仕事やめたい……5
家の地下には幾つも鎧が置いてあった。
「見事だろ、一族がずっと準備をしてきたんだ」
その頃、既に男の顔色は病に犯されたように悪く、眠れていないのか目元に隈ができていた。
男は鎧を操って見せた。
「お前も、いつか出来るようになる」
昔、男はよく笑っていたがその頃彼に表情は無かった。
「ハハ……ハハハ……」
その日男が久し振りに笑った。
「どうして今……私の代で……どうしてなんだ……クク……」
男はおかしくなっていた。常に地下に籠り、病人のような顔で頭を抱えている。
手紙は、イグドラ王家から来ていた。
その夜、男は私に話があると言ってきた。
「グラドミス、私は汚い人間だ」
彼は私に黒い籠手を手渡した。
「これをお前に任せる」
真っ黒な籠手は重く、冷たい。
「それはアードミルド家の宝、原石から造られた鎧だ」
男は私を見ている。
「嵌めてみろ……私達は、その鎧を持って家督を継ぐ」
漆黒鉄で出来た籠手は、右腕に吸い付くと突然重みを失った。
「力と記憶、憎しみを引き継ぎ、次の世代へ願いを託す……王家への復讐の為に」
頭の中に、ざわめきが広がりはじめた。
「……私はこんな物を継ぎたくなかった。お前に先代を……母を殺して欲しかった」
私の右腕から、黒い塊が溢れ出た。
「もう、私には何も無い」
黒い塊が、私の物でない殺意が男を覆い、身体を少しずつ引き千切っていく。
「すまない……グラドミス……お前に……呪いを残して……」
男が私を見た。
「お前は……お前の生き方を見つけろ」
男はもう、私の前から消えていた。
その時から、声は聞こえ続けている。
頭の中で、怨嗟の声が響き続ける。
それから王に呼ばれ、兵として戦場に立った。
あの男から教えられた『必要な事』は役に立った。
寝ても覚めても喧しく聞こえ続ける『声』は悩みの種だったが、戦っていると『声』を忘れられた。
戦いは、私の性に合っていた。
『声』が私に鎧の力を伝えてくる。日に日に酷くなってくるその声はいつも同じ事を繰り返してくる。恨みを晴らせ、復讐しろ、王家の奴らを、この国を、一人残らず、滅ぼしてしまえ。
私を育てた男も、同じ言葉を聞いたのだろう。
「準備は続けている」
何年も過ぎ、『声』は私の一部になりつつあった。
「いつか、お前たちの願いを叶えてやる」
私は夢を見ない。
この光景は、塔子の夢──彼女の記憶を除く時に似ている。多分これは、グラドミスの記憶なのだろう。
……夢なのに、意識がはっきりし過ぎている。
(寝てる場合じゃない)
起きてイストサインを守らないと。
意識はあるが、感覚が現世に戻ってくれない。
(どうしよう……もしかして死んじゃったの?)
私は走馬灯を見ているのだろうか、しかし最後に見るのが他人の走馬灯とは。
突然、目前の風景が変化した。
「塔子……塔子……」
誰かが呼んでいる。
病室の音だ。
泣きそうな声で、母が私に呼びかけている。
そうだ、これは私が死ぬ前の──




