上司頼りってのが楽なんです。自分で判断して動きたくないんです。それじゃあダメでしょうか……いつまでもこの調子なのはダメなんでしょうね……
私の銃から放たれた光の弾丸に身を穿たれた影は既に原型を留めていなかった。
辺りには炭化した肉の破片が飛び散っている。
(これが……原石武器……)
燃えるように熱い左手を見ると、緋色に輝く拳銃が握られている。
銃を撃った反動か、左手の表面が焦げていた。
(痛い……)
「お……おい、嬢ちゃん。なんだ今のは……?」
焦げた肉片の山からモンドが這い出してきた。
焦げた手を触ると乾いた皮膚が剥がれ落ちる。
悲壮な気分になりかけたが、原石武器と化した銃から白い糸が伸び出す。
(白輝鉄……?)
白輝鉄糸に見えるそれは左手に広がり、腕の周囲を回り始める。まるで意志を持つかのように。
(痛みが引いていく)
白輝鉄が触れた部分から炭化した皮膚が剥がれ、新しい皮膚が形成されていく。
「……嬢ちゃん、何なんだそりゃ?」
「私も知りたいです……ところでモンドさん、いつ起きたんです?」
「……あの隊長さんに叩き起こされた。嬢ちゃん抱えて逃げろってさ」
モンドが地面にへたり込んだ。
「どうなってんだよチクショウ……帰らせてくれよ……もう沢山だ……」
彼は限界の様子だ。無理もない、自分の村の住人が怪物に──
辺りに立ち込める匂い、肉が、繊維が焦げる匂いが鼻につく。私が先程撃った影達、私が殺した村の──
「モンドさん、隊長は?」
「知らねぇよ……どっかに居るだろ」
辺りを見る、動く影は見当たらない。
「モンドさん、ここに隠れていてください。怪物が出れば駅まで逃げて。私は行ってきます」
「……行くって、どこに」
「隊長の所へ」
うずくまったモンドは不安げに私を見る。
私は森中に響く音に耳を傾ける。
鉄のぶつかり合う音、きっと隊長はそこに居る。
(多分、グラドミスも)
左腕の周囲には未だに白輝鉄糸が舞っている。
銃は変わらず熱を放っているが、先程までの辛さは無かった。
戦闘は未だに続いている。
カティア隊長とグラドミス。音だけではどちらが優勢かは不明だが近付いているのは確かだ。
辺りには大量の肉片、隊長によって打ち砕かれたであろうそれらは、それでも再生しようと大きな塊に集いつつある。
その中心に隊長は──居た。
背と右腕から異形の腕を生やしたグラドミスと蒼鉄の手甲を装備したカティア隊長。
「強いな隊長殿!」
隊長の手甲は特別製だ。指に白輝鉄糸を仕込み、肘から手の甲は小型の大砲となった攻防一体の武装だ。
「多勢に無勢相手にその奮闘、誠恐れ入る」
グラドミスは異形の腕を振り隊長を追い詰める。
隊長の手甲、砲身にあたる部分から閃光が放たれる。
異形の腕が閃光を浴びて波打ち、グラドミスが怯む。手甲が焼き切れたカートリッジを排出し、隊長が流れるように新たなカートリッジを詰めた。
「砕けろっ!」
隊長がグラドミスの胴に拳を叩き込む。砲身から色鉄の弾頭がグラドミスに撃ち込まれる。
だがグラドミスの纏う漆黒鉄の鎧を前にして有効打を与えられていない。
「いい武器だ。戦法も良い。戦争でもさぞ活躍した事だろう」
「ぐ……!!」
グラドミスの右腕、光を浴びても形状を留めた異形の手から更に影が伸び出す。
「だがね、格の違いというのは存在するのだよ」
隊長がグラドミスから後退しようとするが、手甲を装備する右腕を捉えられた。
「君はただの平民だ。受け継ぎし名、遺産、称号、継承せし物が何も存在しない。弱き者共だ」
黒い影が隊長の手を無理やり開かせる。蒼鉄の手甲が軋み、指の継ぎ目が剥がれ出る。
「……お前こそ生まれは平民だろうが……偶然戦争で成り上がった蛆虫ごときが、継承など偉そうに」
隊長が腰から銃を抜き、グラドミスの右腕に乱射する。しかしグラドミスは止まらない。
「否、アードミルド家は影たる一族。我らは建国より存在した。だが王は暗部たる我らを、不要と見るや否や切り捨てた!」
少しずつグラドミスの語気が強くなっていく。
影が勢いを増し隊長の顔が歪む。
(隊長が殺される!)
