第85話 切る基準
医療物資は、足りなかった。
数字は、はっきりしている。
> 重症者 十七名
> 即時処置可能数 九
八名。
それだけ、足りない。
会議室は静まり返る。
「配分基準を決めます」
レインが言う。
声は、いつもと同じだ。
「回復見込み、年齢、処置時間――」
並べられる指標。
合理的。
冷静。
正確。
だが。
「今、ここで決めるのか」
ルカが言う。
声は低い。
「現場では、もう始まっている」
短い言葉。
沈黙。
「統一基準がなければ、
判断がばらつく」
若手官僚が言う。
「ばらつくな」
ルカは即答する。
「だが、それでも選んでいる」
彼は、資料を見ない。
現場を見ている。
「基準で切るか」
ルカが続ける。
「顔を見て切るか」
その言葉に、空気が固まる。
レインは、ゆっくりと答える。
「基準で切る」
即答だった。
「全体を守るために」
ルカは、何も言わない。
ただ、一度だけ目を閉じる。
俺は、口を開かない。
これは、俺が決める場面ではない。
午後。
現場で、トリアージが始まる。
布の色が置かれる。
赤。
黄。
黒。
色は、分かりやすい。
だが、
意味は重い。
ルカが一人の患者の前で止まる。
まだ息がある。
反応もある。
だが、回復見込みは低い。
別の場所では、
処置すれば助かる者がいる。
時間は、足りない。
「……」
彼は、手を伸ばしかけて止める。
顔を見る。
目が合う。
言葉はない。
それでも、
理解はある。
ルカは、ゆっくりと手を下ろす。
黒。
静かに置かれる。
夜。
> 処置完了 九名
> 容体安定 七名
> 死亡確認 八名
数字は、揃った。
効率は、最適に近い。
だが。
ルカの報告は短い。
> 一名、判断迷いあり
それだけ。
レインは、長く沈黙する。
「……基準は、守られた」
「そうだな」
「だが」
言葉が続かない。
帳簿の数字は正しい。
だが、
現場には残る。
迷いが。
視線が。
手の感触が。
成り上がりは、
正しい基準を作る物語ではない。
**その基準で切ったものを、
引き受ける物語だ。**
夜は静かだ。
だが、
制度の中に、
一つの重さが残っていた。
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