62 食器+テント
◇◇
浩一は、何かを隠している。たぶん、確実に。気付いたのは、昨日。まだ時間がたっていないから、ぼろは全然見つからないけど。
何とかして、証拠を見つけたい。物証を見つけるか、証言を得るかは、まだわからないけど。
何にしても、何もわからない状態だ。とっかかりさえわからない。その辺りは、ヘレとか、セリアに聞けば、何とかなると思う。たぶん、大丈夫。
だから、まずは、ヘレの屋台を無事に営業することにする。
私は、昨日と同じく、闘技大会会場の広場で屋台を手伝っていた。
もともとその気でいたし、昨日の今日で状況が変わったのは、私の都合だけ。それだけで、手伝うと言った言葉を撤回する気はない。最初は、手伝いそのものをする気はなかったのだけど。
「ふう」
お店が落ち着いてきた頃合いを見て、私は洗い場に来ていた。
食事を提供する以上は、何かしらの食器が必要になるし、調理器具も必要になる。そして、それらは使えば汚れるし、洗う必要が出てくる。
そういった汚れ物を一気に洗うため、洗い場に来ている。この洗い場は、大会運営から指定された場所だ。近くに水場も確保されていて、それ専用の場所になっている。
この世界には、紙皿や紙コップのような使い捨てにできる食器はない。お皿がわりに大きな葉っぱを使ったりはするみたいだけど、食器としては数えない。食器となると、木製か、鉄製になる。
屋台で使っているのは、木製の食器だった。それを大量に準備して、注文された料理を出していく。時間がたてば、食材よりも先に尽きしまうから、定期的に洗わないといけないわけだ。
そうやって、ため込んだ汚れた食器は、かなりの量だ。洗うとなると一労働となる。けれど、ここは異世界。食器洗浄機なんてないけど、別の手段がちゃんとある。
「はっ」
私と一緒に洗い場に来ていたロワが、大きな桶の中で水に浸した食器に向かって、魔法を使った。
桶の下に緑色の魔法陣が現れ、食器の中の水が勝手に動き出す。
窮屈な桶の中で水が動き、食器の汚れを落としていく。正確には、汚れを運んでいるらしいけど、見ているだけだとそんな気はしない。
この洗い場には、他にも大きさや深さの違う桶がいくつも並んでいる。広場で何か営業をしている他のお店の人の桶だ。
必要な道具は、事前に申請して持ち込む必要があるそうだ。汚れ物を洗う手段もその一つ。この場所は、そういう物が集められた区画でもあった。
その手段は、お店によってそれぞれで、ロワのように魔法を使うほかに、魔法道具を使ったり、すべて手作業であったりする。全部が同じ方法で洗えるわけではないみたいだ。その辺は、不便に思ったりはするけど、それは贅沢なのだと思う。
食器の洗浄は、あっという間に終わり、汚れを落とした水の排水をしたり、食器の水気を取ったりした。
洗い終わった食器を持ち帰るために、箱に詰めて移動する。
箱を持つのは、私の仕事だ。ロワは、卵型の小さな姿でいる。人型になれないと、道具を使い辛いから困るらしい。
「大変申し訳ない」
ロワが、私の肩の上で謝罪した。
「別にいいよ」
今回は、私が運んでいるけど、本来はヘレの仕事らしい。トトクも人型にはなれないから、自然とそういう役割になる。
洗い場から出ると、すぐに通りに出た。通りといってもこの広場に疑似的に作られた通りで、両端に並べられた屋台が、道なりを形作っている。舗装もされていない地面むき出しの道だ。
その通りは、闘技大会を見に来たお客で一杯になっていた。こちらの広場を目当てに来ている人も少なくないと思うけど。
私は、このわずかな時間に情報収集を試みた。
「ロワは、セリアが今どうしているか知ってる?」
「自分は、何も知りません」
ロワは、私の肩の上で身動きせずに否定する。
「そっか」
セリアがどうしているかは、知らないらしい。
「あっ、セリアのことは知っているよね?」
「それは、存じています」
ロワが、小さく首を首肯する。
「ヘレとセリアって、結構、会ってるのかな?」
「自分は、何も知りません」
ロワの否定は、身動きせずに行われる。直立不動だった。
「今回の屋台は、セリアから話を聞いたし、今回だけ連絡を取ったのかな?」
「自分は、何も知りません」
「そう?」
ロワは、言葉が少ないが、はっきりとものを言うタイプだと思う。それが知らないと言っているのだから、本当に知らないと思う。けど、でも、何かが変な気がする。
ヘレの屋台までは、まだ少し距離がある。
「今回の話は、乗り気じゃなかったんだよね」
「そうでしたね」
「結局かかわっちゃったけど」
「それは、大変感謝しています」
「かなり楽をさせてもらってるけど、いいのかな?」
