけ言って、黒い人物が、僕たちの前に進み出た。
本当に上から下まで黒で覆った姿だ。光の加減なのか、フードで顔が全く見えない。もしかしたら、表情を隠す魔法でもかかっているかもしれない。
ヘレが、トトクの背から下りて、一歩前に出る。
「あなたは、どちら様かしら」
ヘレは、警戒した様子で名前を聞いた。
僕もその少し後ろで、状況を確認する。
「……」
目の前の黒い人物は、闘技大会会場の関係者用通路ですれ違った人物に様子が似ている。そう思って見てみると、本当に似ていると思ってしまう。だが、背格好が、わずかに異なるだろうか。同一人物と呼ぶには、少し背が低い。
気になって、ショウグンの様子を視線だけで確認した。
ショウグンは、多少強張っているようだが、正気を保っている。前回のような事態には、今のところなっていない。
「ですが、特に影響はないでしょう」
目の前の黒い人物は、こちらの意に関せず、ひとり言のように言葉を紡いでいる。
「ちょっと、話を聞いているの!」
ヘレが、多少口調を強めて、睨みつけた。
「あなたたちが、ここに来るのは、決められていたこと」
睨みつけながらも、黒い人物は、なおも変わらぬ様子で言葉を紡ぐ。
「ここからは、私の仕事。やるべきことをいたしましょう」
黒い人物が、片腕を水平に上げる。それに従って、黒い外套も広がりをみせる。広がった外套が、腕を完全に隠しているため、何をしているのか確認はできない。
すると、広げた外套の端、水平に上げた腕の先から何かが地面に落ちた。
落ちたのは、黒い水滴のようなものだった。地面に落ちると、すぐにはじけて消えてしまう。
すると、地面が揺れ始めた。大きな揺れではないため、周囲への警戒は、ほとんど向けない。正面を向いたままで、状況を判断する。
黒い水滴のようなものが落ちた地面が、盛り上がり始め、亀裂が走った。
亀裂が走った地面が、さらに盛り上がり、空に向かって伸び上がった。
「は?」
ヘレが、間抜けな顔で空を見上げた。
僕も似たような顔をしているかもしれない。
空に向かって伸び上がったのは、地面ではなく、巨大なミミズだった。正確にはミミズではないだろうが、そう表現するのが最も簡単だ。
真っ黒な色をした巨大なミミズが、地面から飛び出し、この場を這い回る。横たわったその体は、人の身長ほどもあり、巨大なパイプのようになっている。
「ひえー!」
「逃げるよ、へい、へい!」
黒い人物と相対していた二人の人物は、その様子を見て、一目散に逃げて行った。
こちらは、背を向けて逃げ出すわけにもいかず、距離を取るために後ろに下がっただけで、この場にとどまる。
巨大ミミズは、置きっぱなしになっていた大きな箱を中心にとぐろを巻いて、この場所に居座った。
その巨大ミミズの上には、いつの間にか黒い人物が乗り移っている。
「さあ、ここからはあなたたちの仕事です。探し物を取り返すために、あがく姿をさらしてください」
僕たちを見下ろしている黒い人物は、それだけ言って眺めている。
その言葉から、僕たちが、何をしにここに来たのか、はっきりと理解しているようだ。理解しているからこそ、目の前にある行動を取っているのだろう。
向こうは、こちらの話を全く聞かない。勝手に話を進めていく。僕たちにできるのは、その話に僕たちの都合を合わせるしかない。
「どうやら、やらないといけないらしいわね」
ヘレが、目線を上げて、決心した。
「行きます!」
トトクが、最初に動いた。
トトクの体に、雷光が走る。そして、そのまま、雷光を纏って放電現象を引き起こした。そこには、雷と一体となったかのようなトトクが出現する。
そのまま、巨大ミミズへ突進した。
