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VOODOO  作者: 路輪一人
Could this be
4/40

Headknot

【ミナは編集長、モートン・グレイヴスに取材許可を取るため交渉する】


 彼は最後にこう答えた。


「何処で買えるかは知らん。だけど貧民街のストリートアートにこのG・Vがやたら描かれている。最近特に数が増えた」


 労働の責務に疲れた男の濁った目を反芻しながらミナはランドマリーの街を歩く。彼の言葉を確かめる為、エッジ区画を隈なく捜索し、ストリートアートの殆どをカメラに納めた。G・Vの文字は確かに至る所にあった。特徴的だったのが宗教的意匠だ。着飾った骸骨姿のマリア像の側に、聖句が書かれてある。ーーThe last shall remain,The first shall rot.(最後の者は残る。最初の者は腐る)グラフィティスタイルで書かれた聖句に隠れる様、G・Vの文字はあった。GとVの文字だけ蛍光塗料が使われていたり、意図的に広告で隠されていたりした。救い主の様に十字に架けられた釘だらけのラクダ、栄光への道と書かれたその下に意味深な130という数字の表記。特に栄光への道、そのグラフィティの意匠は凝っていた。夕日の差し込む一定の時間だけ、ストリートに吊るされている靴の影が重なって、G・Vという文字を映し出す。また、エッジ区画の三地点で『130』という数字が西落ちの影と重なる。地図上では三角測量の方位があるスラム街を指した。聖句のシークエンス、宗教意匠、伝統を間借りしたカルトの手法を調べ上げて、ミナ・クレーバーは確信した。目的地はここから130キロ離れた、この国最大のスラム街。フラッフィーマンション。

 それは街でもない。要塞でもない。あれは、痛みが煮詰まってできた遺跡である。


 冒険者ではないミナですら知っている人工のダンジョンだ。書店を覗けば冒険者用のガイドブックに詳細が表記されている。


 かつては街だった、と聞いている。が今や好奇心でそこを訪れた者はこう言う。そこは貧民の城である、と。元はフラッフィー・マンションという二十階建ての巨大マンションだったらしい。昔マンションの一室で高明な音楽家が命を絶ったとか、自らを魔王だと信じた誰かが本当にモンスターになってしまった、とか。そんな噂にも関わらず、その土地の人間がフラッフィーマンションに集まったのは、既にマンションの所有権が誰に渡っているかもわからなかったからだ。廃墟に等しかったそのマンションに住み着いた誰かが自室を無許可で改造し始めた。隣人トラブルは殺人にて解消され、死体はコンクリートによって壁の中に塗り込まれた。半ば捨て置かれた地域の建物だから行政の手は入りにくい。やがて犯罪者が住みつき、拠点となる。マンションの周辺に誰かが勝手に足場を組んで、不安定な部屋を増築し始める。有機的に増殖しはじめた違法建築に取り囲まれ、今や古いながらも美しい外観装飾を誇っていたフラッフィーマンションは、地上に張り出たダンジョンに変化してしまった。既に階層は何十になっているのかもわからなかったし、住民もまた迷路の様になってしまった内部構造を把握できてはいない。


 貧民達が作り上げた貧民の城には当然ながら、貧民以外も住み着いた。モンスターである。建物の中に発生するレイスやリッチ、ガーゴイルやバンシーなど。そして住民達から支払われるなけなしの賃金を狙ってフラッフィーマンションに赴くのが、ギルド戦闘員、冒険者達になっていった。


 ◇◇◇


 書類と書籍の山の間に空いたスペースにはモートンの飛び出た腹が乗っている。その腹を見下げながら、ミナはモートンの前で仁王立ちで腕を組んでいる。破れそうなシャツの前に投げ出されているのは、先日受け取ったVOODOOのピルだ。下向きにずり下がったメガネで錠剤を見ながら、モートンがミナを見上げる。口はへの字に引かれている。交渉だ、とミナは気合いを入れた。モートンを説得できなければ、フラッフィーマンションへの潜入取材なんて到底行えない。


「なんだこれは」


 一言告げて、モートンは壊れそうな椅子の背もたれに全体重を乗せた。数ヶ月前に買い替えた椅子は既に、軋んだ叫び声をあげている。


「VOODOOっていう合成麻薬よ。取材させて」


 白い小さな錠剤が入ったジッパーバックを指の先で持ち上げたモートンが答える。


「薬物か?先月特集したな。クロコダイルジャングル」


「ジャングルは大麻よ、あれも合成麻薬だけど。これは違う。毒性と依存性が桁違い。多分政府が関わってる」


 もう一度モートンはブラウンの瞳をミナに投げた。そして指の先に引っかかっていたジッパーバッグの先を離す。


「薬物系は一定の読者を獲得出来る。薬物の紹介記事が一番いい。そこに社会問題を付け加えると読者は離れちまう。ヤってる奴からすりゃあ、自分が問題にされちまうからな。ジャングル系、ゴッホやムンク、幻覚とセックスなら伍丁ウーディン、それからスマッシュや、ハロ……」