銃を構え、グラドミスに照準を合わせる。狙いは脚だ。
正直を言えば、相手が誰であろうと出来る限り銃は向けたくない。
けれど、騎兵になった以上、迷ってなどいられないのだ。
撃鉄を起こし、引き金を引く。
金具が触れ合う音がした。
グラドミスに向け、原石武器の銃を撃った。
「…………あれ?」
銃からは何も放たれなかった。
(やばいやばいどうすんのよ弾いるの?そういえば弾倉見てなかった──)
瞬時、腹部に強烈な一撃をもらった。
「うわっ……!」
内臓が揺れる衝撃、後方へ吹き飛ばされる。
だが、何かが私の脚を支えた。
私の脚から白い糸が伸び身体を支えている。
「……それか騎兵、それが貴様の原石武器か」
グラドミスが私を見た。もう奇襲は望めない。
「その銃、ちゃんと機能しているんだろうな?」
グラドミスが隊長を私の元に放り投げた。右腕が変な方向に曲がった隊長はぐったりして動かない。
「隊長……!」
「性能を見せてもらう」
グラドミスが腕を振りぬいた。
鋭利な杭のような影が飛んでくる。
(隊長に刺さる!)
左腕が勝手に動いた。銃と腕から白輝鉄糸が飛び出し、私たちの周囲を囲うように飛び回る。
白輝鉄糸は飛んできた影全てを撃ち落としていた。
(今のは何……?体が勝手に動いた……)
「ほう、機能しているようだな」
グラドミスはこちらの様子をうかがっている。
「ロスに要求したのはあくまで破壊力だったが、やはり原石武器は未知数だ。人の手に触れれば設計以上の力を持つ」
グラドミスの傍、左側に一体人型の影が立っている。
「その様子、扱うのも初めてのようだな」
グラドミスが鎧をまとった左手で人型を掴んだ。
「原石武器は生きている武器だ……意志さえ持っている」
グラドミスに掴まれた影──もとはここの村人だった影が、グラドミスによって潰される。
血の滴る肉片が、彼の鎧に吸い込まれていった。
「せっかくの機会だ、私の力について教えてやろう」
月に照らされた漆黒鉄の鎧は、さらにその輝きを増したようだった。
血と肉片からグラドミスが何かをしている間。
私は隊長を抱え、少しでもグラドミスから距離を離そうと逃げていた。
二回り近い体格差のある隊長と私だが、原石武器の恩恵か辛うじて隊長を持ち上げることができている。
「どうしよう……あんなのにどうやって勝てばいいの……?」
少し逃げてもグラドミスはすぐ追いかけてくるだろう。
私の背で、隊長が動いた。
「……レガリア、なぜ戻った?」
「隊長……!目が覚めたんですか!」
「……寝たふりだ。モンドはどうした?」
隊長が背から降り、一緒に駆け出す。
「……気がついたら私の手に原石武器があって、助けになれると思って来たんです。モンドさんは……どっかに隠れてると思います……」
「……モンドを、守るべき相手を置いてきたのはいただけないが、助けられたな」
走りながら隊長は銃から腕に白輝鉄糸を出して折れた右腕に巻き付けていく。
「レガリア、こうなった以上ここで私達でグラドミスを叩くぞ」
「……嘘でしょ?今ですか!?」
隊長が立ち止まった。背後から風を切る音が聞こえてくる。
「ああ、奴をこれ以上野放しにしておけん」
鎧から翼を生やし、グラドミスが迫ってくる。
「ぅぅっ……!」
隊長が立ち止まったと思うとボキリと怖い音がした。
骨折を無理やり白輝鉄糸で支えたらしい。