「それは構いません。大変助かっています」
「まあ、いいならいいんだけど、かなり強引に決められた気がするし」
「大変申し訳ないです」
「みんなで示し合わせてたりしたのかな?」
「自分は、何も知りません」
再びの否定。体を動かなさいから、ロワが硬直しているようにも見える。
「……私の話は、少しぐらいは、聞いていたんじゃないの?」
「多少は、聞き及んでいました」
「まあ、そうだよね。そうでないとわざわざ異世界に来たりしないよね」
「あねさんは、力説しておりました」
「あー、うん。ヘレは、そうだろうね」
「それで、浩一からは何か聞いてないの?」
「自分は、何も知りません」
また否定。
「うん。……まあ、いいけどね」
私は、一端、話を切って、そのまま口を閉じて歩く。
今回の話は、何かを隠しているように感じた。ロワの否定が、要領を得ていないように感じる。普通だったらば、否定の言葉が、何も知らないばかりではないと思う。どうしても、裏があるように感じてしまう。そう感じるのも、浩一のせいなのだけど。
もう一つ角を曲がれば、ヘレの屋台が視界に入る所まで歩いて来た。
そこまで来て、道をふさがれてしまった。
道をふさいだ二人組は、私の後ろから駆けて来て、私を追い抜きざまに振り返って、私の進路をふさぐように現れた。
「へーい、お嬢さん」
「へい、へい」
一人は、小柄な人物。
もう一人は、長身な人物。
凸凹した二人組だった。二人が並ぶと、その特徴が、より一層際立つ。おかげで、他の特徴がかすんで見えた。
「へーい、占いに興味はありませんか?」
小柄な人物が、私を見上げながら聞いてきた。
「占い?」
「へい、へい」
ふと横を見ると、屋台の列の中にテントが張ってあった。周りを完全に遮蔽して、中が見えないようになっている。大きくはないが、本格的な造りをしていた。外に看板は出ていないけど、雰囲気的にも、占いをしているように思える。
「ちょっとしか時間もかかりません。少し寄っていってください」
小柄な人物が、少し強引に寄って行くように勧誘する。
「いや、私は……、えっ」
仕事中に寄り道をする気のなかった私は、断ろうとしたところで、長身な人物に横から食器箱をさらわれてしまった。
「へい、へい」
そして、長身な人物は、そのままテントの中へ入っていってしまった。
「へーい、ものは試しに、一度だけで結構です」
小柄な人物が、私の背中を押してテントへ向かう。
何、この強引さ。
私は、食器箱を取り返すために、テントへ入るしかないと思った。表情だけは、ムスッと不快感を表しておく。
テントの中は、真っ暗だった。光源が、一つだけあるけど、青っぽい色をした蝋燭のような小さな明かりだ。とてもテントの中をすべて照らすほどの明かりはない。
食器箱はどこかと視線を巡らせると、急に足下が光った。
その次の瞬間、私の視界からは光が消えた。視界が、完全な暗闇になった。
それだけでなく、体の自由も効かなくなった。何かにまとわりつかれたように、手足と体が密着して固定されたみたいだ。
私は、バランスを崩して、立っていられなくなってしまった。地面に転がり、横になる。
地面の感触は、しっかりと伝わって来たことは、ほっとした。でも、体は、全く動かせない。声も出せない。何も聞こえない。
私は、いったいどうなってしまったのだろう。
◇
「へい、へい」
「へーい」
テントの中では、二人の人物が手を合わせて、成功をささやかに喜んでいた。
二人のすぐ近くには、体を黒い幅広の布に巻きつかれて、拘束されている少女が、横になって転がっている。布が、少女の体を隙間なく拘束しているため、人であることは分かっても、それが誰なのかは一見しただけでは分からなくなっていた。
「さあて、それじゃあ、すぐに移動しようぜ」
「へい、へい。見つかったらやばいよね」
二人も、自分たちが何をしているのかは、良く理解していた。
「これからが、本番だからな」
「へい、へい。さっさと行こうね」
長身な人物が、テントの中にある一番大きな箱を開け、そこに拘束した少女を座らせるようにして入れる。その少女だけを収めると、すぐにふたをする。
大きな箱を二人で担いで、テントから出ていく。
テントの外には、祭の雰囲気を楽しんでいる人たちが大勢いた。それは、とても平和な光景だろう。今の少女とは、壁を挟んだ反対側の光景だ。
そんな光景の中にいる人たちが、気付くことは難しい。きっと想像すらしていないだろう。どんなに人が大勢いても、気付けなければ起こっていないことと同じだ。
大きな箱を運んでいる二人の様子を見とがめる者は、誰もいなかった。




