家が仕事に侵食され始めた気がします
「ただいまー」
午後11時、私はようやく家に辿り着いた。
「お邪魔します」
……背後に上司を伴って。
「お帰りー、あら?どうもこんばんはカティアさん。お仕事ですか?お疲れ様です」
「お久しぶりですアンナさん」
「今朝会ったわよ?」
「あっ……そうでした。これは失礼」
上司と母が自宅で顔を合わせている。
実家なのに職場のような不快感がある。
「レガリア泥だらけよ?洗ってらっしゃいな。カティアさん今日はどうなさったの?レガリアの見送りです?」
「そのようなものです。事情は後程、後でレガリアをお借りしてもよろしいですか?」
「ごゆっくりどうぞ、泊まっていかれるなら上に」
数分後、体を洗い部屋着に着替えた私と隊長はキッチンの卓を挟んでいた。母さんは二階を片付けに行ってしまった。
「あー、レガリア。仕事は終わってるんだから楽にしていいぞ」
上司に言われても効き目のない言葉ナンバー1だと思う。
「いえーっお構いなくっ。ごゆっくりしてください」
「……そんなに私が怖いか?」
いきなり核心をつかれた。いつものように頭が真っ白になりかけるが、頭を振り絞り、焦らず言葉を紡ぐ。
「いえその……えっと、怖いっていうより、緊張……しちゃうんです」
昔から、他人と関わるのが怖かった。
子供の頃、私の周りの子はみんな怪我をしていた。
私は怪我を負ったことがない。ナイフで手を切りつけても平気、高い所から落ちても、炎に手を突っ込んでも。
いつのまにか私の周りから子供達は離れていった。
私の周りの子が怪我をするのを見ても、私からどんどん人が離れていくのも、私は悲しかった。
きっと無意識にでも、人と関わるのを恐れてしまっている。
立場が遠いと感じる人相手だと、特にそう。
「安心しろ」
「……え?」
レガリア、お前が萎縮しようが私の行動は変わらない」
ぶっきらぼうに、明後日の方を見ながら、隊長が言う。
「お前の母親には世話になったからな。お前を守りきれなければ、アンナ先輩に申し訳が立たない」
母さんは隊長に何をしたんだろうか。
「今後しばらく、私がお前の周囲の護衛をする」
いつものように隊長が言い切る。
そもそもこんなに隊長と一緒に過ごした事も、喋った事も今日が初めてだ。
「レガリア、お前は何が一番怖い?」
「一番怖いもの、ですか?」
「ああ、今の状況を鑑みてな」
私が一番怖いもの、私が恐れている事。
「母さんや、街の人、騎兵隊の皆……私の周りの人が傷つくのが、怖いです」
「……なるほど、いい答えだ」
隊長が頷き、笑う。
「お前が狙われて、お前の周辺やイストサインが傷付くのは私も嫌だ。レガリア、たとえ相手がグラドミスであっても、ロスであっても、誰も傷つけさせん」
隊長が私を見る。力強い、強烈な眼差し。
「明日から頑張るぞ」
その眼光にはには期待も含まれているのだろうか。期待が重くのしかかってくる気がする。
(でも、この人の為なら頑張ってもいいかもな)
ほんのりそんな風に考えられた自分が嬉しかった。




