俺は社長だろうか?
「吉川君、そのプロジェクトは岸本さんに任せた方が良い」
急成長中のリゾート地に大型ショッピングモールを造る。そんなに大きな仕事が、企画部長になったばかりの吉川に務まるわけが無かった。今は一線から退いてしまっているものの、俺と同時期に入社した岸本さんは経験豊かだし、頭も切れる。ここは岸本さんに任せた方が良い。
「は? 何言ってんの?」
しかし、吉川は俺を一瞥して、さっさと歩き去って行く。さすがに腹が立った。
「おい! 社長の俺に向かって何て口を利くんだ! それが目上の人間に対する態度か!」
だが、もう吉川は俺が何を言っても足を止めることが無かった。いっそ清々しいまでの無視だ。
俺は、だだっ広いエントランスに取り残された。他の社員達が怪訝そうな表情を浮かべて俺を見ては歩き去って行く。
「何なんだ、いったい! いつから社長に対してこんな態度を取るようになったんだ!」
俺が叫ぶと、変質者を見るような目で周りの人間が俺を見る。
とにかく頭を冷やそう。社員教育はその後考えれば良い。
そう思って、俺はエントランスをずんずん進んでいった。エレベーター横には鏡がある。そこで崩れた服装を直そう。そう思って鏡の前にたった。
「な、何なんだ、これは!」
鏡に映った自分の姿は、そろそろ還暦を迎えようとする俺の姿じゃなかった。どこからどう見ても、高校生くらいの青年である。
「お、俺が何に見える?」
慌てて、エレベーターを待っている女子社員に声を掛けた。
「社長でしょ?」
社長の意味が分かっているのだろうか? その女子社員は呆れたような顔をした。「なに言ってんの?」って感じ。
「高校生みたいに見えないか?」
でも、俺は食い下がった。
「あんたがガキなのは、昔からでしょ? もう好い加減、話しかけないでくれる?」
「あ、あ、あ・・・・・・」
俺はもう何を言って良いのか分からなくなった。いや、違う。何を言っても駄目だと気付いたんだ。
でも、俺が社長なのは確からしい。取り敢えず、社長室に向かおうか。
エレベーターに乗って、11階を目指す。エレベーター内では操作盤の前に立たせられた。開閉ボタンを押したり、言われるがままにフロアのボタンを押したり。新入社員並みの扱いだ。だが、もう腹は立たなかった。恐ろしさだけが残っていた。
11階の社長室に着くと、取り敢えず安心した。いつも通りの社長室だったからだ。
暫くすると、秘書がやって来た。
「おぉ! 伊藤くん」
「社長。そろそろ、取締役会だから早く行って」
感動もつかの間。秘書までも俺を適当に扱ってきた。
「そんな、馬鹿な・・・・・・」
絶望と共に、俺は一つ上の最上階に向かった。他の人間と乗り合わせるのが嫌だったから階段で12階へと上った。
「なんでこんな目に・・・・・・」
最上階の大会議室。俺が入ると他の奴等はもう座っていた。
「遅いぞ!」
常務の小林が怒鳴ってきた。常務ごときが社長に何て口を! とは思ったものの、話が通じなそうだったから止めた。
「申し訳ありません」
不本意ながらも素直に謝って、俺は上座に向かった。その席の上には、『社長』と書かれたプレートがある。本当にここに座って良いのかと思ったが、俺が座っても誰も気にする気配は見せなかった。どうやら俺は、社長であることは認められているらしい。ただし、社長の権限は無い。
会長が来て、会議は開始となった。
「ですから、次の企画には岸本を採用すべきだと」
俺は、必死に抵抗した。吉川じゃマズいんだ。何が何でも岸本さんにしたい。
「うるさい! 黙ってろ!」
「お前なんかに何が分かる!」
だが、俺の努力とは無関係にここでも俺は無視された。そして結局、吉川が責任者になってしまった。
吉川の件は諦めが付いた。俺がサポートすれば、吉川でも十分にやれるだろう。吉川の成長の良い機会になるかもしれない。俺はそう思うことにした。
だが、その次の日からも俺は無視され続けた。誰も俺の言うことを利こうとしない。
「畜生・・・・・・」
自然と涙が出てきた。上を向いても溢れて来る。上を向けば涙は溢れないなんて大嘘だと、俺は初めて知った。
俺はゼロの状態でこの会社に入社して、実力だけで這い上がって社長職まで上り詰めたんだ。楽しいことはみんな我慢してきたし、辛いこともたくさんあった。それなのに、せっかく手にした社長職に誰も敬意を払ってくれない。
数ヶ月後、当然の様に吉川のプロジェクトは失敗した。俺の助言が受け入れられることは、結局一度もなかった。だからかどうかは分からないが、あっという間に事業は失敗。損益は300億円に昇った。
そして、最後の最後に、俺の意見と取締役会の意見が一致した。
取締役総辞職。
とうとう、俺の居場所が無くなってしまった。
******
「どうしてこんな夢を見てるんだろう?」