トトクの動きは、凄まじく速い。瞬きをする間に、何度も巨大ミミズの体を引き裂く。
だが、巨大ミミズは、それを意に介さずに鎮座している。
巨大ミミズも、ただ鎮座しているだけではない。トトクが動くと同時、巨大ミミズの頭部に十字の亀裂が走った。その亀裂に沿って頭部が開き、中から多くの牙が生えた口が現れる。
巨大ミミズは、その口から吐しゃ物を吐き出す。狙いは、巨大ミミズの周囲を走り回っているトトクだ。
だが、緩慢な動きの巨大ミミズでは、素早いトトクの動きを捉えることはできない。
巨大ミミズから吐き出された吐しゃ物は、何もない地面へと広がる。
巨大ミミズが吐き出したのは、砂のような物のようだ。純粋な砂なのかどうかは、見ただけでは判断できないだろうが、見た目はただの砂だ。
巨大ミミズは、何度も砂を吐き出して、トトクに当たらない攻撃をしている。
トトクが、巨大ミミズをひきつけている間に、僕とヘレも動く。
僕は、手にレーダーを出現させた。まずは、光たちの状態を確認するのが先決だ。
ヘレは、距離を取りつつ、魔法を放つ。
「〈ウォーターレーザー〉」
ヘレの目の前に描かれた青い魔法陣から、巨大ミミズの口に向かって、水流の帯が飛ぶ。
直撃した巨大ミミズは、水の勢いに押されて頭を多少動かしたが、それだけだ。体にまで影響が広がることはない。
「やっぱり、重たいわね」
ヘレが、巨大ミミズを睨みつける。
さて、僕は、レーダーの状況を睨む。
レーダーには、七つの光点が映し出されていた。巨大ミミズとその周囲を動くトトク。そこからやや離れた場所に僕とヘレとショウグン。そして、巨大ミミズがとぐろを巻いて隠した箱の場所に、二つの光点がある。
黒い人物は、レーダー内に映し出されていない。どんな手段を使っているのか分からないが、目に見えている現在は、そこまで確認する必要はない。
それよりも、巨大ミミズに隠された二つの光点が、問題だ。
「……あの箱の中にいる可能性があります」
巨大ミミズが隠したのは、大きな箱だった。二つの光点も、その箱にちょうど重なる位置にある。
「そう、それを取りにいけばいいわけね」
「正解です」
未だに巨大ミミズの上にいる黒い人物から回答を得た。正解らしいが、あまり嬉しくはない。
「あら、ちゃんと会話もできるのね」
ヘレは、腰に腕を当てて、不遜な態度で黒い人物を見上げた。
黒い人物は、それっきり言葉を返さない。
「あんまり無視すると、私も怒るわよ」
今度は、ヘレの周囲に複数の青い魔法陣が現れた。
「〈ブリットシューター〉」
魔法陣から水の弾丸が飛び出し、黒い人物めがけて、それぞれがそれぞれの放物線を描く。発射が同時であっても、放物線の違いで、到達する時間や場所に違いが現れる。
その攻撃に、黒い人物は動かなかった。代わりに巨大ミミズが動いた。
口を開けた巨大ミミズが、首を振って水の弾丸を叩き落とす。
それでも、すべてを落とすことはできず、何発かは黒い人物に到達した。
だが、それは見えない壁にはじかれてしまった。黒い人物に到達はしても、その身に触れてはいない。
「あら」
ヘレは、予想外だとでも言いたそうに口を開けて、それを見ている。
はじかれていても、ヘレは、魔法を放ち続けた。それで巨大ミミズの行動を制限できているため、放つ意味は充分にある。
今度は、トトクが攻撃に出る。足下に黄色の魔法陣が描かれた。
「〈サンダークロー〉!」
トトクの両前足が、激しく雷光をほとばしらせる。全身の放電現象と合わせて、かなりの熱量を感じられた。
トトクは、巨大ミミズの体を、その前足で引き裂こうと振り下ろす。
だが、巨大ミミズは、とぐろ状に巻いた体を全く動かさない。黒く焦げた跡が見られるため、効いていないことはないのだろうが、効果は薄そうだ。
