これが出張ってヤツでしょうか
色鉄の加工技術が発展してから、イグドラを中心にして世界は大きな発展を遂げた。
イストサインから出る蒸気機関車にも色鉄の技術が使用されている。
「大人2枚ください」
「どうもレガリア。お出かけかい?」
「……仕事っす」
「そうなのか、お疲れ様だよ騎兵さん。はい大人2枚。おや、この間落盤があった所だな。気をつけるんだよ」
「どもっす」
列車に乗るのは年に6回程度だ。
私は生まれてこの方イストサイン暮らしだが、式典があれば騎兵候補生は中央に集められた。
今でも列車に乗る時は少しわくわくする。
「買ったか?レガリア」
「はい!ちゃんと大人2枚、往復分ありますよ」
「そうか、これお前の弁当だ」
隊長が紙袋を渡してくる。ほんのり暖かい、中身は何だろうか。
「ありがとうございます!」
「カティアさーん、レガリアー。じき汽車が参りますー」
駅員が声をかけてくれた。私が出かける時はいつも同じおじさんな気がする。
煙突から蒸気を上げ、濃紺に耀く蒼鉄の列車がプラットフォームへ入ってくる。この辺に最新鋭の車両がくるようになったのは最近のことだ。
列車が線路を進んでいく。イスサインからほんの少し離れただけだが、車窓からの風景は鬱蒼とした緑の茂る森林地帯だ。
「隊長、本当に二人で大丈夫なんです?」
「……人を集める時間も惜しかった」
隊長がくれた魚のフライを食べ終わり、私はつかの間の休息気分だ。
「レガリア、私はかなりその……せっかちな性分でな、こういった案件はとっとと進めなければ気が済まないんだ」
せっかちというが、その性分が仕事が早い所以なのだろう。
「一応副隊長に話は通してある、それに貯蔵庫の駅には伝書バトを飛ばした。向こうで応援は頼める」
「さすがですね」
昼過ぎ3時頃、時間帯もあってか客は少ない。
「隊長はよく列車に乗ります?」
「私か?月に二、三回程度は乗ってる気がするな」
「へー、仕事でですか?」
「ああ、騎兵本部への報告事務が主だな。……あんなもの、全部伝書バトで済めばいいのだがな」
「レガリア、これ読んでおけ」
隊長が鞄から資料の束を取り出してきた。
「なんです?」
「ロスとグラドミスの経歴をまとめた物だ。昨日作った物だが……読む時間がなかっただろ、今読んでおけ」
目的の貯蔵庫駅には1時間程度で着く。これで暇を潰せということか。
ロスに関しては……特に何も無い、10年イストサインに居て鉄工所に勤めていた情報が淡々とあるだけだ。
一方グラドミスの方は、流石に国内最高戦力たる騎士とでも言うべきかちょっとした本のようになっている。
「てか隊長、これグラドミスの伝記じゃないですか!まとめたの書店作家でしょ?」
「ああ、ちなみにそれ図書館の物だ。傷つけるなよ?」
「図書館程度の内容なら私も教本で……67歳?アイツこんなに歳食ってるんです?」
「それ二年前の写本だから今は69だな」
それであの動きとはつくづく化け物だ。
(書類上じゃロスさんも70歳なんだな……)
グラドミス・アードミルド、イグドラ南部オリエスサインの平民出身。第二、第三次イグドラメトラタ間戦争で活躍、夜襲を得意とした戦法で武勲を上げる。
「彼が襲撃した敵陣に生存者は残らなかった。夜、単騎で戦線を張り、敵陣を滅ぼすその姿を指して『崩壊の影』と人は呼ぶ』
「騎士の伝記などそんなものだな」
「そですね、細かい所抜けてましたが概ね知った内容です」
まあ読書は好きだ、この本も読み物としては面白い。
表題の偉人が私を殺そうとしている相手でなければもっと面白かった。
「イグドラの古き魔術、影術を得意とし……出ましたね、魔法」
「出たな」
隊長と私が同時に溜息をつく。
魔法、産業が発展し、いわゆる魔法や奇跡が解明されつつある現代。イグドラ上流階級は未だにそれら超自然的存在又は能力を信じ、貴い血族の成せる技であると吹聴している。
「隊長も悩まされました?」
「……ああ、騎兵候補生の時は苦労した」
イグドラの騎兵学校では魔法についての解釈や持論、子供のまじないに至るまでの論文を書かされた。
「アレは頭が痛くなったな……」
「そうですね……」
今では魔術系統の授業は色鉄の加工式を解く授業になっているらしい。きっと私は大真面目に魔法理論の授業を受けた最後の騎兵候補生だったろう。
「昨夜私たちの前に現れた刺客は、大方グラドミスの放った者だろう」
「……やっぱり隊長もそう思いますか」
「ロスの話を全面的に信じた訳では無いとは言え、あの影のような刺客は噂に聞く影の魔術だろう」
伝記といえど、騎士の扱う魔法の詳細は明かしてくれない。
騎士の魔法はイグドラでは極秘中の極秘扱いで、その実態を知るには彼らの戦いを遠巻きにでも眺めるか、騎士と敵対するしかない。
「光を浴びて溶けた刺客、貴様の見た黒い翼、安直だがその黒い何かがグラドミスの魔法だ」
カティア隊長が腰のホルスターにかけた円筒状の筒を見せる。
一見すると猟銃の弾のようだ。
「一応だが、対策だ。この閃光弾は私の手甲に装填できるようにしてある。グラドミスの刺客は光を浴びると溶けた。使う時は合図をするから目を塞ぐんだぞ」
「了解です」
「……まあ使わない事に越したことはないんだがな」
列車は鉱山に向かって走る。
まだ日は登っているが、そのうち夕暮れになる。
日没を怖いと感じたのは久しぶりだった。
「隊長、着きました」
「……む、着いたか」
寝ていた隊長を起こし、列車を降りる。
駅には私と隊長以外誰もいない。
「まずは作業員の集会所だな。行くぞレガリア」
「はい!」
時刻は四時を過ぎた、日没が近づいてくる。
(……今日は何時に帰れるのかな)
隊長に着いていく以上、少なくとも泊まり込みは覚悟したほうがよさそうだった。