「レガリア、お前の銃は漆黒鉄を破壊した、そうだろ?」
三日も前の話だ。
「あの時は出来ました……でもさっきは銃弾すら出なくて」
「奴は私達を舐めてかかっている。奴の言葉に耳を傾けるんだ」
眼前にグラドミスが降り立った。
「逃げられては、面白くないな」
グラドミスが翼を大きく広げた。
今まで見たどの影よりも大きい。
「どうだ騎兵、我が鎧の威容は?」
「……それが貴方の原石武器、ですか?」
「流石に理解したか、我が鎧は血を、肉を、命を喰らい、操る。影の術は私の血統より生まれた」
グラドミスが右腕に槍を携えた。
「血肉を集め、影で形を作る。我が一族が作り上げた魔術だ」
グラドミスが隊長に向けて槍を投擲する、私の銃が鉄糸を以って弾いてくれるが。その間にグラドミスの背から生えた腕からも尖った血肉の破片が飛んでくる。
「騎兵、貴様は何ができる?」
「隊長、離れて!」
奴は怪我を負わない私に攻撃を加えない。完全に隊長狙いだ。
「貴様に死体が操れるのか?」
隊長も折れた腕を使い、手甲から鉄糸を伸ばしグラドミスの攻撃を防御している。
「血肉を武器とする創造力があるのか?」
だが、少しずつ押されていく。隊長の手、足に血肉の破片が刺さる。
「貴様に原石武器を支配下に置く力は本当にあるのか?」
隊長の脚を、グラドミスの槍が貫いた。
「ぐあぁぁ!!」
「隊長!」
グラドミスの攻撃が止んだ。
「……戦意すら無いか」
「隊長、大丈夫──」
隊長が手をかざし、私の目を見た。
「騎兵よ、私の元に来るならばその女は助けてやる」
グラドミスが語りかけてくる。
「理解しただろう。立場も、力の差も、私の目的も」
崩れ落ちそうな隊長を支える。満身創痍だが腕には力がこもっている。
「その銃は貴様が生み出した。普通の銃を貴様の力で書き換えたのだ」
隊長はまだ戦う気だ。
「貴様には価値がある。私の下で働け」
(やかましいなこの爺……!)
既に私はグラドミスを信用していない。最初の勧誘の時点でモンドの村を滅ぼしていたのだ。
「……返事が無いな」
足元に槍が飛んできた。
「決めろ、騎兵」
もう時間がない。
「……せめて名前を憶えてくれませんか?」
眼前に大量の礫が飛んできた。
私の銃が反応し、鉄糸が礫を弾く。
(……この銃から出る鉄糸、便利だな)
こんな時だというのに、関係ないことに意識が向く。
「貴様ごとき名を覚える必要はない」
(白輝鉄糸の訓練……こんなに自由に動くならもう必要ないな……)
「もう一度聞く、これが最後だ」
『もう一度やってみろ』
訓練室での隊長の声が頭に響く。
私と隊長の周りを、何本もの鉄糸が周っている。
少し意識を合わせてみると、自由に動く鉄糸。
ロスもこんな風に鉄糸を操っていた。
(──あ)
記憶の糸から、グラドミスとの戦いが浮かんだ。
「騎兵、私の配下に──」
「断ります」
この原石武器の白輝鉄糸は自在に動く。
「……なんだと?」
「……貴方に着く気はない……それだけ言えば充分でしょ」
後はどれだけ奴の注意を逸らせるか。
「そもそもメトラタのスパイに出し抜かれたバカが、クーデター成功させられると思ってるの?ロスも言ってたけど本当に頭が無いんですね!」
グラドミスの背中から巨大な腕が顕現した。
「レガリア……お前……」
「隊長、できる限り身を隠してください。考えがあります」