「私たちだと決め手に欠けるわね」
ヘレとトトクの攻撃では、気を引くことはできても、それ以上の効果は見込めない。単純に威力の問題だ。巨大ミミズは、思った以上に固い体を持っている。
「……」
僕は、前に出ることにした。
ショウグンに取りつかれている関係で、あまり無茶なことはしないほうが良いのだが、ここは無茶のしどころだろう。
いまだに砂を吐き出しながら、トトクとヘレの攻撃をしのいでいる巨大ミミズを、見上げる。
「そろそろですか」
そこで、黒い人物も動きを見せた。巨大ミミズの上で片膝をつく。外套の端がふわりと揺れて、波打った。
その動きを受けて、変化を見せたのは巨大ミミズだ。大きく開けていた口を閉じ、水の弾丸に対処するのをやめた。体を縮めるように、よりとぐろ状の形に体を丸める。
そして、周囲にばらまかれた砂が、動き出した。巨大ミミズの周囲を取り囲むように渦を巻いて、地面の上を流れる。
「おっと!」
巨大ミミズに近づいていたトトクが、砂に足を取られないように一歩退く。
僕たちも砂の動きに警戒を強めた。
砂は、渦巻く速度を増して、竜巻のようになる。ぐんぐんと高さを増して、巨大ミミズを覆ってしまった。
巨大ミミズの姿が、こちらから完全に確認できなくなったところで、砂の竜巻が収まった。空中に飛散した砂が、音を立ててはじけ飛ぶ。
竜巻が消え、新たに目の前に現れたのは、精巧に作られた砂の山だった。
山と言っても、ただ積み上げられたのではなく、造型された姿だ。その山肌は、一切のゆがみがなく、磨かれたかのようにまっすぐな斜面を作っていた。その斜面が、三面あり、巨大ミミズを完全に隠している。正四面体とでも呼べば良いだろう。
「さあ、あなたたちは、これに対してどうあがきますか?」
ややくぐもったような声が、正四面体の砂山の中から聞こえてきた。
「……」
どうするも何も、やることは決まっている。
正四面体の砂山は、おそらく、防御手段だろう。あの状態からの攻撃は、何かしらを操作する形以外では難しい。相手がどういった形でこちらの動きを察知するのかも知りたいところだ。
僕は手を前方へ突き出し、正四面体に向き合う。
「ブラスト」
僕の手の平から黒い奔流が放たれる。その黒い奔流が、正四面体の斜面、その一面にぶつかった。
「……」
何も変化はない。
傷が付くようなこともなく、へこみが出来るようなこともない。正四面体の砂山は、そのままの姿でそこにある。完全にはじかれてしまったようだ。
「はあ!」
続けて、トトクが雷光ほとばしるその前足で正四面体に爪を立てた。何度も連続して攻撃を続ける。
「ダメです! 歯が立ちません!」
トトクの攻撃でも、正四面体の砂山は動かなかった。
「完全に引きこもられちゃったわけね」
ヘレが、呟くように結論を述べた。
こちらからのアクションに、何の変化も見せないと言うことは、そういうことだろう。
「さて、これを破壊しても、中の奴も堅いのよね。どうしようかしら?」
「……」
単純にこちらの最高火力でぶつかってもいいのだが、それだと箱の中にいると思われる光とロワまで巻き込むことになりそうだ。だから、多少乱暴ではあるが、少し違う手を使ってみる。まあ、巻き込むことに変わりはないのだが。
まずは、下準備をする。
僕の腕に絡みつくように、加護の鎖を出現させた。
「ブーツ+ランス」
僕の目の前に光が、溢れる。
創造するのは、機械的な物体。両手で握る長い柄の先に、大きな三角錐の形をした機器が取り付けられている。その三角錐には、らせん状の溝が加えられていた。いわゆるドリルだ。
そのドリルのついた槍を担いで、僕は正四面体の端へと進んだ。
