あれ……もしかして徹夜コース……?
「くれるのか?ありがとう」
隊長にポテトサラダを渡し、私も少し食べる。
潰したイモにバターと胡椒を混ぜているようだ。香ばしくて美味しい。
「しかしまぁ、厄介な問題が次々と湧いて出るな」
カティア隊長は一口でサラダを完食していた。
「まず奴はメトラタのスパイだ、今日の話全てが私たちを混乱させる為のでっち上げという可能性がある」
「あれ?そこから疑っちゃいます?」
「背景からして信用が皆無だろう、お前は信じたのか?」
「全部は無理ですけど、グラドミスの計画関連とか、原石武器については」
「ふむ、そもそも奴との関わりはお前の方が長いからな。そういえば身体の方はどうだ?なんともないのか?」
改めて自分の手足を見てみるが特に違和感はない。
「これといって変なところは見当たりません」
「変調があればすぐに言うんだぞ」
「はい」
隊長がポケットからメモを取り出した。
「とりあえず原石武器とグラドミスに関するロスの話が真実なら、調べるべきはグラドミスからだな」
すさまじい速度で鉛筆が動き、先ほどの会話内容が書き込まれていく。
「グラドミスが亡命を画策している事……工房を私的に動かして他国のスパイと繋がっていた事……とにかく証拠がいる」
隊長がメモから私に顔を向ける。
「レガリア、騎兵隊の役目は分かってるか?」
「え?えっと、確か国内外の危機から市民を守ること……だったはずです」
「騎士は国を守るが騎兵は人を守る。形式上我々は騎士達の直下に存在するが、設立目的はあくまで市民の為だ」
平民と貴族の軋轢のように騎兵と騎士の溝も深い、頭の痛い話だ。
「今この街には二つ問題が起きている。一つはロスの件、奴はメトラタのスパイとして我が国から情報を抜き取り、騎士を殺し国力を低下させようとしている。もう一つはグラドミス──差し迫っている問題はこちらの方だ。グラドミスは我が国の主戦力たる騎士だが、亡命の画策や今日お前にした事を思えば奴に騎士たる資格は無いだろう」
隊長が口角を上げて私に笑いかけてくる、笑顔なのに怖気がするはなぜだろう。
「レガリア、この件私と一緒に調査しないか?」
(え……いや……)
絶対に嫌だ。激務になる、帰りも遅くなる。
自分の状況を鑑みれば隊長と一緒にグラドミスの調査をした方がいいのは確かだが楽な方がいい、エドガーと一緒に列車事故現場で鉄運びがいい。
「いやです……」
「……明日から調査を始める、朝一で会議室に来い。命令だ」
(いやぁぁぁぁ!!)
心が悲鳴を上げた。
「了解です……」
私に拒否権は無い。明日、朝から隊長と顔を合わせながら仕事をするのだ。
放置されていたしょっぱいキャベツのスープはすっかり冷え切っていた。
イストサインの夜は冷え込む。時期は初夏だが夜は熱いお茶が何杯も欲しくなる。
店を出る頃には午後10時を回り、人通りはすっかり無くなっていた。
「では帰るか、送るぞレガリア」
「はい、ありがとうございます。そういえば隊長って何処で寝泊まりしてるんですか?」
「同じ方角、支部の宿舎だ」
(この人、帰ってからまだ仕事するのかな?)
支部に帰ると聞き、部屋にまで仕事の書類を持ち込む隊長の姿は容易に想像できた。
橋を越え、私の住む住宅街へと差し掛かった時だった。
「……レガリア、注意しろ」
「はい?」
「妙な人影がある。追い剥ぎかも知れん」
私の住む家のほど近い道、人通りが無く街灯の灯りも少ない通りでカティア隊長が何かに気付いたようだ。
どの街も同じだろうが、夜のイストサインはお世辞にも治安が良いとは言えない。夜間襲われ物を盗まれたという報告は連日のように騎兵隊に届く。
「レガリア、充分気をつけろ。強盗の動きではない」
隊長の言葉に緊張が走る。
(こんな時間に私達を狙って襲ってくる相手──もしかして)
私と隊長が歩みを進め、街灯の光が少し陰った時、小道の傍から黒い影が二つ、私たちに向かってきた。
隊長がすかさず銃を抜き、威嚇射撃を行った。
しかし影は止まらない。
「レガリア、憶測だが狙いはお前だ」
隊長と背中合わせになり、私も銃を構える。
(暗い……!)
周囲はあまりに暗く、敵の居場所が掴めない。
背後についていた隊長が離れた。
背後で銃声と戦闘音が響く。
目の前に黒い影が迫ってくる。
眼前に迫った瞬間を逃さず、脚部に向けて発砲する。影の動きが鈍ったように見えた。
「やった…っあれっ?」
胸に尖った感触。倒れ伏したように見えた刺客は私の胸にナイフを突き立てていた。
「残念!効かないよ」
私の皮膚は刃物など通さない。
ナイフを持った腕を掴み、重心をこちらに寄せ投げ飛ばす。そのまま刺客は動かなくなった。
弾は命中したと思ったが、装甲でも付けているのだろうか。
「レガリア、そっちは済んだか?」
隊長の方を見ると同じような黒い二人の死角が地面にめり込んでいた。
騒ぎを聞いてか周りの家々がカーテンを開け、辺りに光が差しはじめる。
「さて、お前たちは何処の誰なんだ?」
隊長が地面にのびた刺客の首根っこを掴み、街灯の方に引っ張っていく。
私も先ほど倒した相手の顔を確認しようとしたが。
「……なにこれ」
顔をこちらに向けようとした瞬間、生暖かいシチューを腕にぶちまけたような感触。
刺客の顔が溶けかけている。人間の形をした物体が、私の手からこぼれ落ちていく。
「隊長……?隊長!」
カティア隊長を呼ぶ、彼女も異変に気付いたようだ。
「これは……何だ?」
街灯に照らされた道の下に、赤黒い液体が染みこんでいく。




