残業日が続いてしまった……もしかしてこれが当たり前になっていくんです?
銃を握った左手に妙な感触がある。
腕と銃が繋がったような妙な気分だ。白輝鉄を使っている時とも違う、銃本体が熱を持って脈動している。
「騎兵さんよぉ、俺はもう帰らせてくれよ!騎士のことについては絶対に証言するから今はもう巻き込まないでくれ!」
「……ああ、今日は助かった。」
心臓が強い鼓動を打っている。全速力で駆けたにしろ、ここまで痛いのは初めてだ。
「村まで送ろう。グラドミスに顔は見られていない筈だが、奴がお前の村に来る可能性は大いにある。その時はシラを切ってくれ。レガリア、歩けるか?」
呼吸が苦しい、左腕が焼けるように熱い。
「……どうにか……動けます」
「あの男……ロスが言っていた以上に危険らしいな」
「アイツの話……どこまで聞けました?」
「革命の話までバッチリだ。悪いが村まで急ぐぞ。あの目眩しも長くは保たない、すぐ追いかけてくる」
ほとんど隊長に背負われながら村への道を急ぐ。
捨てられた炭鉱からはそれなりに距離がある。土地勘のある村長がいなければ暗闇の森で立ち往生していただろう。
「おい、本当に着いたのか?真っ暗じゃないか」
「ここさ……ここまで来りゃもう目の前のはず……」
村に着いたというが街頭どころか家の灯りさえ見えない。辺りは不気味なほど静まり返っている。
「おーい、今帰ったぞ!モンドだー!」
「おい……!あまり大声を上げるな」
返答ひとつ返ってこない。
「レガリア、調子が悪いのはわかるが銃を持って辺りを警戒してくれ。……嫌な予感がする」
「了解……です」
もはや指の感覚が消え、腕が一本の丸太になってしまったかのように重い。
「おお、誰だアンタ。俺だ、モンドだ、今帰ったんだが今日はどうしたんだ?何で誰も灯りを付けないんだ?」
黒い人形の影が、村長の前に現れた。
そのシルエットを見た瞬間、不吉な予感が胸を覆う。
「隊長……!グラドミスの影です……!」
「そん……モンドッ!目を閉じろ!」
隊長が手甲の引き金を引いた。閃光が辺りを照らす。
「うわぁぁ!!何すんだよ騎兵さん!」
先程影が立っていた場所に、例の如く赤黒い染み……ではなく、今度は比較的大きな塊がぶちまけられていた。
目が眩む閃光によって形が崩れていたが、大きな塊を中心に人間の形を取り戻していく。
「……モンド、今日は村に帰るのは諦めてくれ」
「どういうことだってんです!?俺の村で何があったんだよ!俺の家族は?ここで──」
隊長がモンドの首元を殴りつけた。
「レガリア、線路を歩いて最寄り駅まで向かう。列車が来れば飛び乗るんだ。私はモンドを背負っていく。出来るか?」
腕は重く、心臓の鼓動はさらに強く胸を打ってきている。
「……出来ます。……漆黒鉄はどうします?」
「置いていく、ここまで派手をやらかしたんだ」
夜目に慣れ、月明かりが差し始め、村の全貌が見えてくる。
村の家々から、先程見た物と同じ黒い影達が外に出歩き始めた。
(これが影術……人間を素材にして、武器に……自分の兵士にする魔術)
グラドミスが単騎で敵陣を滅ぼした技の正体がこれだ。
「敵国に対してならまだしも、自国でここまで愚かな行動をすれば騎士でも極刑だ。証拠はある、私達が生きて帰ればいい」
隊長が手甲を影達に構える。
「レガリア、イストサインに帰るぞ」
閃光が煌めき、暗い道を照らす。
『レガリアちゃん、君の身体は原石によって書き換えられた』
昨夜、ロスに言われた言葉が頭に響く。
鼓動を強める左手の銃は、もはや一つの生命体のようだ。
(原石武器……私を侵食して、新たな生物にでもなるつもり?)
