最終話
「ラウラ先生、逃げてっ! フィリップはラウラ先生から離れろ、この破廉恥貴族め!」
ガタタッ! と勢いよく扉が開き、マックスが雪崩れ込んできた。どうやらまた、盗み聞きをしていたらしい。
「……フィリップ様な。それに、破廉恥とは人聞きの悪い。ラウラさんのくるぶしは、もう私のものだ」
しれっと言って退けるフィリップに、マックスを追って応接室に入ってきたハンスも呆れたようだ。ラウラだけが、状況を把握できないでいた。
「くるぶしって? 一体、みんなは何の話をしているの」
フィリップがコホンとひとつ咳払いをする。口を開きかけたマックスを抑えて、ハンスがラウラに話し掛けた。
「盗み聞きするつもりはなかったんだが、外まで聞こえて。おめでとう、ラウラ」
ハンスの笑顔に、ラウラは頬を染めた。マックスが口を尖らせる。
「ラウラ先生がいなくなったら寂しいじゃん。フィリップのバーカ」
コラっと叱るラウラを嗜めながらも、フィリップは勝ち誇った顔を存分にマックスに見せつけた。地団駄を踏むマックスを、今度はハンスが宥めた。
「どの道、ラウラはもうすぐここを出なければいけない年齢なんだ。その時は、俺とレベッカが二人で孤児院の世話をすることになっていた」
ハンスとレベッカは、結婚したら夫婦でこの孤児院を管理することをリリーが決めたらしい。これにはラウラも安心したようだ。
「あなたは、いつでもここに視察しに来てもいいんですよ。その決定権をラウラさんに与えます」
フィリップがラウラに言う。フィリップが想像しただけでも、この先のラウラは大変な思いをするだろう。少しでもその心を癒せればと、フィリップは考えていた。
「すげーな。ラウラ先生がお貴族様になるのか。ドレスなんか着て、きっと綺麗なんだろうな」
「当たり前だ。帝国で一番綺麗だろう」
当然のように言い切るフィリップに、ハンスもマックスも苦笑いした。ラウラだけが照れているのか、なんとも居心地の悪そうな表情を浮かべていた。
「おい。なぜ、一年前に結婚式を挙げたウルリッヒと、来月結婚式を控えるお前の孫が、同じ時期に父親になるんだ」
皇宮の庭園のガゼボでお茶を飲んでいるフリッツの顔を、アンドレアスとロルフが覗き込んだ。
一年前に無事夫婦となったウルリッヒとキャサリン。つい最近、キャサリンの懐妊がわかり、皇宮内は祝福に包まれていた。
ウルリッヒの祖父アンドレアスと、キャサリンの祖父ロルフは、どちらが生まれてくる子どもの名前を付けるか毎日やり合っていた。
そんな中、結婚式を控えたラウラも妊娠していることがわかったのだ。
「なぜと言われても……。あのフィリップですよ、誰も止められない」
何も考えたくないといった疲れた様子のフリッツに、アンドレアスたちは何も言えなくなった。
当然、ブラウン侯爵家の混乱はすごかった。
子爵家、伯爵家を経て貴族としての教養を身につけたラウラは、宰相夫人であるフィリップの母親が認めるほどまで努力を重ねる。
さらにラウラは、各地の孤児院を積極的に訪問し、孤児たちはもちろん、平民の子どもにより良い教育環境を与えるために動いた。
周囲からは賞賛の声が上がるようになっていた。社交界では、キャサリンが力強い後ろ盾となりラウラを守った。
そんな中での妊娠だ。
一部の貴族議員は、「だから平民あがりは」など心無い陰口を叩いた。
「有能な人間が増えることの何が悪い」
フィリップは平然と言い切り、陰口を叩いた議員たちは、なぜか不正や脱税がバレるといった目にあった。
「ちょっと待て。俺たちのひ孫と、フリッツのひ孫は同級生になるのか」
アンドレアスが青ざめる。
「男児と女児だった場合、万が一のことがございますね」
ロルフも額に汗をかいた。
「私たち三人、その妻三人。さらに、ウルリッヒ殿下、キャサリン皇太子妃、フィリップ……すべての血を引いた子が生まれますな……間違いなく、面倒な子どもになる」
フリッツが遠い目をした。
「恐ろしいな」
「本当に」
「世も末です」
そう言いながらも、三人の目はどこか柔らかく楽しげだった。
その後、ウルリッヒ皇太子とキャサリン皇太子妃は二人の皇子と一人の皇女を。
フィリップ新宰相とラウラ夫人は、一人の男児と二人の女児を授かった。
年齢の近い六人の子どもたちはすくすくと育ち、やがてあの学園に入学することとなる。
「少し離れてください。そうそう後ろをついて歩かれたら、仕事になりませんわ」
「何を言っている。より優秀な人材に育てるための監督だ」
「ほら、あなたたち。お父様が優秀に育ててくださるそうよ」
「お父さま、抱っこ!」
「ご本を読んで!」
「お母さまの方がいい!」
「ほら、お父様。頑張って。私、視察に行って参ります」
「くそっ、優秀な人材たちが可愛い……。よし、もっともっと増やすか! おい、聞いているのか、ラウラっ!」
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
脇役だったフィリップのクールさが面白くて、フィリップ編を書こうと思いました。結果、想像以上に様子のおかしい、一途な男性に育ってしまいました。
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