「薬物のプレゼンに意味なんてない。注意喚起だわ。一般市民にVooDooの危険性を伝えなきゃ」


 モートンに被せる様声を上げたミナは、そのまま一歩彼のデスクに近づく。矢張りモートンは剣呑な態度を崩さない。


「そいつは俺たち、『ケムトレイル』がやることか?右派のワールドクロック、左派のセンチネル、その他の媒体に任せりゃいい。本来は憲兵隊、役所がやる仕事だ。俺たちの仕事じゃない」


「でも聞いた。この目で見た。そして証拠がある」


「証拠か。クソ喰らえだな。証拠なんてなんの証拠にもなりゃしねえ。必要なのは大多数を納得させる嘘だ。社会や世界は嘘で回ってるんだぜ。ケムトレイルはそこにいる。だから売れてる」


「売れてる事が正義?」


「ああ、正義だ。掛け値なしのな。読者は嘘に金を払う。つまらん真実とエキサイティングな嘘なら、嘘に金を払うし信じるのさ。だから見ろ、貧乏人の話なんか誰も聞きゃしない。金持ちにとって奴らが何人死んでようが死体が喋ってようが同じ事だ。で、お前の書こうとしている記事の嘘はどれだ。この薬物か?」


「言ってる事が矛盾してる。嘘で回る世界を肯定している癖に、数字を求めてる。数字は嘘をつかないでしょ」


「論点をズラすな、ミナ。数字の上に乗る嘘が重要なのさ。人に嘘をつくときは虚実織り交ぜろ、最初に教えた筈だ」


 ブラウンの長い髪をかきあげて、ミナは目を閉じた。眉を顰めて口を結ぶ。モートンの言うことは最もだ。彼は一つの真実を語っている。でも自分の見たものだって一つの真実で、それをもっと深くまで知りたいと思う。そして知ることは世界の改革になるとミナ・クレーバーは確信している。


「……わかったわ、薬物にはフィーチャーしない。フラッフィーマンションを取材したい」


 モートンの目が右上を見た。


「ダンジョン特集か」


 食いついた気配だ。更に彼のデスクに足を進めて、片手をデスクに突っ張った。


「既にダンジョンと認識されて久しいけど、フラッフィーマンションが出来上がったのはここ10年の話よ。内部構造や出現モンスター、安全地帯なんかの情報は重要よ。嘘が必要なら、住民達から話を聞く。きっとえげつない話が聞けるわ」


 顎に手を当てるのはモートンの癖だ。思考するときはよくこの格好で思案している。そして結論が早いのも彼の特徴、彼が思考したという事はほぼ許可が降りた、という事だ。


「編集の仕事はどうする」


「マルコに頼んで。2年目でしょ、経験を積ませなきゃ」


「エドガー爺さんだったか。自称大学教授の。あいつの校正は誰にやらせる?」


「メリッサでいいでしょう。少し時間は掛かるけど、彼女だったら上手くやると思う」


 モートンは再び沈黙して、デスクの端を眺めた。数秒後に発する。


「よし。フラッフィーマンション特集だ。記事の中身は、住民達の噂話を中心にする。あんな場所に住んでいるんだ、グロテスクな話題にゃ事欠かないだろう。期間は三日だ。俺の知り合いのギルドに護衛とガイドを頼む」


 決断してデスクの中を漁り始めたモートンを眺めながらミナは思う。上手く行った方だ。書く中身が多少違ったっていい。重要なのは真実を確かめる事。まずは現地に飛び込まなきゃ嘘か真実かなんてわかりゃしない。デスクの下の金庫から現金を取り出した彼は茶封筒にそれを包んでミナに差し出した。


「取材費用だ。10万入ってる。好きに使え」


 茶封筒を受け取って確認した。心許ないよれた10枚の札束がどうにか封筒の中に収まっている。


「ありがとう、モートン」


 そう言って踵を返し、編集長室を出ようとした。ドアノブに手をかけたミナの背中に、モートンが呼びかける。


「ミナ!」


 振り返って彼を見た。左右に積まれた書類と本の山の間に小さくなりながら原稿に向かう彼の姿が見えた。モートンはミナを見なかった。そのままで続けた。


「……都市伝説や噂話は、嘘だ。嘘で出鱈目だ。だが、そいつは弱者の武器なんだ。頭が悪くて何かを訴える事ができない奴らは、その嘘を使って上流に楯突く。一つにまとまった嘘は、時々真実を暴き出す。それを忘れないでくれ」


 ミナの口元が綻ぶ。そう、そうだから私はここに入った。ミナは思う。イエスを小さく呟いて、扉を開ける。嘘によって真実を暴く。弱者の武器を使って暴く。それは英雄の証明だ。


挿絵(By みてみん)

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