「進めレガリア!もう後が無いぞ!」
隊長が私の背中を押す。
後ろを走る隊長は背中にモンドを背負いながら駅へ急ぐ。
影の怪物と化した村人が追いかけてくる。隊長に殴り飛ばされ半身が削れても勢いが落ちる様子がない。
拳銃から手を離したいが、この手に吸い付く熱い鉄の塊はまるで腕と溶け合っているかのように離れない。
「レガリアッ!」
肩を掴まれた。そのまま無数の腕が私を引き倒す。
物言わぬ怪物達は顔面まで真っ黒だった。
引き金の音が鳴り、再び閃光が走る。
光を浴び、怪物達が姿を維持できなくなる。
首に何かが絡まり背後に引き摺られる。
熱でぼんやりし出した頭を向けると、隊長が心配げに私を見つめていた。
手甲から白輝鉄が伸びている。
「その腕か?」
改めて左腕を見ると、大量の白い糸が腕から生えていた。
白輝鉄のように見えるその糸は、私の持つ拳銃に繋がっている。
隊長が私の手から銃を引き剥がそうとするが──
「熱ッ!なんだこの銃は……」
赤熱した銃はその見た目通り高熱を放っているようだ。
「歩けるかレガリア?最悪お前とモンドだけでも列車に──」
影達の列の背後から、肉を引き裂くような音。続いて羽音、風を切り何かが近寄ってくる。
隊長が荒く呼吸する私の口を塞ぐが、『奴』は正確な私たちの位置を掴んでいるようだ。
風が近くに寄ってきた。
「ほう、これはこれは、イストサイン支部の隊長殿ではないか」
意識が薄れる中、グラドミスの声が聞こえてくる。
♢
夜中に目が覚めてしまった。
お腹の奥の方から嫌な痛みを感じる。気持ちの悪い満腹感、胸のむかつき。
最悪な目覚めだ。
眠気を逃したくないので硬く目を瞑り、ベットで丸くなるが意識は冴え始める。
仕方なく上体を起こす。痛みは消えつつあった。
毎日同じような痛みが襲ってくる、ナースコールを押す程でもないただ安眠を妨げる痛みとむかつき。
部屋の隅から父の寝息が聞こえた。入院生活が始まってこの方、仕事が終わるといつも病室に来てくれるのだ。
今は長椅子の上に寝袋を敷いて寝ている。家でゆっくりしていたいだろうに。
(私が死ぬ時に、一人ぼっちにさせたくないから──)
だめだ、こんな夜中に目が覚め、嫌なことばかり思いつく。
どんな時にも前向きが私のモットーなのだ。
とりあえずスマホでネット巡回でもしよう。何かに没頭しよう。
今どんなに死が怖くても、数年後の未来きっと私は元気に生きているはずだから。
眠ると、いつも同じ夢を見る。
夢の中で私は塔子という女の子で、彼女の人生の断片を見ている。
家族想いで、いつも明るく振る舞う子。病気の怖さを押し殺し、辛くても笑おうとしている。
だけど最後は病気で死んでしまう。
治らない病気とわかった後、彼女の夢は見ていて辛い。
不安、恐れ、狂気、彼女の感情を私も追体験する。
でも塔子は、前向きに生きようと頑張っていた。
そんな前向きな彼女を夢で見ると、私も頑張ろうと思えるのだ。
♢
破壊音、鉄同士がぶつかり合う音、誰かの悲鳴。
少しの間意識を失っていたようだ。
「クソッ!来るなよ!来るなっ!」
「モンドさん……!」
木陰にうずくまる私の前で、モンドが木の棒を手に影達へ立ち向かっている。
ほど近い何処かでは戦闘の音、隊長はそこだろうか。
「うわぁぁ!」
モンドが一体の影に引き倒された。さらにその上へと影達が迫ってくる。
(止めないと!)
自然に左手が動き出した。
銃を持っている、熱を帯びた左腕。
片手で拳銃を構え、指が引き金を引いた。
雷鳴のような音が、辺りに響く。