黒髪に白髪の混ざる初老の男がうなされていた。男が叫ぶ度に、黒い悪夢が吹き出してくる。
「実力だけで這い上がってきたから、自分の立場が儚いものに映ってるんだろ」
「良いじゃん。お金もたくさんあるんだからさ」
「金があっても、地位が高くなっても、自分自身を受け入れて貰えないって言う不安があるんだろうよ」
「我が侭なの?」
「うーん。違うな。自分が社長じゃ無くなって、金まで失ったら、誰にも相手にされなくなるって言うのが怖いんだよ」
「取り越し苦労ってやつなんじゃないの?」
「そうかもな。でも、そういうのが不安な人はとことん不安になるもんだよ」
「わたしには、よく分からないや」
「あかりには、俺とか姫月さん、アタラ君がいるから、そんな不安は感じ無いのかもな」
「どういうこと?」
「側に信頼できる人がいると、そんな不安は感じないって事だよ」
「希夢くんは、急に独りになりそうで怖い?」
「全然。だって、おれにはあかりがいるからな」
あかりは、ほわほわっとのぼせたように顔を紅くした。
「うぅ・・・・・・。そういうこと、普通に言えちゃうからな、希夢くんは。普通恥ずかしいでしょ」
「ごめん」
希夢は苦笑した。
「ま、それが希夢くんの良いところか。いただきます」
あかりは巨大なフォークに巻き付けた夢を食べ始める。
「もの凄く苦いよ! 何、この夢!?」
「悪いな。我慢して喰ってくれ」
「希夢くん。こんな夢を食べるのって意味があるの?」
「よく分からないや」
「ヒドい! こんな物食べさせておいて!」
「わぁ! 止めろって!」
あかりは、フォークを希夢に突き刺す真似をした。というより、実際に突き刺そうとしたのをギリギリで希夢が避けた。
「危ないだろ! 普通に死ぬところだったぞ!」
「希夢くんは死なないんじゃ無いの?」
「あかりだけは俺を殺せるんだよ・・・・・・」
へなへなと、身体中の骨を失ったかのように希夢は座り込んでしまう。
「希夢くんって、脱力系男子?」
「まずは謝ろうか!」
「わたしは、希夢くんを殺そうとしました。ごめんなさい」
「謝られてる気がしない・・・・・・」
「希夢くんも悪いんじゃない! 意味も無くこんなもの食べさせて」
「意味が無ってことは無いと思う」
「分からないって言ったじゃない」
「分からなくても予測はできるさ」
座り込んだときぶつけた腰を撫でながら、希夢は立ち上がった。
「多分、夢って自分で抱えきれなくなった思いなんだ。だから、あかりが悪夢を喰うと、その人が抱えきれなくなった嫌な思いが消え去って自分でなんとかできる量になるんだろ」
「また適当なことを・・・・・・」
「でも、実際にあかりが夢を喰ったら、皆立ち直ったじゃないか」
「そうだけどさ」
「なら良いだろ? あかりが夢を喰うってのがどういう意味でも、それは皆を助けてる」
「本当かなぁ?」
「本当だと信じようぜ」
「他人事だと思って」
「そんなこと思って無いよ」
そう言いながら、希夢はあかりの頭を撫でてやった。
「いつもこれで誤魔化すぅー!」
あかりは嫌そうに頭を振ったが、希夢の手から逃れようとはしなかった。
「ったく、ロリにツンデレって、要素盛るねぇ。盛り盛りだねぇ、あかりちゃんは。可愛い、可愛い」
「それ、絶対に褒めてないでしょ!」
楽しそうに希夢は笑った。
「ごめん、ごめん。あかりも喰い終わったみたいだし、帰ろっか」
「・・・・・・うん」
不機嫌そうにそっぽを向いてあかりは呟いた。雪だるまでも作るように、雲を固め始める。
「ごめんって。そんなに怒るなよぉ」
「希夢くん。嫌い」
あかりの不機嫌は収まらなかった。
「俺はあかりの事、大好きだぞ」
「希夢くん。ここ、家から近いよね?」
「ああ。歩いて30分くらいだな」
「じゃ、一人で帰って来て」
そう言うと、あかりは一人分の雲の中に飛び込んだ。
「お、おい! 待てって!」
希夢はあかりの後を追ったが、遅すぎた。雲に飛び込んだはずが、社長の寝室の壁に頭を思いっきりぶつけることになった。
「いってぇ・・・・・・」
希夢は頭を撫でた。掌に膨らみが触れた。希夢にとったは何年かぶりのたんこぶだ。
「・・・・・・うぅん」
挙げ句の果てに、希夢が壁に頭突きをした音で、社長が目を醒ましそうになった。
「やっば・・・・・・」
希夢は急いで、でも静かに社長の家を出た。
泥棒よけの光に驚かされるわ、その光に目を覚ました犬に吠えられるわ、その犬の喧噪に目を醒ました人が顔を出してくるわ、さんざんだった。
「俺も、悪夢から人を助けるヒーローっていう肩書きがなかったら、寝ている間に寝室に忍び込む変態高校生なんだな・・・・・・」
置いていったあかりへの怒りを胸に膨らませながら、希夢は今更自分のしていることの恥ずかしさを思い知った。