ここまで進む間に、相手からの反応はない。本当に引きこもっているようだ。
さて、ドリルを持ってやることは決まっている。
僕は、ドリルの先端部分を地面につけて、魔力を込めた。
すぐにドリルが、回転を始める。回転するドリルが、地面をえぐり、削られた土が、辺りに撒き散らされた。
僕の腰が埋まるぐらいの深さまで掘り進み、土の中を確認する。
正四面体の砂山は、地面の上に形だけ作られているようで、土の中には特に変化をもたらしていなかった。こういう状況ならば、問題なさそうだ。
僕は、ドリルを消して、次の加護を創造する。
「グローブ+ランス」
僕の右腕が、肩の上から指先まで光に包まれた。
ドリルに代わって現れたのは、巨大なアームだ。右腕を覆った数本の鉄棒が、むき出しになっていて、肩の装甲と手の装甲を繋いでいる。目を引くのは、やはり手の部分にある巨大な機器だ。人の頭部をふた回りほど大きくしたような手の形をした部位があった。それは、文字通りに手の役割をし、僕の手と連動した動きをする、巨大な手だ。
僕は、その巨大手甲を操作して、裏手で正四面体の端を地面ごと握った。
「ふう……」
一度息を吐いて、呼吸を落ち着ける。
そして、握ったそれを思いっきり持ち上げた。
「はああああっ!」
正四面体の砂山を、腕一本で持ち上げる。
言葉にすれば簡単だが、実際にやるのは一苦労だ。加護の力で強化されているからこそできることだが、普通のやり方ではない。普通だったらば、考えもしないやり方だろう。それが出来る時点で、普通ではないのだが。
だが、これがうまくいけば、光とロワには、ほとんど影響なく砂山を取り除くことができる。完全に固まっている砂山ならば、物理的に移動する事が可能なはずだ。魔法で固定されているとしても、それを強引に引きはがす。
正四面体が、わずかに揺れた。
それを感じて、僕は、一気に魔力を込める。巨大手甲の出力を上げて、さらに力を発揮する。
「でりゃあー!」
一度動き出した砂山は、一気に上空に持ち上げられ、僕の立つ場所を支点として弧を描いて転がった。
転がった正四面体の中は、空洞だった。砂で埋まっていたならば、中にいる者も大変なことになるから当然と言えば当然だ。
そして、砂山を開けてみるとその中に巨大ミミズはいなかった。周囲を見回しても、あの巨体の隠れる場所などどこにもない。
「逃げたみたいね」
ヘレが、やや警戒を解いて僕の所に近づいて来た。
トトクは、置いたままになっている箱の所へ急ぎ、ふたを開けて確認している。
「お疲れさま」
体が半分ほど穴に埋まっている僕に、ヘレの手が差し出された。
僕は、加護を消して身軽になり、素直にヘレに引っ張って貰って、穴から脱出する。
「あねさん!」
トトクの声に従って見てみると、箱を開けた中から黒い帯に捕らえられた人が、出て来た。その姿を見て、僕は光だと確信する。
「ちょっと、待ってて」
ヘレは、すぐにトトクの元へ駆けつけ、すぐに光に巻きついている黒い帯を取り外しにかかっている。
僕も、手伝おうと思い、足を動かした。
「あれ……」
それは、突然訪れた。
体中の力が一気に抜けて、足を動かそうとする意思とは裏腹に、体が動かない。思った通りに動いてくれない。
そればかりか、動くという意思が体の動きよりも先走って、体の重心がずれてしまう。まともに立っていられない。
僕の体は斜めに傾き、簡単に地面に追突してしまった。
横になった視界のなか、頭を働かせようとするが、うまくいかない。思考が、もやの中に沈んでいく。まぶたが、自然と重くなり、勝手に閉じようとする。閉じる視界の中には、僕の顔の前で漂うショウグンの姿が映った。
その姿を見ながら、僕の視界は、暗闇の中に落ちて行った。