巨大な腕が迫ってくる。
「奴は私がひきつけますかぐはぉあ!」
影のパンチを受け、樹木に叩きつけられた。
「もういい、まず貴様を連れていく。その後貴様の家族、友、全て我が傀儡に──」
銃の引き金を引いてみた。
さっきは弾が装填されていなかったので、ちゃんと銃弾を込めなおしてだ。
ただの銃弾が発射される。
それに合わせ銃から鉄糸を飛ばす。
(起点は後ろの樹、次は両脇、背後、上からも下からも)
「まるで使えていないぞ!そんなものが原石武器か!」
今度は影の鞭を飛ばしてきた。また私を地面に埋める気なのか。
落ち着いて攻撃を躱す。鎧を着て鈍重な動きのグラドミスを翻弄するように、周囲を動く。
(──最初に撃った時は偶然)
鉄糸を樹の幹、枝に引っ掛ける。
(──二回目は、無我夢中。でも目的はあった)
鉄糸を鎧に飛ばす。狙いは隙間、関節。
(この銃が私のイメージ通りに機能するなら。必要なのは……目的意識、かな?)
少し、銃身が熱を持った。
「潰れろ!」
グラドミスが巨大な腕を向けてきた。
(落ち着け……的は大きい)
照準を合わせ、引き金を引く。
確かな反動と共に銃弾が飛び出し、影の腕を弾いた。
(出た、原石武器の弾丸……!)
「ハハハ!なんだその威力は!まるで足りていないぞ!」
グラドミスが笑う、だけど既に準備は整っている。
(あとは銃から出た鉄糸を引くだけ──)
原石武器に命令を下す。
熱を持った私の銃は、私の思考に応えてくれた。
「……なっ!」
グラドミスの鎧、森の木の枝、幹、辺りに張り巡らせた鉄糸がグラドミスの身体を持ち上げようとする。
しかし──
「……っ!なんでっ」
グラドミスは足を地に付けている。持ち上がりきっていない。
「……っそうか!ロスの真似事か騎兵!少しは見直したぞ、だが貴様だけでは奴に足りない──」
「いや、足りている」
隊長の声だ。
私の張ったものではない鉄糸が、グラドミスの首に巻き付いている。
「上出来だぞ、レガリア」
折れた腕で鉄糸を操り、隊長がグラドミスを吊り上げた。
「なんだと……!?ぐぁあああ!!」
グラドミスの巨体が持ち上がる。
(あとは……あの鎧を壊すだけの威力)
グラドミスは持ち上がっているが、重さに耐えきれず鉄糸も木々も悲鳴を上げている。
(鎧を壊すだけでいい!)
目的意識を持ち、銃を構える。
赤熱を始めた銃の引き金は自然と動いた。
「ぐぅ……貴様、やめろ!平民が!」
大砲のような音と共に、銃弾が放たれた。
グラドミスの身体、鎧の胴に命中した部分から放射状にヒビが広がった。
次の瞬間、隊長が動いていた。
右手を握り締め、グラドミスの腹に拳をいれる。
彼女自慢の手甲、その引き金を引く音がした。
手甲の砲身から色鉄の弾頭が飛び出し、ゼロ距離でグラドミスの身体を打ち抜く。
辺り一面に、漆黒鉄の破片が飛び散った。
鉄糸が断たれ、グラドミスの身体が吹き飛んでいく。
(……隊長、格好いいな)
ほっとしたと同時に疲れを感じ、地面にへたり込んでしまった。
戻ってきた原石武器の鉄糸が、いたわるように私の周囲を漂い始める。
左手の銃は私の脱力感を感じてか熱がすっかり引いている。
「……君、原石くん。私を助けてくれたのね」
原石武器は何も反応をよこさない。
「……ありがと、これからよろしくね」
武器に挨拶をするのは妙な気分だ。




