孤独の願い
「おーい。高野ぉ」
急にクラスメイトの矢崎君に話しかけられた。黒と言うには薄く茶色い二つの目が僕の目をじっと見ている。急に冷汗が吹き出してきた。
「え、あ・・・・・・」
矢崎君の目が、鈍色に光ったように見えた。
「俺達、カラオケ行くんだけど、高野も行く?」
「ええっと、あああ・・・・・・」
やっぱり。
なんて返事すれば良いんだろう? 僕は今、自然に振る舞えてるかな? 矢崎君を怒らせるようなことはしてないよね?
そんなことが一気に頭の中を駆け巡り、僕の舌は空を切って空回りする。頭の中は何も書いてないキャンパス並みに真っ白だ。
こんな風だから、僕はまともにクラスメイトと話せない。
――高野、コミ障ヤベぇな。
――チテ障なんじゃないの?
――うわぁ、汗だくじゃん。キモっ!
ほら、皆が噂してる。
どうせ僕は、キモくてコミ障で何一つ取り柄のない人間なんだ。
こんなだから、僕には友達がいない。いたこともない。友達がいない歴イコール年齢。
最近は僕の反応を面白がって、こういう風に話しかけてくる奴らも出てきた。
「そうだよな、行きたくないよな。悪いな、誘って」
残念そうな顔だけ作って、矢崎君は去って行こうとした。
「う・・・・・・、うっ、う、ううん」
汚くて嫌な気持ちが、じんわりと出てくるのを感じた。矢崎君は、僕が断らなかったらどうするつもりなんだ?
「・・・・・・っく」
「うん?」
矢崎君が振り返った。黒縁眼鏡越しに軽蔑を湛えた眼が僕を睨んでいる。その眼に反抗してみたくなった。
「行く」
「は?」
矢崎君の目が、焦点を失ったように急速に振動し始めた。キョロキョロキョロ。
「行くよ」
僕は、考え得る限り最高の笑顔を作って言ってやった。そんな僕の笑顔を見た時の矢崎君の表情は見物だった。皆にも見せてあげたかったよ、目を見開いたまま硬直するキザ眼鏡をさ。
どよめき狼狽える奴等の輪の中に無理矢理入り込んで、一緒にカラオケに向かう。僕が近づくと、そこにいた奴等が避けていく。モーゼになった気分だった。
そして、とうとう僕等はカラオケに着く。無益で冗長な会話の始まり始まり。
ところで、友達をたくさん作るのに必要なものはなんだと思う?
一緒に遊ぶための金かな? それとも、頭の良さ? 他人を思いやる気持ち? 体育で活躍する運動神経とか? 一緒にいて不快にならない程度の容姿?
違う。
必要なのは、『ボケる力』だ。
僕が『オモンナイ奴』と呼ばれているのは、僕がボケてないからなんだろうな。それが最近、なんとなく分かってきた。どんな性格の人でも、どんな立場にいる奴でも、会話の中でボケに回ることは必要なんだ。
皆のまわりのリア充達を見てみれば良い。ね、そうでしょ?
もしこれがディスプレイの向こう側の漫才だったら、会話には終わりがある。だって、割り当てられた時間というのが存在するじゃないか。
でも、僕等の会話は終わらない。話し相手との関係が切れない限り、ずっと。だからこそ、切らないことが重要なんだ。
純粋なツッコミは会話の流れを断ち切るから最悪。
単発で笑いをとったとしても、不意に訪れる沈黙が中距離弾道ミサイル並みの破壊力で、良い雰囲気を跡形も無く吹き飛ばす。
だから、僕等はツッコミながらもでボケなきゃいけない。僕等が持て余す時間を、全て使い尽くすまで。
ただ、頭で分かってるのと実際にするのとでは大違いで、だからこそ、僕はこんな人間なんだ。
「高野ぉ、皆の分のドリンク持ってきてくれよ」
当然の様に使いっ走りさせようとする。ふざけるな。
「えぇ~。無理無理。矢崎君と行きたいな」
「だってさ、矢崎行ってこいよ」
矢崎君以外の子達は、矢崎君を小突いた。渋々、矢崎君が付いて来る。意外と嫌そうじゃない矢崎君と、一人で四人分ずつのドリンクを運んだ。
戻ると、既にカラオケは始まっていた。
デュエットを回していくカラオケは、僕と矢崎君でペアになった。皆が歌い終わる度に、歓声と拍手のシャワーを浴びせかける。2組終わって3組目、いよいよ次は僕等の番だ。
デンモクを弄っていた矢崎君が、コアなアニソンを転送したのが見えた。
驚いて矢崎君を見上げると、黒縁の間から悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。分かってる、って言ってくれている気がした。
僕等のデュエットが始まる。皆への受けは、嘘みたいに上々。
「高野、歌上手いじゃん」
当然だ。僕が月に何回ヒトカラしてると思ってるんだよ。単純計算でも、この子等の10倍以上は歌ってる。努力量の差。
カラオケから出ると、近くのハンバーガーショップでダベる事になった。僕以外の皆が、言葉を交わすこと無くハンバーガーショップに向かったことから考えて、これがお決まりの流れなのかも知れない。
皆でお喋り、つまり無駄話に無理矢理話を咲かせる。温室栽培のネタの数々。
そんな中で、僕の話はウケた。笑いの流れを感じた。所々で爆発しているのが分かる。
どのタイミングで口を開けば声が通るか、どんなことを言えば面白いか、それが何故か分かった。
皆も歩いてるとき、無意識に足が動いてるだろ? あんな感じ。直感で分かるんだ。
「うぉおお! 今日の高野おもしれぇ!」
「ははは! 高野最高!」
「高野、それ上手い!」
そんな皆の言葉に調子に乗って、僕はどんどんボケてツッコんでを繰り返す。綺麗に編み上がっていく会話のタペストリー。
そして、暫くして気付いた。
僕ってこんな奴だったっけ?
皆が求めている言葉を発するだけの蓄音機に成り下がり、その結果、「面白い」って言って貰って喜んでいる僕。
急に怖くなった。
僕は、本当の僕はどこ?
どこ? どこ? どこ? どこ? どこ? どこ? どこ? どこ? どこ? どこ? どこ? どこ?
元の僕に戻りたい・・・・・・。
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「この夢は残しておこう」
「えぇっ!? この子、辛そうじゃん! 汗びっしょりだし。悪夢なんだよ? 助けてあげようよ」
「いや、こいつはこの夢で、今の自分のままでいたいって思えたんだ。今は苦しくても、それが分かったんだったら、きっと次に進めるさ。だから、そのままで良い」
「そうかなぁ・・・・・・」
「またこいつが苦しんでそうだったら、助けに来てやろうぜ。それで良いじゃないか」
「・・・・・・うん。うん。そっか。そうだね!」
「じゃあ、たまには、旨い夢でも喰いに行くか? いつも悪夢ばっかで、最近マズい夢しか喰ってないからな」
「うん!」
あかりは嬉しそうに、希夢の腕にしがみついた。反対側の手で大きな雲を作る。
「明日は良い夢見れると良いな」
それだけ言って、希夢達は雲の中に消えていった。
もちろん、翌日から高野君の所に二人が行くことは無かった。




